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オープンアーキテクチャの新しいCPUコア・RISC-Vの開発が、アメリカと中国を中心に進んでいる。昨年暮れには、ヨーロッパでも半導体企業5社が共同出資して、RISC-Vのリファレンスデザイン回路ボードを提供する会社を設立した。アメリカではNVIDIAやWestern Digital、Intel、Qualcomm、Broadcomなど代表的な半導体メーカーをはじめ、Googleが推進しており、さらにスタートアップも続々生まれている。この CPUコアは、誰でも開発できるオープンソースのため安いし、Linuxのケースとよく似ていることからも、今後、発展する可能性が非常に高い。しかし、日本で開発を進めているのは、デンソーとルネサスのみで、この先、世界に置いていかれるのではという懸念が付きまとう。
「RISC-V」(リスクファイブと発音)とは、アメリカ・カリフォルニア大学バークレイ校のDavid Patterson教授とKerste Asanovic教授らのグループが開発したオープンソースのCPUコアのことである。半導体設計の知識があれば誰でも設計できるCPUコアである「RISC-V」が、現在日本以外の世界各国で盛り上がっている。
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コンピュータの中心装置であるCPU(中央処理装置)の世界には、二つの潮流があった。一つはIntelやAMD(アメリカ)などが持っているCPUで、X86アーキテクチャと呼ばれ、それだけで一つの半導体集積回路(IC)チップを構成している。パソコンやサーバなどコンピュータの心臓部となっているICである。
もう一つが、Arm(イギリス)やMIPS(アメリカ)などのCPUコアだ。こちらはIC製品ではなく、ICの中のコンピュータ回路にすぎない。半導体ICメーカーや半導体ユーザーなどが、この回路をライセンス料という形で支払って購入している。このようなICの中の一部の価値ある回路をIP(Intellectual Property:知的財産)コアと呼ぶ。特に価値のあるコンピュータや周辺回路などをIPコアと指すことが多いが、ICの中の回路を全てIPコアと呼ぶことも多い。
これまでは主にX86アーキテクチャとArmのコンピュータ回路(アーキテクチャと呼ぶ)が、それぞれ一般のパソコンやスマートフォンのCPUとして使われてきた。ここに第3のCPUコアとして登場してきたのがRISC-Vである。
RISC-Vは、カリフォルニア大学バークレイ校の教授たちが設計したCPUコアであり、あくまでも学生・院生の教育を目的としていた。学生が自由に扱えるように無料で開放したため、オープンなアーキテクチャとなっている。ただし、命令セットが47個しかない極めてプリミティブなIPコアである。Arm並みのCPUコアとして使うためには、命令セットの追加だけではなく、パイプライン構造やマルチコア対応などCPUとしていわゆる競争できるレベルのCPUコアに仕上げる必要がある。
こうした需要を受けて、RISC-Vコアを利用した新しいビジネスが、早速登場してきている。ArmのCPUコアと同等レベルまでCPU回路を仕上げるライセンスビジネスだ。アメリカのSiFiveやVentana Micro Systems、台湾のAndes Technologyなどが提供するRISC-Vコアは、そのままICのCPUコアとして使えるCPUコア製品となっている。これを使うユーザーは、ArmのCPUコアよりも安い価格でライセンスを受けられ、量産する場合も安いロイヤルティ料を支払うだけで済む。
もともとのIPベンダーであるARC International(アメリカ)もRISC-Vコアを開発、32ビットの組込系RMXシリーズや高速の10段パイプライン構造を持つ32ビットRHXシリーズ、64ビットのRPXシリーズなどのCPUコアを開発してきたが、2023年11月にEDA(電子設計の自動化)ベンダーでIPにも強いSynopsys(アメリカ)に買収された。その結果、これらは総称してARC-VプロセッサIPと呼ばれるようになった。
CPUコアだけではない。RISC-Vを使ったAIチップを提供する企業も登場している。アメリカのEsperanto TechnologiesやカナダのTenstorrentなどは、すでにRISC-Vを使ったAIチップ製品を出荷している。また中国ではファブレス半導体の上位10位にいる北京のGiga DeviceがRISC-Vのマイクロコントローラ(マイコン)をリリースしている。国内でもルネサスエレクトロニクスは、RISC-Vを使った64ビットSoC(システムオンチップ)を製品化している。
RISC-Vコアをビジネスとして広めようという目的で設立された組織である非営利団体がRISC-V International(スイス)である。日本にも本部があり、かつて日立製作所でSHマイコンのリーダーとして活躍した河崎俊平氏や、東芝で2000年代はじめ頃、Cellプロセッサを開発していた田胡治之氏などが事務局を務めている。RISC-Vの会員は2024年5月はじめ現在、世界70カ国に渡り3950社に上っているという。筆者が心配なのは、この中に日本企業の存在が極めて少なく1割にも満たないことだ。
RISC-Vの広がりはスタートアップだけにとどまらない。AI向けのGPUで半導体ランキングの上位に食い込んできたNVIDIAのAIチップが搭載されている基板上の周囲に搭載されている小さなマイコンにはRISC-Vコアが使われている、と河崎氏は述べる。また、スマートフォンのSoCを開発しているQualcommとSamsung(韓国)は5GのモデムチップにRISC-Vを集積、内部回路をコントロールしているという。
最近になり、RISC-Vが注目されているのは消費電力の低さだ。もし、NVIDIAのGPU AIチップであるH100を生成AIの学習・推論向けに100万台使うなら、消費電力が大きすぎて、電力会社と相談しなければならなくなると河崎氏は言う。また、Tesla(アメリカ)の独自チップDojoを多数並べて並列に動作させたとき、2.3MWもの電力消費してしまいブレーカーが落ちてしまったことがあったと言われている。
そこで、Esperanto(アメリカ)やTenstorrent(カナダ)は、もっと消費電力の低いGPUやCPUを目指している。Tenstorrentは、日本のラピダスが提携した新しいファブレス半導体メーカーであり、消費電力の少ないAIチップを開発しようとしている企業である。そのCEOがX86アーキテクチャやArmアーキテクチャも経験してきたCPUの天才設計者であったJim Keller氏(図2)だ。
ではRISC-Vコアはなぜ消費電力を低くできるのか。X86アーキテクチャは汎用のCPUであり、さまざまな命令セットを搭載しており、その数は1500にも増えているという。汎用のCPUは従来のCPUとのソフトウェア互換性を保つために必要な命令数を増やしてきた。ArmアーキテクチャはX86アーキテクチャのCISC(Complex Instruction Set Computer)とは異なり、RISC(Reduced Instruction Set Computer)方式を使っている。つまり命令セットを減らしたCPUという意味だった。Armの社名はもともとAdvanced RISC Machinesの略である。このため、もともと命令数は少なかったはずである。ところがArmアーキテクチャも後位互換性を持たせるため命令数は今や500にも増えてしまった。
RISC-Vは原則47命令しか持たないアーキテクチャであり、もともと命令数が少ないため専用のコンピュータに向いていた。ただしRISC-Vは、ユーザーが自分の独自命令を追加できる柔軟性を持つ。自分だけの命令を増やすことはできるが、それ以外に使わない命令を持つ必要はない。無駄な命令セットを持たないため、無駄な動作もせず、消費電力は少ない。
では、オープンなアーキテクチャであるRISC-Vが狙うべき応用分野はどこか。X86アーキテクチャは、すでにパソコンやサーバなどのコンピュータで確立している。Armアーキテクチャは、スマートフォン市場でしっかり根付いている。半導体ビジネスにとっていまだに巨大な市場はパソコンとスマホであり、この二つは当分変わりそうもない。共に便利なビジネスツールであり、機能や性能がどんどん進化し続けているからだ。
そこで現実に狙うべき市場は、第三の市場となる。最も可能性の高い市場がクルマ向けのカーコンピュータだと言われている。日本ではデンソーが子会社としてNSITEXE(エヌエスアイテクゼ)を設立したが、RISC-VのCPUコアを開発し、国内でも販売できる体制を2022年に作った。その後、デンソーがNSITEXEを買収して、再び組み入れてしまったが、こうした動きも結局、RISC-Vの重要性をデンソーが見抜いたからに他ならない。ヨーロッパでは、RISC-Vのリファレンスデザイン開発ボードを提供する会社Quintauris(ドイツ)が昨年暮れに設立された。
もう一つがその他の組込市場である。現実に使われている用途がそれに近い。例えば、先ほど述べた、AIチップ基板上の周辺に使われるマイコンや5GのモデムICなどが組み込み市場の典型である。NANDフラッシュメモリチップを製造しているWestern Digital(アメリカ)はNANDコントローラをRISC-Vで設計している。
RISC-V技術を開発するためにはいくつかの方法がある。最も簡単なのは、販売しているSiFiveやAndes Technologyなどからライセンスを購入することで、最も難しいのはGitHub(アメリカ)などで公開されているRISC-Vのソースコードから、自社が持つべき仕様を定義してプリミティブなマイクロアーキテクチャから差別化できる命令セットやCPUコア技術を開発することであろう。開発コストが最もかかる。その中間として、RISC-Vに詳しい企業とコラボレーションしながら開発するという手もあるが、差別化しにくい技術になりそうだ。また外部から購入すると、サポートを受けられるため早く市場に出せるというメリットはある。
こういったRISC-Vの技術をルネサスは、外部からの購入と、自社開発の両方を進めてきており、2024年3月には自社開発の32ビット汎用RISC-Vマイコンを生産開始した。このマイコンの開発環境と量産出荷体制が完了したことで製品化を発表した。ルネサスとしてはオープンアーキテクチャを使いたいというユーザーにRISC-Vマイコンという選択肢を広げたことになる。
RISC-Vはある意味、誰でも開発できるという民主的なCPUコアである。Googleは自らAIチップのTPU(Tensor Processing Unit)を開発してきており、半導体への関心を高めている。特にTitanと呼ぶセキュリティチップをRISC-Vで設計し、システムの起動時に安全を確認するRoT(信頼の起点)チップをGoogleは活用している。
さらに、SoCを設計するデザインハウスのefabless(アメリカ)、設計したSoCを製造するファウンドリのSkywater Technology(アメリカ)らと提携し、RISC-Vを用いたエコシステムを作っている(図3)。Googleに依頼してこのシステムを使えば、半導体SoCを欲しい企業や団体が自分の好きな機能を集積したSoCを手に入れることができる。これはいわば半導体SoCの民主化ともいえる仕組みである。RISC-Vは、誰もが持てるようになる半導体チップのカギを握る技術となり、半導体チップのさまざまな業界にまで普及させるエンジンとなる可能性を秘めている。
津田 建二(つだ けんじ)
国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト。
現在、英文・和文のフリー技術ジャーナリスト。
30数年間、半導体産業を取材してきた経験を生かし、ブログ(newsandchips.com)や分析記事で半導体産業にさまざまな提案をしている。セミコンポータル(www.semiconportal.com)編集長を務めながら、マイナビニュースの連載「カーエレクトロニクス」のコラムニストとしても活躍。
半導体デバイスの開発等に従事後、日経マグロウヒル社(現在日経BP社)にて「日経エレクトロニクス」の記者に。その後、「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」、「Electronic Business Japan」、「Design News Japan」、「Semiconductor International日本版」を相次いで創刊。2007年6月にフリーランスの国際技術ジャーナリストとして独立。著書に「メガトレンド 半導体2014-2025」(日経BP社刊)、「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、「欧州ファブレス半導体産業の真実」(共に日刊工業新聞社刊)、「グリーン半導体技術の最新動向と新ビジネス2011」(インプレス刊)などがある。