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大きな轟音と閃光とともに炎を吹き出し飛んでいくロケットは、人工衛星や宇宙船を宇宙へ送り届けることができる唯一の手段である。宇宙ロケットの原理が生み出されたのは、今からおよそ100年前のことだった。1897年、ロシアの科学者コンスタンチン・ツィオルコフスキーは、ロケットが自ら搭載している推進剤(燃料と酸化剤)だけで推力を発生するエンジン――ロケットエンジンを使い、宇宙へ飛んでいけることを、世界で初めて理論的に証明した「ツィオルコフスキーの公式」を導き出した。そして、その理論をもとに、人類はわずか数十年で、人工衛星や探査機、そして自らの身体を宇宙へと送り出していったのである。その発展は、今なおとどまることを知らない。星の海を渡り、人類未踏の世界へ赴くために、新たなるロケットエンジンの研究が進んでいる。
現代の宇宙ロケットは、すべて「化学推進」によって飛んでいる。これは、ロケット自身が持っている推進剤(燃料と酸化剤)を燃焼させ、生成したガスを高速で噴出し、その反作用で進む方法である。ツィオルコフスキーの公式は、こうした化学推進ロケットが、どうすれば効率よく飛行できるのか、どこまで飛んでいくことができるのかを導き出せる公式で、今なお使われ続けている。
化学推進ロケットの性能を決める大きな要素のひとつに、推進剤の組み合わせがある。 たとえば、日本の主力ロケット「H-IIA」は、燃料に液体水素、酸化剤に液体酸素を使っている。この組み合わせは「比推力」という効率、燃費に相当する数値を高くでき、最終到達速度を高くすることができる。一方、実業家のイーロン・マスク氏率いる宇宙企業スペースXが運用している「ファルコン9」ロケットは、燃料にケロシン(灯油の一種)、酸化剤に液体酸素を使っている。この組み合わせは、効率はやや劣るものの、高い推力(パワー)が出しやすく、また安価かつ扱いやすいといった特徴も持っている。
近年次世代のロケット燃料として注目されているのが液化メタンである。メタンは、液体水素やケロシンといった従来のロケット燃料と比べ、次のような特徴がある。
メタンは水素に比べ密度が高いため、単位密度当たりの推進力を大きくでき、ロケットの燃料タンクを小さくできる
メタンは水素に比べ分子量が大きいのでタンクや配管などから漏れにくく、爆発の可能性が低いため安全性が高い
石油由来のケロシンに対し、メタンは天然ガスなどに由来するため、入手が容易で、コストも液体水素より安く経済性にも優れている
こうした利点から、メタンを使ったロケットは世界中で活発に開発されており、2023年7月には中国の宇宙ベンチャー「藍箭航天」が、世界初のメタンロケットの打ち上げに成功した。
また、2024年1月には、アメリカのユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)が開発したメタンロケット「ヴァルカン」の打ち上げが成功し、さらにイーロン・マスク氏のスペースXも、メタンを燃料に使った巨大ロケット「スターシップ」の開発を進め、打ち上げ試験を繰り返している。
日本でも、北海道のベンチャー企業インターステラテクノロジズが、メタンを使ったロケット「ZERO」を開発しており、酪農が盛んな北海道らしく、家畜のふん尿から製造した液化バイオメタンを利用するというユニークな特徴がある。
従来の化学推進ロケットは、推進剤を「燃焼」させて動いている。そのエネルギーは、人間の感覚からするととてつもないものの、実際には燃焼という化学反応は比較的反応速度が遅く、放出エネルギーも小さい。
そこで研究されているのが、「デトネーション(爆轟)」という、燃焼が衝撃波を伴いながら音速以上で伝播していく現象を使ったエンジンである。通常のロケットエンジンは、燃焼したガスが膨張すると、燃え切っていない未燃ガスは、そのまま外側へ押し出される。しかし、デトネーションは、火炎面の伝播が超音速で進むため未燃ガスは外へ逃げず、さらに火炎面が達したときに未燃ガスが急激に圧縮され、温度と圧力が瞬時に上昇する。これにより莫大なエネルギーを発揮できる。
もし実用化できれば、理論上は従来のロケットエンジンより効率が25%も向上すると考えられており、従来の化学推進ロケットより少ない推進剤でエネルギーを生み出すことができ、月や火星などの深宇宙への有人飛行や探査機の飛行に大いに役立つ可能性を秘めている。
また、その構造上、ロケットエンジンとしてだけでなく、大気を取り込んでジェットエンジンとして動かすこともできるため、単一のエンジンで地上から宇宙まで、効率よく飛行できるロケットが造れる可能性がある。
ただ、デトネーション・エンジンは、原理自体は古くから知られているものの、計測やシミュレーションなどの研究が難しいなどの問題から、実用化された例はない。
現在、アメリカ航空宇宙局(NASA)のほか、アメリカの大学、ロシアや中国でも研究が行われている。日本でも研究は活発であり、2021年7月には名古屋大学と宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、推力500N級の深宇宙探査用デトネーション・エンジンで宇宙を飛行する実証実験に世界で初めて成功した。
また、日本のベンチャー企業「PDエアロスペース」はデトネーション・エンジンを使用した宇宙往還機の開発を行っており、低コストな宇宙旅行の提供を目指している。
地上のエネルギー源としても活用されている原子力を、宇宙でも使おうという研究も進んでいる。現在研究されているのは、「核熱ロケット」と「原子力電気推進ロケット」の主に2種類である。
核熱ロケットは、原子力発電にも用いられている原子炉を使って液体推進剤を加熱し、発生した高温高圧のガスをノズルから噴射して進むという仕組みを持つ。推進剤には従来のロケットと同じような液体水素のほか、水も使うことができる。
核熱ロケットは燃焼による化学推進ロケットと比べ、2~5倍も効率を高めることができると期待されている。これにより、月に大質量の物資を送り込んだり、有人火星探査を実現したり、無人探査機を太陽系の果てに飛ばしたりなど、これまでのロケット技術では難しかったミッションが可能になる。
たとえば、現在の技術では地球から火星まで行くのに最短でも約半年かかるが、核熱ロケットなら4か月にまで短縮することができる。航行期間が短くなれば、純粋に早く探査に行けるだけでなく、宇宙飛行士が浴びる宇宙放射線の量を減らすことができ、健康上のリスクを軽減できる。
また、搭載できる科学機器や物資が増えたり、エンジンを発電にも使うことで太陽電池などによる発電よりも多くの電力を得られたりといった利点もある。
現在、アメリカではNASAと国防高等研究計画局(DARPA)が核熱ロケットの開発を進めており、早ければ2027年にも宇宙での実証試験を行うとしている。
原子力電気推進ロケットは、原子炉で発電した電気を使って、電気推進エンジンを動かす形式の原子力ロケットである。電気推進エンジンとは、マイクロ波などの電波を使用して、キセノンやアルゴンなどの推進剤をイオン化、加熱してプラズマを形成し、電場や磁場で加速させて噴射するエンジンで、推力は小さいものの、抜群の効率を発揮することができる。
すでに電気推進エンジンそのものは実用化されており、日本の小惑星探査機「はやぶさ2」や、一部の通信衛星などにも搭載されているが、いずれも太陽電池からの電力で動く、規模の小さなものだった。
そこで近年、電力源に原子力発電を使う研究が進んでいる。原子力を使うことで、太陽発電よりも電力量を増やせ、有人火星飛行など、より大きなミッションにも使えるようになるばかりか、太陽光が弱くなる木星や土星以遠への飛行でも十分な電力を生み出すことができる。
たとえば、アメリカの民間企業アド・アストラ・ロケット・カンパニーは、NASAと共同で「VASIMR」というエンジンを開発している。VASIMRは、基本的には従来の電気推進エンジンと同じだが、プラズマを発生する電力、加熱する電力、加速する電力を分け、それぞれ自在に制御することができる仕組みをもつ。そのため、推力と比推力を自在に制御でき、比推力を他の電気推進エンジンと同程度に保ちつつ、推力を大きくすることができる。
原子力発電による数MW級の電源にも対応可能な拡張性もあり、大規模なVASIMRエンジンが造れれば火星まで片道1か月あまりで行ける有人宇宙船も実現できるという検討結果もある。
VASIMRは現在、地上での試験が繰り返されている状況で、将来的に宇宙での実証試験を行うことを目指している。
ただし、これら原子力ロケットには、安全性という大きな課題もある。地上での試験はもちろん、ロケットで宇宙へ打ち上げるときにも失敗や墜落の危険がある。急がば回れという言葉があるように、原子力ロケットの実用化のためには、性能だけでなく、安全性もしっかりと研究・開発することが不可欠である。
こうしたエンジンが実現しても、何光年もの距離を一瞬にひとっ飛びできるような、SF映画の世界にはほど遠い。しかし、ツィオルコフスキーの公式ができてから100年で、人類は月に足跡を残し、火星でロボットを走らせ、太陽系を飛び出す探査機まで打ち上げてきた。夢と希望を燃料に、未来へ向かって進み続ければ、いつか私たちは宇宙の果てにまで到達できるかもしれない。