No.019 特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

No.019

特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

連載02

みんなが夢中になるゲーム。遊ぶだけじゃもったいない。

Series Report

第1回
人は楽しさを好み、夢中に励んで成長する。

2018.12.27

文/伊藤元昭

人は楽しさを好み、夢中に励んで成長する。

人間ほど、遊びに夢中になる動物はいないのではないか。今、様々な分野で、人を夢中にさせるゲームの手法を活用する試みが進められている。最新の情報技術である人工知能(AI)やIoTは、人と機械の距離をグッと縮める新たな手段である。これらの技術にゲームの手法を加えれば、人の心の壁を取り払い、情報を深く届けることができるはずだ。さらに、ゲームはルールが明確で、戦略や戦術の違いが勝敗につながりやすい。このため、新しい情報技術を磨く絶好の実験場にもなる。本連載の第1回では、日常の様々な物事をゲーム化して、マーケティングや教育の効果や効率を高める手法を解説する。そして、第2回では、ゲームを生活習慣の改善やヘルスケア、さらには精神疾患の治療などに活用する取り組みを、第3回では、AIやIoTの最先端の活用法を垣間見ることができるビデオゲーム業界の動きを解説していきたい。

退屈な授業を受けているとき、難解な言葉が並ぶ本を読んでいるとき、内容がさっぱり頭に入ってこない。そんな経験をしたことがある人は多いことだろう。知識と経験が豊富な専門家の話には、さぞかし重要で、貴重で、ありがたい内容が含まれているに違いないが、一度興味を失った授業や読書の時間は浪費にしかならない。また、自らの日々の仕事ぶりを振り返ってみると、「集中して仕事をしている時間は意外と少ないかも」と思う人も多いのではないだろうか。生身の人間がする仕事には、集中力に欠けて非効率になる場面がどうしても出てくる。

もちろん、興味を失っている時間や集中力を欠く時間、言い換えれば気持ちがオフになった時間にも、何らかの意味があるのかもしれない。しかし、生産的な時間ではないことは確かだ。

楽しいゲームは、人の気持ちをオン状態にする

学習や仕事をするときに、どうしたら気持ちをオン状態にできるのか(図1)。気分次第ではなく、意図的に意欲や集中力を高めることができたら、きっと有意義な生活や仕事ができるはずだ。そのようなことを考える人は多いようで、世界中で人の心を制御しモチベーションを高めるための方法論が編み出されている。そうした中でも、多くの人を夢中にさせるゲームを活用したものに、近年注目が集まっているようだ。

[図1] 気持ちをオフ状態からオン状態にして、仕事や学習の効率を向上
作成:伊藤元昭 写真:Adobe Stock
気持ちをオフ状態からオン状態にして、仕事や学習の効率を向上

元々興味のある話題は、まじめに聞いているわけでもないのに、一語一句を暗唱できるくらい記憶に残っていることがある。たった一言が、心に響き、その人の価値観や生き方が一変するほどの影響を与えることすらある。どうしたら聞き手に興味を持ってもらえるかという視点を持つことは、学習効果を高めるうえで極めて重要だ。そこで、楽しさを演出するゲームの手法を生かすのである。

自分の趣味や遊びに熱中すると、時間の経過を忘れてしまうことがある。しかも、作業に集中している間、全く苦痛を感じていない。惜しむべきは、こうした趣味や遊びに興じても、儲けたり、名声を得たり、出世したりするのが難しいことだ。ところが、人々を夢中にさせるゲームの手法を仕事の中に盛り込めば、苦痛だった作業も意欲的かつ継続的に取り組めるようになる可能性がある。

遊び心を機器設計に注ぎ、愛される製品を作る

ゲームをしていると想起される遊び心は、ユーザーに愛される機器やサービスを設計するうえでも極めて重要な要素になっている。そのことを端的に示した例がある。

アメリカのApple社のスマートフォン「iPhone」には、ユーザーインタフェースの中に、バウンススクロールという技術が使われている(図2)。バウンススクロールとは、iPhoneの画面上に表示されたメールや写真などのリストを、指でスクロールさせたときの表現法の1つである。リストを一番下までスクロールさせ、それをさらに指で下に押し込もうとすると、リストはちょっとだけ画面の下に潜り込む。そして指を離すと、引っ張られたゴムで弾かれたようにバウンドして、所定の位置に戻る。これがバウンススクロールである。

[図2] スマートフォンのユーザーに遊び心を感じさせるバウンススクロール
作成:伊藤元昭
スマートフォンのユーザーに遊び心を感じさせるバウンススクロール

この表現法を採用したところで、探しているデータのアクセスが容易になるわけでも、視認性が高まるわけでもない。しかし、指に吸い付くようにリストをスクロールできているような操作感を生み出し、実際にあるモノの動きに似たリアルにバウンドする様子は、バーチャルなデータを操作していることを忘れさせる効果がある。

バウンススクロールは、ユーザーインタフェースに遊び心をプラスしたものであり、ゲームの手法というほど凝ったものではない。しかしそれでも、iPhoneをユーザーに愛される機器にするため、欠かせない要素だと言える。遊び心の作り込みの上手い下手は、もはやビジネスの根幹にかかわる要因になっている。

Apple社は、不要ファイルを捨てるとゴミがあふれた絵に変わるゴミ箱のアイコン、意味不明な質問を投げかけると機転の利いた回答で答えるデジタルアシスタント「Siri」など、ユーザーインタフェースの中に、いかに遊び心を注ぐかに腐心している。こうした細かな遊び心に魅了される同社製品の熱狂的ファンは多い。

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