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人工知能(AI)は、いまや研究室やSFの世界を超え、社会を支える技術となっている。自動車の運転支援や医療、製造、物流など、幅広い分野でAIが使われている。さらに生成AIの普及により、調べものや翻訳、文章・画像の作成など、私たちが日常でAIを直接使う機会も増えた。しかし、その便利さは何もないところから生まれているわけではない。大規模なAIを動かすためには、膨大な計算を担うデータセンターが必要である。そして、その建設や運用には大量の電力が欠かせず、機器を冷やすための水や広い用地、大容量の送電設備も必要になる。AIの利用が広がるほど、それを支えるために必要な資源や設備も増えていく。こうした電力や水、土地などへの負担は、世界各地で大きな課題になりつつある。そこでいま、「ならば計算機を宇宙へ持ち出してはどうか」という、奇想天外にも思える構想が動き始めている。人工衛星に高性能な計算装置を載せ、宇宙空間でデータを処理したり、保存したりする「宇宙データセンター」である。
私たちがAIに何かを尋ねると、答えはわずか数秒で返ってくる。しかし、その背後では、データセンターに並ぶ膨大な数のコンピューターが絶え間なく計算を続けている。生成AIの学習や推論には、とくに大きな計算能力が必要であり、GPU(画像処理装置)などの高性能な半導体が大量に使われている。
それに伴い、データセンターが使う電力も急増している。国際エネルギー機関(IEA)が2026年に公表した最新の見通しによると、世界のデータセンターの電力消費量は2025年の約485TWhから、2030年には約950TWhへと、ほぼ倍増するという。なかでも、GPUなどを大量に備え、AIの学習や推論を主に担う「AI向けデータセンター」の消費電力は、同じ期間に約3倍へ増えると予測されている。
問題は電力だけではない。データセンターは大量の熱を発するため、その冷却にも多くの資源を要する。米国のローレンス・バークレー国立研究所の推計では、米国のデータセンターが2023年に施設内で直接消費した水は約660億Lに達した。
さらに、大規模なデータセンターを造るには広い土地が必要であり、大量の電力を確保するため、送電線や変電設備などの増強が必要になる場合もある。データセンターの電力消費量は、世界全体で見れば電力需要全体の数%にとどまる。しかし、施設は特定の地域に集中して建設される傾向がある。そのため、地域の送電網には短期間で大きな負荷が加わり、新たな発電設備や送電インフラの整備が追いつかないことも懸念されている。
半導体や冷却技術の省エネ化も進んでいるものの、その効果を上回る勢いでAIの利用が広がれば、必要な電力や設備も膨らんでいく。こうした地上の制約を背景に、計算やデータ処理の一部を宇宙へ移すという発想が、現実味を帯び始めている。
宇宙にデータセンターを造る大きな理由のひとつが、豊富な太陽エネルギーを利用できることである。
地上の太陽光発電は夜や天候に左右されるが、宇宙では大気や雲に遮られずに太陽光を受けられる。さらに軌道を工夫すれば、ほぼ絶え間なく発電することも可能になる。米国のグーグル(Google)の試算では、条件のよい軌道なら、太陽電池が単位面積あたりで得られる電力量は、地上に置いた場合の最大約8倍になる可能性がある。発電できない時間が短くなれば、電力を蓄えるバッテリーへの依存も減らせる。大量の電力を絶えず必要とするAIにとって、大きな利点である。
そして宇宙データセンターでは、太陽光から得た電力を、その場で計算に使うことができる。地上では、大規模なデータセンターを新設すれば、それに見合う発電設備だけでなく、電力を届けるための送電線や変電設備、送電網への接続も必要になる。宇宙では、発電設備と計算設備を同じ場所に置き、得られた電力を直接コンピューターへ供給できる。電力を遠くへ運ぶのではなく、太陽エネルギーの豊富な場所で計算し、その結果を通信で地上へ届けるという考え方である。
また、地上の土地や水資源への負担を減らせる可能性もある。宇宙に計算設備を置けば、地上に大規模なデータセンターや発電設備を建設するための土地を確保する必要を減らせる。運用時の冷却に地上の水資源を大量に消費する必要もない。
宇宙データセンターは、地上の資源やインフラだけに頼らず、AIの計算能力を拡大する新たな選択肢になりうるのである。
さらに、宇宙にデータセンターを築くことは、宇宙で生まれるデータを、その場で処理できるという、新たな価値ももたらす。
宇宙で生み出されるデータは、今後ますます増えていく。たとえば、地表をカメラやレーダーで撮像する地球観測では、いまでは多数の衛星を組み合わせて運用する「コンステレーション」によって、同じ地域を毎日、場合によっては数時間おきに観測することも可能になっている。それに伴い、日々生み出されるデータ量も増え続けている。しかし、衛星と地上を結ぶ通信回線の容量や、地上局と通信できる時間には限りがある。観測機器の性能が向上し、観測の頻度も高まるほど、「どれだけ観測できるか」だけでなく、「どれだけ地上へ送れるか」が問題になる。
そこで、AIを使ってデータを宇宙で選別・分析し、必要なものだけを地上へ送る「オンボード処理」が、すでに始まっている。たとえば、地表が雲に隠れた画像をあらかじめ除外したり、画像から山火事や船舶などを見つけ出し、その情報を優先して送ったりすることができる。大量の生データをすべて地上へ送る必要がなくなり、通信量を減らせる。さらに、山火事や洪水など一刻を争う情報であれば、衛星が宇宙で画像を分析し、その結果を優先して地上へ送ることで、観測から利用までの時間を短縮できる。
こうしたオンボード処理の先駆けのひとつが、欧州宇宙機関(ESA)の「ファイサット1(Φsat-1)」である。2020年に打ち上げられ、AIによる雲の判別と画像の選別を軌道上で実証した。ESAにとって、地球観測へのAI利用を軌道上で実証する最初の試みでもあった。
その後継機「ファイサット2(Φsat-2)」は2024年8月に打ち上げられ、より本格的なオンボードAI処理に取り組んでいる。雲の検出に加え、衛星画像から道路地図を作成したり、船舶や山火事を検出したり、画像を圧縮したりする6つのAIアプリケーションを搭載している。2025年7月には初期運用を終え、科学観測の段階に入った。
こうしたオンボード処理は、宇宙で生まれたデータを、その場で処理する利点を、すでに具体的に示している。将来、商業宇宙ステーションや月面拠点などでも大量のデータが生み出されるようになれば、宇宙側により大規模な計算能力を置き、データを整理・分析する意義はさらに大きくなる。
つまり宇宙データセンターには、地上の電力や土地、水資源への負担を抑えられる可能性と、宇宙で生まれたデータを、その場で処理できるという、2つの大きな利点がある。
もっとも、宇宙にデータセンターを置けば、地上の問題がすべて解決するわけではない。むしろ、宇宙ならではの難題が待ち受けている。
まず大きな課題が排熱である。宇宙は冷たいから冷却しやすいと思われがちだが、真空には空気がないため、地上のように周囲へ対流で熱を逃がすことができない。コンピューターが生み出した熱は、最終的にはラジエーターから赤外線として宇宙へ放出しなければならない。AI向け半導体の消費電力が大きくなるほど発熱も増えるため、大量の電力を得ることと、その熱をいかに効率よく捨てるかは表裏一体の課題となる。
宇宙放射線も半導体の大敵だ。地上では大気などによって宇宙放射線の影響が大幅に弱められているが、宇宙では、はるかに厳しい放射線環境にさらされる。高エネルギーの粒子が半導体に当たると、記憶しているデータが書き換わったり、誤動作や故障を起こしたりすることがある。多くの最新AI向け半導体は地上で使うことを前提に設計されているため、遮蔽や誤り訂正、冗長化などを組み合わせ、長期間安定して動かせる仕組みが必要になる。
また、宇宙データセンターをコンステレーションで構築する場合、衛星同士を高速かつ低遅延の通信で結ばなければならない。大規模なAIの学習では、多数の半導体が絶えずデータを交換しながら計算するため、地上のデータセンター内部に匹敵する通信能力を宇宙で実現することは大きな難題となる。
さらに、故障した機器を容易に交換できないことも、地上のデータセンターとの大きな違いである。そのため、故障を自動的に検知し、別の機器へ処理を引き継ぐなど、保守を人手に頼らない仕組みも重要になる。また、AI向け半導体は世代交代が速いため、新しい機器に容易に交換できず、設備が早く陳腐化するおそれもある。
もうひとつ無視できないのが、軌道利用の問題である。宇宙データセンターを構成する衛星が数千機、数万機という規模になれば、多数の衛星を安全に運用し、衝突を避ける仕組みが欠かせない。運用を終えた衛星を確実に軌道から離脱させ、スペース・デブリを増やさない設計も必要になる。宇宙空間、とりわけ地球低軌道そのものが、限りある資源なのである。
さらに、設備を宇宙へ運ぶ費用も、宇宙データセンターの実現を左右する重要な課題となる。宇宙データセンターを構成するコンピューターや大型の太陽電池、ラジエーター、通信装置など、すべての設備を宇宙へ運ばなければならないため、経済的に成り立たせるには、打ち上げコストの大幅な低下が欠かせない。
宇宙データセンターの実現には、こうした課題をひとつずつ克服し、全体として成り立つシステムにまとめ上げる必要がある。
こうした利点と課題を見据えながら、各国の研究機関や企業は開発や実証を進めている。
中国・浙江省の研究機関、之江実験室が主導する「三体計算星座」は、宇宙データセンターの構築を目指す衛星コンステレーションである。2025年5月には最初の12機の衛星が打ち上げられた。合計5POPS、すなわち1秒間に5000兆回の演算能力と30TBの記憶容量を持ち、衛星間通信を使って計算能力を共有し、協調して処理する仕組みを備える。将来は1000機規模に増やし、合計1000POPSの演算能力を持たせる構想である。
米国の民間企業スタークラウド(Starcloud)は2025年11月、地上のAI向けデータセンターでも使われるエヌビディア(NVIDIA)の高性能GPU「H100」を搭載した「スタークラウド1(Starcloud-1)」を打ち上げた。同社によると、H100を使って言語モデルを軌道上で動かしたほか、小規模な言語モデルの学習にも成功したという。
グーグルも2025年、「プロジェクト・サンキャッチャー(Project Suncatcher)」を発表した。AI向け半導体「TPU」を搭載した衛星を光通信で結び、大規模なAI計算システムを造る構想である。2027年初めには2機の実証衛星を打ち上げ、TPUなどのハードウェアが宇宙環境でどのように動作するかや、光衛星間通信などを試験する予定だ。
さらに壮大な構想を描いているのが、イーロン・マスク氏が率いる宇宙企業「スペースX(SpaceX)」である。同社は宇宙AI構想「スターマインド(STARMIND)」を明らかにしている。第1世代衛星「AI1」は、太陽電池とAI計算装置を備え、平均175kW、最大250kWを計算処理に使う。2026年8月には、複数のGPUやCPUを高速接続したエヌビディアのAI計算システム「Vera Rubin NVL72」をAI1向けに最適化して採用する計画が明らかになった。計算結果はレーザー通信で「スターリンク(Starlink)」へ送り、地上へ届ける。早ければ2027年後半から数千機規模のAI衛星を生産・配備する計画を掲げている。
また、最大100万機もの衛星からなる「スペースX・オービタル・データセンター・システム(SpaceX Orbital Data Center system)」の構築も計画している。
こうした構想を支えるのが、スターリンクで培った衛星の量産やレーザー通信の技術だ。また、前述のように、大規模な設備を低コストで大量に軌道へ運ぶ手段も欠かせない。その大量輸送を担うのが、スペースXが完全再使用を目指して開発している宇宙輸送システム「スターシップ(Starship)」である。
さらにスペースXは、長期的には月面でAI衛星を生産する構想まで描いている。月の低重力と資源を生かし、衛星の大部分や太陽電池などを現地生産し、電磁力で加速する「マスドライバー」によって宇宙空間へ送り出すというものだ。
日本でも、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙戦略基金で「軌道上データセンター構築技術」の開発が動き始めている。2026年1月には、スペースブラスト(SpaceBlast)の提案が採択された。高性能な民生用コンピューターを宇宙で安定して動かすため、異常検出や障害分析、自動復帰などの技術を開発し、将来の商業宇宙ステーションや人工衛星などで大量のデータを処理できる仕組みの構築を目指している。
取り組みの規模や成熟度には差があるものの、宇宙データセンターの開発は、実際のハードウェアを宇宙で動かし、その可能性を確かめる段階へ進み始めている。
宇宙データセンターが実現すれば、宇宙空間には新たな「計算の場」が生まれることになる。将来は、複数の衛星や宇宙ステーション、月面の設備などが、宇宙に置かれた計算能力を共有するようになるかもしれない。宇宙は、データを生み出し、蓄え、処理し、利用する場所へと発展していくだろう。
その変化は、宇宙産業と情報産業の境界も変えていく。ロケットによる大量輸送、衛星の量産、レーザー通信、太陽光発電、AI向け半導体など、これまで別々に発展してきた技術が結びつき、ひとつの巨大な情報システムを宇宙に築こうとしている。スペースXやグーグル、エヌビディアなど、宇宙企業だけでなくIT企業や半導体企業がこの分野に乗り出していることも、その動きを象徴している。
そして将来、宇宙での計算能力は、輸送や通信、電力と並ぶ基盤のひとつになるだろう。地球観測衛星が軌道上でAIを利用し、探査機が遠い天体で自ら判断し、月やその先で活動する機械が現地の計算基盤を使う。そうした世界では、宇宙へ何を運び、どのように通信するかと同じように、「どこで計算するか」が宇宙開発を左右する重要な要素になる。
宇宙データセンターの実現によって、宇宙は新たな情報インフラの舞台となり、そして人類の宇宙での活動も、さらに大きく広がっていくだろう。
鳥嶋 真也(とりしま しんや)
1987年生まれ。宇宙開発、宇宙科学、天文学の分野を中心に取材・執筆活動を行う。宇宙開発の歴史を調べることがライフワーク。著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌など複数の媒体で記事を執筆している。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。“軌道”つながりで鉄道も好き。