JavaScriptが無効になっています。
このWebサイトの全ての機能を利用するためにはJavaScriptを有効にする必要があります。
MEMS(Micro Electro Mechanical System)技術は、機械部品の歪みや変化を利用して電気信号を発生させたり、変えたりする技術。1970年代後半に登場すると、米国のミシガン大学や日本の東北大学が実際にMEMSデバイスを試作し、その有効性を示した。80年代になると、MEMSデバイスの圧力センサーや加速度センサーが、実際に自動車のエアバッグ及び、エンジンの吸気圧や燃料圧などの測定・検出に使われ始めた。その後、応用が広がり、最近ではMEMSデバイスとマイクロコントローラ(通称マイコン)を一つのパッケージに入れ、デジタル出力で外部に取り出す集積化技術が大量に出回ってきた(図1)。これらMEMS集積化技術の新しい応用やビジネスモデルを紹介する。
MEMSデバイスは、機械的な動きを電気に変換するため、動力を扱う自動車メーカーや産業機器メーカーなどが最初のユーザーとなった。MEMS技術の世界的先駆者である東北大学の江刺正善教授は、「実用化では欧州に先行され、残念だ」と述べている。欧州ではドイツのFraunhofer研究所がMEMS技術の研究に取り組み、それを民間のRobert Bosch(ドイツ)やSTMicroelectronics(スイス、以下ST)、Infineon Technologies(ドイツ)、NXP Semiconductors(オランダ、以下NXP)などの半導体メーカーが積極的に実用化に取り組んできたという背景があった。
江刺教授と並ぶ、MEMS研究のパイオニアの一人、Ken Wise教授のいたミシガン大学は、自動車産業の中心地デトロイトにも近く、すぐに自動車への応用が始まって、加速度センサーのエアバッグへの応用をAnalog Devices(米国)が早期に実現した。また、極微量のインクを噴射して印刷する、インクジェットプリンターのプリンターヘッドにも、メンブレンの圧力でインクを吐出させるMEMS技術が使われ、Hewlett Packard(米国)が、この技術を取り入れた。
さらに米国では、Texas InstrumentsがMEMS技術を使ったデジタルミラーデバイス(DMD)を発明した。これは、ディスプレイの画素に相当する部分にアルミのミラーを取り付けたデバイスで、ミラーに反射する光をプロジェクターで投射する。プロジェクターの光源と光路をMEMSミラーで変えて1と0を表現し、このデジタルの光にRGBのフィルターを時分割で駆動して色を表現する。
世界各地の映画館の映写機のほとんどが、このDMDに置き換わり、日本でもショッピングセンターに映画館を設置できているのは、このデバイスのおかげだといっても過言ではない。昔はフィルムを映画館に運ぶ必要があったため、封切りの新作映画を全国各地に届けるのに時間がかかっていた。DMDで投影させる現在のコンテンツは、デジタルで全国同時に配給できるようになった。
日本は、大学では世界に先駆けて進んでいたのにも拘わらず、残念ながらMEMSデバイスの設計・製造は、欧米から大きく出遅れた。大手半導体メーカーが属していた総合電機からMEMSを求めるという要求はなく、半導体事業部側も当初の深いウェットエッチングプロセスを汚いプロセスだと嫌ったからだ。ドライエッチングが可能な時代になっても半導体事業部は、MEMS技術のビジネスチャンスを生かしきれなかった。一方で、総合電機からの圧力のないロームは積極的にMEMS技術を開発してきた。
ローム以外でも、総合電機とは無縁のミネベアミツミグループに属するMMIセミコンダクターや、村田製作所、TDKなどの電子部品メーカーがMEMSビジネスを展開している。オムロンもMEMSやCMOS ICなどの半導体工場を滋賀県の野洲に所有していたが、2021年にミネベアミツミグループに譲渡して、自社工場でのMEMS生産から撤退した。ここはかつて、世界最初の8インチウェーハプロセスのIBMの工場でもあった。また、TDKは、MEMSによる加速度センサーや圧力センサーが得意なInvenSense(米国)を2016年に買収した。磁性体をコアコンピテンスとするTDKは、HDDに使われてきた磁気ヘッドを磁気センサーとして応用し始めたことがきっかけとなって、センサー製品のポートフォリオを広げることにつながり、この買収となった。
MEMS応用製品が爆発的に売れ出したのは、Apple(米国)のiPhoneがきっかけだった。iPhone には多くのMEMSセンサーが搭載されている。スマホを傾けると、その傾きに応じて画面が縦と横に変化する機能は、重力加速度を検出する加速度センサーを応用したものだ。さらに加速度センサーは歩数計としてもGPSと一緒に使われている。携帯電話としての通話にはMEMSマイクロフォンが使われている。それも周囲の雑音を打ち消すためのノイズキャンセリング用のMEMSマイクなど、複数のMEMSマイクが使われている。
スマホにMEMSを使ったさまざまな機能が搭載されたということは、大量生産を伴うという意味である。なにせスマホ新製品の年間製造台数は、世界でおよそ12〜13億台もある。スマホメーカーからの出荷要請に対して、大量生産に耐えうるように製造する必要があるのだ。つまり設備投資が必要で工場を拡張しなければならない。自社で製造せずにファウンドリに増加分を依頼するとしても、ファウンドリは、その増加分に対応して工場を拡張しなければならない。
今後、MEMS市場はさらに伸びるという市場予測がある。市場調査会社のMarketsAndMarkets(インド)は、2025年に176.1億ドルのMEMS市場が2030年には219.9億ドル、CAGR(年平均成長率)で4.6%成長すると予測する参考資料1。また、同じくMordor Intelligence(インド)は、2025年に175億ドルの市場が2030年には305.8億ドル、CAGRにして7.22%の伸びを示すと予測する参考資料2。Yole Group(フランス)はもう少しコンサバティブな見方をしており、2024年に154億ドルの市場がCAGR 3.7%成長で2030年には192億ドルになると予想している参考資料3。
iPhoneがもたらした技術は、MEMSだけではない。MEMSデバイスからの電気信号を増幅しA-D(Analog to Digital)変換した後、そのデジタルデータが何を意味するのかを解読、定義しなければならない。このソフトウェアアルゴリズムこそが、企業独自の差別化要因のノウハウとなる。
2010年あたりから、MEMS信号の意味を解読するためのアルゴリズムはMEMSユーザーが担当するという意識から、MEMSメーカーも解の一つを提案するという方向へ変わってきた。つまりMEMSメーカーにとっても、ソリューション提案が他社との差別化要因となってきたのである。実際、海外のMEMSメーカーを取材すると、「これからはアルゴリズムもMEMSとセットで販売しなければならなくなる」と異口同音に回答した。
このソリューション提案こそがMEMS技術の集積化に向かうきっかけになった。例えば、MEMSチップを8ビットマイコンチップと同じパッケージに実装することが当たり前になりつつある。MEMSからのアナログ信号をデジタルに変換し、マイコンチップにデジタル信号が意味する情報を解読させ、次の行動(デジタル出力)に紐づけするのである。この情報を解読するアルゴリズムこそがMEMSメーカーのノウハウとなる。
すでにMEMS技術の高集積化は商品化されている。例えば、市場調査会社のYoleが最近、Infineonが出荷している最新のデュアルメンブレン構造のMEMSマイク「Xensiv」を分解したところ、ASICチップとMEMSチップ、さらにパッケージ基板内に集積化した受動部品IPD(Integrated Passive Device)が入っていた(図2)。このMEMSマイクは前世代の製品よりもダイ(シリコンチップ)面積が27%減少しており、4層の配線基板内にIPDが集積されていた参考資料4。
MEMSマイク製品を小型化することでPCB(プリント回路基板)上に2~3個のマイクを搭載できるようになり、音のビームフォーミング技術で小さな声やマイクから遠い声でも音声を拾えるようになった。もちろんアクティブなノイズキャンセリングも可能であり、SNRは73dB、ダイナミックレンジは105dBだとしている。MEMSのメンブレンの面積を小さくしても感度を落とさないように、薄くしたり、圧電膜を積層したりしている。
Bosch Sensortec(ドイツ)からスピンオフしたSiTime(米国)は、MEMSメンブレンを利用して水晶振動子の代わりを求めてきた。水晶振動子は機械加工によって正確な振動を誘起するが、温度変化に対する周波数の変化が大きいため、温度を一定に保つ必要があった。これに対して、MEMS加工による微細な振動子は、同じシリコン基板を使って電子回路も集積できるというメリットがあるため(図3)、温度補償回路を集積することで比較的温度変化を低減してきた。
振動子に発振回路を加えて発振器へと発展させ、さらにPLLや分周器を集積することでクロックジェネレータICにすることができる。SiTimeはさまざまなレベルのタイミング製品を開発してきた。これも集積化の方向である。さらにクロック回路も複数集積すれば、ネットワークの同期などのシステムに使える。
MEMS製品が成長し続けるのは、高集積化のためにチップを小さくし続けたことも大きい。例えば、SiTimeのようなタイミング製品しか手掛けないような企業でも、図4のような名刺サイズの一覧表に、各製品の大きさを表示している。9mm×7mmの比較的大きな製品から1.5mm×0.8mmの小さな製品まである。これらは全てプラスチック樹脂などに封止された製品だが、シリコンのダイは0.4mm×0.4mmしかない。
MEMSの加工プロセスは、シリコンの薄い膜やカンチレバーを実現するエッチング技術によるところが大きい。例えば、アスペクト比が大きく深い穴をまっすぐに掘る技術は、Bosch(ボッシュ)プロセスと呼ばれ、エッチングとデポジションを繰り返しながら穴を掘っていく。すると、開口部から底まで垂直に加工できる。開発した自動車のティア1サプライヤであるBoschは自動車用の加速度センサーや圧力センサーをはじめ、様々なMEMSセンサーを製造販売している。このBoschからMEMS半導体部門がBosch Sensortec(ドイツ)として独立したのが2005年。現在は年間10億個以上の高集積なインテリジェントセンサーを出荷する世界一のMEMS企業になった(図5)。
Bosch Sensortecは、MEMS技術と組み込みソフトウェア、エッジAIまでも集積するインテリジェントセンサーを進化させている。エッジAIも組み込むのは、センサーデータをエッジで意味のある情報に処理してクラウドやサーバーなどのコンピュータに送ることで、通信トラフィックを減らし、コンピュータ本体の負荷も減らせるからだ。しかもエッジだとリアルタイム応答が可能でプライバシーの確保にもつながる。
MEMSのインテリジェント化では、STがNXPのMEMS部門を買収提案している。つまりSTが、これから先もMEMSビジネスを強化しようという意思の表れである。MEMS技術に関してSTはIDM(設計から製造、アセンブリまで一貫した半導体企業)であるが、従来の加速度センサーや圧力センサー、ジャイロセンサーなどに加え、MEMSマイクロミラーを狙っている可能性がある。これまでのLiDARは大きなポリゴンミラーを回転させて周囲状況を検出しているが、これでは価格は下がらない。そこで自動運転やロボットに必要なLiDARの小型化、低価格化に向けて、MEMSマイクロミラーで達成しようということかもしれない。
MEMSの製造はIDMだけではなくファウンドリも手掛けている。MEMSファウンドリとしては、Silex Microsystem(スウェーデン)やTeledyne MEMS(米国)、TSMC(台湾)、X-Fab(ドイツ)、SMEC(中国)などが代表的だ。ファブレスの最大手はSiTimeだ。MEMSビジネスがファブレスとファウンドリに分かれてきたのは、シリコンのロジックICと同様、高集積化によって回路設計やソフトウェア開発など複雑に、しかも広がってきたためであり、MEMS技術の微細化が進んでいるためだ。
またSiTimeは、新しいビジネスモデルに関しても積極的に拡大している。同社はファブレスではあるが、MEMS製品としてはベアダイ(アセンブリ前のチップ)とMEMSだけの製品、MEMSとマイコンを一つのパッケージに入れた製品を持っている。それぞれ要求に応じて販売するため、これまではライバルだった半導体メーカーもユーザーになる。同社のベアダイや、わずか0.46mm×0.46mmのモールド封止のWLCSP(ウェーハレベルチップスケールパッケージ)製品を、半導体メーカーやOSATが1チップ内にアセンブリしてタイミングICを製品化できる。
今後のMEMSセンサーは、さらに高集積なインテリジェントセンサーに向かうだろう。Bosch Sensortecは、2027年以降に、製品の90%がインテリジェントセンサーになると予定している。インテリジェントセンサーは、より使いやすいため、2030年までにMEMSセンサーの100億個販売を目指すという。
この先AI技術で期待されるのがロボットや自動運転などのフィジカルAIである。これはクラウドと接続する必要のないエッジAIとして使われることが多い。エッジAIではセンサーが極めて重要な部品となる。それもインテリジェントであれば、リアルタイム応答が可能になり、AI利用の応用機器が花開くことになるだろう。
津田 建二(つだ けんじ)
国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト。
現在、英文・和文のフリー技術ジャーナリスト。
30数年間、半導体産業を取材してきた経験を生かし、ブログ(newsandchips.com)や分析記事で半導体産業にさまざまな提案をしている。セミコンポータル(www.semiconportal.com)編集長を務めながら、マイナビニュースの連載「カーエレクトロニクス」のコラムニストとしても活躍。
半導体デバイスの開発等に従事後、日経マグロウヒル社(現在日経BP社)にて「日経エレクトロニクス」の記者に。その後、「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」、「Electronic Business Japan」、「Design News Japan」、「Semiconductor International日本版」を相次いで創刊。2007年6月にフリーランスの国際技術ジャーナリストとして独立。著書に「メガトレンド 半導体2014-2025」(日経BP社刊)、「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、「欧州ファブレス半導体産業の真実」(共に日刊工業新聞社刊)、「グリーン半導体技術の最新動向と新ビジネス2011」(インプレス刊)などがある。