No.015 特集:5Gで変わる私たちのくらし
連載02 あらゆるモノに知性を組み込むAIチップ
Series Report

チップを並列利用して、規模を拡張

TrueNorthでは、データ処理の最小単位となるコアを、1チップに4096個実装した。それぞれのコアには、演算回路、メモリ、コア間通信用のルーターなどが含まれている。GPUや第1世代AIチップであるTPUでは、ニューラルネットワークのニューロン同士の結びつきの強さや、そこでやり取りするデータは、外部のメモリに蓄積する。これに対しTrueNorthは、演算装置と記憶装置の両方を1つのコアの中に組み込むことで、命令やデータの読み出しと書き込みをコア内で完結させているのだ。このため、フォン・ノイマン・ボトルネックを大幅に軽減できる。

それぞれのコアには、256個のニューロンと26万2144個のシナプスを再現する回路が搭載されており、各ニューロンの振る舞いを23種類のパラメータによって調整することで、単純なニューラルネットワークのモデルから、極めて複雑なモデルまで再現できるようにしている。

TrueNorth内の64×64個のコアは、256入力256出力の2次元メッシュの配線上に配置している(図4)。そして、コア内のルーター機能を使って、コア間で信号をやり取りするのだ。さらに、このチップをボードに並べることで、ニューラルネットワークの規模をさらに拡大し、より複雑な処理の実行や精度の向上を図ることができる。IBM社は既に16個のチップを1枚のボードに並べ、約1600万個のニューロンと約41億個のシナプスを備えたシステムを試作済みだが、このシステムの規模はカエルの脳に相当するという。さらに、そのボードを3枚つなげて、約4800万個のニューロン、約123億個のシナプスを持つ、ネズミの脳に相当する規模のシステムも試作したそうだ。

「TrueNorth」のチップ写真と16個搭載したボード
[図4] 「TrueNorth」のチップ写真と16個搭載したボード
出典:IBMのニュースリリース

さらなる低消費電力化へのもう1つの工夫

TrueNorthにはノイマン型をやめた以外に、もうひとつ脳神経回路の働きを模した特徴がある。「イベント駆動型回路」と呼ばれる電子回路の動作方式の採用である。その仕組みと特徴は以下のようなものだ(図5)。

同期型回路とイベント駆動型回路の違い
[図5] 同期型回路とイベント駆動型回路の違い
出典:IBMのホームページ

電子回路の多くは、「同期型回路」と呼ばれる仕組みで動いている。複雑な手順で処理する大きな電子回路を小さな回路に分轄し、それぞれをクロック信号と呼ぶメトロノームのように動きのリズムを指揮する信号に合わせて、順番にバケツリレー方式で処理していく。パソコンのCPUの性能を示す2GHzといった数字は、そのリズムの周波数を表しており、2GHzなら1秒間に20億回バケツリレーしていることを示している。

この仕組みには、安定した品質の電子回路を設計しやすいという利点もあるが、その一方で全ての回路がいつも起動しており、さらにチップの隅々までクロック信号を行き渡らせる必要があるため、消費電力が大きくなりがちだ。

これに対し、イベント駆動型回路では、信号が入力された回路だけが起動して、処理を実行する。つまり、必要な回路だけが動き、クロック信号用の配線も不要なため、消費電力を大幅に削減できるわけだ。また、ニューラルネットワークでは、隣接するニューロンに信号が入り、そこが活性化(発火)したことを合図に、周囲のニューロンの発火を呼び起こす。イベント駆動型回路の動作は、こうしたニューラルネットワークの動きに近いと言える。

ただし実際には、TrueNorthでは1kHz(1秒間に1000回)という極めて低速なクロック信号を流している。低速ながらクロック信号を利用している理由は、チップ外部の電子回路は同期型回路であり、画像、音声、センサなどからデータを入力し、チップから推論結果をタイミングよく出力するからだ。視覚情報などを脳が処理する時間は約1m秒と言われており、1kHzの1サイクル分の周期がそれと同じになるようにしている。

IBM社は、米国防高等研究計画局(DARPA)からの5350万米ドルの資金提供によって実施している「SyNAPSEプロジェクト」の中でTrueNorthを開発している。同プロジェクトでは長期的なゴールとして、100億個のニューロン、100兆個のシナプスを有する規模のシステムを、消費電力1000W、体積2リットル以下で実現する目標を掲げている。規模も消費電力の効率も人間と同等とまではいかないが、背中がかすかに見える目標値だ。同社によると、この目標を実現することで、TrueNorthを公衆安全、視覚障害者向けの視覚アシスト、健康モニタリング、自動運転などに応用できるようになるという。

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