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シリコンに代わる新しいパワー半導体の候補としてSiC(シリコンカーバイド)とGaN(窒化ガリウム)が注目されている。パワー半導体の分野でシリコンはまだまだ主流ではあるが、性能はSiCやGaNの方が優れている。なぜ、シリコンではない半導体がパワーデバイスに求められるのか。今回はその背景と、商用化へ進む各社の取り組みを紹介する。そして次回の最終回では、新化合物パワー半導体の市場性の問題や、高いコストなどの課題をどうクリアするかに迫りたい。
現在もパワー半導体の主流はやはりシリコンだが、近年はSiCやGaNを使ったパワートランジスタの開発が活発になってきている。SiCダイオードを使った効率の高いインバータはすでに電車に採用されているし、GaNを使った電源アダプタ(AC-DCコンバータやDC-DCコンバータ)も発売間近だ。
東京メトロ銀座線の最新車両「1000系」(図1・左)に、2013年からSiCダイオードのインバータ導入が始まった。JR山手線でもSiCダイオードのインバータを導入した車両「E235系」は走っているが、量産はやや遅れている。2015年11月に運行トラブルが発生したためだ。ただし現在は量産を再開し、2017年春から順次投入される予定だ。
小田急電鉄「1000形」のリニューアル車両(図1・右)にも、三菱電機のSiCパワー半導体のインバータが搭載され、実験でその威力が確認された。SiC半導体を搭載したVVVF(Variable Voltage Variable Frequency)インバータ装置では、SiCダイオードおよびMOSトランジスタを使った場合と、従来のGTO(Gate Turn Off)サイリスタとpinダイオードを使った場合を比較したところ、SiCの方が40%も省エネ効果を示したと2015年6月に報告されている参考資料1。また、JR東海道新幹線の車両「N700S」にもSiC半導体のインバータを導入する計画が発表されており、2020年度にはSiC半導体をインバータに採用した新幹線が走行する予定だ。
SiCパワー半導体は電車から商用化が始まったが、GaNパワー半導体はもっと身近なACアダプタへの採用が間もなく始まる(図2)。量産レベルではSiCよりもGaNパワー半導体の方が進んでいると言えるだろう。SiCは電車部品としてすでに商用化されているが、数量は極めて少なく、半導体供給側から見るとまだ実験段階に近いからだ。これに対してGaNはLED照明の基本材料として採用実績を持ち、半導体の主流とも言えるシリコンを基板として使えるため安価にしやすいという特性がある。
しかも、SiCパワー半導体にはトランジスタとダイオードの2種類あるが、電車に使われ始めたのはダイオードのみである。このダイオードは、トランジスタをオンからオフに切り替えた際に残留する電荷を素早く引き抜くために使われる半導体で、トランジスタで電流の流れる方向とは逆向きに並列に接続される。今のところ電車に使われているのはSiCダイオードだけであり、SiC MOSトランジスタはまだ使われていない。
SiCのダイオードが最初に使われるようになったのは、従来のシリコンのpnダイオードよりも高速動作が可能なショットキーダイオードを作製できるからだ。ショットキーダイオードは高速スイッチングができるものの、シリコンでは耐圧が低く使いものにならなかった。そこで早くからシリコンのpnダイオードが、絶縁耐圧の高いSiCに置き換えられるようになったのだ。世界的に見ると、日本ではSiCに、海外ではGaNに力を入れている状況となっている。
SiCやGaNが注目されている最大の理由は、上で少し述べたように絶縁耐圧が高いためだ(図3)。SiCやGaNはエネルギーバンドギャップ*1が大きい半導体である。半導体という材料は、電気を通す金属のような導体と、電気を通さない絶縁体との中間の性質を持つ。かなり乱暴な言い方だが、導体はエネルギーバンドギャップがほぼゼロで、絶縁体は非常に大きい。半導体はその中間だが、SiCやGaNなどのワイドギャップ半導体は絶縁体に近い性質がある。そのためシリコンと比べると、同じ電子を発生させる条件でも耐圧を高くとれる。しかも動作温度がより高い。
SiCのダイオードもトランジスタも、チップに対し垂直方向に電流を流すデバイスである。このため、接合耐圧を高く、電流密度を大きくとることは比較的易しい。耐圧は1200VがSiCの常識となっており、例えば電気自動車では、直流600V程度まで電圧を上げてモータを駆動する。一瞬とはいえ、非常に大きな電圧が加わるわけだが、製品には実際に加わる電圧の2倍の耐圧が望まれるため、1200VのSiCが必要とされている。
一方、GaNトランジスタは耐圧650Vのものが多く、600~650Vの需要が高い。これは、例えばAC-DC電源アダプタを構成する場合、日本は100Vだが、米国は117V、欧州では210~245Vが標準の商用電圧であり、世界共通仕様すなわち100~245Vの交流電源に対応できることがパソコンやスマートフォンに求められている。交流の平均電圧230Vというのは実効値であり、その最大電圧は1.41倍の324V。その2倍の耐圧というと約650Vになるわけだ。
国内のパワー半導体メーカーはSiCに力を入れているが、耐圧が高ければ高いほど市場は小さくなっていく傾向がある。一方、市場を重視する海外メーカーは耐圧の低いGaNに力を注いでおり、GaNをスマホ用のACアダプタ電源(AC-DCコンバータ)に使うことを狙った半導体メーカーが出てきている。さらに、GaNは従来のシリコンウェーハ上に結晶成長させて製造できるというメリットもあるため、量産化を進めやすい。そこで以下では、ここ1年くらいの間に、活発に商用化が進められてきたGaNを中心に紹介していく。
GaNの商用化を進めているのは、ダイアログセミコンダクター社、テキサス・インスツルメンツ(TI)社、インフィニオンテクノロジーズ社、GaNシステムズ社、トランスフォーム社、EPC(Efficient Power Conversion)社などである。トランスフォーム社には日本の産業革新機構も資本注入しているが、ここ1年、対外活動は鳴りを潜めている。
ダイアログセミコンダクター社は、スマホの電源アダプタ用に、GaNトランジスタと制御回路をIC化したチップセットを売り出す。新しい半導体GaNを、民生用であるスマホの電源に使うのはなぜか。それは、スマホの電源の小型化と低消費電力のためだ。耐圧600V程度ならシリコンのMOSトランジスタでも得られるが、その分ドレイン抵抗が犠牲になるため、高速動作できない。しかし、電源にスイッチング方式を用いて高速動作させると、周辺のコイルとコンデンサを小さくできるというメリットがある。シリコンのMOSトランジスタはIGBTよりは高速だが、耐圧を上げると抵抗が高くなり、消費電力が高くなって電力効率が落ちてしまう。ところが、GaNだと抵抗を減らしても耐圧650Vは簡単に得られるため、高速動作に対応できるというわけだ。
しかもダイアログセミコンダクター社は、パワーMOSトランジスタ部分だけではなく、制御回路も全てGaN半導体で形成する(図4)。複数のチップで形成するとボンディング線のコイル成分の影響を受け、却って動作が遅くなるからだ。
同社が狙う市場では今後、急速充電も可能になる。急速充電では、電源側とスマホ側で共通のプロトコル通信が必要となるが、このデジタル回路もGaNで形成する。同社はチップセットに使う4チップのうち3チップはすでにサンプル出荷しており、残りも数ヶ月以内にリリースする予定のようだ。
TI社も、ゲートドライブ回路とパワーMOSトランジスタを1パッケージ内に集積したICを、2016年5月にリリースした。パワートランジスタは単体だと、例えばマイコンやデジタル回路で直接駆動することができないため、ゲートドライブ回路が欠かせない。また、ゲートドライブ回路とパワートランジスタが別々では、回路上の浮遊容量や寄生抵抗などの影響で、高速性がやや失われてしまう。そこで同社は、シリコンのゲートドライブ回路とGaNのパワーMOSトランジスタを1パッケージ内に集積し、寄生素子を排除した。
インフィニオン社は、インターナショナルレクティファイア社を買収したことで、GaNパワー半導体を手に入れた。GaNやSiCトランジスタは、シリコンのIGBTと比べると高速である。また、シリコンのMOSトランジスタと比較すると、同じような電流容量に設計するなら、オン抵抗が小さくなるか、出力容量が小さくなる。つまり、オン抵抗をシリコンと同じくらいにするなら面積が大きくなり、逆に出力容量を増やさないように設計すればオン抵抗が高くなるわけだ。インフィニオン社の分析によれば、消費電力を上げずに高速動作させる用途は、GaNの方がSiCよりもむしろ多いとしている(図5)。
カナダのGaN Systems社はファブレス企業だが、GaNの量産化に向けその歩留まりを上げるための設計上の工夫を行っている。同社は、6インチのシリコンウェーハ上にGaN層を形成する手法を使っているが、これだけでは歩留まりは上がらない。そこで「アイランド技術(Island Technology)」と呼ばれる設計手法を使う。これは、GaNノーマリオフ型*2パワートランジスタを小さな小信号トランジスタに分割し、それらをつなぎ合わせた構造を持つ。元々パワートランジスタの等価回路というのは、小信号トランジスタを多数並列接続したようなものだ。
また、接続の仕方に工夫があり、図6のように小さなMOSトランジスタのソース電極を表に出したセル(緑色)と、ドレイン電極を表に出したセル(青色)を交互に並べ、櫛型構造でドレインとソースの配線をつないでいく。そしてゲートは、別の端子として表面から取り出す。すると、たとえセルの1つが故障していても、ドレインまたはソースの配線が接続されているため、電流が少し減少するだけで不良にはならない。このため、歩留まりが90%くらいになるという。従来のGaNトランジスタは歩留まりが低く高コストなので、この数字は驚異的だ。
日本の産業革新機構が出資するトランスフォーム社は、2015年に最初の耐圧650VのGaNパワートランジスタを発売した。さらに2016年の9月には、電源メーカーのテレコディウム社と共同で、電源システム効率が94%と高い電源を開発している。この結果、従来のシステムと比べ、30%も体積が小型になったという。同社は、データセンターや通信機器用の電源を狙っており、標準規格団体JEDECが認める唯一の耐圧650Vパワートランジスタのメーカーだとしている参考資料2。
日本のパナソニックもGaNトランジスタを手掛けており、サンプル出荷の段階までこぎつけている。同社が狙う市場は、ソーラー発電の直流を交流に変換するパワーコンディショナー、自動車、サーバー電源、モーター制御などだ。製品の特長は、ノーマリオフ型に制御し、さらにGaNの結晶欠陥(トラップ)による電流の減少を、p型領域の導入でカバーしたことにある。そのGaNトランジスタはX-GaNと呼ばれ、すでにサンプル出荷が始められた。同社のプロモーションビデオでは、パワーアシストスーツ*3のモーターを駆動するための半導体トランジスタとして、GaNを紹介している。これまでのシリコンMOSFETやIGBTでは、電子回路基板が大きくなり小さな筐体には収まらないが、GaNでは小型にできるのが大きなメリットだ。
GaNの商用化でリードしているのは、米国のEPC社だ。同社は、かつてインターナショナルレクティファイア社のCEOを務めていたアレックス・リドー氏が創立した、GaNのベンチャー企業である。そのため同社はGaNに特化しており、トランジスタやICをすでに製品化しているほか、実績ベースの信頼性データも公表している。それによると、数百万デバイスの信頼性試験とフィールドテストを行ってきており、デバイス×動作時間の見積もりでは0.1FIT(1FITは10億時間当たりの故障数)以下だと、同社のビデオ参考資料3でリドー氏は述べている。
GaNやSiCはシリコンに代わる新しいパワー半導体材料である。特に、GaNはシリコン上に形成できるため、世界トップのファウンドリ(製造に特化した請負企業)TSMC社も手掛けており、普及という点ではSiCよりも一歩リードしている。ただし、SiC専門のファウンドリ企業も出てきており、今後の巻き返しが期待される。次回の連載最終回では、SiCとGaNの市場見込みや実用化について考察していく。
[第3回へ続く]