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Science Report
サイエンス リポート

国際宇宙ステーション(ISS)を安全に処分せよ!
2031年、宇宙開発“史上最大の作戦”が始まる

文/鳥嶋 真也
2025.01.15
国際宇宙ステーション(ISS)を安全に処分せよ!2031年、宇宙開発“史上最大の作戦”が始まる

地球の上空、約400kmを回る国際宇宙ステーション(ISS)。常時7人以上の宇宙飛行士が滞在し、地球や天体の観測、宇宙環境を利用した実験や研究などを行っている。条件さえ良ければ、光り輝きながら夜空を駆ける姿を地上から見ることもできる。そのISSも建設開始から四半世紀以上が経過し、老朽化が進む中、安全に処分するための一大プロジェクトが進んでいる。いったいどうやって、この巨大な宇宙建造物を安全に解体するのだろうか。さらに、民間企業が中心となり、ISSのあとを継ぐ新しい宇宙ステーションの開発も始まっている。

国際宇宙ステーション(ISS)の全景
[図1]国際宇宙ステーション(ISS)の全景
©NASA

国際宇宙ステーション(ISS)とは

ISSは、日本、アメリカ、ロシア、カナダ、ヨーロッパの15か国が共同で建造した宇宙ステーションである。

大きさはサッカー場ほどもあり、人類が宇宙に打ち上げた最も大きな宇宙機である。また同時に、史上最も高価で、技術的に複雑な建造物のひとつとして知られる。これだけのものを国際協力で造り上げたことから、世界平和の象徴とも呼ばれる。

ISSは、地球の上空、高度約400kmを、約90分で1周する速さで回っている。条件さえ整えば、日の出前と日没後に地上から肉眼で簡単に見ることができる。明るく輝く点が、流れ星とも彗星とも違う動きで流れていく様子は、まるで銀河鉄道が走る姿のようでもある。

ISSの目的は、宇宙でさまざまな実験や研究を行うことにある。ISSの中は無重力(微小重力)環境になっているため、液体の挙動や結晶成長などが地上とは変わり、新しい材料や薬などの開発に役立つと期待されている。

また、ISSの外に大きな実験装置や観測装置を置くこともできるため、たとえば、ある材料や機器を長期間、宇宙の環境に晒すと、どんな変化が起きるのかを調べたり、地表や宇宙を観測したりすることができる。

そして何より、常時7人以上(タイミングによって異なる)の宇宙飛行士が滞在しているため、そうした実験や研究を人が直接行うことができるのが最大の特徴であり、宇宙ステーションの存在意義でもある。器用さが求められる複雑な作業をしたり、装置の故障などに臨機応変に対応したりといったことは、ロボットアームや無人の衛星ではまだ難しい。

さらに、宇宙飛行士が半年から最長で1年と、長期間滞在し続けることができるため、宇宙環境が人体に与える影響を調べたり、その影響を回避、軽減する方法を研究したりもできる。

ISSには常時7人以上の宇宙飛行士が滞在し、宇宙環境を利用した、さまざまな研究や実験を行っている
[図2]ISSには常時7人以上の宇宙飛行士が滞在し、宇宙環境を利用した、さまざまな研究や実験を行っている
©NASA

建設開始から約30年、進む老朽化

ISSの建造は、1998年にロシアが最初のモジュール「ザリャー(ザーリャ)」を打ち上げたことから始まった。

それ以来、宇宙飛行士が滞在・実験するためのモジュールや太陽電池などを次々に打ち上げて結合し、増築を繰り返すような形で発展していき、2011年をもって完成した。

その後も新たなモジュールの追加や、民間企業が開発した補給船や宇宙船が訪れるなど、日々発展を続けている。

ISSには、これまでに約250人の宇宙飛行士や旅行者が訪れ、3300件以上の宇宙実験・研究が行われてきた。地上で実験や研究に関わったり、宇宙飛行士を支えたりした地上の研究者の数も何千人にものぼる。

一方で、初期に打ち上げられたモジュールをはじめ、徐々に老朽化が始まっている。たびたび、小規模ながら空気漏れや機器の故障も起こっている。

また、新しい国際協力による大規模な宇宙計画として、有人月探査計画「アルテミス」が進んでおり、さらに並行して、ISSのような地球に比較的近いところにある宇宙ステーションなどの運用は民間に任せようという機運も高まっている。

こうした中、アメリカは2021年12月31日に、ISSの運用を2030年までとすることを発表した。2022年には、日本やヨーロッパ、カナダも2030年までのISS運用への参加を表明した。ロシアも2023年に、2028年までの参加を表明している。

そして同時に、ISSを安全に処分する方法についても検討が始まった。

ISSは各国が協力し、複数のモジュールを結合させる形で組み立てられた。その姿はとても複雑である
[図3]ISSは各国が協力し、複数のモジュールを結合させる形で組み立てられた。その姿はとても複雑である
©NASA

ISSの処分が難しい理由とは

地球のまわりの軌道を回っている以上、落下させるか、軌道上に留めるか、または遠くへ飛ばすかのいずれかの選択肢しかない。

しかし、軌道を回し続けるにはコストがかかり続け、なにより老朽化したISSを維持するのは無駄でしかない。かといって、遠くへ飛ばすには莫大なエネルギーが必要で、とても現実的ではない。そのため、地球に落として処分するのが唯一の選択肢となる。

数t程度の普通の人工衛星も、運用を終えるときには、自発的に、あるいは地球のまわりにほんのわずかに存在する大気との抵抗で自然と軌道が落ち、やがて地球の大気圏に再突入する。大抵の衛星なら、再突入時の空力加熱で燃え尽きるのだが、ISSはあまりにも大きいため燃え尽きず、燃え残った破片が地上に落下する危険性がある。

実はNASAには苦い経験がある。1979年、当時運用していた宇宙ステーション「スカイラブ」が、制御不能なまま大気圏に再突入し、破片がオーストラリアに落下するという事態を引き起こしてしまった。もともとNASAは、当時開発中だった「スペースシャトル」を使ってスカイラブの軌道を上げることを計画していたが、開発が遅れたことで間に合わなかったのである。

ISSを安全に処分するための「デオービット・ビークル」

同じ轍を踏まないよう、NASAはさまざまな選択肢を検討し、2024年6月に、具体的な処分計画を明らかにした。

それによると、まず、ISSを軌道から離脱させるための専用の宇宙機「デオービット・ビークル(Deorbit Vehicle、直訳で「軌道離脱機)」を開発する。開発企業には、実業家のイーロン・マスク氏が率いる宇宙企業「スペースX」が選ばれた。

スペースXは現在、ISSに物資や貨物、宇宙飛行士を運ぶ「ドラゴン」という宇宙船を運用している。デオービット・ビークルは、このドラゴンをもとに、機体を大きくし、さらに大量のスラスター(小型ロケットエンジン)を取り付け、燃料も大量に積む。そして、ISSにドッキングした状態でスラスターを一斉に噴射し、ISSの速度を落として軌道から外し、大気圏に再突入させる。

検討の初期段階では、ISSを少しずつ解体して、モジュールごとに再突入させるという計画もあった。しかし、解体にも危険がともなうなど、不確実性が高いとされ、最終的にはISSをまるごと、一度に落とすことが最善とされた。

ISSを落とす先には、南太平洋上の「ポイント・ネモ」と呼ばれる海域が選ばれた。ポイント・ネモは、東西南北すべてが陸地や島から遠く離れた、周囲にまったくなにもない海域で、燃え残った破片が落下しても被害を与える危険性がない。

これまでにも、ロシアの「ミール」宇宙ステーションのような大型の宇宙機をはじめ、世界各国が300機近い衛星やロケットを、この海域に落下させており、別名「宇宙機の墓場」とも呼ばれているほどである。

ISSが再突入した際も、かなりの破片が燃え残ると予測されているが、無事にこの海域に落とすことができれば、誰にも被害を与えることなく、安全に処分することができる。

ISSの処分は2031年初めにも行われる予定で、宇宙船が大量のスラスターを一斉に噴射してISSを押す姿も、ISSがそのまま地球に落下してくる光景も、かなりダイナミックなものになり、宇宙開発における、まさに『史上最大の作戦』となるだろう。

スペースXが開発するデオービット・ビークルの想像図
[図4]スペースXが開発するデオービット・ビークルの想像図
後方にあるラッパのようなものはすべてスラスターで、一斉に噴射してISSを軌道から外し、地球に安全に落とす
©SpaceX

民間宇宙ステーションの時代へ

一方、“ISSのあと”を見据えた動きも始まっている。

これまでISSは、宇宙に浮かぶ実験室として数多くの成果を生み出してきた。そして、まだ多くの需要や可能性が眠っていると考えられており、ISSの代わりとなる新しい宇宙ステーションの必要性が叫ばれている。

こうした中、NASAはISSのあとを継ぐ宇宙ステーションの開発や運用を、民間企業に任せる計画を進めている。スペースXに代表されるように、高度数百kmの低軌道への人や貨物の輸送といった活動は、もう民間企業の独擅場となっている。

そこで、宇宙ステーションの開発や運用も民間に委ね、商業活動の場とすることが計画されている。これにより、さらに宇宙ビジネスが盛り上がるとともに、NASAは月や火星探査など、科学的なミッションに集中できるというメリットもある。

この計画には、大きく4社のアメリカ企業が手を上げている。

宇宙開発計画にアメリカ企業4社が手を上げている

①アクシアム・ステーション

アクシアム・スペース(Axiom Space)は、まず2026年ごろに、まだ運用中のISSに自社製モジュールをドッキングさせて運用し、2030年にISSが引退する際には切り離し、その後は独立した宇宙ステーション「アクシアム・ステーション」として運用するという計画を進めている。最大8人が滞在できるほか、さまざまな用途に使用可能で、俳優のトム・クルーズ氏主演の映画撮影が行われる予定という話もある。

同社は、スペースXの宇宙船を使った商業宇宙飛行ミッションを実施した実績があるほか、独自の宇宙服も開発している。

②オービタル・リーフ

Amazon創業者としても知られるジェフ・ベゾス氏の宇宙企業ブルー・オリジン(Blue Origin)は、「オービタル・リーフ(Orbital Reef)」という宇宙ステーションの開発を進めている。早ければ2027年にも打ち上げ、最大10人程度が滞在できるようになるという。計画にはボーイングなどアメリカの他の企業のほか、日本の三菱重工も参画している。

③スターラボ

小型衛星やその放出装置などの開発、運用で高い実績を持つベンチャー企業ナノラックス(Nanoracks)は、ヨーロッパの大手航空宇宙メーカー・エアバスなどと共同で「スターラボ」の開発を進めている。打ち上げは2028年の予定で、最大4人が滞在できるという。

④ヘイヴン

ヴァースト・スペース(Vast Space)は、「ヘイヴン」という宇宙ステーションを開発している。2021年設立の比較的新しい企業ながら開発スピードは早く、2025年には小型の宇宙ステーション「ヘイヴン1」を、2028年にはISSのように組み立て式の大型宇宙ステーション「ヘイヴン2」の打ち上げを計画している。

おわりに

ISSの運用終了によって、宇宙開発のひとつの大きな時代は終わりを迎える。しかし、夜空を駆けるISSの輝きが消えたとしても、人類が協力のもとに築き上げ、運用してきた、この巨大で複雑な宇宙に浮かぶ科学のアトリエの軌跡は、歴史の中で永遠に燦然と輝き続けるだろう。

その光を受け継ぐように、民間宇宙ステーションの時代の幕が開こうとしている。ISSよりもさらに多くの人々が――宇宙飛行士だけでなく旅行者も訪れるようになり、多種多様な実験や研究が行われ、新たな可能性が次々と切り拓かれていくだろう。

いつの日か、人類が宇宙に定住し、太陽系を闊歩し、はるかな星々の海を渡る――そんな壮大な未来への新たな一歩が、もうすぐ始まろうとしている。

アクシアム・スペースが開発しているアクシアム・ステーションの想像図
[図5]アクシアム・スペースが開発しているアクシアム・ステーションの想像図
©Axiom Space
Writer

鳥嶋 真也(とりしま しんや)

宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。

国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。主な著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、論文誌などでも記事を執筆。

Webサイト: http://kosmograd.info/
探検された天の世界 - Celestial Worlds Explored|note
https://note.com/celestial_worlds
X(旧Twitter): @Kosmograd_Info

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