No.005 ”デジタル化するものづくりの最前線”
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ものづくりの担い手の変化
=メーカーズたちの登場

こうしたものづくりのツールのコモディティ化は、ものづくりの担い手の変化と並行している。昨年話題になった書籍『メーカーズ』*2で指摘されていたような、「消費者」から「生産者」に変わっていく個人のことである。既存の商品を買うことに飽きたらず、「自分が欲しいものを、自分たちでつくる」というポリシーと欲求に従いながら、半ば趣味のようにして、新しいものづくりをはじめている人が現れているのだ。

そもそも人間の歴史は、自分たちが必要なもの、欲しいものを自分たちで作って生活する時代が長く続いていた。しかし、19世紀から20世紀にかけ、消費と生産の分離が大きく進行し、特に都市生活者たちは、「商品を買う」という行為によって「消費者」となった。その分離を埋めようとする人たち、消費者では飽き足らない人たちが、再び生産の現場に立ち戻りはじめている。冒頭の、スマートフォンのケースを自宅のデスクトップでプリントアウトするという架空のストーリーは、こうした新しい「生産者」の典型的な一つの姿であろう。

ものづくりの担い手の繋がりの変化
=Web/クラウドが実現する新しいバリューチェーン

ツールのコモディティ化と「メーカーズ」的な担い手たちと並んで、ものづくりの体制を変革しているのはWebであり、いわゆるクラウド型のサービスである。

「クラウド」という言葉は、ここ数年IT業界のトレンドとして使われているが、簡単に言うと、Webで接続された世界中のユーザや組織がコラボレーションできるプラットフォームを示している。Webを通じて、世界中のユーザと一緒に資金調達を行うことをクラウドファンディングと言い、Webを通じて、スキルや技術を持った世界中のクリエイターやエンジニアと協働することをクラウドソーシング*3と称する。つまり、クラウドが示している状況は、Webそのものである(だからあえてクラウドという言葉を使う必要も無い、とも言える)。

このWeb/クラウド型のネットワークは、ものづくりに何をもたらすのだろうか。先のマッキンゼーのレポートに、「部品のうち30−50%は、消費者自らが3Dプリントするものになるだろう」という予測がある。これまでのものづくりの流通のシステムでは、部品は工場で作られ、船や自動車などの流通経路を通じて消費者に届く。中国やインド、東南アジアや南米諸国など、人件費コストが低い地域が、これまでは「世界の工場」として多くのモノを生産してきた。勿論こうした大規模な生産体制は、よりコストの小さいところに移動しながら、残っていくだろう。

しかしその中の一部は、「コストの低いグローバルな地域」から調達するのではなく、ホームタウンやデスクトップの3Dプリンター、つまり"ローカル"で製造されるケースが増えてくるだろう。"ローカル"、つまり消費に近いところでつくるほうが、保管や輸送コストが低くなるからである。Web/クラウドのシステムと部品の3Dデータ、素材があれば、そのデータをもとにして、消費者自ら(または消費者にごく近い3Dプリンター施設)が部品を出力するのである。わかりやすい事例をあげよう。

TeenageEngineering社は、新しいデザインのシンセサイザーを開発し人気を呼んでいるスウェーデンの楽器メーカーだが、昨年あるサービスが話題になった。シンセサイザーのつまみやスイッチなど、部品の3Dデータを公開したのである。これまでの修理・交換のプロセスだと、壊れた部品をメーカーに注文し、数日から数週間かけて取り寄せるというのが通常のやりとりである。しかしTeenageEngineering社のウェブサイトにある、部品の3Dデータをダウンロードし、近くの3Dプリンターで出力すれば、すぐに部品が手元に届くのである。材料費調達のコストは残るが、部品製造コスト、管理コスト、船便/航空機便などの輸送コストは無くなり、リードタイムも圧倒的に早くなる。これはどんな部品に関しても基本的には応用可能である。

TeenageEngineering3Dデータダウンロードサービスの写真
[写真] TeenageEngineering3Dデータダウンロードサービス

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