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Science Report
サイエンス リポート

高齢化社会をサポートする介護ロボット

文/石井 英男
2012.11.12
高齢化社会をサポートする介護ロボット

高齢化社会に向かう中、ロボットの応用分野の一つとして有望視されているのが、介護を助ける介護ロボットや歩行などの日常生活をアシストしてくれるアシストロボットだ。特に日本が進んでいる分野でもあり、すでに実用化されている製品もある。ここでは、介護ロボットやアシストロボットの現状と、今後の動向について解説する。

超高齢化社会に向かう中、介護ロボットやアシストロボットの開発は急務

日本が抱えるさまざまな問題の中でも、少子高齢化は深刻な問題である。2010年の高齢化率(65歳以上の人口が総人口に占める割合)は23.1%に達しており、世界でも類のない超高齢化社会になっている。今後もさらに高齢化は進むと予測されており、高齢者や身体が不自由な人を、どう介護していくかが大きな課題である。人間の介護には、多大な労力が必要であり、高齢者が高齢者の介護をせざるを得ない状況が増えてくることを考えると、介護を助けてくれる介護ロボットや、歩行や食事などの日常生活をアシストしてくれるアシストロボットの開発は急務である。また、一人暮らしの老人では、話し相手になってくれる癒やし系ロボットに対する需要も高まるだろう。

そうした事情もあり、日本では、介護ロボットやアシストロボットの開発に力を入れる企業や研究機関が多く、中にはすでに実用化されているものもある。そこでまず、介護ロボットやアシストロボットの現状を解説したい。

ベッドや車いすをロボット化することで移乗の負担を軽減

車いす生活を送っている人を介護する場合、要介護者を車いすからベッドへ、また逆にベッドから車いすへと移乗させる必要があるが、こうした移乗介助は力と技術が要求され、下手をすると要介護者が転倒して怪我をしたり、介護者が腰を痛めてしまうこともある。そこで、こうした負担を軽減するために開発されているのが、トヨタの「移乗ケアアシスト」ロボットやパナソニックの「ロボティックベッド」である。

トヨタの移乗ケアアシストロボットは、体重保持用アームとアシスト台車を組み合わせたもので、要介護者の持ち上げ/下ろしを行うパワーアシスト機能と人を運ぶ際の移動アシスト機能を備えている。パナソニックのロボティックベッドは、電動ケアベッドと電動車いすが融合したもので、利用者自らの操作で電動車いすと電動ケアベッドを簡単に合体/分離できることが特徴だ。

移乗ケアアシストとロボティックベッドは、2013年以降の実用化を目指して開発が進められており、介護関係者の期待も大きい。パナソニックは病院まるごとロボット、家まるごとロボットというコンセプトを打ち出している。

トヨタの「移乗ケアアシスト」ロボットの写真
[写真] トヨタの「移乗ケアアシスト」ロボット。トイレでのオムツ換えの介助も行える
パナソニックの「ロボティックベッド」の写真
[写真] パナソニックの「ロボティックベッド」。電動ケアベッドと電動車いすが融合したもので、合体するとベッドモードに、分離すると車いすモードになる

実用化が近い歩行アシストロボット

アシストロボットの中でも、実用化が近いとされているのが、歩行や歩行練習を助ける歩行アシストロボットだ。トヨタは、「自立歩行アシスト」と「歩行練習アシスト」という2種類の歩行アシストロボットを開発中である。前者は、下肢麻痺などで歩行が不自由な人の自立歩行支援を目的に開発されたもので、膝の振り出しをアシストする。後者は、自立歩行アシストを応用したもので、歩行練習の初期段階からの自然な歩行の習得を支援するロボットである。

ホンダも「リズム歩行アシスト」と「体重支持型歩行アシスト」という2種類の歩行アシストロボットの開発を行っている。ホンダといえば、二足歩行ロボット「ASIMO」が有名だが、これらのロボットはASIMOと同様、人の歩行研究の蓄積をベースに開発されている。リズム歩行アシストは、腰の部分のモーターで足を前に振り出すときと、足を後ろにけりだすときに太もも部分をアシストすることで、歩幅と歩行リズムを調整する。ベルト着用タイプのシンプルな構造であり、さまざまな体格に対応可能だ。ホンダは、2012年8月下旬から独立行政法人国立長寿医療研究センターが開始した介護予防効果検証プログラムに40台のリズム歩行アシストを提供し、検証を行っている。体重支持型歩行アシストは、リズム歩行アシストとは異なり、利用者の体重の一部を支えることで、脚の筋肉や関節の負担を軽減する仕組みだ。

左:トヨタの「自立歩行アシスト」の写真 右:トヨタの「歩行練習アシスト」の写真
[写真] 左:トヨタの「自立歩行アシスト」。膝の振り出しをアシストすることで、歩行が不自由な人の自立歩行を支援する 右:トヨタの「歩行練習アシスト」。自立歩行アシストを応用し、歩行練習の初期段階からの習得を支援する
左:ホンダの「リズム歩行アシスト」の写真 右:リズム歩行アシストを装着して歩いている様子の写真
[写真] 左:ホンダの「リズム歩行アシスト」。腰の部分のモーターで、太もも部分をアシストする 右:リズム歩行アシストを装着して歩いている様子
ホンダの「体重支持型歩行アシスト」
[写真] ホンダの「体重支持型歩行アシスト」。股の間に機器が配置されることが特徴

すでに実用化されている食事支援ロボットや排泄処理ロボット

ロボットは、ある特定の作業のみ可能なものから実用化が始まり、技術の進化に伴い、より汎用的な作業が可能なロボットが登場することになる。介護ロボットの分野でも、特定の作業をアシストするロボットはすでに実用化されており、その代表として、食事支援ロボットや排泄処理ロボットが挙げられる。

セコムの「マイスプーン」は、手の不自由な方でも、自分で食事ができるようにする食事支援ロボットで、身体の状態にあわせて手動モード、半自動モード、自動モードの3種類の操作モードを選べることが特徴だ。マイスプーンは、2002年4月に発表され、日本だけでなく、オランダやベルギー、イタリア、フランスなど、ヨーロッパ各国でも販売されており、2006年時点で約300台の出荷実績がある。

エヌウィックが開発した「マインレット爽」(販売は大和ハウス工業)は、全自動の排泄処理ロボットである。寝たきりの人の排泄ケアは、要介護者、介護者双方にとって身体的、精神的に負担となるが、マインレット爽を使うことで、寝たきりの人のQOL(生活の質)が向上し、介護者の負担も減る。マインレット爽は、排泄物カップをセットした専用カバーを紙おむつと同じように装着し、カバーと本体をホースユニットに接続して利用する。排尿や排便をセンサーが感知すると、自動吸引を開始し、排泄物カップ内蔵の温水シャワーで洗浄後、温風でゆっくり乾燥させる仕組みだ。本体は介護保険の「貸与」品目適用機器となっており、1割負担のレンタルで気軽に利用できる。

セコムの食事支援ロボット「マイスプーン」の写真
[写真] セコムの食事支援ロボット「マイスプーン」。スプーンの動きをジョイスティックで操作する手動モードのほか、半自動モードや自動モードも用意されている
エヌウィックの排泄処理ロボット「マインレット爽」の写真
[写真] エヌウィックの排泄処理ロボット「マインレット爽」。右側が本体で、衛生ユニットは本体から分離できるようになっている

アニマルセラピー的な効果が見込める癒やし系ロボット

今後は、肉体的なアシストを行うロボットも重要だが、楽しみや安らぎをもたらす癒やし系ロボットの需要も大きくなると予想されている。癒やし系ロボットの代表が、産業技術総合研究所が開発した「パロ」である。パロは、タテゴトアザラシの赤ちゃんをモデルにした癒やし系ロボットであり、外界からの刺激や昼夜のリズム、気分といった3つの要素から生き物らしい行動を生成する。さらに、なでられると気持ちがいいという価値観を持ち、なでられた行動が出やすくなるように学習し、飼い主の好みへと近づいていく。名前をつけて呼びかけるとその名前に反応するので、動物とのふれあいにより、心の病を治療するアニマルセラピーと同じような効果が得られる。パロは、2005年3月から販売が開始されており、日本国内だけでなく、デンマークやオランダなど、世界各国の高齢者施設や病院などで導入されている。

また、イフーが販売している「よりそいifbot」は、高齢者の脳の健康を目的として開発されたパートナーロボットである。計算やなぞなぞ、記憶ゲームなど、脳をトレーニングする11のコンテンツと4つの情報系コンテンツが搭載されており、毎日使い続けることで、脳の活性化を促し、認知症を予防するというものだ。また、ロボットと会話をすることで、孤独感や寂しさをやわらげ、老人性うつなどの予防にもつながる。

左:癒やし系ロボット「パロ」の写真 右:高齢者向けパートナーロボット「よりそいifbot」の写真
[写真] 左:産業技術総合研究所が開発し、世界各国で使われている癒やし系ロボット「パロ」 右:イフーが販売している高齢者向けパートナーロボット「よりそいifbot」

助成金や貸与などの普及を後押しする施策が求められる

このように日本は、介護/アシストロボットの研究開発においては、世界の最先端を走っており、今後はマイスプーンやパロのように、海外展開を行うロボットが増えてくるであろう。これから、日本社会の高齢化がさらに進んでいくことは確実であり、その実用化には大きな期待がかけられている。ロボットの助けを借りることで、身体の不自由な高齢者が心豊かに暮らせる社会は、もうすぐそこまで来ているのだ。

しかし、こうしたロボットが広く使われるようになるには、やはり価格の高さがハードルとなる。例えば、パロも1体約40万円程度しており、個人が気軽に購入できる価格ではない。介護/アシストロボットの中には、助成金の対象となったり、介護保険の「貸与」品目に該当するものもあるが、こうしたロボットの普及を後押しするためのさらなる施策が求められる。公的扶助だけでなく、レンタルやリースなどの、より導入しやすいプランの拡充も大切である。こうした施策により出荷台数が増えれば、価格も下がり、さらに普及が進むことになるだろう。できるだけ早い段階で、こうしたポジティブスパイラルに乗せ、介護/アシストロボット市場を確立させていくことが重要であろう。

Writer

石井 英男(いしい ひでお)

1970年生まれ。東京大学大学院工学系研究科材料学専攻修士課程卒業。

ライター歴20年。大学在学中より、PC雑誌のレビュー記事や書籍の執筆を開始し、大学院卒業後専業ライターとなる。得意分野は、ノートPCやモバイル機器、PC自作などのハードウェア系記事だが、広くサイエンス全般に関心がある。主に「週刊アスキー」や「ASCII.jp」、「PC Watch」などで記事を書いており、書籍やムックは共著を中心に十数冊。

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