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Science Report
サイエンス リポート

半導体の微細化に不可欠な
EUV露光技術の現状とこれから

文/伊藤 元昭
2023.10.18
半導体の微細化に不可欠なEUV露光技術の現状とこれから

スマートフォンのような誰もが持ち歩く機器にも、最先端の半導体チップが搭載されるようになった。その進化は、デジタル社会の発展のみならず、安全保障面での国際競争力にも大きな影響を及ぼす。最先端の半導体チップを、必要な時に、必要な数だけ、確実に製造・調達できるかは、社会の持続可能な成長を考える上で最重要関心事のひとつとなっている。そして、その動向を洞察する上で、EUV(Extreme Ultraviolet)と呼ばれる半導体製造のキーテクノロジーに注目が集まっている。あまりにも技術的難易度が高すぎて、技術を提供するサプライヤーも、それを利用する半導体メーカーも限られるからだ。

半導体微細加工技術のキーテクノロジーEUV露光

今や半導体は、デジタル化が進む現代社会の営みに欠かせない戦略物資となった。最先端の半導体を、誰が、いかにして作り、どの程度供給されるのか。IT業界のみならず、あらゆる業界・業種の企業、さらには世界中の国や地域の政府まで、注目するようになった。

半導体チップは、ウェーハ上に搭載する素子(トランジスタなど)や配線パターンを、より微細にすることで性能や機能が向上する。「チップ上のトランジスタ集積率は18カ月で2倍になる」という有名なムーアの法則は、半導体の微細加工技術の進歩によって支えられているのだ。そして今、最先端の半導体微細加工技術の進歩や実用化を語る上で、必ず話題に挙がるキーテクノロジーがある。それが、「EUV露光」である(図1)。

最先端の半導体チップの進化を支えるキーテクノロジー「EUV露光」
[図1] 最先端の半導体チップの進化を支えるキーテクノロジー「EUV露光」

EUV露光は、7nm以降の微細回路パターンをシリコンウェーハ上に転写(露光)するための技術として、2019年に台湾のTSMCによって初めて量産投入された技術である。さまざまな半導体技術がある中、ことさらこの技術に注目が集まるのには理由がある。あまりにも技術的難易度が高すぎて、EUV露光に必要な装置・部材を供給できる企業も、チップ製造に利用できる半導体メーカーも、極めて限られているからだ。このことは、デジタル社会発展の行方を考える上で無関心ではいられない。

EUV露光技術とは

そもそもEUV露光とは、波長が13.5nmの極端紫外線(Extreme Ultraviolet:EUV)を用いた半導体露光技術のこと。半導体チップは、影絵を投影するのに似た方法で、光(紫外線)を原版(マスク)に当て、そこに描かれた回路パターンをレンズで縮小し、シリコンウェーハ上へ転写することを繰り返して微細な素子や配線を形成している。露光技術の解像度が高まるほど、より微細な回路パターンをウェーハ上に形成できる。

露光に用いる光学系装置の仕様と解像度には、レイリーの式と呼ばれる関係があることが知られている。要点だけをかいつまんで言えば、ウェーハに回路パターンを投影するレンズの口径を大きくするか、光源の波長を短くすることで解像度を高めることができるということである。

EUV露光技術の歴史

これまで半導体業界では、露光装置の光源を波長の短いものへと変更し続け、微細加工技術を進化させてきた(図2)。半導体産業が飛躍的に成長し始めた1980年台前半にはg(水銀)線(波長は436 nm)、1990年代初頭にはi(水銀)線(同365nm)、1990年代後半にはKrF(クリプトン・フッ素)線(同248nm)、2000年代末にはArF(アルゴン・フッ素)線(同193nm)を光源とした露光技術が、半導体製造に投入されてきた。

半導体チップの露光技術の進化
[図2] 半導体チップの露光技術の進化
作成:伊藤元昭

露光装置の光源を変えると、ウェーハ上に塗布してパターンを写し取る感光材のフォトレジストや、その他加工装置を軒並み刷新する必要が出てくる。このため、光源の短波長化は、レンズの大口径化など、他の手段では解像度を上げられなくなったら踏み切る微細化の最終手段である。そして、最終手段を繰り返し投入したことで、技術的難易度がどんどん高まってきた。その究極がEUV露光だと言える。

EUV露光は何が難しいのか

では、一体EUV露光の何が難しいのだろうか。

これまでの半導体露光技術では、回路パターンを描いたマスクに光を当て、レンズを通して縮小・微細化させてウェーハ上にパターンを転写していた。ところが、一般に波長が短くなると、光は物質によって吸収されやすく、光自体のエネルギーも高まる傾向がある。こうした光の性質が、EUV露光の技術的難易度を高める要因になっている。

照明光学系にミラーを導入しているEUV露光装置の内部
[図3] 照明光学系にミラーを導入しているEUV露光装置の内部
出典:imec

波長が13.5nmと極端に短いEUV光を、従来のレンズ方式の露光装置で転写しようとすると、レンズや空気中の成分で吸収されてしまい、ウェーハ上のフォトレジストまで届かない。このため、光が通る経路を真空にして、なおかつ照明光学系にミラーを導入し、レンズはパターン縮小に用いる投影光学系に限定して、吸収を最小化する必要がある(図3)。

しかも、EUV光の反射率には理論限界があり、68%が上限。EUV露光装置の照明光学系では十枚以上のミラーで反射させて露光するため、ウェーハに到達する光は光源出力の約1%に過ぎない。弱い光でも、長時間かければ露光可能だが、量産適用可能なチップ製造技術としては不適である。これを補うためには、光源の出力を高める必要があった。

EUV光は、キセノン(Xe)やスズ(Sn)を、レーザー光などを照射して瞬間的に約30万K(ケルビン)の高温プラズマにすることで発生させる。半導体露光用に適用するためには、高出力で、安定的かつ長期にわたって利用できなければならないが困難だった。これが実用化に向けた最大の難関であり、その実現にメドが立ったことで実用化に向かった。例えば、小松製作所の子会社であるギガフォトンは、XeガスにYAGレーザーを照射する従来方式から、Snの液滴にプレパルスレーザーとCO₂レーザーを照射する方式に切り替えて、出力と安定性の向上に成功した。

その他にも、EUV露光には実用化を阻む多岐にわたる課題があった。従来の露光技術では光を透過させるマスクを利用していたが、EUV光の吸収を避けるためには反射式のマスクが必要だった。さらにフォトレジストにも新たな技術の導入が求められた。従来のレジストでは、ウェーハ上に塗布した膜の厚みの途中でEUV光が吸収されてしまい、膜の底まで露光できないからだ。加えて、EUV光のエネルギーは極めて大きいため、ミラーなどに当たると損傷して塵が発生し、これがマスクなどに付着する課題もあった。これら1つひとつを材料メーカーや半導体メーカーが解決しながら、実用レベルまで技術をブラッシュアップさせていった。

EUV露光装置の現状

現在、実用レベルのEUV露光装置の開発・供給は、オランダのASMLただ1社が担っている状況である(図4)。2023年時点での市場シェアは100%と独占状態だ。EUV露光装置は平均価格が3億4000万アメリカドル(約390億円)と極めて高額でありながら、最先端半導体チップ需要の高まりを反映し、2022年末の時点で400億ユーロ(約6兆2800億円)もの受注残があったのだという。

ASML製のEUV露光装置
[図4] ASML製のEUV露光装置
出典:imec

2000年代以前までは、半導体露光装置の市場を日本企業が席巻していた。ところがEUV露光に関しては、技術開発はしたものの実用化には至らず、既に開発を凍結もしくは事業から撤退している状況である。技術的な難易度が極めて高いEUV露光機の開発・実用化に、なぜASMLは成功できて、日本企業は失敗したのか。その原因を法政大学 経営学部の田路則子教授が研究している。教授が指摘したASML成功の要因は以下の3つに要約できる。

  1. ASMLが装置の要素技術や構成部材の内製にこだわらず、客観的に性能評価が可能なシステムインテグレータの役割に徹したこと。日本企業は多くの技術・部材の内製にこだわっていた。

  2. 多くの顧客や関連企業と連携して多様な課題を洗い出し、多様なアイデアを集められる体制を構築したこと。日本企業は、特定得意先とのクローズな開発にこだわっていた。

  3. 顧客となる半導体メーカーが後発組で困難な技術課題が多く、その解決支援を通じて知識と技術が蓄積されたこと。日本企業は、気心の知れた、技術レベルの高い顧客だけを相手にしていたため、意思疎通は円滑だが揉まれる機会が少なかった。

自前主義と優良顧客中心は、半導体産業に限らず日本企業によく見られる傾向だ。実に日本企業らしい失敗と言えよう。

EUV露光装置の未来

現時点で、EUV露光装置を使ってチップを量産している半導体メーカーは、TSMC(台湾)、Samsung Electronics(韓国)、Intel(アメリカ)の3社。日本では、国内での半導体産業再興を目指して2022年に設立されたラピダスが、2027年の量産開始に向けて技術開発する予定である。

ASMLが多くの受注残を抱えていることからも分かるように、半導体メーカーがEUV露光機を潤沢に導入できる状況にはない。さらに、実用レベルに達したとはいえ、EUV露光の光源出力はまだ低く、露光時間が長く生産性が低い状態だ。このため、チップ製造の工程のうち、性能やコストの要となる工程に絞ってEUV露光が適用されている。もちろん、より多くの工程にEUV露光を適用すれば、性能やコストをさらに向上できることは明らかだ。このため、光源のさらなる高出力化と、高出力光源を利用した微細加工技術の開発が進められている。

より微細な回路パターンを描くための次世代EUV装置の開発も進んでいる。先述したレイリーの式では、レンズの口径を大きくすることでも、露光の解像度を高められることを紹介した。現在、実用化されているEUV装置のレンズ口径を表す開口数(NA)は0.33。ASMLは、これを0.55にまで高めた次世代装置を開発中であり、2024年ごろに量産機として投入する予定である。さらにベルギーの研究機関であるimecの年次イベント「ITF World 2023」にて、同社は2030年代には開口数を0.75にまで高める必要があることを示唆している。

一方、将来に向けて、ASML以外で実用レベルのEUV露光装置が開発される可能性はあるのだろうか。最も注目されているのが中国の動向である。現在、アメリカ政府は、国家安全保障の観点からASMLがEUV露光装置を中国に輸出しないように強く働きかけている。その結果、中国国内では、最先端の半導体チップを製造できない。ただし、中国の研究機関には、独自にEUV露光装置を開発してきた実績がある。自国開発にこだわる理由ができた現在、その動きが加速する可能性が高い。ASML CEOのピーター・ウェニンク氏は、2023年4月26日の年次株主総会で、「中国が独自の装置開発を目指すのは当然。ASMLが中国へのアクセスを維持すべき」と述べている。窮鼠猫を噛むという結果を招き、競合が生まれることを防ぎたい考えだ。

日本の装置・部材メーカーの役割

露光装置の開発・供給では失敗した日本企業だが、ブランクス(マスクの原版)、レジスト、マスク検査装置、塗布現像装置など、EUV露光を利用するうえで欠かせない多様な部品材料を数多く供給している。

例えばEUV露光用レジストでは、東京応化工業やJER、信越化学工業、住友化学などの日本企業が、圧倒的なシェアを占めている。ブランクスはHOYAとACGというガラスメーカー2社で寡占している状態だ。EUVフォトマスクの欠陥検査装置ではレーザーテックが、塗布現像装置では東京エレクトロンが極めて高いシェアを維持している。いずれも、高度な技術が要求される領域だ。

EUV露光が実用化する以前、それまでのArF露光に代えて、光源の波長が157 nmとより短いF2(フッ素)光源を利用するための技術開発が進められていた。しかし、短波長光用の光学系やマスク、レジスト材料などの開発が難航し、実用化には至らなかった。最先端の微細加工技術の進歩を支えるため、日本企業にかけられている期待は大きい。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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