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近年の人工知能(AI)技術の進化は、目覚ましいものがある(図1)。特に、文章を作成したり、精緻で美しい画像を生成したり、さらには望み通りのコンピュータ・プログラムのコードを作り出す「生成AI」と呼ばれる技術が登場して以降、私たちの生活や働き方に大きな変化をもたらし始めている。現在では、その能力は、それぞれの道を極めた専門家を震撼させるレベルにまで達してきた。
こうしたAI技術の急速な発展を目の当たりにして、特にAI開発最前線にいる研究者やパワーユーザーが、これまでとは異なる技術予測を語るようになった。実現するとしても遠い将来になるとみなしていた究極のAIである「AGI(Artificial General Intelligence:汎用人工知能)」や「ASI(Artificial Super Intelligence:人工超知能)」が、思いのほか早く実現するのではという声だ。
AGIとは、人間と同じように考え、学習し、行動することができるAI。一方、ASIとは、人間を遥かに超える知能を持つAIのことである。
著名な未来学者であるレイ・カーツワイル氏は、2005年の著書「The Singularity Is Near(シンギュラリティは近い)」の中で、AGIが2029年までに出現し、人間の手を介さずにAI自身が知能を自己改善し続けるようになる技術的特異点である「シンギュラリティ」が2045年までに到来すると予測していた。これが現在、世界のAI技術の開発をリードするOpenAI CEOのサム・アルトマン氏が、「AGIは、早ければ2027年までに、ASIも、その後、数千日以内に実現する」と予測するような状況になってきている。
フランスの思想家パスカルが「人間は考える葦である」と語ったように、地球上の生き物の中での人間の存在の特異性は、その知能の高さにあると言えるだろう。私たちは今、人間が生み出した創造物であるAIが知能において人間を超えるという、人類史上の大きな節目に直面しているのかもしれない。生活やビジネス、社会活動はもとより、文化・文明のあり方と変遷に、これまでの常識が全く通用しないほどの変化が起きる可能性がある。その影響は、例外なく、良くも悪くも世界中のあらゆる人に及ぶことだろう。
AI技術は日々進化しており、その能力に応じていくつかの段階に分類される。現在、私たちが最も身近に接し活用しているAIから、未来に実現が期待されるAGI、そしてASIへと、その能力は向上し、特性も変化してくる(図2)。
現在、社会の中で広く利用されているAIのほとんどは、「ANI(Artificial Narrow Intelligence:特化型AI)」または「弱いAI」と呼ばれるものだ。これらは特定のタスクに特化して能力を発揮する。スマートフォンに搭載されている音声アシスタントやウェブサイトの自動翻訳機能、工場での製品検査で不良品を見つけ出す画像認識システム、囲碁やチェスでプロ棋士を打ち負かすAIなどはその代表例である。
これらのANIは、「機械学習」や「深層学習(ディープラーニング)」といった技術を用いて開発されている。大量のデータの中に潜む特定のパターンを学習し、そのパターンに基づいて判断や予測を行う。そして、限定された範囲内で、人間と同等、時には人間を超える性能を発揮する。
近年話題のChatGPTをはじめとする生成AIも、基本的にはこのANIの範疇に含まれる。文章生成や質疑応答など、応用範囲が広い点で注目を集めているが、ANIである以上、あくまでも学習した範囲内のタスクしかこなせない。未知の状況や想定外の問題に対応できるような柔軟性はない。
それに対して、AGI(「強いAI」と呼ばれる場合もある)では、適用可能な範囲が特定タスクに限定されず、人間が持つような幅広い知的タスクを理解し、学習し、実行できる。初めて遭遇する問題に対しても、自ら考えて解決策を見つけ出したり、異なる分野で得た知識を応用したりする能力を持つとされている。
ANIと比べた際のAGIの技術的違いは、その学習能力と汎用性にある。ANIは、特定のデータセットとアルゴリズムに基づいて訓練されているため、その範囲内でしか能力を発揮できない。一方、AGIは、経験を通じて自律的に学習し、知識を獲得していく能力を持つことが期待されている(図3)。さらに、異なる分野で学習した知識を適宜結びつけることで、新たな問題解決に利用する「ドメイン間連携」と呼ばれる対応も可能にする。
例えば、料理のレシピに基づいて調理するだけでなく、冷蔵庫の中にある食材がレシピ通りでなくても代替案を考えだしたり、全く新しい独創的料理を考案したりする能力が求められている。つまり、抽象的な思考や常識に基づいた推論、そして自己主導的な学習といった、より人間らしい知性の獲得を目指している。
AGIが実現した際の具体的用途として、以下のようなものが期待されている。まず、科学研究の加速。新薬の開発や複雑な物理現象の解明など、人間では時間のかかる研究を、AGIが代行・支援することによって科学技術の進歩が飛躍的に加速する可能性がある。次に複雑な社会問題の解決。気候変動対策、持続可能な都市計画、資源配分の最適化など、地球規模の課題に対して、AGIが多角的な分析と解決策の提案を行うことが期待されている。さらに、高度なパーソナルアシスタント。個人の趣味嗜好、健康状態、感情などを深く理解し、生活全般をキメ細かく支援する真に知的なアシスタントが実現するかもしれない。そして、教育の個別最適化。生徒一人ひとりの理解度や興味に合わせて、最適な学習プランを提供するAGI教師が登場する可能性がある。
ASIは、AGIがさらに進化し、人間の知能をあらゆる面で遥かに凌駕するAIを指す。科学的な創造性、戦略的な思考、社会的な知性など、人間が持つあらゆる知的能力において、ASIは人間を圧倒的に上回ると考えられている。その結果、ASIは人間には理解できないような方法で問題解決を行なったり、新たな知識や技術を創造したりする可能性も指摘されている。
ASIは、AGIが実現した後に、自己改善のプロセスを通じて急速に進化することで出現すると考えられている。要するに、AGIが研究開発を行うことでASIを生み出すということだ。人間の研究者は、どんなに優秀であっても、食事をしたり、睡眠をとったりする必要がある。また、優秀な研究者が大量にいるわけでもない。しかも、研究過程では、成果が得られたら時間をかけて知財としての報告書にまとめ、研究者同士でじっくりと議論しながら、より良い技術の実現や利用を目指す手間のかかるプロセスを経る必要がある。これに対し、AGIは、許される限り大量の計算能力を24時間365日稼働させ、複数のAGIで得られた成果も迅速に相互理解しながら研究を進めることが可能だ(図4)。技術開発のスピードとレベルは人間とは比較にならず、指数関数的スピードで自らの能力を高め続け、早晩ASIを生み出すことになるだろう。
ASIが実現した際の具体的用途として、以下のようなものが期待されている。まず、人類の根源的な問題の解決。病気、貧困、環境破壊、紛争といった、人類が長年抱えてきた解決困難な問題を根本的に解決する道が開かれるかもしれない。次に、科学技術のパラダイムシフト。現在の科学では解明不可能な宇宙の謎や、物質の根源などがASIによって解き明かされ、全く新しい科学技術体系が生まれる可能性がある。そして、社会システムや文明の変容。経済、政治、文化といった人間のあり方そのものが、ASIの登場によって、根底から変わってしまう可能性がある。
ただし、ASIの開発においても、ASIの利用においても、すべての人間が置いてきぼりにされる可能性がある。人間の知性では理解不能な問題解決のアプローチが取られ、それでいながら成果は人間が行うよりも遥かに優れたものが得られる。これが、ASIが実現した後の時代に起きることである。そのあまりにも強大な力は、大きな希望を生み出すと共に、深刻な懸念も生み出す。人間のコントロールを超えてしまうリスクや、その意図が人間の価値観と合致しない可能性があるからだ。ASIについては、倫理的・社会的な課題があることが指摘され、その開発の是非から慎重な議論が求められることになる。
なぜ今、にわかにAGIやASIの早期実現が語られるようになったのだろうか。その背景には、具体的な技術開発の成果などシーズ面での要因と、より高度なAIをより難しい課題の解決に適用していく機運の高まりといったニーズ面での要因の両面がある(図5)。
まず、シーズ面の要因として、大規模言語モデル(LLM)の進歩と、その活用法の多様化・高度化によって、多岐にわたるタスクで驚異的な能力を示すようになったことがある。LLMをベースにした生成AIは、大学院レベルの専門知識を問うようなベンチマークテストにおいて、人間の専門家と同等もしくは、それ以上のスコアを叩き出す事例が出てきている。さらに、従来のAIでは、主にテキスト情報を扱っていたが、最近ではテキスト、画像、音声、動画といった複数の異なる種類の情報(モダリティ)を統合的に理解し、生成できるようになった。「マルチモーダルAI」と呼ばれる、こうしたAIは、現実世界をより総合的に認識し、人間とのコミュニケーションをより自然なものにする上で不可欠な技術である。
加えて直近では、自律的かつ状況に応じて柔軟にタスクを進める「AIエージェント」の研究開発も活発化している。与えられた特定の目標に向けて、自律的に計画を立案、必要な情報を収集・分析し、ツールを使いこなしながらタスクを実行して、状況に応じて計画を修正していくことが可能になってきている。これによって、AGIの重要な特性である目的指向性と適応性の獲得に欠かせない、AIがデジタル空間でより自律的に活動して多様な作業を代行するための技術が確立されることになる。
ニーズ面の要因としては、科学技術の研究開発において知的作業をAIに代行させて、より良い成果を得る機運が高まっている状況がある。AGIの登場を受け入れる素地が生まれつつあると言える。AIが科学的な仮説を立てたり、実験計画を設計したり、膨大な実験データを解析したりといった研究プロセスを自動化・効率化し、科学的発見のペースを劇的に速める取り組みが進められている。新薬や新素材の開発、気候変動の複雑なメカニズムの解明といった、人間だけでは時間と労力がかかりすぎるような開発では、AI活用が不可欠になってきている。その延長線上において、AGIが実現すれば、AI自身が科学的問いを発見し、研究を主導する未来も考えられる。少子高齢化や気候変動などの社会問題の多くは、人間では思考が追いつかないほど複雑な状況下で起きている。こうした問題の解決を、より高度なAIの適用で取り組みたいという機運が高まっている。
AGIやASIの実現と利用には技術的課題以外にも、解消しておくべき倫理的・社会的リスクが残っている(図6)。このため、世界中の研究機関、企業、政府、国際機関などによって、実現に向けた取り組みの是非と手法を問う議論が行われている。
まず、AIの開発をリードしている米国では、国益に沿ったAI開発が進められるか否かが議論されるようになった。一例を挙げると、RAND研究所は、米国が「マンハッタン計画」のような単一目標のプロジェクトではなく、より広範な国家的取り組みとしてAGI開発を進めるべきだと提言している。その目標として、信頼でき、米国の価値観を反映し、広く国民に利益をもたらし、国家安全保障を強化するAGIの実現を提案。具体的なユースケースの特定、安全性、セキュリティ研究への投資、国家データ基盤の構築、エネルギー生産能力の拡大、そしてAGI外交の推進などを洞察している。
もはやAIの技術力と利用環境の整備は、企業競争力はもとより国力に直結するようになった。こうした状況を背景に、国際的ルール作りなども進められるようになってきている。国際連合では、持続可能な開発のために、安全でセキュアかつ信頼できるAIシステムの活用を目指す決議を採択。国際的協調の重要性を訴えている。AIの安全性基準、高リスクAIシステムに対する認証制度、国際的な監視機関の設立などについて、国際的な合意形成を求める声が高まっている。ただし、国家や企業が、安全よりも開発速度を優先する傾向があることも指摘されており、実効性のある国際協調体制の構築が容易ではないのが現状だ。
その一方で、EUでは、「EU AI法」と呼ばれる、包括的なAI規制を導入した法律が、2024年に世界で初めて成立。段階的に施行されている。AIシステムをリスクレベルに応じて分類し、それぞれ異なる義務を課す内容のものだ。そこにはAIの訓練データに関する透明性要件などが含まれている。
実は、現時点でも、AGIやASIの早期実現予測に対しては、慎重な意見も根強く存在する。例えば、MetaのチーフAIサイエンティストであるヤン・ルカン氏は、現在主流のトランスフォーマーベース(ChatGPTなどの大規模言語モデルの基礎技術)のAI技術の延長線上には、AGIは存在しないと指摘。現行のアプローチそのものに疑問を呈している。また、シンギュラリティは起こらない、あるいは起こるとしても2100年以降といった遠い未来になると考えるAI研究者も一定数いる。ただし、既に意識的・無意識的に誰もがAIを活用するようになった現在、AGIやASIの実現が迫っていることを前提にして、利用法や身の振り方を考えておいた方がよいのかもしれない。
伊藤 元昭(いとう もとあき)
株式会社エンライト 代表
富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。
2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。