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Science Report
サイエンス リポート

次世代パワー半導体の双璧、SiCとGaN棲み分けか、頂上決戦か、それとも第3勢力の台頭か

文/伊藤 元昭
2023.07.06
次世代パワー半導体の双璧、SiCとGaN棲み分けか、頂上決戦か、それとも第3勢力の台頭か

温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラルの達成に向けた取り組みが、世界中で加速している。2020年10月、日本政府は、2050年までのカーボンニュートラル達成を目指すことを宣言しました。そのカーボンニュートラルの達成のためにはエンジンやタービン、ボイラーなど、化石燃料を燃やして利用している機器や設備を電化した上で、再生可能エネルギーによる発電を行い、省電力化を推し進めることで実現できると考える。こうした中、省電力化の推進に欠かせないパワー半導体で、約60年間使い続けてきた材料を、新材料に刷新する技術革新が進められている。革新の主役は、炭化ケイ素(SiC)と窒化ガリウム(GaN)である。次世代パワー半導体とも呼ばれる、これら2つの新材料は、現時点では棲み分けているが、将来にはその構図が大きく変わる可能性がある。

省電力化に欠かせないパワー半導体の材料を変える意義

パワー半導体において、新材料の開発による技術革新が進んでいる(図1)。

新しい半導体材料の1つであるSiCで作られたパワー半導体を搭載した基板
[図1] 新しい半導体材料の1つであるSiCで作られたパワー半導体を搭載した基板
写真:AdobeStock

私たちがよく知るデジタルICは、電気電子機器の中で低電圧・小電流のデジタル信号を処理しており、人の体で例えれば、情報処理や記憶などを司る“脳”の役割を担っている。これに対しパワー半導体は、栄養やエネルギーを全身に送る“心臓”に近い役割を持つ。電気電子回路やモーターなど機械部品に動力源となる高電圧・大電流の電力を最適なかたちで届けるのだ。“筋肉”に例える解説も多いが、その機能を精査すれば“心臓”の方が似つかわしい。

これまでのパワー半導体は、CPUやメモリーなどのデジタルICと同様に、シリコン(Si)基板上にデバイスが形成されていた。これが現在、基板材料を、Siから炭化ケイ素(SiC)もしくは窒化ガリウム(GaN)などへと変える動きが加速している。ただし、SiCとGaNのどちらが、いつ、どのような用途でSiから置き換えられ、いかなる影響を応用機器の開発シーンや半導体ビジネスに及ぼすのか、現時点では明確になっていない。

半導体チップの基板材料を変更すると、半導体関連企業やユーザー企業には、メリットとデメリットの両面で大きなインパクトが及ぶ。半導体材料の変更は、建築物で例えれば“木造住宅”が“鉄筋コンクリートのビル”になるほどの大変革だと言える。作り上げるモノの素材をより適した材料に刷新することで、機能や性能、事業価値が一気に底上げされる可能性が出てくる。その一方で、デメリットもある。半導体産業では黎明期から現在に至るまで約60年にわたって、開発・製造・利用に関わる技術やサプライチェーンのほぼすべてがSiに最適化されてきた。基板材料が変更されれば、手間と時間とコストを掛けて、その多くを再構築することになる。

パワー半導体の新素材SiCとGaNに注目が集まる理由とは

カーボンニュートラル達成や脱炭素社会の実現を目指すため、パワー半導体のさらなる高性能化・高効率化への期待が急激に高まりつつある。つまり、リスクを負ってでも、基板材料を刷新する機運が生じてきている。

発電所で生み出された電力は、送配電網を経由して家庭に届き、手元のパソコンなどで利用されるまでの間に、電圧・周波数・交流/直流などを変える電力変換を何度も繰り返している。その結果、送配電と電力変換を重ねる過程で、発電した電力のうちの約3割が無駄に損失している。パワー半導体の進化は、電力変換の損失最小化に欠かせない。

また、家電製品から産業機器、電気自動車(EV)などで多様なモーターが利用されているが、世界中のモーターによる総電力消費量は、総発電量の46%を占めている。モーターの電力効率をたった数%改善するだけで、莫大な数の発電所を削減したのと同等のCO₂排出量削減効果が得られる。その実現にもパワー半導体の進化は欠かせない。

パワー半導体を作る際の基板材料をSiからSiCやGaNに変更することで、デバイスの性能と電力効率を大幅に改善できる。これら新材料の物理特性が、Siよりもパワー半導体向きだからだ。パワー半導体への適性は、絶縁破壊電界強度(耐圧に影響)、移動度(動作速度に影響)、熱伝導率(信頼性に影響)など、複数の物理特性を総合評価することで決まる。Siを1として総合適性を定量化した「バリガ性能指数」と呼ぶ指標がある。SiCのバリガ性能指数は500と極めて高く、GaNはさらに高い930に達する。これが今、SiCとGaNに注目が集まっている理由だ。

SiCはEVや太陽光発電など、高耐圧領域の活用が広がる

SiCとGaNのうち、1000V以上の高耐圧が求められる用途では、SiCが先行して普及した。2001年にドイツのInfineon Technologiesが、SiCベースのショットキー・バリア・ダイオード(ダイオードの一種)を、2010年にはロームがSiCベースのMOSFET(トランジスタの一種)を商品化。EVのモーター駆動用のインバータ(駆動回路)や太陽光発電用パワーコンディショナなどで、SiベースのIGBT(高耐圧構造のトランジスタの一種)の代替デバイスとして応用が広がってきている(図2)。

SiCで作ったパワー半導体の現在の応用先はEVと太陽光発電が中心 SiCで作ったパワー半導体の現在の応用先はEVと太陽光発電が中心
[図2] SiCで作ったパワー半導体の現在の応用先はEVと太陽光発電が中心
写真:AdobeStock

これらのSiCデバイスを活用することで、電力変換器やモーター駆動回路の電力効率向上と小型化が実現。EVでは、アメリカのTeslaが他社に先駆けて本格採用を開始しており、2025年には、他の自動車メーカーからもSiCデバイスを採用したEVが続々と市場投入される見込みだ。

パワー半導体への適性を示すバリガ性能指数から見れば、SiCよりもGaNの方が高いにもかかわらず、SiCの方が早く普及した背景には、大きく3つの理由がある。1番目は、大口径で高品質な基板の製造で先行したこと。これは高耐圧で信頼性の高いデバイスを低コストで製造するための条件である、2番目は、高性能なデバイスを形成し易かったこと。MOSFETを作るために必要な高品質な酸化膜を、簡単な熱処理で形成できた。3番目は、応用システムの構成を単純化できたこと。放熱性に優れ、なおかつ高温での安定動作が可能であり、放熱システムを単純化できた。

市場投入後にもデバイス構造の改良などによる性能向上や、基板の高品質化と大口径化による低コスト化が進んでいる。さらに、SiC向けに機能・性能を最適化したパッケージ技術や周辺部品、ICの開発が進み、利用環境も整ってきた。

GaNはACアダプタなど、低耐圧領域の活用が広がる

一方、GaNデバイスも、数十~650Vの中耐圧領域で、SiベースのMOSFETを代替するデバイスとして、急激に普及が進んでいる。特に、スマートフォン用充電器やパソコン用ACアダプタを応用市場として、低損失かつ小型化する技術として急成長している(図3)。今後は、莫大な電力消費が解決すべき社会課題とみなされてきているデータセンターにおいて、サーバー用電源での応用が広がることが期待されている。

デバイス材料としてのGaNの応用拡大
[図3] デバイス材料としてのGaNの応用拡大
写真:AdobeStock

パワー半導体への適用ではSiCの後塵を拝したGaNだが、違う領域でSiCよりも早く実用化されていた。まず、LED電球などに利用されている青色LED。1993年に、日亜化学工業が、GaN基板を用いた青色LEDを世界で初めて商品化。そこに至るまでの技術開発に携わった赤崎勇氏と天野浩氏、中村修二氏の3名は、2014年のノーベル物理学賞を受賞した。また、携帯電話の基地局や防衛用レーダーなどで利用する高周波デバイスとしても、GaNベースのHEMT(高速動作に向く構造のトランジスタ)が使われている。つまり、GaNをデバイス材料として活用するための素地となる技術を開発する取り組みは盛んに進められている。

近年、GaN基板の高品質化や大口径化を目指す技術開発で、目覚ましい成果が出てきている。GaNは応用先が多様であるため、量産効果によるコスト低減効果も見込める。さらに近年では、半導体ファウンドリ最大手のTSMC(台湾)が、GaNデバイスの製造受託ビジネスを強化。デバイス設計に特化したビジネスを展開するファブレス半導体メーカーが、ファウンドリサービスを利用して急成長している。このため、GaNデバイスのさらなる普及を後押しする環境が、急激に整いつつある。

SiCとGaNの棲み分けが続くのか、それとも第3勢力の台頭か

パワー半導体の高性能化・高効率化を実現する2つの新材料であるSiCとGaNは、現時点では別々の用途で棲み分けている。ただし、こうした様相は、今後大きく変わる可能性があるようだ。また、SiCとGaN以外の第3の新材料が台頭してくる動きも見られる。

先述したように、バリガ性能指数では、SiCよりもGaNの方が高い。つまり、GaNの方が、パワー半導体として、より優れた特性を実現できる潜在能力を秘めているということだ。実際、SiCの普及が進む高耐圧領域に向けた、より高性能なGaNデバイスを開発する取り組みが進められている。開発が順調に進めば、いずれSiCをGaNに置き換える可能性が出てくる。ただし、一度構築されたSiC向けサプライチェーンや応用技術を、GaN向けに刷新するには困難が伴う。このため、性能の改善幅が少なく、刷新のメリットが少ない場合には、現在の棲み分けが継続する可能性も残されている。

また、バリガ性能指数がGaNよりもさらに高い材料に関する技術開発も進められている。同指数が3444の酸化ガリウム(Ga₂O₃)や49000のダイヤモンドなどがその候補として挙がっている。現在は、ブレークスルーとなる技術の開発を、多くの大学や研究機関、スタートアップ企業が競っている段階だ。その他にも、GaN向けの技術の改良で技術的ハードルが低く、しかもGaNよりも高い潜在能力を持つ窒化アルミニウム(AlN)の技術開発も進められている。パワー半導体向け新材料の開発競争はまだまだ続きそうだ。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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