No.025 特集:テクノロジーの進化がスポーツに変⾰をもたらす。

No.025

特集:テクノロジーの進化がスポーツに変⾰をもたらす。

Expert Interviewエキスパートインタビュー

新しいスポーツの楽しみ方をファンに提供

小山 英樹氏

── これまでスポーツでチームや選手を評価するために使われてきた指標は、テクノロジーを使わなくても扱える範囲だけに限定したものなのですね。確かに、試合を丸ごと可視化することで、違った景色が見えてきそうです。

小山 ── チーム関係者だけでなく、ファンにも、これまでとは違った試合の見方を提供できるのではと考えています。8台のカメラが各選手の動きに目配りしているので、特定の選手が中心になるように動きを常に追い続けた映像を撮ることができます。

モーショントラッキングとは別の技術なのですが、会場に設置した複数台のカメラを、エンターテインメント向けにも活用できるのではと考えています(図3)。例えば、推しの選手の一挙手一投足を試合中見続けたり、部活などでバスケットをしている子どもたちが同じポジションの選手の動きを追い続けたりといった、欲求に応えることができます。

[図3]マルチアングルの利点をエンターテインメントに活用
マルチアングルでの映像を活用して、注目する選手、見たいアングルを追い続ける。
マルチアングルの利点をエンターテインメントに活用

── 現在、コロナ禍でファンの方々も、なかなか試合を見に行けない状態です。テクノロジーを活用して、新しい楽しみ方を提供できるかもしれませんね。

小山 ── その通りです。同じダンクシュートでも2mの人が50㎝飛んだのと1m90cmの人が70㎝飛んだのでは、飛翔感が全然違います。3ポイントシュートも、7.5mを決めたのと、9mを決めたのでは難易度が違うわけです(図4)。会場にいれば、こうした違いを感じることができるかもしれませんが、中継ではなかなか伝わりにくい部分です。臨場感やすごさを伝えるのにテクノロジーが貢献できればと思います。

また、特定のチームに偏った視点から選手を追う放送や、特定の選手だけを応援する放送があってもいいわけです。これは、リモートでないとできないことですし、今の技術で十分対応可能です。そのような取り組みをしてみたいですね。

[図4]プレーのすごさを可視化して、分かりやすく伝える
プレーのすごさを可視化して、分かりやすく伝える

── エンターテインメント向けに技術やシステムを改善する点などがあるのですか。

小山 ── 現時点では、会場にエンターテインメント向けとして、4Kカメラを3台入れて、60フレーム/秒で撮影し、そこからハイビジョンを切り出し、自由な視点から映像を見せることができるシステムを考えています。

さらに将来を見据えて、見たいアングルからの映像を自由に選んで見ることができる「マルチビューアングル」と呼ぶ技術の開発も進めています。これは、複数のアングルから撮影したカメラ映像から被写体の3次元構造を解析し、カメラとカメラの間の映像をコンピュータ・グラフィックスで補ってなめらかにアングルを変えて見ることができる映像を生成する技術です。ただし、現在、こうした処理をしようとすると、何十台ものサーバーをフル稼働させる必要があります。

ベンチャー気質のBリーグとの得難い協業

小山 英樹氏

── 技術系の企業に勤務する立場で、異質な業界であるBリーグの関係者と一緒にお仕事されたわけです。苦労したこと、楽しかったことなどはありますか。

小山 ── Bリーグがスタートしたのは2016年9月でしたが、私は11月から1年間、Bリーグのオフィスにお世話になりました。その間、一緒に席を並べて仕事していて感じたのは、ベンチャー意識がとても強いということです。若い人に権限を持たせて、現場でどんどん判断していき、びっくりするほどのスピード感がありました。

開幕には、LEDを派手に使った演出のオープニングセレモニーを行ったのですが、これは広告予算を止めて急遽決めた演出です。普通の広告を打つよりも、そうした方がSNSでバズって広告効果が上がると考えた人がいたのです。それを聞いて、やってみろというトップがいたのも、ベンチャー気質だったからだと思います。いい経験ができました。

── モーショントラッキング技術に対するBリーグの方たちの反応はいかがでしたか。

小山 ── 興味を持って見ていただいているように感じます。現時点では、サンプルを見せて、意見を伺っている段階なのですが、土曜日の試合の映像を徹夜で編集して次の日の朝までに仕上げ、選手にフィードバックしています。試合の次の日には戦術を見直すミーティングがあるのですが、編集作業を迅速化できれば、新たな戦術を練る際のツールとして役立つのではないかという、お話をいただいています。

もちろん、ホワイトボードで戦術を伝えることを重視する大御所コーチなどもいて、ITに手を出してもらえないところもあります。ITとは縁遠かったと思われていた将棋界では、今ではAIの活用が当たり前になり、戦法に革命が起きていると聞きます。バスケットの世界も、これからデジタルネイティブな世代がコーチになってきますから、長い目で見ながら取り組んでいきたいと思っています。

Empath

小山 英樹氏・白水 敦子氏

Profile

小山 英樹(こやま ひでき)

富士通株式会社 JAPANリージョン スポーツ・エンターテインメント統括部 シニアディレクター

通信装置の開発・要素技術研究を経て、富士通の独自技術を核としたビジネスの企画・立ち上げのマーケティング業務に従事。東日本大震災後、東日本復興・新生支援を兼務。東京での五輪開催が決まった後、東京2020大会推進担当。B.LEAGUE発足後1年間常駐。現在、ICTをスポーツに活かすスポーツ・エンタ―テインメント統括部において、スポーツ及び関連市場におけるビジネス開発・推進を実施。

白水 敦子(しろうず あつこ)

富士通株式会社 JAPANリージョン スポーツ・エンターテインメント統括部 シニアマネージャー

入社後、富士通のアプリケーションパッケージの商品化担当を経て、研究所技術を商用化するための新事業開発に従事。その後、ショールームやコンタクトセンターの運営、デジタルマーケティングなどを担当。現在、小山とともにICTをスポーツに活かすスポーツ・エンタ―テインメント統括部において、主にB.LEAGUEにおけるビジネス開発・推進を実施。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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