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「百年に一度」と称される大変革の中にあるという自動車業界――。そこでは「CASE」、すなわち「コネクテッド(Connected)」「自動化(Autonomous)」「シェアリング&サービス(Sharing & Service)」「電動化(Electric)」の4軸に沿った技術体系とビジネスの再構築が進められている。いずれも、より安全で社会価値の高い移動手段を実現しながら、カーボンニュートラル達成に向けた要請に応えるためには不可避な取り組みだ。CASEには、多くの自動車関連企業にとって、未知・未経験のチャレンジとなる要素が多く含まれている。いわば、クルマという商品と自動車ビジネスのあり方を再定義する「What to make(何を作るか)」に関する大変革だ。ところが現在、これまで技術と実業の経験を蓄積してきたものづくりの領域においても、CASEとは別の切り口からの大変革に直面している。それは「ギガキャスト」と呼ぶ、自動車のボディーの生産手法を根本的に変えてしまう、「How to make(どう作るか)」に関する技術革新である(図1)。
ギガキャスト(ギガキャスティングと呼ばれる場合もある)とは、高圧で型締めした大型の精密鋳型に高速・高圧で溶融したアルミニウムを注入し、これまで数十~数百点の個別部品を組み合わせて作っていたボディーなどの超大型部品を、1工程で一括成形する鋳造技術のことだ。
ギガキャストは、アメリカのTeslaが、同社の電気自動車(EV)「モデルY」のリアアンダー(後方下部)ボディーの量産に世界で初めて適用した技術である。それまで他社が数十個の個別部品を組み合わせて作っていた大型部品を1工程で一括形成したことで自動車業界の注目を集めた。
現在では、次世代車のボディーやEV用電池ケースなどの大型部品を一括形成する技術として、世界中の多くの自動車メーカーや部品のサプライヤーが量産適用を想定するようになった。特に、今や世界一のEV大国となった中国の自動車メーカーにおいて自動車の生産性を高めるためのキーテクノロジーとして積極導入されている。
自動車の車体の量産にギガキャストを適用することによって、どのようなメリットが得られるのだろうか。
まず、大量の個別部品を溶接などで組み合わせる工程が不要になる。この工程は複雑で組み立てに相応の時間を要し、加えてその作業には溶接ロボットなど、高価な設備を大量に用いる必要がある。こうした工程が不要になれば、生産効率の向上および生産コストの削減が期待できる。工場自体も小さく、単純にできる可能性がある。
さらに、大型部品を一体成形できれば、車体の強度や剛性を高めることもできる。構造の単純化や複数の個別部品を溶接する際に必要だったノリ代のような領域を最少化できるため、軽量化も可能になる。
超大型部品を一括成形するというギガキャストのコンセプトは単純明快だ。しかし、自動車産業の関係者以外から見れば、ギガキャストの何が革新的なのか、インパクトが今ひとつピンとこない人もいるかもしれない。そこを少し深掘りしてみたい。
これまでの自動車産業は、約3万点と言われる自動車のシステム全体を構成する大量の部品を、いかに上手に作って効率的に組み立てるかという点にフォーカスして発展してきた。工作機械を進化させたり、多様な部品の開発・生産を専門的知見を持つ企業に分散委託するサプライチェーンを構築したり、出来上がった大量の部品を効率的に集め組み上げる生産技術や生産管理技術を開発・導入したり…。個々の部品を精密かつ高信頼、効率的に作り上げるために、さまざまな努力をしてきた。これらの変化は、すべて大量の部品を扱うことを大前提として進められてきた取り組みであると言える。
自動車の大量生産を可能にしてモータリゼーションの時代を拓いた「T型フォード」の流れ作業や、日本を自動車生産大国に押し上げる原動力となったいわゆる「トヨタ生産方式(TPS)」も同じ文脈に沿った生産技術の変革である。さらに、現在多くの自動車メーカーが進めているデータを活用した生産管理・制御のスマート化や作業の自動化など「製造業DX」による生産性向上も、この観点からのアプローチに関しては同種の取り組みであることが多い。
一方、ギガキャストは自動車の生産効率を高めるという目的こそ同じだが、大量の部品の扱いを前提としていない点が決定的に異なる。生産性を向上させるために、部品点数と生産工程数の削減を可能にするという、これまでとは根本的にアプローチが異なる生産性向上手段を適用できる点が画期的だ。
実は同様の生産性向上のアプローチの変革は、過去の電子産業においても見られた(図2)。トランジスタなどの個別部品から、複数素子を一括形成した集積回路(IC)への進化による生産性向上である。1950年代に登場したトランジスタラジオをはじめとして、電子産業の黎明期の機器は、個別の電子部品を寄せ集めて作っていた。これが、ICの発明以降、電子回路の構成アプローチが一変。1チップで一括形成できる回路は、IC化されていった。そして、その後の電子産業は、「ムーアの法則」に沿った指数関数的な機器性能の向上と爆発的な市場拡大の時代に入った。パソコンもスマートフォンも、こうした変革なしでは実現しなかっただろう。今、自動車業界で起きているギガキャストによる生産技術の革新は、それと同種の変革であると言える。
ギガキャストは、生産するのが電気自動車(EV)であろうと、エンジン車であろうと、自動車という工業製品を作る限り必ず正対しなければならない生産性向上を目的にした技術革新である。対応するためには、自動車の生産技術はもとより、生産ラインの構成や、そこに導入する装着・設備、さらにはボディーの設計まで、多面的な発想の転換が求められる可能性が高い。
さらに、日本の自動車産業にとって厄介な点は、これまで改善を繰り返して生産性を高め、事業競争力の源泉となった強みが無効化される可能性があることだ。言い換えれば、自動車産業での生産性向上の取り組みに、ゲームチェンジが起きつつある。そして、今のところ日本企業の多くは、世界の新潮流であるギガキャストにおいては、先行者を追いかける立場にある。
ギガキャストの開発・実用化の過程では、Teslaの最高経営責任者(CEO)であるElon Musk氏が、自社製のクルマの車体を構成する大型部品が複雑な工程で作られていることを問題視して、「おもちゃのクルマのように、もっと簡単に作れないのか」と語ったことが技術開発と量産導入の発端となったという逸話が伝わっている。自動車開発の経験が少ない中国企業は、ギガキャストの量産適用にすぐに追随した(図3)。一方、多数の個別部品を組み合わせて大型部品を作るのが常識だった既存の自動車メーカーは、当初は「クルマ作りとおもちゃ作りの違いがわからない素人の発想」とみなして、同社や中国企業の動きを冷ややかに傍観していた。
ところが、実際に出来上がった車両の仕上がりの良さを目の当たりにして、1社また1社と追随するようになった。これまでの生産技術では実現できない、自社製自動車の市場競争力の毀損を想起させるほどの多様で大きなメリットが得られる可能性が感じられたからだ。現在、日本でもトヨタ自動車が2026年、日産自動車が2027年の量産適用を目指して技術開発を推し進めていることを公言している(図4)。ヨーロッパの多くの自動車メーカーも同様の動きを見せている。当然だ。百年後も自動車ビジネスを営んでいたいと思うのならば、手中にしてリードすべき技術なのだから。
より多くの素子を集積した半導体チップを作るための技術開発では、製造装置や材料の進化が大きな役割を果たしている。同様に、ギガキャストの実用化と今後の進化では、自動車生産向けの設備や材料の進化の重要性が、これまで以上に高まりそうだ。
Teslaがギガキャストを適用したいと思った超大型部品を一括成形するためには、これまでより大型で、しかも大型金型を締めつける型締め力(クランプ圧と呼ぶ)が6000tf(トンフォース、1tfは9.8kN(キロニュートン))以上と高圧な鋳造機(ダイカストマシン)が必要だった。しかし、それ以前の鋳造機は、最も高いものでも約4000tfが上限であり、新たな技術開発が求められた。
ギガキャストの実用化を目指していたTeslaは、大型高圧の鋳造機を開発してくれる企業を求めて、日本企業を含め世界中を探し回ったとされる。そして、結果的に開発に踏み切って実現したのはイタリアのIDRAだった。長さ19.5m、高さ5.3m、クランプ圧が6000tfの鋳造機を実現し、2020年にモデルYの量産向けに採用した。こうした大型高圧の鋳造機は、「Giga Press」と呼ばれている(図5)。現在では、日本のUBEマシナリーもギガプレスを開発。自動車メーカーや自動車部品サプライヤーと共同で量産投入に向けた取り組みを進めている。
集積度が高まるほど半導体チップの価値が高まるように、ギガキャストも、より多くの部品を一括成形できるようにすることで、生産性を高めることができる。このため、ギガプレスは大型化、高圧化が進み、より大きな部品の生産を可能にする方向へと進化が進む傾向がある。
ギガキャスト用鋳造機もまた、より大型で、高圧力なものが求められる傾向である。既に1万5000tfといった超高圧力の実現を求めるニーズも出てきているが、そのための装置開発には技術的な高いハードルを超えなければならない。その一方で、その使い手である自動車メーカーの側でも、強度・剛性・重量・生産性などの要求を満たしながら、超大型部品を高品質に生産するための設計・生産・品質保証などの技術を同時に確立していく必要がある。ギガキャストでリードしているTeslaは、3Dプリンターを使ったギガキャスト向け金型の試作を迅速化する技術などを確立し、利用技術の蓄積を進めている。
自動車メーカーに車体の開発・生産での変革を求め、さらには鋳造機を作るメーカーや材料となるアルミ合金を供給する素材メーカーなどに新たな需要をもたらすギガキャスト。だが、最も大胆かつ迅速な対応が求められているのは、既存の自動車サプライチェーン上でビジネスをしている設備や部品・材料のサプライヤーではないか。
自動車産業は、裾野が広い産業だ。これまで個別に開発・生産していた多くの部品を一括成型するのだから、当然、部品の生産に利用していた加工機などの装置の総数は少なくなる。また、自動車メーカーが部品を外部調達していたのなら、サプライヤーの仕事がなくなる可能性がある。さらに、これまでは多くの部品を組み合わせてボディーを作っていたため、その反動から組み立て工程で利用していた多くの溶接機や産業ロボットの数も少なくなる可能性が高い。
さらに、自動車のボディーには多くの鋼板が材料として使われており、鉄鋼メーカーにとっての大市場となっている。元々、自動車の軽量化を推し進めるために、鋼板で作る部品を、アルミ合金や樹脂に変える動きは顕在化していた。ギガキャストの利用拡大によって、一気にアルミ合金材料に置き換わる可能性がある。実際、鉄鋼メーカー各社は、危機感を持って対応策を模索し始めている。
CASEトレンドに沿って次世代車へと進化しても、ボディーがなくなるわけではないため、これらのサプライヤーの役割が大きく変わることはないと思われていた。しかし、ギガキャストは、無風地帯を大嵐の状態へと一変させる。ギガキャストの適用が広がった先で形成される新たなサプライチェーンでの、席取り競争が始まる可能性がある。
伊藤 元昭(いとう もとあき)
株式会社エンライト 代表
富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。
2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。