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活用するAI技術の優劣が、企業や国家の競争力そのものになりつつある。そして、自国内で独自開発し、自国の意思に沿って自立運営するAIの重要性が、世界中で認識されるようになった。AI技術を先導する特定の国や地域、企業に過度に依存してしまうと、使い手側の意思・価値観・目的に合うAI出力が得られない、使いたいシーンで思い通りに活用できないといった事態に陥る可能性があるからだ(図1)。
特定のIT企業や国・地域の意向に左右されることなく使い手側が主体的に活用できるAI、「ソブリン(主権)AI」と呼ばれる概念に注目が集まっている。日本においても、ソブリンAIの開発・運営を目指す動きが活発化してきた。すでに、ソフトバンク、ソニー、NEC、ホンダなどがソブリンAIの開発・運営を想定した合弁会社「Noetra(ノエトラ)」を設立するなど、具体的な動きが多数出てきている。ソブリンAI関連の取り組みの中には、データセンターをはじめとするAIインフラの独自開発・国内保有を促す活動も含まれている。この動きが進むことによって、製造業の海外工場移転などにより伸び悩んでいた半導体など生産消費財の国内需要を増加基調に転換する契機になる可能性がありそうだ。
生成AIやAIエージェントなど、現代のAIの能力は、分野によっては人間を超えるまでに高まってきている。その適用領域は、AI活用とは無縁な産業・業種・業務など存在しないと思われるほど急拡大している。ChatGPTやGemini、Claudeなど、生成AIを日常の暮らしの中やビジネスの中でフル利用している人は多いことだろう。なかには、AIなしでは仕事が全く進まない状態になっている企業・職場もあるのではないか。
今や生活や仕事に欠かせない情報ツールとなったAIだが、私たちは、無料もしくはいくらかの利用料を払いさえすれば、誰もが、いつでも、どこでも気軽に安心して利用できると思い込んでいるところがある。しかし、実際にそう考えて良いのだろうか。
生活や仕事、社会活動の中で活用しているAIの多くは、そのシステム基盤の構築・運営、サービス提供を、米国もしくは中国の一部巨大IT企業に依存している状態だ。高性能なAIシステムの開発と運営には国家予算級の巨額資金と、一握りの天才たちだけが生み出せる高度な技術が必須になる。このため、参入障壁は極めて高い。AI関連産業では無数のスタートアップなどが生まれているものの、ことAIシステムの基盤部分に関しては、今後も一部企業が主導する状況が継続するとみられている。
AIへの依存度は高まる一方だ。しかし、その能力の供給源は、一部の国や企業だけが握っている。こうした状況を背景に、近年、にわかに注目されるようになった新たなAIのあり方が、ソブリンAIである(図2)。ここでいうソブリン(Sovereign)とは、いくつかある日本語訳の中の「主権」、すなわち他者の意思・都合・目的に左右されることなく、権利と責任を持つ利用者が自立的に統治できる状態のことを指す。
現時点で、ソブリンAIという言葉が、AI分野の専門用語として厳密に定義されているわけではない。このため、ソブリンAIを語る人それぞれに違う定義で使われている点は注意したい。ただし、「国家や地域が、自国の法律、価値観、文化、安全保障上の要件に基づいて、AIの開発・運営・管理を自立的に行える能力、およびそのためのAI基盤全体を指す概念」を指して使われている例が多い。
そして、AIが社会や産業の基盤になりつつある現在、高度なAI技術を保有する一部の国や企業だけが世界中の生活・仕事・社会活動のチョークポイントを握っている状態は、さまざまな懸念・課題を生み出し、解決策としてのソブリンAIに注目が集まっている。現在、顕在化してきている懸念・課題は、以下の5つに整理できる(図3)。
1番目は、AIが処理するユーザーデータの機密性や秘匿性が完全には保証されていないこと。生成AIを活用する場合、ユーザーが入力した質問や指示は、IT企業が運営するクラウド上のサーバーに送られて処理される。一般に、質問や指示には、機密性の高い企業情報や行政情報、秘匿性の高い金融の個人情報や医療データなどが含まれることがある。ところが、現在のクラウド型AIサービスは、海外のデータセンターでそうしたデータを処理することが多いため、現地法令に沿った利用規約で管理される可能性がある。日本国内と同等の機密情報や個人情報の取り扱いは期待できない。AIが企業活動や行政サービスの中核業務を担うようになるほど、重要なデータをどこで、誰が管理するのかが重要になる。
2番目は、AIサービスの継続的進化や安定的運営が必ずしも保証されていないこと。先述したように、現在のAIサービスの多くは、海外の少数のIT企業が提供している。しかも、AIは発展途上の領域であり、技術開発、ベンダー競争、市場環境、課される法規制などの動向が激しく変化する。そのため、利用料金や提供機能、利用制限などの変更が頻繁に発生し、サービスそのものの終了・停止が突然起きる可能性さえある。実際、AIサービスを提供する企業が籍を置く国の政府が、安全保障上のリスクがあるという理由で、特定のAIサービスに提供停止を命じる例が出てきている。仮に、自社の中核業務で利用しているAIサービスが、外国の政府の意向で突然停止されるようになる可能性があるとしたら、いかに優秀なAIサービスであっても安心して採用することはできない。この点は、政府機関が利用するAIサービスでは、さらに重要になる。他国政府の意向で、自国の行政や安全保障のシステムがストップしたり、利用を制限されるような事態は回避しなければならない。たとえ自国企業のAIサービスを利用していたとしても、特定の一社だけに頼った状態になると主権を守れなくなる。
3番目は、自国の言語・文化・制度に反する可能性があること。汎用AIは世界中のデータを学習している。ただし、必ずしも各国固有の事情に最適化されているわけではない点は留意する必要がある。例えば日本国内の業務でAIを活用する際には、日本語の微妙な表現、日本企業の商習慣、日本の法律、行政制度、医療制度などを深く理解することを期待したいところだ。ただし、現状の多くのAIサービスは、そうした状態にはなっていない。場合によっては、利用する国の価値観やイデオロギーに反するAIの回答が頻発する可能性すらある。そのため、自国の知識や制度を反映したAIを育成したいというニーズが高まっている。
4番目は、自国の科学技術・産業・社会システムの発展から自立性が失われる可能性があること。AIは、科学技術の研究開発や製造業からサービス業まであらゆる産業の開発・生産・販売・流通に関わるようになってきている。そして、技術やサービスの開発で利用するAIの質と利用量が、開発の成果を大きく左右する時代が到来しつつある。もしも、AIの中核技術を他国に全面的に依存すれば、科学技術や産業の発展に向けた活動を、自国の研究機関・企業内で自立的にコントロールできなくなってしまう。ひいては、新しい産業を創出する力が弱まってしまう可能性がある。
5番目は、AIの学習や推論のプロセスがブラックボックス化しており、活用時のガバナンス(統治・管理)が不十分であること。現在のAIには、ハルシネーション、著作権、個人情報保護、バイアス、説明責任など、AI出力を全面的に信頼できないいくつかの課題が残っている。しかも、AIモデル固有の特徴から、AIの学習や問いに対する答えを推論する過程の思考プロセスがブラックボックス化している。つまり、ユーザーは、AIを活用するに当たって、AIを開発・運営する企業を全面的に信頼するしかない状態にある。信頼すべき企業が、海外の法令下でビジネスを営む営利企業となれば、不安を抱えて当然である。自国の法律や社会規範に沿ってAIを開発・運営できる体制を整えることが求められる。
AIの重要性の高まりと技術提供者の偏りの間で生まれる歪みを解消するために注目が集まるソブリンAIだが、AIモデルを自国内で独自開発し、自立運用できさえすれば万事解決というわけでもない。懸念・課題を解消するためには、AIモデルだけではなく、AIシステムの基盤を支えるエコシステム全体を開発・運営していくことが重要になってくる。ソブリンAIのエコシステムは、一般に次のような要素で構成される(図4)。理想的には、各要素それぞれで自立的に開発・運営できる体制を整備することが求められる。
まずは、「AIモデル」。ソブリンAIでは、自国の言語や用途に適応した生成AIや機械学習のモデルの整備が望ましい。特に、日本語は他言語との類似性が低い特殊な言語であるためなおさらだ。用途に適応させるためには、単一のAIモデルを整備すれば足りるわけではなく、汎用的な基盤モデルを中核にして、その上に産業別・行政向け・企業向け・エッジ向けなどの多様なAIモデルを配置した「AIモデル群」を、自国の社会や産業の状況や需要に合わせて継続的に開発・運営できるように整備しておくことが求められる。
次に、AIの学習などに利用する「データ」。AIモデルの学習に向けて、国内で収集・管理される書籍や報道記事、学術論文、ネット上の情報といった基盤データ以外にも、行政、医療、産業、企業、個人データなど、機密性や秘匿性の高いデータを整備しておく必要がある。さらに、自国の法律や文化、産業構造を反映したデータを、安全かつ継続的に管理・更新できる体制の整備も重要だ。また、企業視点では、競争優位を生むのは一般的な公開データではなく、長年の事業活動で蓄積した設計情報、製造ノウハウ、顧客対応履歴などの独自データも加える必要が出てくる。
そして、コンピューティング基盤となる「データセンター」。自国内にデータセンターを物理的に設置していることが重要になる。AIが扱う重要なデータを自国の法律と管理体制の下で保護し、経済安全保障を確保するとともに、AIを支える計算資源を安定的に提供することが重要になるからだ。データセンターは、単にサーバーを導入するだけではなく、通信インフラや冷却設備、潤沢かつ安定的な電力供給を可能にする電力インフラの整備なども同時に進める必要がある。
加えて、コンピュータや通信機器などの構成要素である半導体や電子部品などの「ハードウェア部品」も、できるだけ国産であることが望ましい。自国のニーズの変化に応じてAIを進化させていくためには、必要な時に、必要な分だけ適宜・円滑に計算資源を調達できるサプライチェーンの構築が重要になる。現在、日本では最先端半導体チップを製造する体制の再興に取り組んでいるが、最先端チップの安定した内需確保に課題を抱えている。ソブリンAIの取り組みは、その有力な解になる可能性がある。現時点で、ソブリンAIの開発・運営に必要なコンピュータや半導体を、すべて国産化できる国は事実上存在しない。国際協力と国内基盤の強化の両立が、現実的施策の方向性といえる。日本国内で、AIアクセラレータやメモリー、光ファイバー、冷却用部品・材料など、データセンター関連機器の中で重要な役割を担う部品の開発・調達を、特定の国や企業に過度に依存することがない体制を築くことができれば競争力が高まる。
さらに「人材と運営体制(組織や制度など)」。信頼できるソブリンAIを継続的に進化させ、安定的に運営するためには、優れたAIモデルやハードウェアの開発・運営を担う人材の育成・確保も不可欠になる。さらに、研究開発、インフラ運営、データ管理、セキュリティ、ガバナンス、業務活用を担う多様な専門人材が、円滑に相互連携して機能する運営体制も整備しておく必要がある。
既に、世界中の国や地域がソブリンAIの開発・運営に取り組み始めている。現在、AI技術で圧倒的優位性を持ち、自国に適合したAIサービスを世界中に展開し、より高度なAIの進化と普及を通じた覇権体制の確立に邁進しているのは米国である。このため、各国のソブリンAIの取り組みは、自然と、米国で整備されているAIインフラのあり方と対比しながら進められている。ここからは、AI活用の大市場となる、EU、中国、インド、そして日本での取り組みを紹介する。
EUは最も早い時期から「デジタル主権」を掲げてきた地域である。その背景には、域内で利用されているクラウドサービスが米国企業に依存し切っている状況がある。ソブリンAIの取り組みの一環として、EU域内へのAIデータセンター(AI Factory)の設置を推進。AIクラウドを域内で完結利用できる環境を整備しようとしている。加えて、欧州企業による大規模言語モデル(LLM)開発も支援すると共に、主権奪還を目指して、AI規制(AI Act)と欧州独自のAI産業の育成の両立を重要視する政策を推し進めている。
中国は、米中対立や輸出規制を背景にして、AIの自立を国家戦略として進めている。政府主導で、AIモデル、AIチップ、クラウド、データまで国内で完結して整備・調達できる体制の確立を目指している点が特徴だ。米国と同じ土俵でAI開発を競える国は、現時点で中国だけであると言える。また、中国語に最適化したLLMを開発し、行政サービス、製造業、都市管理などに積極的にAIを導入している点も特徴。AIを国家インフラ、すなわち政府がユーザーとなって中核システムとして整備している。
インドは、世界最大級のデジタル人口を背景、強みにしたソブリンAIの取り組みを推し進めている。まず、インド言語LLMを開発し、国内AIインフラとしてGPU基盤を整備している。さらに、スタートアップ支援や、独自開発した行政AIの導入などの施策を推進している。インド固有の事情として、国内で多様な言語を併用していることを背景に、ヒンディー語をはじめとする多数の地域言語に対応したAIを整備している。
日本でのソブリンAIは、米国勢と同じ超巨大汎用モデルの開発にこだわっていない点が特徴だ(図5)。日本固有のニーズに応え、技術面での強みを生かした開発・運営を目指している。その一方で、国産LLMの開発・運営だけではなく、「半導体・計算資源」「クラウド」「基盤モデル」「学習データ」「業務アプリケーション・制度」と、エコシステムの5層を満遍なく整備している点が特徴だ。
まずは、製造業、ロボット、半導体製造、医療、金融、行政、インフラ保守、科学技術など、日本の国際競争力が高い領域で蓄積してきたマニュアル、設計情報、保守履歴、品質データ、熟練者ノウハウなどの非公開産業データをフル活用したソブリンAIの開発・運営を優先。さらに、工場、車両、医療機器、ロボット、通信設備など、クラウド接続だけでは十分な対応ができない現場への適用を想定した、エッジでの小型AIモデルの開発に注力している。
政府による基盤モデル開発支援の中心となっているのが、経済産業省とNEDOの「GENIAC(Generative AI Accelerator Challenge)」である。GENIACは国内の基盤モデルを開発できる企業に対して、GPUなどの計算資源、学習データセット、開発者コミュニティ、アプリケーション企業や投資家とのマッチング、社会実装実証を支援する枠組みである。
日本企業による基盤モデル開発も複数進められている。NTTは、1個のGPUで動作可能で高い日本語性能が特徴の「tsuzumi 2」を開発。企業、自治体、病院などの閉域環境に配置しやすい金融・自治体・医療分野の知識を強化したソブリンAIの実現を目指したものだ。また、Preferred Networksは、比較的小規模ながら、汎用的な推論やプログラミングで大型モデルに近い高性能を実現する製造業向けの国産基盤モデル群「PLaMo」を、NECは金融・自治体などでの利用を想定した高速な日本語処理を実現するモデル「cotomi」を、富士通は高い日本語性能と企業向けにセキュリティ対策を強化したモデル「Takane」を開発している。
ビジネスの根幹業務に深く組み込まれたITシステムの開発・運営が、特定IT企業に依存している状態は「ベンダーロックイン」と呼ばれ、比較的古くから企業が抱えるビジネスリスクの一つとして指摘されている。AI関連のシステムでは、従来のITシステムに比べて、成果物を生み出すプロセスや学習データがブラックボックス化されていること、より多くの業務の根幹に組み込まれるケースが多いことから、リスクの度合いがより大きくなる傾向がある(図6)。
現在取り組みが進められているソブリンAIでは、国や地域ごとの主権を守るという観点からの開発・運用が想定されていることが多い。ただし、主権を守りたいと考えるのは、政府だけでなく、個々の企業も同様だ。今後は企業単位での主権を守るという観点からのソブリンAIの重要性が高まる可能性がありそうだ。
伊藤 元昭(いとう もとあき)
株式会社エンライト 代表
富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。
2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。