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古今東西、性別年齢を問わず、どんな人でも幸せになりたいと望んでいる。幸せは人間にとって普遍的な価値である。しかし、「あなたは幸せですか」と問われ、即答できる人は少ないだろう。経済的・物質的な豊かさや地位・名誉、さらには健康であることや信頼感や安心感を感じる友人との関係…。人の幸せのかたちは多様だ。ある面では幸せであると感じるし、別の面では幸せだとは思わない。考えれば考えるほど自分が幸せなのか不幸なのか分からなくなってくる。誰かがスパッと客観的に意見してくれれば、もっと幸せになるための指針が得られるような気がする。幸福度と呼ぶ、幸せの度合いを数値化した指標を測定するサービスを、はぴテックが提供している。幸せな人をテクノロジーの力で増やすことを目指している同社 CEO 兼 CHOの太田雄介氏に、人の幸せを客観的に測ることによって得られることについて聞いた。
(インタビュー・文/伊藤 元昭 撮影/黒滝千里〈アマナ〉)
幸せとは、とても抽象的で漠然とした概念です。誰もが求めているものなのに、掴みどころがないため、幸せになるための道筋が見えにくいように思えます。
健康になりたい、ダイエットをしたいと考えたら、まず健康診断に行ったり、体重を測ったり、自分の状態を知るところから始めますよね。ならば、幸せになる方法について考えるためには、まず科学的研究を背景にして、どのくらい自分が幸せなのか数字で測るところから始める必要があると思ったのです。それで、幸せをテクノロジーで追求するため、はぴテックという会社を作りました。
一番大きなきっかけは、1カ月間アフリカに行って、現地の人と仲良くなって行動を共にした経験です。日本では、「アフリカの子供たちの命は300円で助かります」といったテレビCMが流されており、アフリカには不幸な人がたくさんいるのだと思っていました。学生時代に自分が費やしている教育費で、いったい何人の命が助かるのかとも考えたものです。ところが、実際に現地の人に触れてみると、確かに経済的には貧しいのですが、意外と日本人よりも幸せそうに見えることに驚きました。そして、むしろこの人たちから学ぶべきことが多いのではと思ったのです。
世界的には、あらゆる国や地域の国民総生産(GDP)はこの50年間で上昇しているのですが、幸せに感じる人は逆に少なくなっているというデータがあります。人類は確実に発展しているはずなのに、現在の延長線上で経済的に豊かになっても、幸せにはならないのはもったいないことだと思いました。
その通りです。以前は、幸せになるために経済的な発展が必要だ、というロジックで経済発展を目指したわけです。ただし、経済的な発展は幸せの一側面にすぎず、そこだけを目指してしまうと、みんなを幸せにするというもっと俯瞰した目的からズレてしまうのではないかと感じます。
人の幸せという概念は、様々な学問で論じられています。例えば、心理学では、ポジティブ心理学と呼ばれる人が幸せに感じる心理について研究する分野があります。これら多くの分野の学問的成果を幸せという切り口から統合し、横断的に論じる学問として「幸福学」と呼ぶ学問が既にあります。様々な分野での基礎研究から、応用寄りの研究、さらには一般の人に向けた幸せになるための方法論まで、幸せに関する広範なテーマを横断的に探求するのが幸福学です。研究のアプローチは多様で、アンケートや統計学、心理学をベースにした研究など、様々な角度から人の幸せが研究されています。幸福学の第一人者である慶應義塾大学の前野隆司教授*1の研究所に、私も研究員として参画しています。
両方を対象にしています。ただし、幸せとは、本来主観的なものであり、社会として目指すべきことも、誰もが自分が幸せだと実感できる状態になることが重要だと考えています。このため、はぴテックで行っている幸福診断は、主観的な幸福度を中心に測っています。
その通りです。宗教では、数千年前から人が幸せになることを追求してきました。これが、ここ数十年で、宗教で扱っていた幸せになるための方法論の効果検証に、科学のメスが入ってきました。例えば、マインドフルネス瞑想*2と呼ばれる瞑想法が最近はやっていますが、それを実践することで実際に幸福度が上がるといった研究報告が出てきています。古くから宗教で行っていたことが、科学的に見ても人が幸せだと感じるように導く効果があることが分かってきています。
そうとは限りません。現在の幸福度の診断では、科学的に幸福度との相関が高いとされる項目に該当するかどうか、質問に答えてもらい診断しています。あくまでも統計的に相関が高いということですから、幸福度が高いと診断されれば、本人は必ず幸せだと感じているわけではありません。統計上の中心値から外れた人は必ずいます。
それでも、科学的にエビデンスが示された情報が得られるわけですから、幸せになるための方法を追求する際の近道を指し示す客観的な指針にはなると思います。主観から離れすぎてしまうと実際とは異なってしまうのではといった難しさはあります。しかし、本来主観的な概念である幸せを客観的に測れるからこそ、様々なことに利用できる情報になります。国民の幸福度を高める政策の立案などに応用できるかもしれません。
メインの事業は、幸福度を測るサービスの提供です。一般社団法人Well-Being Design、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科ヒューマンラボ(前野隆司研究室)と共同開発した、幸せの見える化サービス、幸福度診断Well-Being Circleというサービスです。個人ならば無料で利用可能で、企業が社員などを測るサービスは有償で提供しています。企業向けでは、測定結果を基に、どのように幸福度を上げていったらよいのか、コンサルティングや研修もしています。
日本でも、世界でも増えています。例えばGoogleが導入した事で話題になった社員の幸せを考える役員Chief Happiness Officerですが、欧米では同様の役職を取り入れる企業がどんどん増えていっています。
幸せな社員ほど仕事のパフォーマンスが上がるといった研究も盛んに行われており、欧米では、社員の幸せのマネージメントの重要性が徐々に浸透してきています。日本でも、ここ数年で徐々に知られるようになってきました。
確かに、長時間労働を強いることは良いとは思いませんが、逆に好んで長時間労働をしたい人もいるわけです。客観的な視点から働き方改革を進めようとすると、どうしても労働時間を減らすといった十把一絡げの方策に注力しがちです。
ですが、社員個々の主観にパーソナライズした働き方改革のあり方もあるように思えるのです。一人ひとりが生きがいをもって、日々ワクワクしながら楽しく働ける状況を作ることこそが重要だと考えています。百人社員がいたら、百通りの働き方ができるような取り組みが必要になる時代が到来しつつあると感じています。サイボウズなど、実際にそうした働き方の制度化に取り組む企業が出てきています。
「幸福度診断Well-Being Circle」というサイトでサービスを提供しています。幸せという感情は、とても多面的な要因で感じるものです。このため、アンケートのような形式で、様々な角度からの質問に答えてもらって、11項目、34要素で数値化した幸福度を測っています(図1)。
11項目とは、次のようなものです。幸福度の総合指標である「Well-Being」。次に、自己実現と成長の因子「やってみよう因子」、つながりと感謝の因子「ありがとう因子」、前向きと楽観の因子「なんとかなる因子」、独立と自分らしさの因子「ありのままに因子」。これらは幸せの4因子と呼んでいます。さらに、外向性や協調性など「性格傾向」、健康であることの自認「健康力」、「ストレスの低さ」、信頼関係のある環境「社会の幸せ力」、職場環境の状況「職場の幸せ力」、収入や社会的地位など「地位財」です。
これらの幸福度は、各要素に関連した様々な研究の成果を集め、実際に日本人の幸せとの相関が高い要因を統計的に分析し算出しています。
幸せを感じさせる要因には、大きく2種類があることが学術的に分かっています。「地位財」と「非地位財」です(図2)。このうち、地位財はお金やモノ、社会的地位などです。一方、非地位財は、良好な心身の健康や職場や過程の環境、社会環境などを指します。そして、地位財によって感じる幸せは長続きせず、非地位財が良好であることによって感じる幸せは、長続きすることが分かっています。Well-Being Circleのアンケートでは、非地位財の状態を問う設問を中心にしており、地位財を問うものを絡めながら聞いています。
非地位財では、「自分の強みを理解していますか」とか、「もっと成長していきたいと思いますか」といった問いに、7段階で答えてもらいます。自分の評価をストレートに聞くことで、質問を読んだだけで、幸福度を高めるにはどのような状態になればよいのか理解できるようにしています。地位財に関しては「収入面に満足していますか」などを聞いています。
そのとおりです。地位財と幸福度には、それほど高い相関がないのです。実際、年収で1000万円ぐらい低かったとしても、様々なことにチャレンジしたり、信頼関係のおける人たちと一緒にいたりする人の方が幸福度としては高くなります。私も、独立して会社を設立したら年収がガクンと落ちましたが、俄然、幸福度は上がっています。
確かに地位財は比較しやすい要因です。そして、人は他人との比較で優越感を感じるのも確かです。しかし、これは、幸せというより快楽の一種であり、長続きがしないわけです。この点に気づくと、幸せになるための考え方が変わってきます。
幸せとの相関が高い34要素を数値化し、数値の高い要素と低い要素が何なのか、ひと目で分かるように図示した結果を届けます(図3)。各要素のうち、現在の幸せを支えている上位要素と、もっと幸せになるために伸ばす余地がある要素も示します。幸福度を定期的に診断することによって、変化が大きい要素があれば、そこに注目して自分の生活を振り返り、幸福度が上下した原因を探ることができます。
幸福度の数値が高い低いという点を見ていただくよりは、自分が幸せになるためのきっかけ、ヒントに使ってもらえればと考えています。幸福度の各要素をもっと高めるためのアクションのヒントをまとめた「幸福向上ガイド」も用意しています(図4)。これを参考にすれば、さらに幸福度を高める生活のあり方を考えることができます。ただし、指標の数値が全部高くなれば統計的には幸せな状態にあるといえるのですが、被験者が「この項目の数値が低くてもいいや」と思えるのならば、それでもよいのだと思います。
サイトには、SNSで利用して感じたことをシェアする機能があります。そこでは、「自分の幸せについて初めて考えた」といった声が上がってきています。こうした声が嬉しいですね。日々の生活や仕事に忙殺されていると、改めて自分の幸せについて考えるようなことはありませんから。そして、「定期的に診断して、自分のことが分かってきた」とか、「診断結果を基に、次にやりたいことができた」といった投稿も数多く出てきています。
確かに変わってきていますね。「ポジティブ感情」「ストレスの低さ」「情緒安定力」などといった要素の値が下がっています。こうした項目の値を上げるようなケアが必要かもしれません。
また、幸せにつながりやすい項目とそうでない項目が、変わってきています。「フレンドリー力」のような項目と幸福度の相関が若干落ちて、「信頼関係の構築力」のような項目との相関が高まっています。また、何とかなるだろうと考える「楽観力」や「おもしろがり力」などは、コロナ以降の方が相関は上がっています。
在宅勤務などで、一人ひとりの社員の様子に目が届きにくくなっていていると思います。こうした時期に、社員の幸せを考えてケアできているかどうかが、今後の企業の力の差になってくるのかもしれません。
幸福度診断を、さらにパワーアップさせていきていきたいと考えています。測っただけではなく、各項目の知見をさらに深く学べるようにしたり、測った後に幸福度を上げていくために役立つ情報を提供したりして、幸福度の向上ツールにしていきたいと思います。例えば、直近だと、診断結果を振り返る為の”幸せの振り返り”という機能を追加しました。
データが数多く蓄積されてきているので、新しいデータ分析にも挑戦してみたいですね。センサーを体に装着して、日々の生活の中で自分の幸福度を記録していくと、より役立つ知見が得られると思います。この部分は、将来的な発展の余地です。
テクノロジーは、幸せになるための道具のひとつです。不幸にする形で使えば人を不幸にするし、幸せにする形で使えば幸せにできるのだと思います。
でも、現在のコロナ禍の状況下では、テクノロジーの進歩がなければネットを通じた会話ができなかったのですから、家の中で一人ぼっちで病んでしまう人がたくさん出てきたことでしょう。テクノロジーの進歩は、幸せを維持するために役立っており、人類を幸せにするために大きな効果を発揮するものです。
私たちは、テクノロジーを上手に活用できれば幸せになる人を増やせると信じて、はぴテックという名前の会社を作りました。幸福度を測るというのは、小さな一歩かもしれませんが、上手に活用していきたいと考えています。