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Interview
インタビュー

次世代の主力大型ロケット「H3」

岡田 匡史
JAXA 第一宇宙技術部門
H3 プロジェクトマネージャー
2015.10.09
次世代の主力大型ロケット「H3」

現在、日本の主力大型ロケットはH-IIAロケットだ。その打ち上げ能力を高めたH-IIBロケットも、国際宇宙ステーションへ物資を運ぶ「こうのとり」の打ち上げに使われてきた。そして今、それらに続く次期主力ロケットとして、H3ロケットの開発が進められている。運用中のロケットが高い成功率を誇る中で、なぜ新型ロケットが必要なのか、そして従来のロケットとの違いはどんなところにあるのか? JAXA、H3プロジェクトマネージャである岡田匡史氏に語ってもらった。

(インタビュー・文/岡本 典明 写真/ネイチャー&サイエンス)

ロケット開発の技術を継承するラストチャンス

 

── 現在、H-IIAロケットなど宇宙へ行く手段はすでにありますね。なぜ今、新型ロケットの開発が必要なのでしょうか。

たとえば、鉄道が進化して移動時間が短くなることで、人々の活動領域が広がりました。宇宙も同じで、宇宙を利用する上で、「輸送」はとても重要なファクターです。

今よりも宇宙に行きやすくするためには、現在使っているロケットを、さらに使いやすいものにする必要があります。そしてそれによって、日本としての宇宙活動がより活性化されていくことにもつながります。

また、なぜ"今"なのかということについては、もう一つ別の理由もあります。

── それはどんなことでしょう。

現在使用しているH-IIAロケットは、2001年に打ち上げられました。H-IIAロケットは、1994年に打ち上げられたH-IIロケットの改良型です。そのためロケット自体の考え方が、だいぶ昔のものになっています。ロケットの打ち上げ能力も、今の人工衛星のサイズと合わなくなってきている面があります。また、世界では価格の安い新型のロケットが出てきて、相対的な競争力も下がっています。そうなると、自ずと打ち上げ機会が減ってきます。打ち上げ機会が減ると、産業の基盤的な部分が少しずつ弱くなっていってしまうのです。それが続いていくと、いずれ日本がロケットを作れなくなってしまう時代がきてしまいます。

また、技術の継承も必要です。私は今53歳ですが、初の純国産大型ロケットであったH-IIロケットは、私が社会に出てはじめて取り組んだロケットでした。つまりそのロケットの開発を知っているのは私くらいの年齢より上の人たちなのです。H-IIAロケットは、改良とはいえさまざまな技術が投入されていますが、まるごと新しいロケットを開発することで得られる技術力というのは相当なものです。

新しいロケットを開発する機会を、あるタイミングで設けていかないと、遠からず開発経験がない人ばかりになってしまう。もうラストチャンスだと思いながら、ずっと訴えかけもしてきました。今から5年後にやろうと思っても、定年退職前にやりきれる人はどんどんいなくなってしまうのです。タイミングとしては今だと思っています。

の図
[図1] 2014年12月3日、小惑星探査機はやぶさ2を搭載して打ち上げられたH-IIAロケット。
CREDIT:JAXA

H3ロケットはこれまでのロケットとどこが違う?

 

── H3ロケットは、これまでのH-IIAロケット、H-IIBロケットと比べてどこが違うのでしょうか。

見た目は似ているのですが、並べてみると大きさが違うのがわかります。H-IIAロケットが全長53m、H-IIBロケットが56.6mなのに対して、H3ロケットは約63mです。一回り大きいんですね。

またいちばんのコンセプトの違いは、H3ロケットの場合、固体ロケットブースタ(SRB)がない状態で飛べることです。H-IIAロケットはSRBがないと飛ぶことができません。

── SRBはロケット本体の外に付けられる小型のロケットですね。

H-IIAロケットでSRBを2本付けた状態と、H3ロケットでSRBを付けていない状態とで、ほぼ互角の能力が出せるようになっています。ロケットの第1段のエンジンの数が、H-IIAロケットでは1基であるのに対して、H3ロケットでは3基束ねています。エンジン1基の推力も、H-IIAロケットに比べてH3ロケットは1.4倍です。

── SRBの本数等によって、色々な重さの衛星に対応できますね。

H3ロケットでは、SRBが2本や4本のバージョンが可能です。またロケット本体の1段目のエンジンを2基にすることもできます。組み合わせによってバージョンが何種類かあります。これまでのロケットはすりあわせで作っているところがあり、ちょっとした構成要素の見直しをするにも、色々なところに影響が及ぶ設計になっていました。H3ロケットでは、各部をモジュール化することによって、たとえばSRBの数を変えても本体にあまり影響を与えないような設計にしています。その点は従来と大きく違うところです。

── SRBの取り付け部分も変更されていますね。

H-IIAロケットでは、電柱ほどの太さの棒を使ってSRBを取り付けています。H3ロケットでは、もっと簡単な取り付け構造を採用しました。SRBは推力が大きく、真ん中のロケット本体を持ち上げる役割があるので、結合部には大きな力がかかります。相当気を使った設計になるとは思いますが、今チャレンジしているところです。打ち上げ準備期間を短縮するために、そのような工夫を色々と行っています。

── 整備期間の短縮はコスト削減につながりますね。

そうです。ロケットを整備するエンジニアが種子島に行って作業する時間と手数の問題は、コストに大きく影響しますから。

── 製造の過程も違うと聞いています。

H3ロケットでは、ロケットの製造時にライン生産の概念を導入することも、これまでと大きく違います。従来は受注生産に近い形で作られていましたが、H3ロケットでは注文がなくても同じペースでロケットを作っていきます。ミッションが決まった段階で、必要なオプションを追加するイメージです。

の図
[図2] H-IIA、H-IIBロケットとH3ロケットの比較。H3ロケットは従来より一回り大きくなる。
CREDIT:JAXA

従来と異なる方式のエンジンを新たに開発

 

── H3ロケットの1段目のエンジンも新しく開発されますね。

ロケットの1段目に使うLE-9というエンジンを新たに開発します。このエンジンは、H3ロケット開発の目玉です。

── 従来のエンジンとはどこが違うのでしょう。

エンジンの構造がシンプルになることで信頼性が高くなり、しかもコストが安くなるというのがメリットです。コストは半額くらいのイメージですね。エンジンを3基取り付けますから安くする必要があります。

大型のロケットは、基本的にターボポンプ*1を使って燃料をタンクからエンジンの燃焼室に送ります。そのターボポンプを動かすためのタービンを回す方式が、従来のH-IIAロケットのエンジンとは異なっています。H-IIAロケットのエンジンLE-7Aでは「二段燃焼サイクル*2」という方式でしたが、H3ロケットでは、より構造がシンプルな「エキスパンダ・ブリード・サイクル*3」という方式になります。

世界のロケットで、失敗の半分くらいはエンジン周りにあるといわれています。そこの信頼性を高めるのは肝心です。信頼性の高い簡素なものを作るために「エキスパンダ・ブリード・サイクル」を採用することにしました。

── エキスパンダ・ブリード・サイクルにすることのデメリットはないのでしょうか。

ロケットの性能指標の一つである燃費が下がるというデメリットはあります。ただロケットのシステム全体としてバランスをとることで、デメリットの部分をカバーするようにします。そういった考えの下で、コストも大幅に下がるということで、エンジンの方式を変えるという選択をしました。

の図
[図3] H-IIA/IIBロケットの第2段エンジン(LE-5B、LE-5B-2)はエキスパンダ・ブリード・サイクル方式が採用されている。H3では第1段、第2段ともにエキスパンダ・ブリード・サイクル方式のエンジンとなる。
CREDIT:JAXA

種子島宇宙センターの改修は最小限に

── H3ロケットの開発に伴って、種子島宇宙センターの設備も少し変更されますね。

変更が大幅にならずによかったなと思っています。当初、いちばん頭を悩ませていたのは整備組立棟*4でした。H3ロケットはH-IIAロケットなどと比べて大きいので、整備組立棟を新たに建設する必要があるだろうと考えていました。新しく作るとなると費用が相当かかります。最終的には、ロケット全体が何とか棟内に収まるようにできたのですが、これは幸いでしたね。ただし建物は同じですが、中での整備や点検の方式は大きく見直します。

── 発射地点(射点)*5は、従来のものが使われます。

はい。H-IIBロケットの打ち上げで使っている射点を使えます。射点には、燃料を充填するための配管があったり、打ち上げ時の噴煙が通り抜けるトンネルのようなものがあったりします。シミュレーションを行った結果、噴煙の量も何とか処理できる範囲内だとわかり、新しく作り直さなくてすみました。

使えるものは、もったいないから使うというのが基本です。どうしても新しくしないといけないのが、ロケットの発射台まわりですね。発射台本体と、ロケットを整備組立棟から射点まで移動するための台車のようなものは、新しく作ります。

── 打ち上げ当日の管制などを行う発射管制棟は、これまで発射地点のすぐ近くにありました。それが遠い場所に移されるそうですね。

H-IIAロケットなどでは、打ち上げ当日は発射管制棟の地下、いわばシェルターの中で、100〜150人くらいの人たちが管制業務を行っています。打ち上げ当日の燃料充填以降は3km以内の範囲の人払いをするので、管制棟内の人たちは缶詰になるわけです。そうなると、一時的な作業にあたる人も、最初から最後までずっとそこにいる必要が出てきます。

なぜ射点の近くに作られたかというと、やはりいざという時にロケットに近い方がよいだろうという考えからだったと思います。ただ今まで運用してきて、その必要が必ずしもないことがわかってきました。ですから発射管制棟を3kmの外に出すことにしました。それによって、必要に応じて人が出入りできるようになります。

── そのあたりは、これまでH-IIAロケットを長く運用をしてきたからこそ出てきた考え方ですね。

H-IIAロケットは現在28機打ち上げられています。それまでのロケットは、日本のロケット技術力を高めることを主眼にしており、一つのモデルでせいぜい10機程度の運用でした。10機の運用で次のロケットを打ち上げることになると、最初の2機くらい運用したら、もう次の開発に入ってしまうわけです。今回はそうではありません。H-IIAロケットの運用の経験が、しっかりとH3の開発に生かされています。

種子島宇宙センターの吉信射点エリアの空撮の図
[図4] 種子島宇宙センターの吉信射点エリアの空撮。射点は現在H-IIBで使われている射点を改修して利用する。
CREDIT:JAXA

ロケット産業を維持するには商業ミッションが必要

── H3ロケットでは、コストを下げることも目指していますね。

宇宙開発の中でも、輸送コストは本当にお金がかかります。たとえばアポロ計画だと、計画全体の資金のうち、確か70~80%が輸送にかかったコストだったといわれています。

輸送コスト全体を下げるために、H3ロケットの開発にあたっては、種子島宇宙センターの維持費を下げるような設備の設計をすること、そして打ち上げそのもののコストを下げることを目指しています。

民生品の活用や部品の共通化、それから日本が得意としている製造技術については、たとえば自動車産業の優れた部分などを勉強する等、積極的に取り組んでいきたいと思います。またロケットの自動点検を増やしたりするなど、全体的に運用をコンパクトにすることでも、コスト削減を目指しています。

ただし、単にロケットの価格が下がるだけでは産業基盤に影響が出てきます。事業規模が小さくなってしまうんですね。エンジニアを維持したり、生産設備を維持したりといったことを考えると、事業規模が小さくなった分、他から補填するようなことを考えないといけません。そこを商業ミッションで補おうと考えています。

 

── ただし、単にロケットの価格が下がるだけでは産業基盤に影響が出てきます。事業規模が小さくなってしまうんですね。エンジニアを維持したり、生産設備を維持したりといったことを考えると、事業規模が小さくなった分、他から補填するようなことを考えないといけません。そこを商業ミッションで補おうと考えています。

そうです。産業規模を維持しないと、ロケット自体が打ち上げ続けられなくなってしまいます。政府の衛星は計画に基づいており急に数が増えることはないので、商業ミッションの数によって産業の規模が決まってくる面があり、そこが勝負どころです。

これまでは年に2〜3機の打ち上げでした。H3では、ロケットの注文から打ち上げまでの期間や、ロケットの組み立て作業などを大幅に短縮して、コンスタントに年に6機以上の運用を目指しています。

── 最後に、今後の予定を簡単に教えてください。

現在は基本設計のフェーズです。何とか今年度中に一区切り付けて、次のフェーズに入りたいと考えています。

2016年終わり頃から開発は山場を迎え始めると思います。そのころから、ロケットエンジンやSRBの実機大地上燃焼試験など、それまでの設計に基づいて実際にものを作っての試験が始まります。最初はパーツごとの試験ですが、2018〜19年ごろからは、たとえばエンジンとタンクを組み上げてエンジンを燃焼させるなど、システムとして組み合わせた試験が始まります。最後に、種子島でロケットを実際に組み立てて燃料を充填してカウントダウンするという、本物を使った地上総合試験を行います。そして2020年度に試験機1号機の打ち上げ予定というスケジュールです。

── ありがとうございました。

の図
[図5] 種子島宇宙センターなどのインフラの維持費や、従来のような政府・JAXAの打ち上げミッションのコストを削減し、その分を将来への開発投資などに回す。売上が減った分は、商業ミッションで補うことを目指している。
CREDIT:JAXA

[ 脚注 ]

*1 ターボポンプ:
*2 二段燃焼サイクル:
*3 エキスパンダ・ブリード・サイクル:
H-IIAロケットやH3ロケットでは、タンク内の液体水素(燃料)と液体酸素(酸化剤)をエンジンの燃焼室で燃焼させて発生したガスを噴射する。そのとき液体水素や液体酸素をエンジンの燃焼室に送る役割をしているのがターボポンプである。二段燃焼サイクルのエンジンは、ターボポンプのタービンを回すためのガスを作るための小さな燃焼室がある。一方でエキスパンダ・ブリード・サイクルのエンジンにはその小さな燃焼室がなくシンプルな構造になっている。
*4 整備組立棟:
工場から運ばれてきたロケットの第1段、第2段や固体ロケットブースタなどを組み立てるための建物。ロケットは移動発射台の上に組み立てられ、打ち上げ当日に発射地点へ、移動発射台ごと移動する。
*5 射点(発射地点):
H-IIAやH-IIBなどの大型ロケットは種子島宇宙センターの吉信射点エリアの発射場から打ち上げられる。吉信射点エリアには現在、H-IIAロケットを打ち上げる第1射点と、H-IIBロケットを打ち上げる第2射点があり、H3ロケットでは第2射点が使われる予定だ。
Profile
岡田 匡史氏

岡田 匡史(おかだ まさし)

JAXA H3プロジェクトマネージャ。1989年、東京大学大学院工学系研究科航空学専攻修士課程修了。2010年、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科より博士(システムエンジニアリング学)の学位を取得。旧宇宙開発事業団(NASDA)角田ロケット開発センター、種子島宇宙センター(ロケットエンジン開発試験担当)、H-IIAプロジェクトチーム等で液体ロケット開発に参加。システムズエンジニアリング推進室長、宇宙輸送推進部計画マネージャを経て、2015年、H3ロケット開発のプロジェクトマネージャに任命され、現在に至る。

Writer

岡本 典明(おかもと のりあき)

株式会社ブックブライト代表。サイエンスライター/エディター。20年以上にわたって科学雑誌ニュートンに携わり、編集者、編集部長などを経て独立し2011年末に株式会社ブックブライトを設立。科学技術関連記事などの編集・ライティングなどを行う傍ら、電子書籍を刊行中。

URL: http://bookbright.co.jp/
Twitterアカウント; @BookBrightJP

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