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Science Report
サイエンス リポート

Beyond 5G時代の新通信網「非地上系ネットワーク(NTN)」を解説

― 携帯電話から“圏外”をなくす時代が到来

文/伊藤 元昭
2024.09.11
Beyond 5G時代の新通信網「非地上系ネットワーク(NTN)」を解説

第5世代通信システム(5G)に対応したスマートフォンの普及が拡大する中、早くも次世代の第6世代通信システム(6G)に向けた技術開発の動きが活発化してきている。6Gのサービス開始時期は2030年頃とみられているが、そこに導入される技術要素の中には、それ以前に開始されるサービスの中に先行導入されるものもある。その代表例が「非地上系ネットワーク(Non-Terrestrial Network(s)):NTN」である(図1)。

地球上のどこでからでもネット接続を可能にする「NTN」
[図1]地球上のどこでからでもネット接続を可能にする「NTN」
写真:AdobeStock

非地上系ネットワーク(Non-Terrestrial Network(s)):NTNとは

NTNとは、海上の船舶や高高度を飛行する無人飛行機(High Altitude Platform Station:HAPS)、宇宙に配置した通信衛星などを多層的につなげて基地局として利用する無線通信ネットワークのことを指す。地上に設置した基地局と端末の間で無線通信する現在の携帯電話のインフラでは圏外になってしまう、山間部や海上、飛行機の中を含む、あらゆる場所でネット接続できる仕組みとなるものだ。

同様の用途・特徴を持つ商用通信サービスのネットワークとして、アメリカのSpaceX社が運用する「Starlink」がある。このStarlinkもNTNの一種である。高度550kmを周回する数千機の低軌道衛星(Low Earth Orbit satellite:LEO)を基地局として利用する仕組みである。Starlinkは、既に農林水産業や建設業など携帯電話の電波が届きにくい場所での業務や、非常時の遠隔医療、放送局の無線中継網のバックアップなどに利用されている。

現時点でのStarlinkは、専用アンテナで電波を送受信して、WiFiを介して端末で利用する。つまり、スマートフォンなどの端末に直接つながるわけではない。これに対し、現在、多くの通信関連企業によって規格の標準化と技術・サービスの開発が進められているNTNは、端末への直接アクセスを想定したネットワークである。携帯電話網とは別のネットワークではなく、地上の基地局で提供する携帯電話ネットワークの一部として組み込み、通信のカバー領域を補完する役割を想定していて、6Gの商用サービスが開始されるよりも早く、5Gの発展版サービスである「5G-Advanced」の機能の一部として組み込むことを目指している。

地球上のどこでも圏外なくネット接続できる近未来

もちろん、小さな端末、一般的に利用するスマートフォンで飛ばせる電波の出力には限界があり、人工衛星と直接通信することは困難である。そこで、端末により近い所にあるHAPSなどを中継局として利用し、最も速度、遅延時間、安定性が優れた通信経路で、地球上全体をサービス対象領域とする技術とサービスの提供を目指している(図2)。さらにNTNでは、高速移動する航空機や鉄道なども通信可能な領域に含めている。

空や宇宙空間に多層的に基地局を配置して地球全体を通信圏内に
[図2]空や宇宙空間に多層的に基地局を配置して地球全体を通信圏内に
出典:国立研究開発法人情報通信研究機構 (NICT)

NTNで使用する技術は標準化がすすめられている

NTNで使用する技術は、移動通信システムの仕様の検討・作成を行う標準化プロジェクトである3GPP(Third Generation Partnership Project)において規格の標準化が進められている。その一部は、2022年に策定された「Release-17」の仕様の中で5Gの拡張技術として標準化された。さらに、5G-Advanced向けの最初の仕様として2024年に策定された「Release 18」の中でさらに拡張され、より効果的な技術へと発展している。今後も機能拡張が続く予定である。

6G世代になる前に、こうした通信のカバー領域拡大に向けた技術が矢継ぎ早に標準化されているのは理由がある。5G世代での通信技術の進化の方向性として、スマートフォンなど人を対象にした通信を機能拡張するだけでなく、あらゆる場所に置かれたIoT端末など機械を対象にした通信の強化が想定されていたからだ。一般的には、5Gをスマートフォンの性能向上技術と捉えている人が多いが、5Gの存在意義としてより重視されているのは、産業や社会インフラのスマート化を後押しすることに置かれていた。そうした用途にNTNの機能・性能は適したものとなっている。

地球全体を通信網のカバー範囲にするためには

NTNでは地球全体を通信網のカバー範囲とするため、基地局として、静止衛星(GEO:Geostationary Orbit satellite)、低軌道衛星、HAPSなどの利用を想定している。その他、航行中の航空機や運行中の船舶なども利用する。

一般に、上空に展開するNTNでは、基地局として機能する媒体の高度が高ければ高いほど、カバー領域が広くなる(図3)。その一方で、地表から距離が離れるほど、通信遅延は大きくなる。このため、NTNで基地局として利用する媒体は、用途に応じて使い分けて活用することになる。各媒体の概要と特徴は以下の通りだ。

高度が高い媒体ほど、通信カバー領域は広いが遅延が大きい
[図3]高度が高い媒体ほど、通信カバー領域は広いが遅延が大きい
出典:ソフトバンク

静止衛星(GEO)のカバー範囲と役割

GEOは、赤道上空高度約3万6000kmの静止軌道上にある衛星である。衛星から地上局アンテナまでの片道電波伝搬時間は約120 m秒と比較的大きく、一般的な通信速度は数Mbpsと見積もられている。その一方で、3〜4機と少ない衛星数で地球全体をカバー可能であり、地上からの相対位置が動かないため常時安定した通信ができる点は長所である。GEOをさらなる通信性能の向上が求められる6G世代でも継続利用するためには、さらなる大容量化を実現する技術の投入が必要になってくる。例えば、衛星から送る電波をマルチビーム化し、ビーム間で電力・周波数を最適化させてシステム容量を向上させる超高スループット衛星(VHTS:Very High Throughput Satellite)の投入が検討されている。

低軌道衛星(LEO)のカバー範囲と役割

LEOは、高度数百〜約2000 kmの周回軌道上を回る衛星である。片道電波伝搬時間は数m秒とGEOに比べて格段に低遅延である。この特長を生かして、現在でもStarlinkなど既存の衛星携帯電話や衛星センシングなどの応用で利用されている。また、最大で数百Mbps程度の通信速度が得られる。ただし、カバー領域を拡大するには多数の衛星を周回させる必要があり、衛星の低コスト化が課題になる。加えて、常に地上から見た衛星の相対位置が変わるため、通信の安定化も課題になる。複数の小型LEOを連携動作させて運用する「衛星コンステレーション(星座)」と呼ぶ手法の活用による安定化が検討されている。

ドローンや飛行船、気球など(HAPS)のカバー範囲と役割

HAPSは、高度約20 kmで一定の場所に常駐する無人のドローンや飛行船、気球である。地上に半径数km~約50 km以上のカバーエリアを形成できる。HAPSを常駐させる高度は成層圏であり、気流や天候が比較的安定しており空気抵抗が少ない。無人飛行機が揚力を得やすいため、HAPSに搭載した太陽光パネルやバッテリで数週間連続運用できるとされている。また、LEOよりもさらに低高度を飛ぶため、片道電波伝搬時間約0.1 m秒とさらなる低遅延化の実現が可能になる。このため、IoT端末など、低遅延での通信が求められる機械を対象にした通信への適性が高い。ただし、成層圏は各国の領空に含まれるため、その運用に向けた法整備が不可欠になる。

サービス開始に向けた仕組み作りや実証実験が進行中

NTNの商用サービスの開始を見据えて、世界中でサービス提供に向けた仕組み作りや実証実験の実施が進められている。

ソフトバンクの子会社であるHAPSモバイルは、独自開発したHAPSを成層圏に飛ばし、スマートフォンを使った通信試験も成功させた(図4)。HAPSには、ユーザー端末とのデータ送受信を担う「サービスリンク」と、HAPSに載せた基地局と地上のネットワーク設備を結ぶ「フィーダーリンク」を支えるアンテナ、電子機器を含む重さ約25kgの設備を、翼の長さが78mの無人飛行機に搭載。最大高度が6万2500フィートの成層圏に5時間38分滞在した。そして、地上設備とつなぐフィーダーリンクにはEバンド(70G/80GHz帯)を活用し、地上設備と端末の間をLTEの700MHz帯でつないで、HAPS経由でのビデオ通話を成功させた。

ソフトバンクが実証実験に利用したHAPS
[図4]ソフトバンクが実証実験に利用したHAPS
出典:ソフトバンク

一方、スカパーJSATとNTTドコモ、情報通信研究機構(NICT)、パナソニックは、HAPSを模擬した小型飛行機を利用して、高度約4kmから38GHz帯の電波による5G通信の実証実験を実施した。より実際のサービス状況に近い通信条件を試した格好だ。小型飛行機に搭載した通信装置を中継局として利用し、地上の基地局3局の間をつなぐ地上5G網のバックホール回線(無線基地局とコアネットワークの間をつなぐ通信回線)の構築に成功した。地上の基地局には、HAPSを自動追尾する機能を持つレンズタイプのアンテナを設置して利用した。

スペインの衛星事業者であるSateliotは、LEOによるIoT向けNTNの構築を目指して、宇宙空間での5Gネットワークのローミング実験を実施し、商用携帯電話向けSIMカードを搭載したIoT端末の接続先を、携帯電話のネットワークからNTNに途切れなく切り替えられることを確認した。この実験では、衛星が地上局と接続できる位置にいない時にはデータを保管し、カバー範囲に入った際に転送する仕組みを導入しており、衛星コンステレーションに利用する衛星の数が少ない場合にも、遅延耐性の高いIoTに適用できる技術であるとしている。

利用シーンを広げ、持続可能なサービスを可能にするための課題

既に商用サービスを提供している衛星携帯電話サービスは複数存在し、今後の発展、利用拡大が期待されている。ただし、利用シーンを拡大するために解決すべき課題はいくつか残されている。

まず、衛星を基地局として利用する際には、遅延のさらなる短縮が望まれている。加えて、衛星の移動によって地上からの相対位置が変わるLEOでは、衛星の移動によってドップラー効果による無線信号の周波数の変化が発生する。3GPP規格では、こうした遅延やドップラーシフトの補正の実施を求めている。

また、地上系ネットワークとNTNの切り替えにも課題がある。地上系ネットワークでは、端末の近くにある複数の基地局の電波の受信強度差をモニタリングしながら、最適な基地局に切り替えて接続している。この動作をリセレクションと呼ぶ。3GPPは、NTNへの切り替えにおいてもリセレクションの実施を求めている。その際、NTNでは電波の受信強度差だけでなく、衛星や端末の正確な位置情報に基づいてリセレクションを行うため、より複雑な動作になる。また、NTNでは、容易に国境を越えて異なる事業者へのローミングが発生する。このため、NTN対応の端末の開発時には、事業者間のローミングが可能な仕様にしておく必要がある。

ここまでは技術的な課題を挙げたが、ビジネス面での課題もある。NTNのインフラを構築するための原資をどのように確保するかが課題になる可能性がある。NTNを構築するためには、衛星の打ち上げなど巨額の投資が必要だ。これを民間企業が工面し、持続可能なビジネスとして成立させなければならない。言い換えれば、収益を見込める数のユーザーを確保し、相応のサービス費用を支払ってもらえるかが課題になる。スマートフォンのように世界中の消費者がNTNのヘビーユーザーになるかと言えばいささか疑問だ。実際、現在の衛星携帯電話サービスは便利なサービスではあるが、一般消費者にまで広く普及しているとは言い難い。IoT端末など、NTNにつながる端末がどれだけ多く普及するかが鍵になるだろう。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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