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持続可能な世界を実現するため、地球環境問題の解決は、世界が一丸となって取り組むべき課題となっている。地球にやさしい社会活動やビジネス、生活様式を営むことは、政府、企業や個人にとっての責任である。同時に、環境対策自体を新産業として創出・育成し、持続的かつ不可逆、そして、より確実な経済成長と環境対策を同時進行できる社会システムとして構築していくことが求められている。
異常気象の多発に関係する地球温暖化への具体的な対策を考える場合、まず、カーボンニュートラル達成に向けた再生可能エネルギーの活用や電気自動車の開発・普及などを思い浮かべる人が多いのではないか。エネルギー政策や自動車産業の構造改革など、ニュースバリューの高い話題に関連する脱炭素化は取り組みの当事者が多いことから特に注目が集まりがちだ。ただし、脱炭素化は、早急に取り組むべき環境対策の一項目に過ぎない。2030年までに解決すべき社会課題を挙げた国際連合が掲げる「持続可能な開発目標(SDGs)」の17の目標の中には、環境対策に関連する多くの目標が挙げられている。この中には、有害物質の排出防止や生物多様性の維持、土壌・海洋・大気の汚染抑制など、脱炭素化と同様に重要で、多面的な環境対策の切り口が明示されている。
そして、脱炭素化と同等に、世界が一丸となって取り組むべき環境対策の大きな柱となっているのが「循環型社会」の実現である(図1)。
循環型社会とは、限りある天然資源を効率的に利用し、持続可能な形で循環的に再利用していく社会のことだ。資源の採取、加工、消費、廃棄という、これまで私たちが営んできた一方通行的な生産・消費活動から、役目を終えた工業製品を廃棄することなく、市場から回収、分別、処理し、資源などとして再利用していく社会へと変えていく。
その実現には、経済活動の考え方や社会システム、関連法制度などを新たに作り変える必要があることから、「循環型経済(Circular Economy)」という言葉で語られる場合もある。
歴史的に人類は、自然界から採掘・収穫した天然資源を、道具やエネルギー源として利用することで繁栄してきた。そして、18世紀後半から始まった産業革命以降、そうした営みの規模は急拡大し、使い捨てを基本とする大量生産・大量消費型の経済社会活動が広がり、80億人を超える人口を支えるに至った。その一方で、生産・消費活動が一方通行的であるがゆえに、生産・消費活動の規模拡大が限りある資源の枯渇や、消費後の廃棄物の増加による環境汚染を招くようになった。加えて、工業製品を作る際の加工と、その消費においても、生産・消費するモノの量に応じた量のエネルギーを消費し、環境対策のもう1つの柱である脱炭素化を阻害する要因になっている。
私たちが利用するモノを生み出す量自体を減らし、なおかつモノの生産に利用する原料・材料・部品などを、役目を終えたモノの中から調達することができれば、天然資源の使用量を減らせる。さらに、廃棄物の量も減るため環境汚染を抑制することも可能だ。加えて、生産に一度加工された原料・材料・部品を利用すれば、生産活動で消費するエネルギーを減らすことができる。
本来、自然界の生態系の中では、物質は循環的に利用されて、絶妙かつ持続可能な均衡を保っている。ただし、工業製品のような不自然なモノを、80億人を超える人口規模で生産・消費すれば、バクテリアや太陽光、大気などによる自然浄化作用のキャパシティを超える量となり、均衡は保てない。浄化不能な状態のモノが廃棄されれば、なおさらだ。均衡状態を保つためには、自然界で起きている物質の循環を、何らかの人為的活動によって、加速させる必要がある。
循環型社会を実現する上で、役目を終えたモノを再利用する際の切り口は「3R」という言葉で表現されている。すなわち、廃棄物の発生を抑制する「リデュース(Reduce)」、不要になったモノを再利用する「リユース(Reuse)」、不要物に加工を加えて他のモノを生み出すための原料・材料・部品に再生して利用する「リサイクル(Recycle)」の3つである。近年では、これら3つに、過剰包装など廃棄物の元になるモノを買ったり、もらったりしない「リフューズ(Refuse)」と、修理して長く使い続ける「リペア(Repair)」を加えた「5R」を挙げる場合もある。日本の環境省では、3Rに再生素材やバイオマスを原料とするモノの活用を促す再生可能を意味する「リニューアブル(Renewable)」を加えた「3R+Renewable」を実現するための政策を推進している(図2)。
循環型社会の実現に向けた取り組みは、「ライフサイクルアセスメント(LCA: Life Cycle Assessment)」と呼ぶ、モノのライフサイクル全体(資源の採取から、原料の生産、製品の生産、流通・消費、廃棄・リサイクルまでの流れ)を通じた環境への影響評価に基づいて行う必要がある。例えば、リサイクルを推し進めるために、莫大なエネルギーを消費して再利用する原料・材料・部品を生み出したのでは、本末転倒な結果を招く。こうした事態を避けるため、LCAに基づく評価手法は、ISO(国際標準化機構)による環境マネジメントの国際規格「ISO14040」や「ISO14044」として標準化されている。
既にEUでは、使い捨てプラスチック製品の流通を2021年までに禁止する法令が採択され、プラスチックボトルの回収率を2029年までに90%にするなどの具体的施策が実施されている。日本でも2000年に「循環型社会形成推進基本法」が公布され、2022年4月からはレジ袋など、それまで無料提供されていた12品目のプラスチック製品を有料化する「プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律(プラスチック資源循環法)」が施行されるなど、法制度で裏付けられた義務を伴う取り組みが始まっている。
3Rのうち、最も環境負荷が小さいのはリデュースである。次いでリユース、最後にリサイクルと続く。リユースを進める際には、市場からの回収や分別、再配分といった過程で相応のエネルギー消費を伴う上、品質の劣化などにより再利用できない無駄な分が出てしまう。リサイクルでは、それらに加え、再利用できる状態への加工で、さらにエネルギー消費が発生する上、劣化した部品や再利用に向けた加工の過程での燃焼・変質などによる無駄が発生するからだ。環境省は、日本における温室効果ガス全排出量のうち、適切な資源循環の取り組みを推し進めることで、約36%を削減できる余地があると試算している。
循環型社会を実現するためには、これまで一方通行だった天然資源の採掘・収穫から加工、消費、破棄に至るまでのモノの流れを、循環型というまったく違うものに切り替える必要がある。その取り組みは、世界の社会システムを作り変えるほどの1大事業となり、工業製品の設計・生産、物流、サプライチェーンの管理などの領域で、新たな技術の導入や仕組みの創出が必要になってくる。脱炭素化の潮流に沿って多様な新技術、新製品、新ビジネスが生まれたように、循環型社会の実現に向けた取り組みに際しても、新たなビジネスチャンスが生まれる可能性がある。
例えば、現在の工業製品は、効率的な生産が可能であることを目指して設計されているため、部品や再利用可能な材料を取り出してリサイクルすることが困難な場合が多い。この問題を解決するには、設計段階で、リサイクルが容易な構造や材料の採用が必要になってくる。こうした領域の技術には、まだまだ開発の余地が多く残されており、将来の成長が望める商材を生み出す素地を作り出す可能性がある。
また、リサイクルした材料などを再利用して、別の製品を作るための技術にも開発の余地が多い。例えば、ガラスや鉄鋼は、破棄された製品から取り出して再利用することで、天然資源である珪砂や鉄鉱石から素材を生産するよりも、低エネルギーでの生産が可能である。このため、ガラスメーカーや製鉄会社は、脱炭素化の推進と生産コストの削減の観点から、リサイクル原料による製品の生産を拡大したい。ただし、現時点の技術では、リサイクルで作った素材は品質面で多少劣るところがあり、応用が限定されている。透明度の高いガラスや高硬度鋼は、リサイクル原料から作ることができない。より応用を拡大するための素材生産技術や多少劣った品質の素材でも最終製品の性能や機能を損ねない製品開発技術などを発展させる余地がある。
さらに、リユースやリサイクルを円滑に進めるための、通常のサプライチェーンとは逆向きにモノを流す「静脈物流」の仕組みを作る取り組みも必要になってくる。静脈物流とは、市場に出回った製品や廃棄物を回収し、リユースやリサイクル、破棄するためのモノの流れのことを指す。一方、これまでの生産・消費活動の中で工業製品を消費者に運ぶサプライチェーンの流れは「動脈物流」と呼ばれる。
一般に、市場投入後の工業製品は、様々な製品が雑多に入り混じった状態である。また、静脈物流の中で回収した製品は、含まれる部品や材料の内容、さらには利用履歴も分からない。場合によっては、外見からは知ることが出来ない、危険物が含まれている可能性すらある。こうした情報は、リユースやリサイクルをする際には必ず必要になる。
循環型社会を効果的かつ効率的に動かすためには、市場で使われている製品の素性や状態を正確に把握し、適切な3Rを推し進めることが何より大切だ。このため、製品個々の生産、物流、利用の過程を追跡して可視化するトレーサビリティが重要になる。そこでは、バーコードやQRコード、製品に取り付けた半導体チップに製品・流通情報を無線で書き込むRFID、さらに将来的には個々に製品をインターネットにつなぐIoT(Internet of Things)などの技術の活用が欠かせない。さらに、ブロックチェーンなど最新のICTを活用して、破棄した製品がサプライチェーンを経て新たな製品にリサイクルされるまでのプロセスや企業の連携業務を追跡する試みも進められることだろう。
日本の国民性には、モノを長く使い、中古製品の利用に積極的な「もったいない精神」が染み付いたマインドがあると言われる。例えば、ペットボトルの分別は循環型社会の実現で、世界をリードしていくことができる素地があるのではないか。
循環型社会の実現に向けた取り組みを持続的に実践し、社会経済活動の中で主流にしていくため、日本政府は、2030年までに循環型社会の構築・運用に関連するビジネスの市場規模を、現在の約50 兆円から80 兆円以上にするという目標を掲げている(図3)。そして、関連企業・機関での取組推進に向けて環境整備を進めていくという。「もったいない精神」が新ビジネスとして具現化し、世界に広がっていくかもしれない。
伊藤 元昭(いとう もとあき)
株式会社エンライト 代表
富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。
2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。