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Science Report
サイエンス リポート

アルテミスIIに搭載された半導体と関連技術

文/津田 建二
2026.07.08
アルテミスIIに搭載された半導体と関連技術

2026年4月1日に打ち上げられ、10日間かけて月の裏側を回って地球に帰還するという有人飛行ミッションアルテミスIIは成功裏に終わった。打ち上げ直後には、複数の半導体メーカーから、アルテミスIIの宇宙船「Orion」に搭載された半導体チップのニュースが続々飛び込んできた。ルネサスエレクトロニクスや米国のAMD、ドイツのInfineon Technologiesなどから高信頼性の半導体が数種類搭載されたことが伝えられたのだ。また、実験用として韓国のSamsungとSK hynixのメモリ半導体チップなどが搭載され、実際の宇宙船での実験を行った。本稿ではアルテミスIIに搭載された半導体について整理する。

“なぜ今”月面着陸なのか?

NASA(アメリカ航空宇宙局)が主体となり開発されたアルテミスII打ち上げロケットは、米国フロリダ州ケネディ宇宙センターから2026年4月1日に打ち上げられ、翌2日には地球の周回軌道を離れ月に向けて移動し始めた。7日に月の裏側に入り、40分後に裏側を抜け、再び地球と通信できるようになった。10日には無事帰還し、再び月面着陸の可能性が高まった。1969年のアポロ11号から1972年のアポロ17号の月面着陸以来、再び月面で長期的な活動基盤を確立するというNASAのアルテミス計画の重要なマイルストーンとなった。

なぜ今、月面着陸を行うのか。アポロ計画の月面着陸は膨大な資金を使い成功させた。当時は東西冷戦中にあり、宇宙開発競争は様々な兵器へ転用できる技術としての意味付けがあった。しかし、1990年前後にはベルリンの壁が壊され、東西冷戦の終結などがあり、大きな投資をしてまでも宇宙開発するというモチベーションが失われ、月面着陸プロジェクトも失われるようになった。

また、アポロ11号による月面着陸には当時の総費用で254億ドル、現在の価値で1120億ドルという米国国家予算の数パーセントもの莫大な費用をかけたが、アルテミスIIにかかった費用は40億ドルだという。

最近は、月や火星で人類が活動できるようにしようという目標をNASAだけではなく、米国以外の国や民間企業でも目標として掲げるようになり、むしろ、レアアース採掘などの経済活動を念頭に入れた開発競争に変わりつつある。例えば、月の北極や南極のクレーターの底には、水が氷として存在する可能性が指摘されており、こうした地域であれば資源採掘の拠点を設けることができると言われている。

アルテミス計画は、NASAだけではなく、米国のSpaceXやBlue Originのような民間宇宙飛行会社やESA(欧州宇宙機関)、JAXA(宇宙航空研究開発機構)、CSA(カナダ宇宙庁)、アラブ首長国連邦のMBRSC(ムハンマド・ビン・ラシード宇宙センター)などの国際的なパートナーとの協力の下で実施されている。NASAが主導しているものの、民間企業が月面経済を担うための基盤を構築する。

アルテミス計画は来年、アルテミスIIIで月面着陸の重要な構成要素である月軌道上でのドッキングなどのテストを実施する。月面着陸するアルテミスIVは2028年初頭に打ち上げが予定されており、この時に月面基地のモジュール組立や月面探査などを行うとしている。

Orionを支えた高信頼性の半導体

宇宙船「Orion」(図1)には、半導体チップが使われ、地球上との通信や宇宙船そのものの制御を担っている。半導体が故障すれば地球との通信ができなくなり、宇宙飛行士たちの命を左右することになりかねない。このため高い信頼性と故障率が極めて低い半導体チップが必要とされる。

宇宙船Orionから見た地球のイメージ
[図1]宇宙船Orionから見た地球のイメージ
出典:NASA、Infineon Technologies

それも、電源IC、制御用マイコン、デジタル論理回路、アナログICなど宇宙船の制御に必要なチップが求められる。電源ICは、ソーラーパネルで生成する電力を宇宙船内で使うためのPMIC(パワーマネジメント)だけではなく、コンピューターや制御回路などのICを動かすための電源としても欠かせない。

これまで放射線に強いことが実証され何度も宇宙で使われてきた実績のある半導体が高信頼性と認められてきた。このため、開発されたばかりの半導体やコンピューターチップが搭載されることはまずない。宇宙船は地上との通信を絶えず行っており、地上のコンピューターを使って軌道計算や演算、制御などを行う。その結果を地上から送り込み、実績のある高信頼性のチップで宇宙船を動かしている。

例えばルネサスは、OrionやアルテミスII打ち上げロケットに同社の耐放射線ICが、複数のサブシステムにわたって搭載されているという。もともとルネサスは、米国のIntersilという航空宇宙に強い企業を買収しており、Intersilのデバイスが宇宙船の航空電子機器や打ち上げ時の安全システムに使われている(図2)。電力の制御および分配といったPMICをはじめ、信号品質を維持するためのアナログICやデジタルIC、宇宙船のコンピューターを支援するコンピューター向けチップ、保護回路、地球からの追跡・監視・制御などのICなどが使われているという。

アルテミスIIに採用されたルネサスの半導体チップ
[図2]アルテミスIIに採用されたルネサスの半導体チップ
出典:ルネサスエレクトロニクス

また、Infineonは、耐放射線に優れた半導体チップをOrionに乗せて、10日間の宇宙旅行をさせた。同社の半導体チップは1970年代に初めて搭載されて以来、数百回にわたる宇宙での使用実績があるという。Infineonは、重要な電源用ICや制御システムICからデータ通信用のチップまで、「IR HiRel」ブランドの半導体製品がOrionの中核となって、その電子システムをサポートした、と述べている。

Infineonもルネサスと同様、耐放射線半導体チップは、かつて買収した米国のInternational Rectifierの製品だった。同社の宇宙開発プロジェクトでは数十年にわたる実績を持つ相手をパートナーとし、買収しても耐放射線製品は宇宙向けに特別扱いしてきた。しかし、InfineonのシニアバイスプレジデントでIR HiRel製品担当ジェネラルマネージャーでもあるMike Milles氏は次のように述べている。「宇宙産業は急速に変化しており、特にミッションは増加し、データや電動化も増えている。小型・軽量・低消費電力への圧力も増している」。それでもInfineonは数十年にわたる半導体の実績を誇っている。

宇宙空間では、北極から南極への地球全体の磁場を超え、高エネルギーの粒子が電子部品を攻撃してくる。それでも電子システムが壊れないようにしなければならない。このため、Infineonは、これらのメカニズムを単にパッシブなシールドでカバーするのではなく、設計段階から放射線に強い半導体アーキテクチャを採用することで対応してきたという。宇宙船に搭載された製品はすべて、最も厳しい宇宙規格(MIL-PRF-38535 Class VやMIL-PRF-19500、ESA's ESCC 規格、NASA EEE-INST-002)をパスしている。

さらに、新しいワイドギャップ半導体材料も進化させてきた。特に力を入れたのがGaN半導体だ。この半導体はスイッチング損失が少なく、電力密度やスイッチング周波数が高い。このため電力損失や磁気部品を減らすことができる。しかも、これらのチップは自社で製造し、プロセスや品質の安定を確保できる。このため耐放射線に強い100VのGaNトランジスタMIL-PRF-19500規格と同等なJANS(Joint Army Navy Space)規格認定に合格している。もともとワイドギャップ半導体はシリコンよりも放射線に強い。同社は、耐放射線に強い半導体製品HiRelブランドの製品として、SiパワーMOSFETやGaNトランジスタ、ゲートドライバ、SSR(半導体リレー)、メモリ、RFデバイスなどを持っているという。

宇宙船にコンピューターチップを実験的に搭載

ルネサスやInfineonと違い、AMDは宇宙船搭載コンピューターを念頭にしたFPGA(Field Programmable Gate Array)の製品名を上げている。FPGAの「AMD Virtex 5QV」製品をOrionに搭載した、とAMDは述べている。(https://x.com/AMD/status/2043713422278226126

これまで宇宙船内にコンピューターそのものを搭載したことはなかった。コンピューターは常に地上にあるシステムを使い、地上で計算し、その結果だけを宇宙船に送り、制御に使っていた。とはいえ今回もミッションクリティカルなコンピューターではなく、データのラウティングと画像処理に使い、リアルタイムで画像を宇宙飛行士にフィードバックすることに用いたようだ。

しかし、AMDは、アマゾンの創業者であるジェフ・ベゾス氏が2000年に設立した民間の宇宙飛行企業であるBlue Originの宇宙船にAMDのVersal AI Edge Gen 2アダプティブSoC(図3)をフライトコンピューターに搭載する計画であることを発表している。(https://www.youtube.com/shorts/1D_l_BbLH1o)。早ければ2028年前半に、その宇宙船を月に向け飛ばす計画である。また、AMDのVersal SoC(CPUを搭載したFPGA)を光通信衛星コンスタレーションネットワークの高速信号処理に使う実証実験計画をNECが発表している。

AMD Versal adaptive SoC
[図3]AMD Versal adaptive SoC
出典: AMD

メモリも搭載実験を開始

宇宙船にフライトコンピューターを搭載するためには、当然だが放射線に強いメモリも求められる。今回のアルテミスIIでは、韓国製の衛星「K-RadCube」にSamsungのMCM(マルチチップモジュール;ロジックとメモリ)や、SK hynixのHBM(高バンド幅メモリ)を搭載し、耐放射線の実証実験を行ったという。同衛星は地球周囲の強力な放射線帯である「ヴァン・アレン帯」を通過して放射線データを収集するほか、次世代半導体の極限環境下における耐久性を検証する。

耐放射線特性を重視するのは、半導体、特にデジタル回路に使うメモリやCPUでは、1と0の反転が起きやすくなるためだ。すなわち1が0になったり、その逆になったりする場合もある。このようなソフトエラーは電源をオフにすると元に回復する。パソコンがフリーズするのは、このソフトエラーによるもので、さまざまな画面を同時に開いているときは大量のメモリを使っており、確率的にフリーズしやすい。

ただ、ソフトエラーによる誤動作は、誤り訂正技術で直すことができる。例えば、1バイト(8ビット)の単位に1ビット追加して、そのパリティをチェックする方法だ。しかし、めったにあり得ないが、2ビットが同時にエラーを起こした場合は回復が難しい。

また、エネルギーの高い放射線などを受ける場合には、ラッチアップで電流が流れっぱなし状態になるなど完全な故障に至る場合がある。これはハードエラーとなり、もはや回復が難しい。さらに、高い温度にさらされる危険性や、ロケットの打ち上げ時に受ける強い重力の影響なども故障の原因となる。宇宙船に搭載するフライトコンピューター、デジタル回路に使うメモリやCPUには、こうした条件でも故障しないことが求められる。

地上との通信は電波からレーザーへ

アルテミスIIでは、地上との通信にレーザーを使っているが、この「MAScOT」レーザー通信はNASAとMIT(マサチューセッツ工科大学)リンカーン研究所が共同開発したもの。搭載されたシステムは「Orion Artemis II光通信システム(O2O)」と呼ばれ、従来の電波(RF)通信に代わるレーザー通信でHD映像や月面画像を地球に送信する。

電波ではなくレーザーを通信に使ったのはバンド幅を広くして、月からの鮮明な動画と画像を地上へ送るためである。従来の電波は地球周囲に多数ある衛星の影響で、通信が混雑するため月からの長距離通信には向かないという。電波通信はスペクトラムの逼迫や長距離での帯域制約という課題があるのに対し、O2Oは最大260Mbpsの下り通信速度を実現する設計だ。ただし、レーザーはビームを絞り込む必要があり、その制御は易しくない。

宇宙船に搭載される通信機器のシステム設計や、宇宙服の解析技術でも、半導体設計ツールベンダーのSynopsysのツールを使ってアルテミスIIの設計が行われた。特にシミュレーションツール(買収した米国のAnsysの製品)で設計を確認したという。また、宇宙服の帯電レベルを評価する場合にもシミュレーションで解析したという。

今後、アルテミスIIからIIIやIVに進化する場合は、フライトコンピューターやAIコンピューターが搭載される可能性も出てくる。日本生まれのスタートアップであるEdgeCortixのエッジAIチップは、設計において常にデータをリフレッシュする機能を設けており、NASAの認定をすでに取得している。同社は、アルテミスIVでの採用に期待を寄せている。

Writer

津田 建二(つだ けんじ)

国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト。

現在、英文・和文のフリー技術ジャーナリスト。

30数年間、半導体産業を取材してきた経験を生かし、ブログ(newsandchips.com)や分析記事で半導体産業にさまざまな提案をしている。セミコンポータル(www.semiconportal.com)編集長を務めながら、マイナビニュースの連載「カーエレクトロニクス」のコラムニストとしても活躍。

半導体デバイスの開発等に従事後、日経マグロウヒル社(現在日経BP社)にて「日経エレクトロニクス」の記者に。その後、「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」、「Electronic Business Japan」、「Design News Japan」、「Semiconductor International日本版」を相次いで創刊。2007年6月にフリーランスの国際技術ジャーナリストとして独立。著書に「エヌビディア~半導体の覇者が作り出す2040年の世界」(PHP研究所刊)、「半導体ニッポン」(フォレスト出版)、「メガトレンド 半導体2014-2025」(日経BP社刊)、「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、などがある。

URL: http://newsandchips.com/

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