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Science Report
サイエンス リポート

自動化から自律化へ、DXとデジタルツインが実現する未来社会

文/伊藤 元昭
2022.04.06
自動化から自律化へ、DXとデジタルツインが実現する未来社会

デジタルトランスフォーメーション(DX)やIndustry 4.0(第4次産業革命)といった、デジタルデータを活用することによる産業と社会のイノベーションがハイペースで進んでいる。人手に頼っていた作業を、デジタル化した作業へと変えていく業務改革に日々取り組んでいる人も多いのではないか。ただし、一言でDXやIndustry 4.0といっても、その内容にはいくつかのレベルがあることに注意する必要がある。そして、DXなどの取り組みの行き着く先にあるのが、「自律化」である。自律化は、よく似た言葉である「自動化」とは意味合いが大きく異なるものだ。人手作業を最小化し、データ活用の効果を最大限まで引き出すためには、自律化を目指すDXに取り組む必要がありそうだ。この記事では、DXによる自律化のインパクトやその実現を後押しするキーテクノロジーなどについて解説する。

一昔前に比べると、家電機器が、わずらわしい操作なしで簡単に利用できるようになったと感じないだろうか。例えば、かつての多機能なテレビやエアコンでは、リモコンに細かな設定や調整を行うためのボタンがたくさん並んでいた。自分好みの利用法を追求しようとすれば、取扱説明書を見ながら、これらのボタンを使いこなす必要があった。これが今では、機械がユーザーの利用状況や使用環境を自律的に学び取り、最適な条件で調整してくれるようになった。

同様に、機械が利用状況や使用環境を自律的に学び、ユーザーの便宜を図ってくれる例は、家電以外の分野にも増えている(図1)。例えば、ネット販売では、過去の購入履歴や検索履歴、年齢、性別などを基に、サービスサイトが自律的にお勧め商品を選び提示してくれるのが当たり前になっている。また、工業製品を作る工場でも、生産中に生じる製品品質のブレを察知して、自律的に生産条件を調整することで、高レベルな品質維持を可能にしたスマートファクトリーが実現している。さらに、株式の売買でも、プログラムが相場の動きを監視し、自律的に売買するアルゴリズム取引が当たり前のように行われている。

スマート家電・ネット通販・スマートファクトリー、株のアルゴリズム取引など、作業をシステムが自律的に行う例が増えてきた
[図1]スマート家電・ネット通販・スマートファクトリー、株のアルゴリズム取引など、作業をシステムが自律的に行う例が増えてきた
写真:Adobe Stock

システムによる自律化は、あらゆる分野で顕在化している情報通信技術(ICT)活用の一大潮流である。ここでは、今、システムの自律化が進んでいる背景と社会に与えるインパクト、加えて自律化を可能にする要素技術、さらには自律化が進んだ先にやってくる新たなシステム開発のパラダイムについて解説する。

4段階でプロセスを踏んで進化するDXとIndustry 4.0

豊かな暮らしを実現するため、新しい価値を生むビジネスを創出するため、社会問題を解決するため…。世界中の企業が、DXに取り組んでいる。DXとは、日常的な生活や業務の中で得られるデジタルデータを活用することで、業務の効率化や価値創造を加速させる取り組みである。

DXに先駆けて、2011年にドイツ政府は「Industry 4.0」と呼ぶ技術政策コンセプトを打ち出した。IoTやAIなど最先端のICTをフル活用することで、業界や企業の枠を超えて、市場が求める製品やサービスをタイムリーに提供できる仕組みを作ろうとするものだ。Industry 4.0は製造業の競争力と創出価値の向上を狙ったものだったが、DXは同様の概念をあらゆる業界・業種に拡張したものだと言える。

DXやIndustry 4.0の取り組みの動向を追うと、一定方向に進化している様子が見て取れる(図2)。より高度なICTを導入しながら、「見える化」「最適化」「自動化」「自律化」の順に4段階でデジタルデータの活用法を発展させていく流れがある。そして、これらの取り組みの行きつく先に見えるのが、工場や企業、都市の管理・運用を、人手に頼ることなく機械だけで実行する「自律化した世界」なのだ。自律化の意義や社会にもたらすインパクトを理解するためには、そこに至るまでの過程を知っておく必要がある。ここからは、工場でのDXやIndustry 4.0の取り組みを例に取って、自律化に至る筋道を解説したい。

DXやIndustry 4.0の進化の方向性
[図2]DXやIndustry 4.0の進化の方向性
写真:Adobe Stock

見える化と最適化が、自律化の大前提

工場の中では、生産性や製品の品質、部品材料の在庫、装置の老朽化など、さまざまな項目を日々管理し、良質な製品を効率的に生産できる状態を維持している。こうした管理を行う際には、生産ライン上に並ぶ装置や設備の稼働状況や、仕掛品や完成品の検査結果などのデータを集め、経験豊富な生産管理担当者がデータを読み下し、必要に応じて装置や設備の稼働条件を調整している。

DXの進化プロセスのうち、見える化とは、工場に置かれた装置や設備、さらには工場全体の状態や動きを、数値データで明確に見せることだ。工場で管理している装置のデータとは、一般に、温度・圧力・動きの速度・電流値など、専門的な知識がなければ読み下すことも、意味を解することもできないものである。このため、生産活動を維持するためには、生産管理担当者の高度な属人的スキルが極めて重要になる。ところがスキルの高い人材はそれほど多くいるわけではない。このため、管理の目が行き届かない部分がどうしても出てくる。

ICTを活用して蓄積したデータを解析し、生産性や品質に影響を及ぼす可能性のある現象をあぶり出すことができれば、経験に乏しい人でも高度な管理が可能になる。これが、DXで言うところの見える化である。現在では、見える化の技術が、製品品質の低下や装置での故障発生などを事前に予測できるまでに進化している。これまでは、品質の低下や故障などが発生した後に対処する必要があったが、製品や時間のロスを生じることなく事前に対処できるようになった。

最適化とは、見える化してあぶり出した課題を解決するためのヒントや解の選択肢をICTで見つけ出すことである。たとえば、生産条件の異なる複数の製品を同一ラインで生産する際、工場内のどの装置をどのタイミングで利用すれば工場全体の生産効率が上がるのか検討し、最適な手順・スケジュールを導き出す。生産管理担当者は、ICTシステムが提示する解の選択肢の中から、最も状況にあった解を選び出し、装置や設備の稼働条件を調整する。

最適化の技術は、対象範囲を拡大する方向へと進化している。以前の最適化では、それぞれの装置の稼働率を最大化する部分最適化が行われていた。ところが、装置単独での稼働率が高くても、装置間の連携が円滑に進まず、処理待ちの装置が発生してしまうような無駄が発生する可能性があった。これが現在では、生産ライン上の装置・設備を一元管理し、装置間連携も考慮に入れて、全体最適化できるようになった。

予定通りに動く自動化、状況変化に柔軟に対応する自律化

見える化と最適化までの段階のDXでは、課題解決策の策定などに人の判断を頼ることになる。これに対し、それよりも先の段階である自動化と自律化では、人の判断を仰ぐことなく、システムだけで工場内の管理・制御を行う。ただし、自動化と自律化の間には、判断の基となるデータの質に大きな違いがある(表1)。

自動化と自律化の違い
[表1]自動化と自律化の違い
写真:Adobe Stock

自動化とは、見える化と最適化を経て導き出した装置やラインの運用の最適条件に基づいて、装置を動かし続けることを指す。人手を要することなく工場を稼働できるため、劇的な生産性向上が実現する。近年、自動化を推し進めたスマートファクトリーのことを、「ダークファクトリー」と呼ぶようになった。工場内に人がいないため、照明を灯さず真っ暗な工場で、粛々と製品を生産し続けることからこのように呼ばれている。

ただし、自動化は、同じ製品を作り続けたり、生産を続けていく過程で製品品質のブレや装置の劣化が起こりにくい場合にのみ有効である。一般には、人手による生産品目の変更による段取り替えや、装置のメンテナンスが必要になるため、思ったほど生産性が高まらない。

一方、自律化は、生産を続ける中で生じる製品品質のブレや装置の劣化、性能低下など状況の変化に合わせて、柔軟に対処できるようにすることを狙ったものだ。自律化まで進むと、本当の意味でのダークファクトリーの実現に近づく。自律化では、状況の変化をリアルタイムに検知し、常に最新情報に基づいて適切な判断を下せる仕組みが必要になってくる。装置や製品の常時モニタリングにはIoTを、収集したデータの解析や装置稼働条件の変更などの判断にはAIを活用することが重要になってくる。

技術の進歩によって、自律化の対象となる範囲は拡大している(図3)。当初は、特定の装置・設備内だけを自律化させていたが、複数の装置などを組み合わせた生産ライン全体を自律化できるようになってきた。そして、現在、複数の工場や企業の経営システムなども統合し、製造業ビジネス全体の状態や動きを見える化、最適化し、自律化させる方向へと向かっている。将来的には、都市の交通・ライフライン・警察/消防など社会インフラの運用を自律化し、高度なスマートシティーが構築される可能性も出てきている。

自律化の対象範囲は広がりつつある
[図3]自律化の対象範囲は広がりつつある
写真:Adobe Stock

完全自動運転車に見られる「自律化」の威力

ここまで、工場を例に、DXの進化の方向性を紹介してきたが、その行きつく先である自律化が実現することによって、社会にはどのようなインパクトがあるのだろうか。ここでは、より身近な「自律化」の例である、完全自動運転車(自律運転車と呼んだ方が本来は適切)に注目して、社会に与えるインパクトを具体的に紹介したい。

人々が移動するため、物資を輸送するため、クルマは現代社会において無くてはならない存在となっている。しかし、社会が抱える問題を解決するためには、クルマのあり方を再定義する必要が出てきた。こうした時代の要請に応えるための解が、完全自動運転車の実現である。完全自動運転車が社会で求められている理由は複数ある(図4)。

自動車を自律化する動機
[図4]自動車を自律化する動機
写真:Adobe Stock

まずは、交通事故の解消である。クルマの事故の93%は、ヒューマンエラーで起きる。完全自動運転車が実現し、人間が判断する作業を少なくすれば、事故削減の特効薬となる。交通渋滞の解消に関しても同様だ。自律化のインパクトは、自動車以外の分野にも及ぶ。例えば、工場内で、品質や歩留まりの低下の原因の多くがヒューマンエラーである。また、エラーまではいかなくても、業務を続けることによる疲労や体調によって、業務の効率や品質が低下することはよくある。自律化が実現すれば、業務の安定化が実現する。

次は少子高齢化への対応である。日本をはじめとする先進国では、近い将来確実に高齢化社会へと進んでいく。高齢者が生活するためには、安全な移動手段の確保が欠かせない。ところが若年層が減るためドライバーの数は減少する。こうした状況を解決するためには、完全自動運転車の実現が欠かせない。同様に、企業活動や社会活動においても、サービス提供を支える人材が減るのに対し、利用者は増加する。このため、あらゆる分野でシステムによる業務の自律化が必要になってくる。

さらに、自動車の運転をシステムによって自律化することで、よりキメ細かな輸送・物流などが可能になる。人の移動やモノの輸送のニーズは、移動したい時間、場所、人数や量がさまざまだ。より柔軟に対応するためには、移動・輸送手段を小型・分散化させた方が得策になる。列車での移動よりも、タクシーでの移動の方が、柔軟性が高いのと同じことである。完全自動運転車が実現すれば、操縦するドライバーが不要になるため、現在のタクシーや宅配便よりもキメ細かな移動が可能になる。同様のインパクトは他分野にも及ぶ。例えば、現在のトラクターなど農機は、一人の作業者が広い耕地を高効率で作業するために、大型のものが利用されている。これを完全自動化すれば、小型化した農機を複数台併用し、作物の生育状況や耕地の状態に合わせてキメ細かな対応ができるようになる。また、無人のドローンを活用したモノの配送や社会インフラの点検なども可能になる。

自律化を極めて、多様なニーズにキメ細かく対応

完全自動運転車とは別の適用分野での自律化のインパクトもいくつか挙げておきたい。

消費者の嗜好が多様化し自分だけが持つ1点モノの商品を求めるニーズが高まっている。ただし、1点モノの商品は、開発にも生産にも人手がかかるため、高価だ。工業製品の開発と生産がシステムによって自律化できれば、低コストでの1点モノの提供が可能になる。こうした工業製品の生産形態は、「マスカスタマイゼーション」と呼ばれている。

また、製造業では、ベテラン従業員が継承者不在のまま退職し、属人的スキルが消失することが課題になっている。業務の自律化が可能になれば、システムを継承者として育成し、持続的に会社に貢献してくれる働き手にできる。

さらに、小売業に与える影響も大きい。実店舗で商品を販売する際には、営業担当者が、商品ごとに販売戦略や最適なセールス手法を見定めている。2億点以上の商品を扱うある大手ネット通販会社では、すべての商品の販売戦略の策定を自律化し、これまで掘り起こせなかった需要に対応している。その結果、全体の売り上げの80%~90%が年間売上30万円にも満たないニッチな商品が占めているという。人手で戦略策定したのでは、これほど多くの商品をキメ細かく扱うことは不可能だ。

自律化に向けたシステムの中では、4つのタスクを連続処理している

さまざまな業務をシステムによって自律化できた背景には、ICTの多様な要素技術の進歩がある。ここでは、自律化を担うシステムの内部で行っている処理フローを紹介し、それぞれの処理段階を人手に頼らず機械で実行するためのキーテクノロジーと、その狙いを紹介する。

完全自動運転車であっても、スマートファクトリーであっても、人手で行っていた作業や業務をシステムで自律化させる場合、そのシステム内では「情報収集」「解析・認識」「行動決定」「機構制御」という4段階のタスクを連続的に処理するフローを繰り返し行っている(図5)。例えば、完全自動運転車のシステムで言えば、情報収集では、カメラやセンサーなどを通じてクルマの周辺環境のデータを収集する。解析・認識では、自車の位置や周囲にあるモノを特定。行動決定では、クルマをどのように動かすべきかを決める。そして、機構制御でエンジンやハンドルなどを適切に制御する。それぞれの段階のタスクには、その処理を高度化するキーテクノロジーが存在する。

自律化に向けたシステム内で連続実行する4つのタスクとそれぞれを高度化するキーテクノロジー
[図5]自律化に向けたシステム内で連続実行する4つのタスクとそれぞれを高度化するキーテクノロジー
作成:伊藤元昭

情報収集の高度化を後押しするIoTとセンサーフュージョン

情報収集に関連するキーテクノロジーとして、挙がるのがIoTだ。センサーを使った状態や動きのデータの収集は、電子機器の制御で古くから使われてきた。ただし現在では、IoTの技術を利用して、これまで収集していなかった場所での、注目していなかったデータを収集する例が増えている。例えば、工場内のモーター駆動機器の劣化や故障を予知するため、装置の奥深くにあるモーターに振動センサーを取り付け、情報収集するようになった。

また、「センサーフュージョン」も見逃せない技術である。自律化に向けたシステムは、外部から収集したデータが処理の起点となるため、センサーは極めて重要なデバイスになる。温度・振動・圧力など、自律化したシステムでの行動決定の材料となるデータを収集できるセンサーを選択して利用することになる。これが近年、多種多様なセンサーで取得したデータを総合的に評価し、より正確で多角的な情報を利用する技術の開発が進んできている。例えば完全自動運転車では、カメラで得られる視覚情報だけではなく、視界の悪い夜間でも利用可能な赤外線レーダー(LiDAR)や悪天候でも利用できるミリ波レーダーなどを併用して、情報の精度を高めている。

解析・認識の精度を飛躍的に高めたAIとデジタルツイン

解析・認識に関するキーテクノロジーとしては、まず、機械学習や深層学習(ディープラーニング)などAI関連技術が挙がる。

近年、システムによる自律化がさまざまな分野で進んでいる背景には、AIの著しい発達がある。カメラで収集した画像データの中から異常を見つけ出したり、蓄積したビッグデータの中から生産ラインでこれから起きそうな生産性や品質の低下、装置の故障などを予知したりするなど大活躍している。これまでは、収集したデータを外部のデータセンターに送り、そこでAIを使った分析・認識を行うことが多かったが、装置に組み込むマイコンなどにAIアクセラレーターを搭載し、高度なAI関連処理を実行できるようになってきた。センサーとAIチップを一体化して、情報収集する現場で分析・認識まで済ませてしまう例もある。

さらに、「デジタルツイン」もキーテクノロジーとして挙がる。

デジタルツインとは、現実にある装置などの機能や性能を再現するコンピュータモデルのことである。そのコンピュータモデルに、IoTによって現場から収集した情報をインプットすることで、現場にある装置と同じ挙動で動くようになる。製品開発などで利用されるシミュレーションに似た技術だが、現場のリアルな装置などの挙動を再現している点が大きく異なる(図6)。工場に置く装置や社会インフラの設備などでは、生産性向上や性能向上を狙って稼働条件を変更する場合があるが、変更に失敗すると大きな損害を被ることになるため、慎重な判断が求められる。デジタルツインを利用すれば、ノーリスクで変更後の効果や発生する現象を知ることができる。デジタルツインは、サプライチェーン全体の物流管理の自律化、さらには都市全体の社会活動の自律化などに応用する動きも出てきている。

従来のシミュレーションとデジタルツインの違い
[図6]従来のシミュレーションとデジタルツインの違い
写真:Adobe Stock

システムによる行動決定の正当性を担保するブロックチェーン

行動決定に関わるキーテクノロジーには、ブロックチェーンがある。

ブロックチェーンとは、ICTシステムの仕組みを使って、安全で信頼性の高い取引や契約ができるようにする技術である。取引の履歴や契約内容に関する情報を公開台帳に記してオープン化し、それを多くの人が共有することで取引や契約の正当性を担保する仕組みである。自律化の適用範囲を拡大するうえで、人の判断に頼らない行動決定を導入する部分が障害になる場合が多い。行動や意思の決定権を機械に与えてしまうと、万が一、人命に関わる事故や巨額の損害が発生した場合に、責任の所在を明確にできなくなるからだ。どんなに技術が進歩しても、機械に責任を取らせることはできない。

ただし、法的な責任の所在を明確にするため、どのようなプロセスを経て行動決定が行われたのかを逐一記録し、そこに不正がないことを証明できれば、自動化しやすくなる。既に、ブロックチェーンを応用して、「スマートコントラクト(賢い契約)」と呼ぶ自動取引・自動契約が行われるようになった。例えば、スマートコントラクト機能を洗濯機に搭載し、洗剤が残り少なくなったら販売店に自動発注し、故障したら修理を自動依頼する機能を実現した例がある(図7)。

自律的に消耗品発注や修理依頼を出すスマートコントラクト対応洗濯機
[図7]自律的に消耗品発注や修理依頼を出すスマートコントラクト対応洗濯機
写真:Adobe Stock

機構制御に欠かせない産業ネットワークはEthernet系に統合へ

機構制御のキーテクノロジーとして挙がるのが、「産業ネットワーク」である。

産業ネットワークとは、工場の内外の装置・設備やセンサー間でデータをやり取りする際に用いるネットワークである。一般的なオフィスや家庭で利用するものよりも、データ通信の品質や信頼性、リアルタイム性、セキュリティなどの面で機能や性能を高めた点が特徴だ。産業ネットワークは、工場だけでなく、社会インフラの制御や自律動作するロボットなどでも活用されている。自動車の内部では、「車載ネットワーク」と呼ぶ別規格の技術を利用することが多い。ただし、近年、産業ネットワークと車載ネットワークは機能が似通ってきており、規格が統一される方向へと向かっている。

工場内で利用する産業ネットワークには、装置・設備の制御データなどを扱う「フィールドネットワーク」と、装置・設備間をつないでデータをやり取りする「コントローラ間ネットワーク」の2つがある(図8)。近年では、複数工場の運営状況や会社全体の部品・材料の仕入れ、在庫の情報などを管理する基幹システムと、公衆網を介してつながれる場合も増えてきた。産業ネットワークのプロトコルには、特徴や利用シーン、対応機器の異なる様々な規格が存在し、使い分けていた。ところが近年、コントローラ間ネットワークに関しては、Ethernetベースの規格への統一が徐々に進み、IP(Internet protocol)アドレスであらゆる接続機器を一気通貫で管理・制御できるようになりつつある。これによって、企業の基幹システムがつながる情報系ネットワークとの連携が容易になる、より広範囲での自律化が可能になる。

産業ネットワークの構成
[図8]産業ネットワークの構成
作成:伊藤元昭

機械の自律はゴールではない、協調・融和へ

要素技術が進化することで、あらゆる分野での業務・作業において、システムによる自律化が加速しそうだ。すると一体、人間の仕事は何になるのだろうか。そんな心配が出てくる。

確かにDXの行き着く先に自律化があることは確かだ。ただし、すべての業務・作業がシステムで実行可能になるわけではない。柔軟な判断ができる、創造的な工夫を盛り込める、責任を負うことができるといった、人間ならではの特性を生かせる業務や作業が残るからである。業界・業種によっては、完全無人化したダークファクトリーのような工場が登場するかもしれないが、多くの場合、自律化した生産ラインの中で、人間と機械が共存して働くようになることだろう。

自律化はDXのゴールではない。自律化を進めると共に、人間と機械が上手に協調・融和するための技術開発も必要になってくる。既に、そうした取り組みが始まっている。オムロンは、「オルフェウス」と呼ぶ卓球ロボットを継続的に開発している。オルフェウスは、単に卓球の相手をしてくれるロボットではない。人間のスキルを検知し、その人が楽しいと感じる、ちょっと難しい返球をしてくれる機能を備えている。つまり、人間と機械が共に成長していくことを念頭に置いて開発されたロボットなのだ。

既に将棋界では、AIを活用してプロの棋士が強くなるため鍛錬を積む時代になっている。こうした人間と機械の新たな関係に、単純な自律化の向こう側にあるDXの未来が見える。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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