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2022年に入って、新たなテクノロジートレンドとして、「メタバース」が急浮上している。そして、日本におけるメタバースの先駆的取り組みであり、象徴的な存在となっているのが「バーチャル渋谷」である。東京都渋谷区公認で、KDDIと仮想空間のコンテンツプラットフォームサービスを提供するスタートアップ、clusterが共同で開発・運営し、2020年5月にオープンした。新型コロナウイルス下では、リアルな渋谷に代わって開催された「バーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェス」が話題になった。メタバースには、リアルな世界では実現できないような新たなビジネスや、人と人の関わりが可能になる可能性がある。その一方で、リアルな世界とは別の技術的、法的、経済的な課題も出てくる可能性もあり、メタバースのよい点を引き出し、解決すべき課題を適切に解決するための取り組みが求められている。バーチャル渋谷の開発を指揮したKDDIの中馬和彦氏に、先行的にメタバースに取り組んだからこそわかる、可能性と課題、進化の方向性を聞いた。
(インタビュー・文/伊藤 元昭 撮影/山中 智衛〈アマナ〉)
中馬 ── 国内外を問わず多くのメディアや企業の方に、私たちの取り組みに興味を持っていただけています。特にアメリカのFacebookがMeta Platformsへの社名変更を発表して以降、メタバースという言葉自体の認知度が高まり、注目度が急上昇した実感があります。ですが、実は、私たちはメタバースを作ろうとして、バーチャル渋谷を作ったわけではないのです。メタバースという言葉で、仮想空間の新たな可能性が語られるようになる前から開発に着手しており、結果的に日本でのメタバースの先駆けとなりました(図1)。
中馬 ── 2019年の秋口に、第5世代移動通信システム(5G)のプレサービスが始まりました。5Gは、ミリ波帯という高い周波数の電波を利用することで高速・大容量のデジタル通信を可能にしているのですが、遠くまで電波を飛ばすことが難しいため、サービス提供のエリアの急拡大が難しいという課題を抱えていました。特定の場所でしか使えない状態の中で、より多くのユーザーに5Gの優れた性能を実感していただくためには、プレサービスで伝えるコンテンツを工夫する必要があったのです。そこで、渋谷や野球のスタジアムなど、限定地域内で熱量の高い盛り上がりが起こるシーンに特化して、5Gのユースケースを作り込もうと考えました。そして、たまたま個人的に親しい関係にあった渋谷区の長谷部 建区長に渋谷をプレサービス実施の場とすることを打診し、綿密な話し合いを通じて、業務提携することになりました。
渋谷区とは、5Gの高性能デジタル通信の特徴を生かして、渋谷から発信されるエンターテイメントやカルチャーを盛り上げることを目的としたプロジェクトを始めることにしました。ただし、当初想定していたサービスは、現在のバーチャル渋谷のような仮想現実(VR)の空間を作るといったものではありませんでした。渋谷のリアルな街の中に5Gでデジタルコンテンツを投影する拡張現実(AR)を実現し、エンターテイメントの表現の場を増やそうと考えていたのです。
中馬 ── プロジェクトを進めていく過程で、2020年4月頃に Netflixが攻殻機動隊*1の新しいタイトルのリリースに併せて、渋谷をジャックするプロモーションがしたいという話が舞い込みました。ところが、ちょうどコロナ禍が深刻化していく時期と重なり、2020年4月には非常事態宣言が出されて、ARコンテンツを提供しても誰も街に来ないことが明らかになってきたのです。
渋谷区の方々共々、困り果てていたのですが、AR用に用意していたデジタルの3Dオブジェクトは、仮想空間内でのVRのオブジェクトとしても活用できることに気付いたのです。バーチャル空間に渋谷を作れば、リアルな渋谷には来られない人たちにも、攻殻機動隊のコンテンツをお披露目できます。むしろ、バーチャルな渋谷ならば、同様にコロナ禍で家に引きこもっている世界中の人たちを集めて、より多くの人が楽しめるようになります。そこで、急遽作ったのが、バーチャル渋谷でした。
中馬 ── 実は、ARを想定して始めた当初から、プロジェクトのロードマップ上には、1年もしくは2年先に仮想的な3D空間でコンテンツを再現し、ARと仮想空間を連動させたサービスを提供する構想がありました。このため、仮想空間構築の準備は早くから着手していたのです。その実現時期を前倒ししたわけです。
とは言うものの、バーチャル渋谷そのものはスクラッチで作る必要がありました。しかも、コロナ禍でARサービスの提供に暗雲が立ち込めたのが3月、そこから作り始めても、プロモーションの開始予定まで2カ月しかありませんでした。それでも、AR用のオブジェクトを転用できたことで、作るものは渋谷の街だけでしたから何とか間に合わせました。
KDDIは、clusterという仮想空間内でイベント開催を支援するプラットフォームサービスを提供するスタートアップに投資していました。そのプラットフォームで用意された仮想空間内に街や世界を効率的に作る仕組みを活用することで、簡単ではありませんでしたが、何とかバーチャル渋谷を作り上げることができました(図2)。
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中馬 ── 当初は、プロモーションを行う1カ月間限定で、コンテンツを提供する予定でした。期間中は、幸か不幸か在宅時間が長く、多くの方々にご覧いただき、盛り上がりのある非常によいプロモーションになりました。
その様子を見たライブやファッションショーなどリアルイベントの開催に関係していた方々が、コロナ禍で活動の場を失って、同じ場で同様のプロモーション活動ができないかと、問い合わせが殺到するようになりました(図3)。店舗が開けない、映画館も使えない、ライブなんてもってのほか、人を集めること自体が許されない社会環境の中で、バーチャル渋谷の盛り上がりが目立ったのです。当初は、問い合わせの1件1件に対応していたのですが、作り上げたバーチャル渋谷の場を活用して要望に応え続けて2年間が経過したという感じです。
たまたま出来上がった場に、そこを活用したい人たちが集まり、私たちがその場を解放したことで、奇しくもメタバースの理想的な姿に近づいていきました。パートナーは徐々に増えて、現在参画企業は2022年6月時点で44社になります。また、渋谷に関係する企業がコンソーシアムを設立し、自社の店舗を出したり、イベントを開催したりするようにもなりました。私たちは、技術面でのサポートを提供するかたちで運営しています。
中馬 ── 確かに、どんなに練った新ビジネスでも、仕掛けて順調に立ち上がることは稀です。バーチャル渋谷は、幸運でしたし、私たちにとっては、千載一遇のチャンスだったように感じています。求められるサービスをタイムリーに提供するためには、相応の準備が必要ですが、私たちの場合には、あらかじめ仕組んでおいた準備が実を結びました。
今回、仮想空間に渋谷の街を再現するために利用したclusterのプラットフォームは、VRのコンテンツを、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)のような特殊な装置を使わなくても、スマートフォンの画面などを通じて利用できるようにしている点が特徴です。HMDの利用が前提となるVRコンテンツだったら、現在のような多くのユーザーが利用し、パートナー企業が集まるものにはならなかったと考えています。私は、clusterの取締役も兼務しているのですが、兼務する際の条件として、スマホでも利用できるVRのプラットフォームを目指すことを約束してもらいました。そして、その求めに応えるプラットフォームが用意されたのがタイミングよく2020年3月であり、ARからVRへと一気に舵を切ることができました。
中馬 ── 極端な話、スマートフォンで活用できれば、日本人の誰でもユーザーになる可能性があります。リアルな渋谷は、電車に乗りさえすれば誰でも訪れることができます。それなのに、バーチャル渋谷に行くのに特殊な機器が必要なのでは台無しです。こうした点が功奏してか、実際に仕掛けてみたらバズったという感じです。
現在のバーチャル渋谷では、仮想的な3D空間の中で、アバター同士でリアルタイム・コミュニケーションが支障なくできます(図4)。コミュニケーションの場は、賑わいが何より大切です。現在具現化しているメタバースの一つと言われるオンラインゲーム「フォートナイト」は、コロナ禍で行き場を失った若者が、ゲームの空間を、ただ空間と時間を共有して安心感を得る場として使うようになりました。部活帰りに、コンビニの前で友達と一緒にパンを食べるようなシーンを求める若者のニーズにはまったのです。こうした日常的な場と同様の利用シーンがなぜ生まれたかといえば、その場に参加するための機器が、モバイルだったり、ゲーム機だったりと広く普及したものだったからだと思います。私たちのバーチャル渋谷も、マルチデバイスで、現在のインターネット環境を介して利用できます。
中馬 ── 予想を超える数の企業からの期待、さまざまな要望が寄せられるようになり、当初計画より2年先のモノが出来上がりつつあります。折からのメタバースブームに乗って、前倒しでメタバースをキッチリと作る方向へと軌道修正しました。メタバースブームの先頭を走る役割ができたことは大きな成果だと感じています。
ただし、直近の2年は少し足踏みしており、思ったことの5%ぐらいしかできていないように感じています。私が本当にやりたいこと、またメタバースの本来あるべき姿をゴールとすれば、現状は約5%といった完成度だと思います。
コミュニケーションの場としての機能は実現できているバーチャル渋谷ですが、リアルな場に比べると発展途上の場特有の制限があります。ゲームや、バーチャル渋谷、これらはすべて特定の人や企業が営利目的で作った箱庭です。Web3.0で目指すようなパブリックな場にはなっていません。
リアルな渋谷は、目的もなく、ふらっと集まった若者で賑わう、そんな場です。その場で運営する企業にお金を払って遊ぶだけではなく、ともすれば、この場でお金を稼ぐこともできます。そうした状態に達すればメタバースになったと言えます。この点は、バーチャル渋谷の伸び代だと思います。
SNSや動画投稿サイトに、自分で制作したデジタルコンテンツを上げることで、テレビに出演しているタレントよりも有名になっている人が大勢出てきています。ただし、こうした活動も、プラットフォーマーと呼ばれる運営企業が作ったルールの中でのみ可能です。コンテンツを制作した人の権利が、完全に個人に帰属しているわけではありませんし、その権利を他のプラットフォーム上で自由に行使できるわけでもありません。メタバースは、こうした縛りがない場である必要があると考えています。
それを実現するためには、デジタルコンテンツを制作する活動そのものに対して、権利を付与できる必要があります。現時点では所有権という概念はないため、そこで絵を描いてもすべてコピーされてしまいます。リアルな社会で、人が行動するかのような生活圏を作れるようになれば、本当の意味で、インターネットの中に新しい経済圏が生まれます。つまり、メタバースというモノができると、考えています。
中馬 ── 仮想空間は、「なんちゃってリアル」にとどまったのでは、存在意義がないと思います。もちろん、リアルな世界でできることを、仮想空間で肩代わりできるようにしないとメタバースを日常使いする際に不便を感じることもあるでしょう。しかし、仮想世界の方が圧倒的に優れている要素は必要です。
私は、「人の多様性への開放」が、キーワードになると考えています。人は本来、基本的には、多様性や多面性を持つ生き物だと思います。ただし、リアルな社会は法治国家なので、特定のルールの中で生きる必要があります。また、職業や出身校、国籍、趣味など後天的に決まった属性の枠組みの中で生きています。しかし、そうした枠組みの中だけで人格が形成されているわけではないと思うのです。心の中に秘めた思いや、やってみたいと思うことがあるはずです。しかし、リアルな社会には様々なしがらみがあり、こうした多様性を発露することが難しい面があります。仮想空間ならば、こうした秘めた思いを開放して、本来人があるべき多様性を表現できる自由が得られるのではないでしょうか。
中馬 ── 国会議員の先生に呼ばれて、『自由な空間は結構ですが、かわいい女の子のアバターをおじさんが追いかけ回して問題になっています。そういう、反社会的な側面をどう考えますか』と聞かれたことがありました。確かに、多くの人が共存する現実世界でそんなことが起きたら大問題です。
ところが、追いかけられて嫌がる人も確実にいる一方で、追いかけられたいと思ってかわいい女の子のアバターをあえて使っている人もいると思うのです。異なるルール・常識で存在する多様なメタバースを作り、自分の趣向に合ったメタバースに参加すればよいのではないでしょうか。渋谷にしたって、いろんな渋谷があってよいのだと思います。そんな多様な場を作れる点は、仮想空間ならではです。
ルールや常識は違っても、いずれもパブリックな場であることが重要です。多様な価値観を受け止める場ができれば、バーチャル空間ファーストになる時代が、自然にやってくると思っています。
中馬 ── 私たちは、バーチャル渋谷をリアルな世界とリンクさせたいと思っています。逆説的ではありますが、全くの別世界ならば、わざわざ渋谷をバーチャル化する必要はないからです。既に、バーチャルシティコンソーシアムという都市連動型のサービス提供を目指す取り組みを始めています。普段はバーチャルファーストで渋谷を利用し、時として、バーチャルで起きたことがリアルな街の出来事や催しに連動するといった形態を想定しています。バーチャル渋谷でマーケティングした結果を生かして、リアルなデパートなどでユーザーの価値観や望みに沿った売り場や商品を作るといったことが、普通に起きるとみています。
中馬 ── スマートフォンで利用できるサービスにしてはみたものの、意外と端末の性能が低くて、本来100表現できる潜在能力を持つコンテンツを、快適に利用できるようにするために10に絞って表現することを余儀なくされている点です。これは計画を2年前倒しにしてメタバースに取り組んだことも原因の一つとなっています。現在の状態でバーチャル渋谷を利用して、「なんだこの程度か」と思われると残念ですね。なるべく、表示品質を落としていることが分からないように、あの手この手の工夫をしています。それでも、たくさんのやりたいことが、まだ全然実装できない状態です。
また、Web3.0のトレンドがこれほど早く来るとは、元々の想定の中には入っていませんでした。ユーザーが作ったコンテンツを売買してみたいという要望が出てきており、それに対応する機能を実装するとなると、プラットフォームを一から見直す必要が出てきます。しかも、私たちからは、アバターや空間等の3Dデータのデータ容量をコントロールしてユーザー体験の質を高めるといったことができなくなってしまいます。この点は早くも直面している課題です。
中馬 ── 現在「バーチャル渋谷」のプラットフォームをつくり変えています。これから求められるオープンなメタバースに対応し、多様なプラットフォームをつなげて運用し、ブロックチェーンを活用して個人の資産を保護しながら売買できるものへと入れ替えたいと思っています。
中馬 ── 私たちは、適切な法的対応を促すために、コンソーシアムを作りました。現在の取り組みを基に、権利に関するルールのガイドラインを発信したいと考えています。日本政府は、奇しくもメタバースの領域で日本に先行的取り組みが出てきたため、気合が入っています。日本には、Web2.0でGAFAに美味しいところを持っていかれたという意識が強いので、クリエーターが強い力を持つメタバースでは、この領域と親和性の高いゲームやアニメの分野で高い競争力を持つ日本がリードしたいと考えているのです。
中馬 ── ITの分野では、米国で成功したサービスを日本風にアレンジして展開するといった取り組みがほとんどだったように感じます。ところが、現時点で、世界的に見てもメタバースで大成功している企業はまだありません。メタバースをビジネス化した際の勝ちパターンも確立されていないのです。こうしたフロンティアのような分野で、日本が既に挑戦できていることで、大きなチャンスが生まれています。
日本では、ガラケーの時代にインターネットへのアクセスで、一瞬、世界の先頭に立ちました。その当時、日本の通信事業者などが講演すると、アメリカのIT企業の関係者が、横に通訳を伴って最前列で聞いていました。そして、日本の取り組みのエキスを吸収して、自社でのビジネス創出に生かしていったのです。メタバースでは、その当時と同様の先頭を走っている感覚を覚えています。今度こそは、最後までやりきりたいと思っています。
中馬 ── 現時点で、インターネットの恩恵をあまり受けていない分野に大きなインパクトをもたらすのではないでしょうか。例えば、飼っているペットに行動や反応を検知するセンサーを取り付けて仮想空間上で会話するといった、デジタル化とは程遠かったような応用の方が伸び代があると言えます。また、NFT(Non-Fungible Token)応用の検討がにわかに進み始めたアートなども可能性のある分野です。もちろん、既にネットビジネスが発達している分野でも高付加価値なサービスが生まれるかもしれませんが、人を呼び寄せることでジャンプアップする分野の方がインパクトは大きいでしょう。ただし、リアルでやっていることを単にデジタル化するだけではだめで、メタバースの中で業務フローやビジネスモデル、バリューチェーンが一変するようなイノベーション創出を目指すことが重要になります。
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中馬 和彦(ちゅうまん かずひこ)
KDDI株式会社 事業創造本部 副本部長として、スタートアップ投資をはじめとしたオープンイノベーション活動、地方自治体や大企業とのアライアンス戦略、および全社横断の新規事業を統括
・経済産業省 J-Startup推薦委員
・経団連スタートアップエコシステム改革TF委員
・東京大学大学院工学系研究科非常勤講師
・バーチャルシティコンソーシアム代表幹事
・一般社団法人Metaverse Japan理事
・クラスター株式会社 社外取締役
・Okage株式会社 社外取締役
伊藤 元昭(いとう もとあき)
株式会社エンライト 代表
富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。
2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。