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©SPACE COTAN
かつて人類は、港から大海原へ船を出し、未知の地へ生活圏を広げた。20世紀には飛行機が空を切り開き、世界各地に空港が生まれ、海外旅行や海外出張が日常となった。そしていま、ロケットや宇宙船が発着する「宇宙港(スペースポート)」が世界中で築かれ、新たなフロンティアへの扉を開いている。日本でも、北海道や和歌山県、大分県で宇宙港が実現しつつある。人々の夢と情熱が宇宙への道を照らし、いつか船や飛行機のように気軽に宇宙船に乗り、星々の世界へ旅立てる日が来るかもしれない。
宇宙港(スペースポート)とは、ロケットや宇宙船による人工衛星の打ち上げや宇宙旅行を支える新たな施設である。
従来のロケット発射場と基本的な目的は同じだが、その機能や役割には大きな違いがある。たとえば、従来の発射場は主に国の宇宙機関や軍が運用していた。種子島宇宙センターは宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、米国では米国航空宇宙局(NASA)や米国宇宙軍が運用している。また、そこから打ち上げられるロケットも、主に宇宙機関や軍が開発・運用していた。
それに対して、宇宙港は、ロケットの発射場や施設・設備などが建ち並んでいる点は同じだが、民間企業の参入や一般向けのサービスを前提とした、より開かれた宇宙利用の玄関口となっている。たとえば、米国にある「スペースポート・アメリカ」では、「ヴァージン・ギャラクティック」という企業が宇宙旅行用の宇宙機を運用している。この開放性や商業性が、宇宙港と従来の施設の大きな違いである。
また、宇宙港は、“港”という言葉にも現れているように、ロケットが“日常的に” 打ち上がることを想定している。このため、打ち上げ頻度の向上や柔軟性、さらには運用コストの低減といった要素が重視され、打ち上げ後に着陸する再使用ロケットや、飛行機のように滑走路から離着陸する宇宙機に対応した施設が多い。
さらに、宇宙港は環境や地域との共存、共栄を重視している。従来のロケット発射場は地理的に都市部から離れた場所に整備され、閉鎖的な施設であることが多かったが、宇宙港は周辺地域と連携し、地元産業や観光との連携、教育・研究施設との協働など、地域に根ざした多機能な施設を目指している。これにより、周辺の地域全体の雇用創出や観光振興による活性化、地方創生につながると期待されている。
そして、宇宙港を造る動きは日本各地でも広がっている。北海道や和歌山県に加え、大分県など、それぞれの地域が持つ各地の特性や強み、文化を生かしながら、宇宙へ飛び立つための港が開かれつつある。
「北海道スペースポート」は、2021年4月に北海道大樹町で稼働した宇宙港で、SPACE COTAN株式会社が運営している。
大樹町は帯広市の南約60kmに位置し、東から南に太平洋が広がる。人工衛星の打ち上げでは東から南の方向が主に使用され、切り離した機体を安全に落下させる必要もあることから、海に面した立地は大きな利点となる。
航空路や海上航路の混雑も比較的少なく、広大な平地を活かした施設の拡張性も高い。
さらに、十勝地方は降雪量が少なく、「十勝晴れ」という言葉があるほど晴天率が高いため、打ち上げに適している。冬の寒さは厳しいものの、ロケットはマイナス100℃以下の低温燃料を使用したり、マイナス50℃以下の環境を飛行したりするため、技術的な影響は少ない。
こうした好立地から、大樹町は40年前の1985年から航空宇宙産業の誘致を進めてきた。長らく宇宙航空研究開発機構(JAXA)の実験が中心だったが、2011年からはベンチャー企業SNS株式会社(現インターステラテクノロジズ株式会社)が、大樹町を拠点にロケットの打ち上げを始めた。同社は2019年、観測ロケット「MOMO」3号機を打ち上げ、日本の民間企業として初の宇宙空間到達に成功した。
さらに、世界的に民間による宇宙開発、宇宙ビジネスが活発化する中、日本もその流れに遅れないようにするためには、民間の射場を本格的に整備する必要があるという考えに基づき、SPACE COTANが設立され、北海道スペースポート(HOSPO)が造られた。
同社は、「北海道に、宇宙版シリコンバレーをつくる」というビジョンを掲げる。米国のシリコンバレーのように、最先端の企業や大学、機関が集まり、ロケットや宇宙船の研究開発、打ち上げ、新ビジネス創出の拠点とすることを目標とする。
北海道スペースポートには現在、「ローンチ・コンプレックス・ゼロ(LC0)」というロケット発射場(射場)があり、インターステラのMOMOの打ち上げ場所として使われている。また、長さ1300mの滑走路もあり、飛行機のように運用できる宇宙機(スペースプレーン)の試験機の着陸場所として使う計画があるほか、ドローンや気球の飛行実験、ロケットエンジンの燃焼試験などが行われている。
さらに、衛星用ロケットの打ち上げができる大きな射場「ローンチ・コンプレックス・ワン(LC-1)」の建設が進んでおり、2025年度以降、インターステラテクノロジズの衛星用ロケット「ZERO」が打ち上げられる予定となっている。
このLC-1は、さまざまなロケットの打ち上げに対応できる。東南アジアや東アジアでもロケット開発のベンチャー企業はいくつも立ち上がっているが、立地上、打ち上げが難しいことが多く、そうした国々を含む世界各国からロケットの打ち上げを受け入れる“開かれた宇宙港”を目指す。
SPACE COTANの代表取締役社長兼CEOを務める小田切義憲さんは、「空港と宇宙港のビジネスにおいては共通点が多い。私たちは言わば、空港運営会社の宇宙版を目指しています」と話す。
飛行機には、乗客、運航する航空会社、空港を運営する会社が関わる。ロケットも同じように、ロケットに乗る人工衛星、ロケットを運用する事業者があり、そこに北海道スペースポートが射場運営という役割を通じて、連携して宇宙ビジネスを推進する。これにより、大樹町に集まる企業や人の増加、イノベーション、地域活性化につながり、宇宙版シリコンバレーが実現する。
小田切さんはまた、「アジアのハブ宇宙港にして、地球を小さくしたい」とも語る。ロケットや宇宙船を使ったビジネスの中には、「ポイント・トゥ・ポイント(P2P)」と呼ばれる、大陸間を短時間で移動する高速輸送サービスも検討されている。実現すれば、近い将来大樹町からニューヨーク、ロンドンまで1時間で飛んでいくことができる。北海道スペースポートが、宇宙へのアクセスの乗り継ぎ拠点、すなわちハブ宇宙港となって、世界各地へ日帰り出張、旅行ができるようになるかもしれない。
小田切さんは「通信やネットがいくら発達しても、人は物理的に動くことを好みます。人を運ぶビジネスの可能性は大きい。ロケットが世界中を結ぶようになれば、まるで“地球が小さくなっていく”ような変化が起こるでしょう」と、期待を語った。
「スペースポート紀伊」は、和歌山県串本町・那智勝浦町にまたがる宇宙港で、スペースワン株式会社が自社で運用する専用の発射場である。
スペースワンは2018年に設立された企業で、小型ロケット「カイロス」による小型衛星の打ち上げ輸送ビジネスに取り組んでいる。とくに、契約から打ち上げまでの「世界最短」と、打ち上げの「世界最高頻度」を目指し、小型衛星を迅速かつ手軽に打ち上げられる「宇宙宅配便」の実現を目指している。
自社でロケットと射場の両方を運用するというのは、世界的にも稀である。スペースワンの代表取締役社長を務める豊田正和さんは、「宇宙宅配便を実現するためには、自分たちで射場を造り、運用する必要があります」と語る。
「自社でロケットを持つことで、打ち上げに関係する作業や調整が簡単になり、非常に素早く動けます。それにより、打ち上げ回数や頻度を増やすことができ、コストダウンにもつながります」。
串本町は紀伊半島の南東部にあり、射場の南・東方向が開けた海洋に面しているため、ロケットの打ち上げに適している。また、本州にあるうえに、東京や大阪といった大都市からも近く、陸路で直接つながっていることから、ロケットや衛星の輸送や人の行き来もしやすい。さらに、串本町やその周辺には、世界遺産の熊野古道などの観光地や名物、名産も多く、ホスピタリティ(おもてなし)の面でも優れている。
発射場は、山間の谷のような地形の中に、発射台やロケット組立棟、組立タワーなどの施設・設備が、コンパクトかつ効率的に配置されている。
スペースポート紀伊の副所長を務める佐藤信政さんは、その特徴について「コンパクトな射場で自由な打ち上げができるというのが私たちの強み」と語る。
「自分たちのロケット射場ですから、技術者がアイディアを活かして、新しい技術ややり方を取り込めます。技術者としては高い能力が要求されますが、大きなやりがいを感じます」。
また、カイロスの打ち上げ管制や安全監理の多くが自動化されており、人員の削減やオペレーションの時間の短縮、地上インフラの削減を実現している。とくに、人が介在しないことで、判断のばらつきをなくせたことが大きいという。
こうした好立地の専用射場と数々の工夫によって、衛星会社との契約から打ち上げまで1年以内、またロケットの射場作業には7日間、さらに衛星受け取りから最短4日で打ち上げが可能だという。
さらに、将来的には年間20機~30機の頻度でロケットを打ち上げることを目指している。打ち上げ回数が増えると打ち上げコストも下がる。まさに、ネット注文後、早ければ当日中に届く宅配便のように、衛星を好きなタイミングで好きな軌道へ打ち上げられるようになるかもしれない。
スペースワンはこれまでに、2024年3月と12月にカイロスを打ち上げたが、いずれも衛星の軌道投入には至らなかった。それでも、打ち上げを重ねるごとに技術の実証を行い、新しい知見が得られ、宇宙宅配便の実現に向けて前進を続けている。
佐藤さんは「ロケットの打ち上げは、一回やったらやめられない魅力があります。これから、若い世代のアイディアや夢が、人類の新たな領域を広げることになるでしょう。スペースワンで、一緒に夢見て頑張りましょう」と、エールを送る。
由布院温泉や別府温泉の玄関口として、多くの飛行機と人が行き交う大分空港でも、宇宙港化に向けた取り組みが進んでいる。
大分県は2017年に、県内の企業が集まって人工衛星を開発するプロジェクトを実施するなど、宇宙への関心が高い地域だった。そんな中、2020年に米国企業ヴァージン・オービット(Virgin Orbit)が、大分空港から衛星用ロケットを打ち上げられないかと提案を持ちかけてきた。
ヴァージンは、飛行機にロケットを搭載して上空へ運び、空中で発射するというユニークな打ち上げシステムを開発していた。その運用のためには、3000mの長い滑走路があることや、周辺が海に面していて安全性が高いことなど、さまざまな条件があったが、大分空港は世界中の空港の中でも優れた条件にあった。
これを受け、大分空港を宇宙港にする「スペースポートおおいた」のプロジェクトが始まった。
続いて2022年には、米国企業シエラ・スペース(Sierra Space)から、宇宙往還機「ドリーム・チェイサー(Dream Chaser®)」の着陸拠点として検討したいという提案を受けた。
ドリーム・チェイサーは通常のロケットに搭載して打ち上げられ、国際宇宙ステーション(ISS)や民間の商用宇宙ステーションに物資を補給したのち、宇宙実験の成果物などを積んで地球に持ち帰ることができる。また、機体の再使用が可能で、翼を持っているため、滑空飛行して滑走路に着陸して帰還する。大分空港の長い滑走路と安全性の高さは、シエラ・スペースにとっても魅力だった。
残念ながら、ヴァージンは2023年に経営破綻したものの、ドリーム・チェイサーの着陸拠点にするための取り組みはいまも続いている。ドリーム・チェイサーは早ければ2025年中にも米国で初飛行を行う予定で、大分空港への着陸は2027年以降になる見通しとなっている。
また、ドリーム・チェイサーは、世界中のさまざまなロケットによる打ち上げに対応している。そのため、たとえば種子島宇宙センターから日本のロケットで打ち上げて、大分空港に帰還し、また種子島から打ち上げる――という運用になる可能性もある。
大分空港は周辺の環境にも恵まれている。大分県には衛星を造れる技術力をもった企業があるほか、大手企業の工場やコンビナートも立ち並ぶ。また、大分県には由布院や別府といった温泉が多数あることも、ホスピタリティへの面から高く評価されている。
くわえて、県外にも、熊本県の半導体工場や北九州工業地帯が広がるなど、九州全体に宇宙ビジネスの発展、宇宙以外の産業や観光、教育への波及効果を生み出せるポテンシャルがある。
民間調査会社の試算では、スペースポートおおいたの開港によって、2040年代には大分県に年間350億円の経済波及効果があると見込まれている。
スペースポートおおいたの取り組みを進める、大分県先端技術挑戦課 宇宙開発振興班 主幹(総括)の上野剛さんは、「スペースポートおおいたの開港により、新たな産業や研究施設が生まれ、空港周辺に新しい街が育つことを期待しています。それを核に地方創生を進めたい」と期待を語る。
また、ドリーム・チェイサーのような翼で飛行して滑走路に着陸する宇宙機は、世界中で開発が進んでいる。今後、実績を積んで利便性や安全性が評価されれば、世界中からさまざまな宇宙船を受け入れることができるかもしれない。
上野さんは、「宇宙産業には大きな魅力があります。これから大分県を、宇宙に関心のある方、とくに若い方々が活躍できる街にしたい。ぜひ、多くの方に大分県へ飛び込んできていただき、将来の日本、そして世界の宇宙産業を引っ張っていってほしい」と、エールを送る。
宇宙港は、単なるロケット発射場を超え、地球と宇宙を結ぶ新たな玄関口として、未来を切り拓こうとしている。
いま、日本は人口減少や少子高齢化、不景気による閉塞感に直面している。地方の過疎化が進み、若者は機会を求めて都市へ流れ、商店街はシャッター通りとなり、未来への希望が曇っている。だが、宇宙港は、その暗雲を突き破る光となるかもしれない。
北海道スペースポートは民間ロケットで地域を活性化し、宇宙版シリコンバレーを目指す。スペースポート紀伊は「宇宙宅配便」で宇宙利用を日常に変える。スペースポートおおいたは大分空港のインフラを活用し、宇宙往還機のハブとして地域の可能性を広げる。
これらの挑戦は、宇宙旅行や世界各地への高速輸送の実現へ道を拓くとともに、雇用創出や観光振興によって地方創生にもつながっていく。日本の技術と地域の誇りが、若者に夢を、地方に新たな活力をもたらし、子どもたちの目に星の輝きのような希望の光を灯すに違いない。
やがて世界各地に宇宙港が広がれば、地球はひとつにつながり、暮らしはより便利で豊かになり、そしていつの日か、宇宙が人類の新たな生活圏になるかもしれない。
鳥嶋 真也(とりしま しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。
国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。主な著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、論文誌などでも記事を執筆。