Expert Interviewエキスパートインタビュー
蓄冷材を活用し、体の内外から暑熱対策を
── +12℃の蓄冷材も、スポーツ分野でのプレクーリングに応用展開されましたね。
-11℃材でアイススラリーを、+12℃材を手掌冷却に。TEKION LABではこの2つをスポーツ分野での暑熱対策用に展開することになりました。2019年には遠山さんを介してご紹介頂いた企業と(参考資料7)、時澤先生と検証を進めてきた手掌冷却での成果を「暑熱対策グローブ」として商品化することになりました(図11)。
なぜ手の平を冷やすのかとよく聞かれますが、手掌部には太い動脈と静脈がつながる動静脈吻合という特別な血管があるからです(図12)。これは人間の熱交換器官ともいうべき場所であり、特殊な熱放散構造といえます。毛細血管を経ることなく、動脈から直接静脈に入った大量の血液が心臓へ戻ります。ここを一気に冷やすことで、冷えた大量の血液が心臓に戻り、そこから冷却した血液を全身へ送ることができます。
私たちは暑いときについ首筋や脇を冷やしますが、これでは深部体温は下がりにくく、しかも心臓に近いのでスポーツのプレクーリングにおいては負担が大きいそうです。しかし脳に近いので爽快感はすぐに得られるわけですね。だから、精神的なストレスを軽減するという意味では、競技中や終了後には首筋や脇を冷やしても良いのです。ちなみに、競技中に首筋だけを冷やした実験では、深部体温はあまり下がっていないのに脳は気持ち良くなっているという状態でプレーをすることになって、パフォーマンスは良いものの、競技終了後に一気に疲労に襲われる、という状態になることがあったそうです。だからこそ、競技前にあらかじめ深部体温を下げておくことはとても大事なのですね。商品の普及とともに、使用者がこうした知識を正しく理解していくことが大事だと思います。
── 今後のスポーツ科学の進化にさまざまな貢献ができそうで、楽しみですね。
現在は遠山さんを通じて、さまざまな競技団体でプレクーリングの効果を試してもらっています。競技によっては+12℃以外の温度帯が最適なケースもあるので、ピンポイントで開発を行うこともあるかもしれません。また、手の平だけでなく前腕部でも同等の効果が得られることも分かってきたので、新しい仕様も開発できるかもしれません。私たちは現在、プレクーリングのデータしか持っていないので、さまざまな分野でのヒアリングや検証も行っています。
スポーツ分野に応用できそうな兆しが見え始めたのは2014年頃だったので、「もしかしたら2020年のイベントまでに、何らかの製品化が間に合うかな?」などとメンバーと話をしていましたが、この数年間で急展開し、嬉しい限りです。その途上では自信を無くすこともありましたが、人から人への紹介が続き、その道のプロフェッショナルに次々に出会えたことが本当に幸運だったと思っています。
今後、スポーツ分野でのあらゆるエビデンスを集めていけば、その成果をメディカル分野へも応用できるのではないかと思っています。やはり、人の生活温度帯で使うことを想定して開発した潜熱蓄冷材なので、人々の役に立つものを開発していきたいのです。
[ 参考資料 ]
- 1.
- 石井酒造株式会社
http://www.ishii-syuzo.jp/home.html
- 2.
- 株式会社マクアケ クラウドファンディングサービスMakuake
https://www.makuake.com/
- 3.
- さくら製作所株式会社
https://sakura-wks.com/
- 4.
- メディカルクリエーションふくしま
https://fmdipa.jp/mcf/
- 5.
- 株式会社ウィンゲート
http://www.wingate.club/
- 5.
- 国立スポーツ科学センター
https://www.jpnsport.go.jp/jiss/
- 6.
- 株式会社デサント
https://www.descente.co.jp/jp/
Profile
内海夕香(うつみ ゆか)
シャープ株式会社 研究開発事業本部 材料・エネルギー技術研究所
第二研究室 課長兼TEKION LAB CEO・CTO博士(工学)
液晶材料技術のスペシャリスト。新規蓄熱材料開発、市場ニーズに合わせた新商品コンセプト開発、ソリューション提案、量産技術等、要素技術から商品化技術まで一気通貫の開発チームのリーダー。
千葉大学理学部化学科(有機化学)卒。東京農工大大学院 博士(工学)。株式会社日立製作所入社。液晶ディスプレイの画質向上を果たすために液晶ディスプレイに使用される液晶材料をはじめとする各種有機材料の開発に携わり、その成果により学位を授与。シャープ株式会社研究開発事業本部にて、新規蓄冷材料開発、市場ニーズに合わせた新商品コンセプト開発及びソリューション提案、新規材料の量産技術開発等、川上の要素技術から消費者に届ける川下の商品化まで、一気通貫の開発チームを率いる。
Writer
ノトヤ ナオコ
ライター
求人広告の制作ディレクターとしてキャリアを積み、現在はフリーランスライターとして幅広く活動。企業の公式サイト・採用サイトの制作に業種を問わず携わり、トップインタビューも数多く手がける。医療・製薬分野、学校等への取材経験も豊富。