No.011 特集:人工知能(A.I.)が人間を超える日
連載02 省エネを創り出すパワー半導体
Series Report

生まれながらに高耐圧

SiCやGaNが注目されている最大の理由は、上で少し述べたように絶縁耐圧が高いためだ(図3)。SiCやGaNはエネルギーバンドギャップ*1が大きい半導体である。半導体という材料は、電気を通す金属のような導体と、電気を通さない絶縁体との中間の性質を持つ。かなり乱暴な言い方だが、導体はエネルギーバンドギャップがほぼゼロで、絶縁体は非常に大きい。半導体はその中間だが、SiCやGaNなどのワイドギャップ半導体は絶縁体に近い性質がある。そのためシリコンと比べると、同じ電子を発生させる条件でも耐圧を高くとれる。しかも動作温度がより高い。

シリコン、SiC、GaNの半導体材料の比較
[図3] シリコン、SiC、GaNの半導体材料の比較
出典:サンケン電気
https://www.semicon.sanken-ele.co.jp/guide/GaNSiC.html

SiCのダイオードもトランジスタも、チップに対し垂直方向に電流を流すデバイスである。このため、接合耐圧を高く、電流密度を大きくとることは比較的易しい。耐圧は1200VがSiCの常識となっており、例えば電気自動車では、直流600V程度まで電圧を上げてモータを駆動する。一瞬とはいえ、非常に大きな電圧が加わるわけだが、製品には実際に加わる電圧の2倍の耐圧が望まれるため、1200VのSiCが必要とされている。

一方、GaNトランジスタは耐圧650Vのものが多く、600~650Vの需要が高い。これは、例えばAC-DC電源アダプタを構成する場合、日本は100Vだが、米国は117V、欧州では210~245Vが標準の商用電圧であり、世界共通仕様すなわち100~245Vの交流電源に対応できることがパソコンやスマートフォンに求められている。交流の平均電圧230Vというのは実効値であり、その最大電圧は1.41倍の324V。その2倍の耐圧というと約650Vになるわけだ。

国内のパワー半導体メーカーはSiCに力を入れているが、耐圧が高ければ高いほど市場は小さくなっていく傾向がある。一方、市場を重視する海外メーカーは耐圧の低いGaNに力を注いでおり、GaNをスマホ用のACアダプタ電源(AC-DCコンバータ)に使うことを狙った半導体メーカーが出てきている。さらに、GaNは従来のシリコンウェーハ上に結晶成長させて製造できるというメリットもあるため、量産化を進めやすい。そこで以下では、ここ1年くらいの間に、活発に商用化が進められてきたGaNを中心に紹介していく。

商用化始まるGaNパワートランジスタ

GaNの商用化を進めているのは、ダイアログセミコンダクター社、テキサス・インスツルメンツ(TI)社、インフィニオンテクノロジーズ社、GaNシステムズ社、トランスフォーム社、EPC(Efficient Power Conversion)社などである。トランスフォーム社には日本の産業革新機構も資本注入しているが、ここ1年、対外活動は鳴りを潜めている。

ダイアログセミコンダクター社は、スマホの電源アダプタ用に、GaNトランジスタと制御回路をIC化したチップセットを売り出す。新しい半導体GaNを、民生用であるスマホの電源に使うのはなぜか。それは、スマホの電源の小型化と低消費電力のためだ。耐圧600V程度ならシリコンのMOSトランジスタでも得られるが、その分ドレイン抵抗が犠牲になるため、高速動作できない。しかし、電源にスイッチング方式を用いて高速動作させると、周辺のコイルとコンデンサを小さくできるというメリットがある。シリコンのMOSトランジスタはIGBTよりは高速だが、耐圧を上げると抵抗が高くなり、消費電力が高くなって電力効率が落ちてしまう。ところが、GaNだと抵抗を減らしても耐圧650Vは簡単に得られるため、高速動作に対応できるというわけだ。

しかもダイアログセミコンダクター社は、パワーMOSトランジスタ部分だけではなく、制御回路も全てGaN半導体で形成する(図4)。複数のチップで形成するとボンディング線のコイル成分の影響を受け、却って動作が遅くなるからだ。

電源アダプタはパワー半導体の効率が良くなり小型になった
[図4] GaNのパワートランジスタに制御回路を集積
出典:Dialog Semiconductor

同社が狙う市場では今後、急速充電も可能になる。急速充電では、電源側とスマホ側で共通のプロトコル通信が必要となるが、このデジタル回路もGaNで形成する。同社はチップセットに使う4チップのうち3チップはすでにサンプル出荷しており、残りも数ヶ月以内にリリースする予定のようだ。

TI社も、ゲートドライブ回路とパワーMOSトランジスタを1パッケージ内に集積したICを、2016年5月にリリースした。パワートランジスタは単体だと、例えばマイコンやデジタル回路で直接駆動することができないため、ゲートドライブ回路が欠かせない。また、ゲートドライブ回路とパワートランジスタが別々では、回路上の浮遊容量や寄生抵抗などの影響で、高速性がやや失われてしまう。そこで同社は、シリコンのゲートドライブ回路とGaNのパワーMOSトランジスタを1パッケージ内に集積し、寄生素子を排除した。

[ 脚注 ]

*1
エネルギーバンドギャップ: 結晶体では、電子は原子の近くに縛られており、原子から離れることはできない。しかし、あるエネルギーを与えると電子は原子の束縛を逃れ、自由に飛び出すことができるようになる。このエネルギーをバンドギャップという。金属のような導体はこのギャップはほぼゼロで、絶縁体はギャップが大きく、半導体はその中間になる。

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