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半導体チップの設計環境のオープンソース化に注目が集まっている。チップ設計に参入する際のハードルを劇的に引き下げる効果が期待できる動きだ。
半導体チップ上に搭載可能なトランジスタの数は、指数関数的なペースで増大し続けている。半世紀前(1975年)に設計されていた汎用プロセッサに搭載されていたトランジスタの数は、約6000個だった。この段階でも、当時のコンピュータの中核に置く演算回路を1チップ化できる規模ではあった。ところが、その後の半導体の微細加工技術の進歩によって、1チップ化可能な回路の規模はペースが落ちることなく大規模化。より複雑で高性能、多様な電子回路を、より小さなチップに集積することが可能になり、コンピュータや多様な電子機器の性能向上を後押ししていった。
そして現在、人工知能(AI)の学習処理などに利用されている最先端GPUには、約2000億個もの素子が集積されている(図1)。わずか半世紀の間に、回路規模が3000万倍以上になった計算だ。ただし、その間、実現したい機能・性能に向けて素子を適材適所に配置する設計者自体の能力が3000万倍に高まったわけではない。設計時に活用するツールなど、いわゆる「設計環境」が進化したからこそ、地球上の人口をはるかに超える数の素子を適切かつ効率的に配置できるようになったのである。
半導体チップの設計環境は、大きく3つの切り口で進化していると言える(図2)。「EDA(Electronic Design Automation)ツールの進化」「設計資産の再利用推進」「設計と製造のインタフェース標準化」である。現代の設計者は、EDA、設計資産、標準化、それぞれの最先端トレンドを追いながら、新たなチップを設計している。
そして、これら3つの進化の切り口それぞれにおいて、オープンソース化という新たなパラダイムが台頭してきている。一般に、これまでの設計環境は、EDAベンダーやIPベンダー、半導体ファウンドリが中心となって進化を主導してきた。これが現在、公的研究機関や大学、業界団体、これまでとは異質な意図を持つ営利企業が、設計環境のオープン開発や開発成果物の権利共有・無償利用を推し進める動きが顕在化してきている。
オープンソース化が進むことによって、設計環境が「広く共有される協調的な環境」へと変貌し、半導体チップ設計に関わるさまざまなステークホルダーに、個別のメリットがもたらされる可能性が出てきている。
まず、スタートアップ・大学・研究者には、初期コストの大幅削減という半導体チップ設計への参入ハードルを下げるメリットをもたらす。従来はEDAツールをはじめとする設計環境を整えるためのライセンス料が非常に高額で、小規模プレイヤーの参入が難しかった面があった。また、学生が実際の設計フローを体験しながら知見とスキルを獲得する機会が増えるため、次世代設計者の育成も後押しする。
さらに、新しいアーキテクチャや回路設計の実験を、資金面の制約なく広く実施できるため、スタートアップなどが、イノベーションを生み出す素地を作り出すこともできる(図2)。活力ある企業・研究者に優れた開発環境を提供することは極めて重要だ。そのことを示す好例がある。まだパソコンゲーム用アクセラレータチップのメーカーにすぎなかった時代のNVIDIA(米国)は、2006年に自社製GPUに最適化された並列計算プラットフォーム「CUDA(Compute Unified Device Architecture)」を無償提供する経営判断を下した。この施策は、厳密にはオープンソース化ではなく事実上のオープンソース化と言える戦略だったのだが、これによって、並列演算に適したコンピュータ環境の利用を求めていた学術機関や研究者、スタートアップでユーザーが急増した。そして、そこからAI技術にディープラーニングのような技術革新が生まれ、このことが現在の「AI用GPUならNVIDIA一択」という強大な地位を築くキッカケとなった。半導体チップの設計環境のオープンソース化も、同様の効果をもたらす可能性がある。
また、大手半導体メーカーやファウンドリが自社の製造技術に対応した設計環境をオープンソース化すれば、対応IPや設計支援サービスを提供する企業など、自社ビジネスを支えるエコシステムの拡大を加速できる可能性が出てくる。さらに、有償設計環境を提供しているEDAベンダーやIPベンダーも、自社製品の基盤部分をオープン化することによって、利用者からの改善提案などコミュニティ主導の技術開発を促したり、高度な最適化機能やサポートを有償提供する「二層モデル」による収益確保を実現したりできるようになる。
オープンソース化の具体的な動きを紹介する(図4)。まずは、EDAツールのオープンソース化。現代の大規模チップ設計は、チップの機能や動作など抽象的な仕様を言語で記述し、設計・検証している。EDAツールは、より高い抽象度の記述で大規模チップを設計し、なるべく人手をかけず自動的にマスクデータやテストを具現化できる環境を目指して進化している。
現在では、チップ設計用の言語であるハードウェア記述言語(HDL)だけでなくC/C++/Pythonといったソフトウェア開発用言語からも自動設計できる環境が登場してきている。半導体チップ設計者は、世界に20〜30万人いると言われる。ところが、ソフトウェア開発者は3000万人とケタ違いに多い。これらの開発者が半導体チップ設計に着手できる環境を整えれば、ソフトだけでなくハードも合わせたシステム開発を拡大できる。さらに近年では、生成AIを活用して設計者とEDAが対話しながら半導体チップ設計を自動的に行う技術の開発も進んでいる。ソフト開発で「バイブコーディング」と呼ばれる技術と同様の技術革新であり、半導体チップ設計の裾野をより拡大する効果が期待できる。
そして近年、設計フロー全体をカバーするEDAを複数の企業・研究機関が共同開発し、オープンソース化して公開していく取り組みが進められるようになった。代表例が「OpenROADプロジェクト」である。ロジックチップの機能・動作を記したRTL記述からGDSII(マスク用データ)までの設計作業を一貫して自動化するEDAであり、このツールを利用して設計したチップのテープアウト実績も増えてきている。従来は学術実験レベルのチップ設計への適用にとどまっていたが、現在では数百万ゲート規模のSoC設計にも活用され、性能・面積・電力の指標で見ても一定の成果を挙げられるまでに進化している。
またオープンソースのプロジェクトである「MCP4EDA」では、大規模言語モデル(LLM)を活用し、複数のオープンソースEDAツールを統合して、ゲートレベルからGDSIIまでの設計を自然言語で対話しながら進める研究が行われている。従来は熟練技術者の経験や手作業に依存していた設計の作業をAIと協働で行うことで、高速化・効率化できる可能性が出てきた。現時点では、商用EDAと比べれば、性能最適化(PPA:性能・電力・面積)で歴然とした差があるが、ツール自体の開発がオープン化されているため加速的な技術革新が起きる可能性がある。
次に紹介するのは、設計資産のオープンソース化の動き。どんなに設計の自動化ツールが進化したとしても、チップ全体を新規設計することは稀にしかない。動作実績がある設計資産の活用は、設計フロー全体を効率化する上で代え難い価値があるからだ。自社開発であろうと、他社開発であろうと、実績のある設計資産を有効活用すれば、価値あるチップを効率的かつ確実に設計できるようになる。特に、市場で数多くの対応ソフトが利用されているCPUコアやGPUコア、相互接続性が求められるインタフェース回路などでは、設計資産の活用が大前提になる場合もある。スマートフォン向けSoCのコアとして利用されるARM(英国)のarmアーキテクチャのIPコアは、その代表例である。
設計資産をオープンソース化する動きはいくつかあるが、特に大きな注目を集めているのが、CPUの最も高位な設計資産であるISA(Instruction Set Architecture)のオープン化である。armやx86といったプロプライエタリISAに対抗するISAとして、ライセンス料不要で拡張も自由に行えるオープンISA「RISC-V」を世界中の企業・研究機関が利用するようになった。当初の応用先は特定の組み込み機器やIoTなど小規模デバイスが中心だったが、近年は自動車、産業機械、AIアクセラレータ、サーバー用途まで対象領域が拡大。英国の市場調査企業Omdiaの調査では、2030年にRISC-Vが全ISA市場の25%を占める可能性があり、毎年約50%の成長が見込まれると予測している。
近年は、地政学的リスクや技術主権の観点から、欧州・中国・インドなどが国家戦略としてオープンISAを推進している。特に中国ではAlibabaの「玄鉄(XuanTie)」シリーズに代表されるように、自国のISAを基盤にした半導体チップ設計を強化する動きが顕著に見られるようになった。日本においても大学や企業によるオープンISAの研究開発が進んでおり、教育用プロセッサや産業用途での採用が拡大している。RapidusとカナダのAIチップ設計企業Tenstorrentは、日本政府やNEDOの支援を受け、RISC-VベースのCPUやチップレットIPを活用し、2nmプロセスを用いたエッジAIアクセラレータを共同開発している。
そして、ファウンドリと半導体開発企業(ファブレスメーカーなど)をつなぐ情報パッケージである「PDK(Process Design Kit)」にも、オープンソース化の潮流が見られるようになった。PDKとは、プロセスルール、レイヤー構造、デバイスモデル、ライブラリなどの製造技術に付随した設計者が考慮すべき技術仕様のことである。製造後の半導体チップを正しく動作させ、量産可能にするためにはPDKに沿って設計されたチップである必要がある。一般に、PDKは、ファウンドリが契約者に限定的に提供していた。
最初にオープンソース化されて注目を集めたPDKが、米国のSkyWater TechnologyとGoogleが共同で公開した「SKY130」である。130nmのCMOSプロセスに基づくPDKがApache License 2.0として提供。NDA不要で教育や研究、スタートアップの試作に活用できる状態になっている。SKY130は、オープンソースのEDAツール群と組み合わせて利用可能であり、「誰もがシリコンチップ設計に挑戦できる」というオープンシリコンチップ運動の象徴的取り組みとなっている。
その他にも、米国のGlobalFoundriesが180nm MCUプロセス向けPDKを試作プログラムに開放したり、ドイツの研究機関IHPも130〜250nmノードでオープンPDKを公開したりするといった、レガシープロセスを中心としたオープン化が拡大している。これらは性能面では先端製造技術向けには及ばないものの、IoT、車載補助回路、アナログ・ミックスドシグナル設計など需要のある分野で十分に実用的であると言える。オープンなPDKを商用に利用することはまだまだできない状況ではあるが、設計人材を教育する際に重宝する存在となっている。
伊藤 元昭(いとう もとあき)
株式会社エンライト 代表
富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。
2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。