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モノづくり産業でよく使われてきたCAD(コンピュータによる設計)やシミュレーションなどの企業が半導体の世界に参入してきた。日本では例えばラピダスがSiemens Digital Industries Software(米国)と提携、米国でもPTCがNVIDIA社のOmniverseを組み込むことで提携した。ファウンドリトップのTSMC(台湾)は、これまで半導体設計・検証・IPのEDAベンダーたちとパートナーシップを組んでいたが、物理シミュレーションのAnsys(米国)もEDAパートナーと同じアライアンスに入れた。半導体業界側としても彼らと組むことのメリットが出てきたからだ。ここでは、機械系設計・シミュレーション企業が半導体業界に近づいている実態を伝えよう。
これまで3D-CAD(コンピュータによる設計)やCAE(シミュレーション)、PLM(製品ライフタイム管理)といったモノづくり系のソフトウェアツールを手掛けてきた企業は半導体業界とは無縁だった。モノづくり系ソフトウェア企業は、クルマやロボットなど機械の形をコンピュータで設計しており、半導体シリコンの外形を設計する必要がなかったからだ。機械製品は目に見えるが、半導体内を流れる電子の流れは目に見えない。目に見えないものの形を設計することはできない。このため、電子の世界と機械の世界とは完全に分かれていた。
大学や大学院など、アカデミアの世界でも同様で、電子工学と機械工学は全く別物だった。電子工学は、電磁波や電子回路、半導体デバイス、量子力学などを学ぶが、機械工学は機械の設計や機械部品、金属材料や特性、ニュートン力学などを学ぶ。大学の先生たちも全く別の分野の扱いをしてきた。実はジャーナリズムも同様で、エレクトロニクスの記者はメカニクスの記者とは別に動く。CADやCAMなどの機械系ソフトウェアはメカニクスの記者の分野で、EDAはエレクトロニクスの記者の分野と決まっていた。
ところが、半導体エレクトロニクスの世界は電機からITがけん引するようになり、ハードウェアだけではなくソフトウェアも扱うようになりつつあった。例えば、EDAと呼ばれるソフトウェアは、デジタル論理VLSIの設計と検証、回路、配置・配線・レイアウト、タイミングなどを扱うためのツールだった。アナログ回路でもSPICEと呼ぶシミュレーションが使われていた。SoCと呼ばれるシングルチップの設計までは、半導体デバイスに機械系ソフトウェアが入る余地はなかった。例外的にMEMSデバイスだけは、薄っぺらいダイヤフラムの機械的な変位を電流、あるいは電圧に変換するデバイスなので、機械的なシミュレーションも必要だった。
半導体製造の微細化技術が伸び悩み、最先端の2nmプロセスといっても、実際の最小寸法は13〜12nm程度で、ほとんど変わらない状況が続いていた。それでも、実寸法は行き詰まっているものの、トランジスタや配線構造を3次元化するようになり、集積度を上げてきた。x nmプロセスという言葉は、単位面積当たりのトランジスタ数で表現するようになり、例えば7nmプロセスとは1mm2あたりのトランジスタ数が1億個前後のVLSIを指すようになった参考資料1。
そこで、チップレットや3D-IC、パッケージを拡大するような「先端パッケージ」で集積度を上げる方法が取られるようになってきた。先端パッケージは、同じプロセスノードでも集積度を5~10倍上げることができる、とTSMCは述べている(図1)。先端パッケージでは、チップやチップレット同士を重ねる必要が出てくるため、重ねてから不良品になった、というのでは手遅れだ。このため重ねる前にシミュレーションなどで熱歪や機械的なずれなどを評価しておくのである。その評価を機械系CADやシミュレーションで行う。
チップやチップレットなどを3次元実装すると、各チップの発熱や、それによるチップの機械的歪や反りなどの問題が発生する。そこで、チップを実際に縦に積む前に発熱状態をシミュレーションで捉えておくのだ。そのためには各シリコンチップのサイズや厚さ、発熱しやすい回路の位置や温度などの情報から予めシリコンチップの外形をCADで作り、各チップの動作をシミュレーションで評価しておく必要がある。
こういったチップの機械的な反りや熱分布については、熱や電流の時間的変化や、その分布などを計算した数値だけではなく、それを3次元的に、しかも時間を含めた4次元的に可視化する必要がある。この物理的なシミュレーションはAnsysが得意とするところ(図2)だ。また3次元実装する場合の各チップの持つボンディングパッドの位置や形状、面積も欠かせない。さらに、インターポーザやサブストレート上の電極のサイズと位置、形状などもチップ同士の電極を接続するために重要な情報となる。
3次元や2.5次元のパッケージを形成する場合でも、チップ上の電極の大きさや位置と形状、数などがチップごとにバラバラなので、それを揃えてサブストレート基板に接続するために配線層を設計し直す、再配線層を設ける必要がある。そのためにはシリコンに回路を形成するのではなく多層配線を形成するためだけの安いシリコンのインターポーザ層が必要になる(図3)。半導体チップは、さまざまな回路からの電極パッドとインターポーザ層で配線し直して、基板の電極パッドと合わせ込むのである。
このような構造にして初めてインターポーザ上に載せたチップレットやチップなど、さまざまなチップと、プリント回路基板を接続することができる。配線もインターポーザ上の部品に最適な配置で構成でき、プリント回路基板側も最適な配線形状で構成できる。二つの最適な配線をつなぎ合わせるのがインターポーザに形成された再配線層になる。
再配線設計にも当然、配線を描くCADが必要となる。SoCにも、プリント配線基板にも多層配線設計するためのCADが必要だった。コンピュータによる自動設計では、配線同士が短絡せず、しかも電流経路が最短になるように、さまざまな制約条件を設けておく必要があり、このインターポーザの再配線設計にもCADのノウハウが必要となる。
自動車産業を頂点とする製造業(モノづくり産業)では、実際の商品の形を設計するのにCADを使ってきた。それも3D-CADというコンピュータによる設計だと、具体的に形状を表からも横からも後ろからも知ることができるため、設計者だけではなく、顧客はもちろん企業内の全ての人たちが理解できる(図4)。
それでも日本では長い間3D-CADが普及しなかった。設計者の頭の中に立体構造が浮かびさえすれば高価な3D-CADの購入には慎重な経営者や管理層が多かったからだ。しかし、設計者さえわかればそれでよいのは、開発期間にゆとりのある時代の話である。今はみんなで理解し、すぐに次の段階に進むことが重要になってきた結果、3D-CADが日本でも普及するようになった。しかも、パソコンベースで自動設計できるようにCADの価格も安くなった。
3D-CADで商品の外形をイメージできるようになると、実際に使えるかどうかを評価する場合にもシミュレーションで知ることができる。このためCADとCAEは一緒に発展してきた。
元々、機械系のCADや物理現象のシミュレーションは自動車産業で使われてきた。例えば、高性能なクルマの流線形のデザインは空気抵抗をできる限り減らすため、クルマを製造する前に流体力学のシミュレーションで空気抵抗の流れを評価してきた。また、クルマの衝突実験ではシミュレーションによって車体の強度を評価し、実際にクルマをつぶしてしまう実験回数を減らすことができた。
熱や機械歪、材料同士のはがれや割れ、反りなど物理モデルによるシミュレーションをずっとやってきたAnsysがTSMCのエコシステムに加わり、そのAnsysはEDAトップのSynopsysに買収された。また、3D-CADやPLMソフトウェアのPTCとSiemens Digital Industry Softwareがファブレス半導体のNVIDIAと手を組みAIを使ってソフトウェアを高速に動作できるようにしてきた。国内でもラピダスがSiemensと提携、同社のPLMソフトウェアを導入した。ものづくり系ソフトウェア企業は、これまで自動車産業を軸にティア1、ティア2産業にもなじんでいた。まさに機械と半導体の融合ともいえるような産業構造になりつつある。
例えば、Ansysは、構造解析から流体や電磁波、光学などの物理解析、デジタルツインなどのシミュレーションソフトウェアだけではなく、AI/ML(機械学習)の組込、データ管理、などのツールを開発してきた(図5)。一方、半導体業界側では、3nmまでのFinFETから2nm以降のGAA(ゲートオールアラウンド)トランジスタ、裏面電源構造など新構造が登場してきたため、新しいシグナルインテグリティやパワーインテグリティ、熱解析や構造解析、EMI電磁界解析などをチェックしなければならない。
このようなチェックには、すでにシミュレーションツールを持っているAnsysが有利だ。Ansysは2023年にIntel(米国)のIntel 16、Samsung(韓国)の2nmプロセス、TSMCのN2プロセスなどで提携しているほか、3D-IC技術でUMC(台湾)と、マルチダイパッケージでSamsungとも提携している。
先端プロセスだけではない。3D-ICやチップレットなどの先端パッケージングでもシミュレーションが必須になる。基板やサブストレート、インターポーザなど、異種材料との熱膨張係数の違いによる反りや、ハンダリフロー時の応力や歪、低誘電率材料の亀裂など、パッケージングでの問題をクリアしておく必要がある。熱による最近の分析では、基板とインターポーザ、チップとインターポーザのそれぞれの電極接続に使われるマイクロハンダのエレクトロマイグレーションも指摘されている。
CADやCAM、PLMなど、モノづくり系ソフトウエアのほとんどをカバーしているフランスのDassault Systémesは、3D-CADのCATIAやSolidWorksに加え、SIMULIAなどのシミュレーションツールも持っており、それらを統合した3DEXPERIENCEプラットフォームに力を入れている。その中の派生品として、デジタルツインや写実的な3D設計の3DEXCITEでは、NVIDIA社のOmniverseを採り入れることによって、生成AIを通じて、クルマの色だけ変えてみるようなシーンをデモしている参考資料2。
Siemens Digital Industries Softwareは、NVIDIAと工業用メタバースで2022年に提携、それを活かして日産自動車の電気自動車「日産アリア」を開発した。Siemensは、2016年に米国のEDAベンダーだったMentor Graphicsを買収、EDAソフトウェアも手に入れた。以来、Siemens EDAとしてEDAツールであるCalibreやSolidoなどを提供している。加えて最近、それらのEDAツールにAIを組み込むことで、VLSI設計工数を約半減できるとしている。
CADやPLMソフトウェアを提供しているPTCは、NVIDIA社のメタバースライブラリであるOmniverseをPTC社のCADとPLMに組み込むことで、リアルタイムに没入感に満ちたシミュレーションできる設計環境にする参考資料3。機械系ソフトをNVIDIA社の写実的なソフトウェアとGPUハードウェアでよりリアルなグラフィックスで提供できるようになる。
機械系のソフトウェアベンダーは、NVIDIAやTSMCだけではなくラピダスにも近づいてきた。ラピダスはこれまで米国のEDAベンダーのSynopsysやCadence Design Systemsとも提携してEDAツールを使えるようにしてきたが、2025年に、Siemens Digital Industries Softwareと提携、Siemens EDA社の持つICの物理検証ツールCalibreやAIを使った設計ツールSolidoを使えるようにパートナーシップを結んだ。
さらにラピダス社は、Siemens EDA社のEDAツールだけではなく、PLMソフトのTeamcenterも採用した(参考資料4)。特に半導体工場向けのPLMである「Teamcenter SLCM (Semiconductor Lifecycle Management)」と、半導体産業向け標準データモデルは、製品の設計、開発、生産準備、テスト、品質管理までをシームレスにつなぐため、試作から量産までの期間を短縮する。
これまでの半導体工場では、試作に使ったプロセスや条件、部品などと量産で使うそれらが違ったり、個人が管理していたり、いわばそれぞれが孤立した「サイロ」状態で、本人以外がデータを探すのに時間を要し量産までに無駄な時間がかかっていた。Siemens Digital社のTeamcenterのようなPLMソフトウェアは、試作、開発などのエンジニアが、それぞれExcelやWordなどのアプリケーションで書かれていた仕様や条件、プロセスなどを一貫して管理するため、仕様策定から製品を市場に投入するまでの期間を短縮し、トレーサビリティの強化や品質確保などに威力を発揮する。
以上、機械系ソフトベンダーが半導体企業に接近してきたが、半導体側も物理シミュレーションやPLMのような生産工程管理に機械系ソフトを利用することで、市場に投入するまでの期間を速めることができる。特に、先端プロセスや先端パッケージなどでも機械系ソフトを使う機会がますます増えてくる。加えてNVIDIAのように高速コンピュータに仕上げている半導体メーカーは需要が大きい。半導体は設計・製造・ハード・ソフト・メカニカルの総合技術になってきそうだ。
津田 建二(つだ けんじ)
国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト。
現在、英文・和文のフリー技術ジャーナリスト。
30数年間、半導体産業を取材してきた経験を生かし、ブログ(newsandchips.com)や分析記事で半導体産業にさまざまな提案をしている。セミコンポータル(www.semiconportal.com)編集長を務めながら、マイナビニュースの連載「カーエレクトロニクス」のコラムニストとしても活躍。
半導体デバイスの開発等に従事後、日経マグロウヒル社(現在日経BP社)にて「日経エレクトロニクス」の記者に。その後、「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」、「Electronic Business Japan」、「Design News Japan」、「Semiconductor International日本版」を相次いで創刊。2007年6月にフリーランスの国際技術ジャーナリストとして独立。著書に「メガトレンド 半導体2014-2025」(日経BP社刊)、「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、「欧州ファブレス半導体産業の真実」(共に日刊工業新聞社刊)、「グリーン半導体技術の最新動向と新ビジネス2011」(インプレス刊)などがある。