No.013 特集 : 難病の克服を目指す
連載02 デジタル化した触覚がUIとメディアを変える
Series Report

錯覚を利用して触覚を作る

触覚をユーザーインターフェースに利用するのと、メディアに利用するのでは表現技術に求められる水準が大きく異なる。ユーザーインターフェースでは、確実な操作感や心地よさを、実現可能な表現技術を使って比較的自由に開発することができる。これに対し、メディアは実物の触感・質感を忠実に再現する必要がある。現時点での触感の表現技術は、ユーザーインターフェースに利用できるレベルには達しているが、メディアとして利用するには足りない状況であると言える。そのため、よりリアリティーのある触覚の再現を目指す研究が進められている。

電気通信大学准教授の梶本裕之氏は、皮膚を広い範囲で刺激するのではなく、皮膚の中の触覚を感じている感覚受容器に細かく刺激を与えて、きめ細かい触覚を作り出す研究をした。電流と機械運動の両方を用いて、皮膚にある4種類の受容体それぞれに対応した刺激を与える触覚ディスプレイを試作。この装置では、コンピュータ内にある3Dオブジェクト表面の触感や、オブジェクトの角に指が当たったことも知覚できる。

4種類の受容体のうち、皮膚の表面近くに2mm程度の間隔で高密度に分布しているマイスナー小体、メルケル細胞では、圧力や低い周波数の振動をきめ細かく感じる(図5)。ここを刺激する装置は、フィルムの上に格子状に形成した2mm間隔で配列した電極から、指先の皮膚表面に電流を指先に流す。一方、皮膚内部の深いところにあるルフィニ終末、パチニ小体という受容器では、機械的な変位や高い周波数を感じる。ここを刺激する装置では、モーターの運動によって振動を与える。その4つを適宜組み合わせて、梶本氏は触感を再現しているのだ。

人の無毛部の皮膚中の触覚を感じる4つの受容体。
[図5] 人の無毛部の皮膚中の触覚を感じる4つの受容体。図中RAがマイスナー小体、SAIがメルケル細胞、SAIIがルフィニ終末、PCがパチニ小体。
出典:梶本裕之氏の博士論文「触原色原理に基づく電気触覚ディスプレイ」

触感設計のフレームワークが必要

様々な触覚の表現技術が登場しているが、触覚をデジタル化し、ユーザーインターフェースやメディアに利用する上で、実は表現技術の確立よりも前に解決しておくべき課題がある。それは、触覚を客観的に表現する指標である。

例えば、視覚表現である写真や動画は、色や明るさなど客観的かつデジタル化可能な指標で表現できる。視覚効果を思い通りに設計できるのは、こうした指標があるからだ。しかし、触覚にはこうした客観的指標がない。例えば、モノ表面の質感を表現するとき、我々は「つるつる」「ざらざら」「ぬめぬめ」といった曖昧な擬態語を使って表現する。さらに細かく表現しようとすると、「ガラス窓のようにつるつる」といった、聞き手の経験に頼った表現をすることになる。そして、言葉で表現した感触が、作り上げた感触に近いのか遠いのか相対評価することすらできない。しかも実際には、モノの表面状態が同じでも、温度や固さが異なれば、感触が変わってくる。こうした状況で、どのように触感を設計するのかというのは大きな課題なのだ。

そこで、日本での仮想現実研究の先駆者である慶應義塾大学特任教授の舘暲(たち すすむ)氏は、遠隔地に細やかな触感や存在感を伝えるロボットの実現に向けて、触覚を「圧覚・低周波振動覚・高周波振動覚・皮膚伸び覚・冷覚・温覚・痛覚」という7種類の要素感覚に分解して指標とする「触原色原理」を提唱した。先に紹介したアルプス電気の触覚フィードバック技術や電気通信大学の梶本氏の研究は、この触原色原理に基づいて開発された触覚表現技術である。

さらにNTTコミュニケーションの渡邊淳司氏と慶應義塾大学准教授の南澤孝太氏は、共同で触覚の設計の体系化を研究、提唱している。その触覚デザインの第一歩として、参照できる触覚の素材には何があるのかを洗い出し、それらの関係性を整理して見える化した。具体的には、二次元平面上に触感の素材を一定の規則に基づき配置し、触感相互の近さや遠さが分かるマップを作成(図6)。様々な触感の類似性や、どのような点が異なるのかを明確化し、触覚を設計する人の間で共有できるようにしている。

触感を表す様々な擬態語の相対的な関係を整理してマッピング
[図6] 触感を表す様々な擬態語の相対的な関係を整理してマッピング
出典:NTT技術ジャーナル、2011年9月

視覚や聴覚に訴える表現技術に比べて、触覚にかかわる技術の開発は、手つかずのフロンティアであると言える。今後、斬新なアイデアに基づく技術が、続々と登場することだろう。連載第2回では、電子機器などのユーザーインターフェースで触覚を活用すると、どのような可能性が開けるのか、さらに、現状でどのような技術が開発されているのかといった点について解説する。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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