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Science Report
サイエンス リポート

半導体の進化で揺れ動く、後工程「OSAT」の立ち位置を解説

文/伊藤 元昭
2024.08.07
半導体の進化で揺れ動く、後工程「OSAT」の立ち位置を解説

最先端半導体チップの進化の方向性が、曲がり角に差し掛かっている。これまでのような「ムーアの法則」の威力だけに頼り切った性能向上や消費電力、製造コストの削減が難しくなってきたからだ。加工技術の微細化が、チップ性能の向上につながりにくくなったことが背景にある。こうした現状を鑑みて、半導体業界は、パッケージ実装技術を基軸とした進化の活路を探るようになった(図1)。本来1チップ化したい回路をあえて細かく個片化して後から大型チップへと組み立てる「チップレット」や、チップの3次元積層などを適用して、より高度なチップを作り上げていく。 こうした半導体チップ開発のパラダイムシフトが進む中で、俄然、存在感を増してきた業態がある。それが「OSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test)」である。OSATとは、半導体製造の全工程のうちの後工程に当たる、パッケージングとテストを専門で請け負うサービスを提供する企業のことだ。

半導体業界は、パッケージ実装技術を基軸とした進化に活路を見出した
[図1]半導体業界は、パッケージ実装技術を基軸とした進化に活路を見出した
AMDの「AMD Ryzen™7000 Series processors」のチップ写真。
出典:AMD

OSATとは

OSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test)とは、微細な電子回路を形成したウェーハをファウンドリ半導体メーカーから受け取り、チップ(ダイ)に切り分けて動作確認テストを実施(図2)。合格品をパッケージに実装・封止して半導体チップを製品に仕上げることを専門とする企業である。主な顧客は、NVIDIAやAMD、Qualcommなど、工場を持たないアメリカのファブレス半導体メーカーが中心である。ただし、Intel(アメリカ)のような自社工場を持つ「垂直統合型デバイスメーカー(Integrated Device Manufacturer:IDM)」と呼ばれる半導体メーカーが顧客となり、後工程での生産能力不足分を補う場合もある。 

半導体産業のバリューチェーンの中でのOSATの役割
[図2]半導体産業のバリューチェーンの中でのOSATの役割
作成:伊藤元昭

OSATは、ファブレスやファウンドリと共に成長 

近年、日本に工場を建設したTSMC(台湾)の知名度が高まったことで、前工程(微細加工)を請け負うファウンドリの役割は広く知られるようになった。半導体製造中の特定工程にフォーカスして受託サービスを提供するという観点から見れば、OSATのビジネスモデルはファウンドリに似ている。不特定多数の顧客から受託し、経営リソースを収集させて開発した高度な製造技術と、構築した高効率・高品質な生産体制を駆使して競争力の高いサービスを提供するというビジネスコンセプトも同じだ。 

半導体業界において、ファウンドリが前工程技術の開発をリードしているように、OSATもまた後工程技術の開発をリードしている。しかし、これほど重要な役割を担っているにも関わらず、OSATの存在すら知らない人が多いのではないか。 

OSATのビジネス領域である半導体パッケージング市場は明るい

OSATのビジネス領域である半導体パッケージング市場の見通しは明るい。フランスの調査会社、Yole Développementによると、半導体パッケージング市場は、2026 年までに 960億USドルにまで成長するという(図3)。しかも、これからの成長は、特に高度な技術が求められる人工知能(AI)、データセンター、自動車などの応用分野に適用される、3D実装やチップレットに向けた高度なパッケージの需要増にけん引されるとしている。 

半導体パッケージ市場の推移と予測
[図3]半導体パッケージ市場の推移と予測
図中のAPはAdvanced Packageを意味しており3D実装やチップレットなどに向けたパッケージが含まれる。Otherはそれ以外の従来から利用されてきた一般的半導体パッケージを指す。
出典:Yole Développement、「Status of the Advanced Packaging Industry 2021」

アジア企業が市場を牽引、日本でのOSATの育成はこれから

売り上げトップ5に名を連ねる代表的OSATとして、台湾のASE(Advanced Semiconductor Engineering)やアメリカのAmkor Technology、中国のJCET(Jiangsu Changjiang Electronics Technology)やTFME(TongFu Micro Electronics)、台湾のPTI(Powertech Technology Inc)がある(図4)。 

2022年時点でのOSAT各社の売り上げ
[図4]2022年時点でのOSAT各社の売り上げ
出典:IDC
作成:伊藤元昭

ファウンドリではTSMCが頭一つ抜けた存在となっているが、現状のOSATは複数の企業が市場を分け合っている。ただし2018年に、ASEと台湾のSPIL(Siliconware Precision Industries Co.,Ltd.)が経営統合するなど、徐々に規模の拡大による競争力強化の動きが見られるようになった。 

日本でも、アオイ電子などがOSATビジネスを行っている。大分デバイステクノロジー(ODT)のように、パワーデバイス領域でのOSATサービスという特色のあるビジネスを展開している企業もある。ただし、世界市場でのシェア上位に食い込んでいるわけではない。 

半導体業界について少し聞きかじったことのある人の中には、「日本企業は、後工程(パッケージングなど)では世界的な競争力が高い」と思っている人もいるかもしれない。確かに、材料や装置の面では確実にそう言える。しかし、こと現状の製造ビジネスという観点から見れば、存在感が大きいとは言い難い。装置・材料は強いが、製造ビジネスは強いとまで言い切れる状態ではないという構図は、前工程と同じである。OSATおよび、後工程での製造ビジネスの育成は、まさに喫緊の課題だ。 

OSATの歴史とアジア企業のシェアが高い理由

OSATビジネスのシェア上位にアジア企業が多いのには理由がある。ビジネスが成長してきた経緯と生産技術の特徴を考えれば理解しやすい。 

OSATと同様のビジネスモデルは、古くからあった。例えば、Amkor Technologyの事業開始は1968年であり、基本的に同社は現在に至るまで事業内容を変えていない。ただし、20世紀中はIDMを中心に後工程を受注しており、当時はあくまでも後工程の下請け(サブコン)という位置付けだった。 

OSATと呼ばれるようになり、ビジネスが急成長したのは1987年に台湾で世界初のファウンドリであるTSMCが設立された以降のことである。80年代当時の半導体業界は、IDMこそが唯一の事業形態だったが、その形態ゆえの経営課題を抱えるようになった。自社ブランドで販売するチップを設計すると、応用市場での需要変動リスクを抱える。ところが、それを自社で製造するためには、確実に回収できないと一発で会社経営が破綻するほど巨額な設備投資が必要になってきたのだ。 

そんなジレンマを解消するアイデアをひねり出し、実践したのが、TSMC創業者の張忠謀(Morris Chang)氏だった。そのアイデアとは、設計と製造を別の企業が分担する水平分業型の業界構造に再編すれば、リスクを切り離して巨額投資に耐えられるというものだった。そして、前工程を受託するファウンドリというビジネスモデルを生み出し、革新的技術を持つが製造設備は持てないスタートアップ半導体メーカーをファブレスのまま事業化可能にし、共に成長していった。OSATは、こうした半導体業界の構造が水平分業化していった潮流に乗って成長していった。ファウンドリ誕生の地で必要とされたから、台湾に強いOSATが多く存在するのだ。 

では、TSMCは、なぜ前工程のみをビジネス化し、後工程を他社に委託したのだろうか。 

理由の1つは、後工程を受託するサブコンが既に存在していたこと。技術開発や工場建設に投資しなくても、目指す水平分業型ビジネスが成立する見通しがあったのだ。もう一つは、前工程と後工程では生産技術の質に大きな違いがあり、両方を自社で行うと経営が複雑になるからだ。 

前工程は、工程の多くがウェーハもしくはバッチ単位での一括処理を実行するプロセス型のものづくりであり、処理・作業のほとんどが自動化されている。このため、よりよい装置をたくさん並べることが重要な、資本集約型の製造業だと言える。これに対し後工程は、ある程度の自動化も進んでいるが個別チップそれぞれを対象にする組み立て型のものづくりが中心である。このため、多くの作業者が必要な、労働集約型の製造業だと言える。このため、当時、人件費が安かったアジア地域で後工程の受託ビジネスを立ち上げやすかった。例えば、ASEは、TSMCよりも早い1984年に設立され、IDMを顧客としてビジネスを開始している。 

チップレットの登場で変化するファウンドリとOSATの立ち位置

半導体産業の中で共生関係を形成し、共に成長してきたファウンドリとOSATだが、近年、両者の分担が崩れて、新たな業界構造へと再構築する必要性に迫られるようになった。そのキッカケとなったのが、チップレットの重要性の急激な高まりである(図5)。 

半導体チップ製造の前工程と後工程に割って入った、高付加価値な新工程「チップレット」
[図5]半導体チップ製造の前工程と後工程に割って入った、高付加価値な新工程「チップレット」
出典:Amkor

チップレットには、これまでの前工程的な要素と後工程的な要素の両方がある。最先端チップの前工程に比べれば精度は粗いが、Si素材のインタポーザ上に微細配線を形成する技術やウェーハの表裏を貫通させて電極を取り出すといった技術が必要になる。ここには、前工程での技術やノウハウが生きる。さらに、樹脂基板を多相積層したり、微細なバンプを利用した接続・組み立てをしたり、さらには熱膨張や振動による機械的負荷に対する信頼性の確保などの技術も必要だ。これらには、組み立て型ものづくりを実践してきた後工程での蓄積が必要になる。つまり、ファウンドリもOSATも、どちらも事業化に名乗りを上げることができる領域なのだ。現在では、チップレットの工程は「中工程」と呼ばれるようにもなった。 

その一方で、これまでのファウンドリビジネスとも、OSATビジネスとも異なる、新たな価値を生み出すビジネスを展開できる可能性がある。設計元や製造元の異なるチップレットを集め、システムレベルで高性能な作り込んだ1チップへと集積する「チップゼネコン」と呼べるようなビジネスである。半導体製造に携わる企業としては、是が非でもこの領域での技術開発とビジネスでリードしておきたいところだ。このため、中工程であるチップレット工程の担い手の座を巡って、ファウンドリとOSATの間で、業務の融合もしくは敵対的イス取りゲームが始まる公算が高まってきた(図6)。 

近未来のファウンドリとOSATの関係は、敵対か融合か
[図6]近未来のファウンドリとOSATの関係は、敵対か融合か
作成:伊藤元昭

ただし、直近では、ファウンドリとOSATの間で、手を組みながら役割分担の落とし所を探る動きが出てきている。例えば、TSMCはASEと、アメリカのファウンドリであるGlobalFoundriesはAmkorとの間で協力関係を深めている。こうした中、中工程が存在することを前提とした新たな水平分業型の半導体の業界構造を、既存のしがらみなくフリーハンドで描ける立場にいる企業もある。これから最先端チップの製造ビジネスを立ち上げようとしている日本のRapidusである。同社は、前工程、中工程、後工程を一貫して請け負う、新しい形のファウンドリビジネスを目指している。 

半導体産業の創出・育成にインドが動く

OSATは、重要性が高まり、扱う技術の高度化も進んでいるとはいえ、ファウンドリよりも新興企業の参入障壁が低い。このため、半導体産業に新規参入する際の入り口になる面がある。現在、半導体産業の創出・育成に注力しているインドでは、まさにそうした動きが見られるようになった。インドの大手財閥であるTATA GroupのTATA Semiconductor Assembly and Test(TSAT)は単独で、南部の財閥Murugappa GroupのCG Power and Industrial SolutionはルネサスエレクトロニクスやタイのStars Microelectronicsと合弁で、それぞれOSATサービスを提供する工場の建設に着手。そのうちTATA Groupは、次の段階として、TATA Electronicsが台湾のPSMCと提携してファウンドリビジネス向け工場の建設を進めている。同国は、欧米の半導体メーカーが設計拠点を数多く置くなど、半導体設計の領域での競争力を高めている。OSATを起点としたインドの半導体産業の動きは注目できる。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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