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Science Report
サイエンス リポート

ビルの壁や自動車の車体を発電機に変えるペロブスカイト型太陽電池とは

文/伊藤 元昭
2023.07.06
ビルの壁や自動車の車体を発電機に変えるペロブスカイト型太陽電池とは

202010政府は温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラルを目指すことを宣言したそのカーボンニュートラルの達成には太陽光発電など再生可能エネルギーの活用拡大が必要不可欠になるただし従来技術では再生可能エネルギーで大量の電力を生み出すためには電力の消費地から遠い広大な土地が確保できる場所に発電所を置く必要があるそして遠方から消費地まで電力を送る間に折角生み出した電力の多くを無駄に失っていた消費地で大電力を生み出すことができる「究極の地産地消」を実現するための太陽光発電技術が実用化を見据えて進められているビルの壁や自動車の車体など電力を消費するモノの表面に発電機能を付与できる可能性を秘めた新型太陽電池(光電池)「ペロブスカイト型太陽電池」である

再生可能エネルギー活用で抱えている本質的課題

カーボンニュートラル達成に向けて再生可能エネルギーの活用と電力の利用効率向上を後押しする技術のさらなる進化が期待されている

これまで再生可能エネルギーの活用には解決困難な本質的課題があった再生可能エネルギーの代表例である太陽光発電や風力発電は自然界に内在するエネルギーを電力へと変える技術であるそして生活や社会活動で消費する莫大な電力を生み出すためにはこれらの自然エネルギーが満ち満ちている場所に発電所を作り散在する各消費地まで送配電する必要があった(図1ところがまとまった自然エネルギーを活用できる広い土地は一般に消費地から遠い場所にあるこのため送配電する間に通過する長い送電線や何度も繰り返される電力変換で生み出した電力の3分の1が無駄に失われているのである

再生可能エネルギーで大電力を生み出す発電所には広大な土地が不可欠
[図1] 再生可能エネルギーで大電力を生み出す発電所には広大な土地が不可欠
写真:AdobeStock

もちろん送配電での損失を削減するための技術開発も積極的に進められているだが理想的には散在する消費地それぞれの近隣で再生可能エネルギーから電力を作る「地産地消」の電力システムを構築することだただしこれまでの太陽光発電や風力発電の技術では消費量に見合った大電力を生み出す巨大発電設備を置くことができない

こうしたジレンマを解消するためには再生可能エネルギーによる発電手法での技術革新が必須になるこうした時代と社会の要請に応える技術のひとつが新型太陽電池「ペロブスカイト型太陽電池」である

日本発の革新的技術稀有な特徴を持つペロブスカイト型太陽電池

ペロブスカイト型太陽電池とは「ペロブスカイト(灰チタン石:チタン酸カルシウム(CaTiO₃))」と呼ばれる鉱石と同じ結晶構造を持つ半導体材料で作られた太陽電池である(図2

再生可能エネルギー活用に新機軸をもたらすペロブスカイト型太陽電池 再生可能エネルギー活用に新機軸をもたらすペロブスカイト型太陽電池 再生可能エネルギー活用に新機軸をもたらすペロブスカイト型太陽電池
[図2] 再生可能エネルギー活用に新機軸をもたらすペロブスカイト型太陽電池
太陽電池の材料となるペロブスカイト結晶の構造(左)ペロブスカイト型太陽電池のデバイス構造(中)試作例(右)
出典:国立研究開発法人 科学技術振興機構JST

ペロブスカイト結晶を取る物質は数多くあるが特徴的な電気特性を持つ物質が多いことで知られている荷重による歪みで電力を生み出す圧電材料や高温超伝導材料などが見つかっておりセンサー発光ダイオードレーザー触媒電極などの材料として実用化されているそして太陽電池を作る際にはハライド系有機-無機ペロブスカイト半導体NHCHPbI₃)などを利用するこの物質のような有機物を含むペロブスカイト結晶は電力を光に変換する発光素子として古くから研究されてきたそして2009年に桐蔭横浜大学の宮坂力教授のグループが太陽電池への応用を考案実際に発電機能を持つデバイスを作成可能であることを世界で初めて実証した

ペロブスカイト型太陽電池の特徴

ペロブスカイト型太陽電池にはこれまでの太陽電池にはない3つの特徴がある

1番目の特徴は「軽く」「薄く」「柔らかい」太陽電池を作ることができること従来主流のシリコン系太陽電池には薄くすると光エネルギーの吸収効率が低下する性質があったこのため実用的な厚みを確保する必要があり出来上がったデバイスを折り曲げて使うことができず重量も重かったこれに対しペロブスカイト型太陽電池は光エネルギーの吸収係数が大きいため薄くしても高い変換効率を維持できるまた製造時には高温プロセスが不要なため樹脂フィルムを基板としてデバイスを形成可能だこれらの特徴から「軽く」「薄く」「柔らかい」フレキシブルな形状の太陽電池を実現できる重量もシリコン系比で約10分の1にまで軽くなる同様の特徴を持つ太陽電池として色素増感型太陽電池と呼ばれる有機材料を用いるものがあったしかし変換効率が小さいため利用シーンが極めて限定される欠点があり普及しているとは言い難い状況だ

2番目の特徴は安価かつグリーンな製造ができること一般にシリコン系太陽電池の製造工程は複雑であり高温プロセスが含まれるため製造時には莫大な電力を消費するこのため製造コストは高く製造に際して多くの温暖化ガスを排出する可能性があるこれに対しペロブスカイト型太陽電池はスピンコートによる塗布やインクジェット印刷などを活用した常温での単純なプロセス技術で成膜やパターン形成ができる高コストな製造設備は不要でありロール・ツー・ロールでの連続製造も可能だまたシリコン系よりもデバイスが薄いためデバイス製造に利用する材料の量は約20分の1で済むこのため製造コストはシリコン系比で5分の1から3分の1と低く製造時の温暖化ガスの排出量も少ない

3番目の特徴は材料にレアメタルを含まないこと太陽電池の材料となるペロブスカイト結晶はヨウ化鉛やメチルアンモニウムなど比較的手に入りやすい化学物質から合成できるレアメタルを必要としないため原材料を安定した価格で地政学的リスクなどによる供給不安の心配がなく調達できる

電力の地産地消に向けた発電の2つのアプローチ

ペロブスカイト型太陽電池の特徴を生かせばこれまでとは全く異なるアプローチで電力の地産地消を推し進めることができる可能性がある

限られた面積の土地で発電量を増やそうとしたらこれまでの太陽光発電の延長線上の技術では発電効率を高めることこそが唯一のアプローチだったところが現在主流のシリコン系や化合物系の太陽電池の効率は既に20%以上と高くこれをさらに劇的に高めることは難しくなってきている

これに対しペロブスカイト型太陽電池ならば建物の壁や自動車の車体など既に存在するモノの表面に発電機能を付与して発電量を増やすことができる可能性がある「軽く」「薄く」「柔らかい」フレキシブルな形状にできるからだ低コストで安定供給が可能であることも世の中にあるさまざまなモノに発電機能を付与する動きを後押しする要因となる発電機能を持っていなかったモノの表面を発電する場所として活用できれば発電量を飛躍的に高めることが可能になる(図3しかもビルの壁や自動車の車体など電力を消費する機器や建造物に発電機能を盛り込めば「究極の地産地消」が実現する

既存の機器、建造物に発電機能を付与すれば、「究極の地産地消」が実現可能
[図3] 既存の機器建造物に発電機能を付与すれば「究極の地産地消」が実現可能
写真:AdobeStock

実用化に向けた世界の動きと課題

日本発の技術であるペロブスカイト型太陽電池の実用化に向けた日本の政府や企業の期待は大きい岸田文雄首相は20234月の再生可能エネルギーの普及拡大に向けた閣僚会議において2030年を待たずに早期に社会実装を目指す」と語っているペロブスカイト型太陽電池の性能向上や実用化は材料開発の成否が大きく影響するが日本には競争力の高い素材メーカーが数多く存在する点にも優位性がある

ただし世界の動きは日本にも増して速い発明当初のペロブスカイト型太陽電池の変換効率は3.9%台と低かったため世界的に注目される技術ではなかったいかにさまざまな場所に発電機能を付与したとしてもあまりにも変換効率が低く実用的ではないと思われたからだこれが2012年にオックスフォード大学と日本の産業技術総合研究所の共同研究で変換効率が10%を超える固体型太陽電池が開発され世界中でにわかに注目が集まるようになったそしてさらなる性能向上や実用化に向けた技術開発競争が世界中で激化現在では太陽電池関連の学術論文の大半がペロブスカイト型太陽電池に関するものという状況であり変換効率向上など技術の高度化が急激に進んでいる特に中国と韓国からの論文が極めて多い既にシリコン系や化合物系に匹敵する20%以上の変換効率を実現した開発例も報告されている

実用化に向けて解決すべき最大の課題は耐久性の向上であるペロブスカイト結晶は酸素や水分との反応によって劣化し易いまた高温下に晒されることでも劣化する劣化すれば結晶内を電子が移動しにくくなって太陽電池の性能が低下してしまう実用化に際しては実用的な利用シーンを想定して劣化を防ぐ対策を施しておく必要がある多くの研究機関や企業が解決に向けて挑んでいる

これらの実用化に向けた課題解決やさらなる性能向上に向けた技術開発では人工知能AIやデータサイエンスを材料開発に活用する「マテリアルズ・インフォマティックス」や工程開発に活用する「プロセス・インフォマティックス」といった最新の開発手法が適用されているペロブスカイト型太陽電池は技術体系や製造に用いる材料・装置がこれまでの太陽電池とは異なるこのため太陽電池ビジネスでの実績が乏しい新規参入組にもチャンスが開いている

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した同社では技術の価値を狙った相手に的確に伝えるための方法を考え実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを技術系企業を中心に提供している

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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