No.024 特集:テクノロジーは、これからのハピネスをどう実現できるのか

No.024

特集:テクノロジーは、これからのハピネスをどう実現できるのか

Expert Interviewエキスパートインタビュー

主観的な概念である幸せを、客観的に把握する

太田 雄介氏

── 科学的研究をベースに幸せについて探求するとのことですが、幸せについて科学的に研究する学問があるのでしょうか。

人の幸せという概念は、様々な学問で論じられています。例えば、心理学では、ポジティブ心理学と呼ばれる人が幸せに感じる心理について研究する分野があります。これら多くの分野の学問的成果を幸せという切り口から統合し、横断的に論じる学問として「幸福学」と呼ぶ学問が既にあります。様々な分野での基礎研究から、応用寄りの研究、さらには一般の人に向けた幸せになるための方法論まで、幸せに関する広範なテーマを横断的に探求するのが幸福学です。研究のアプローチは多様で、アンケートや統計学、心理学をベースにした研究など、様々な角度から人の幸せが研究されています。幸福学の第一人者である慶應義塾大学の前野隆司教授*1の研究所に、私も研究員として参画しています。

── 外目には幸福そうな状況に見えるのに、本人は幸せと感じていないといったことがよくあるように思えます。幸せを感じやすい状況や環境といった外的要因と、幸せに感じる主観のような内的要因、幸福学ではそのどちらを扱っているのでしょうか。

両方を対象にしています。ただし、幸せとは、本来主観的なものであり、社会として目指すべきことも、誰もが自分が幸せだと実感できる状態になることが重要だと考えています。このため、はぴテックで行っている幸福診断は、主観的な幸福度を中心に測っています。

── 歴史的には、幸福学で扱っているようなことは、宗教が引き受けていたように思います。

その通りです。宗教では、数千年前から人が幸せになることを追求してきました。これが、ここ数十年で、宗教で扱っていた幸せになるための方法論の効果検証に、科学のメスが入ってきました。例えば、マインドフルネス瞑想*2と呼ばれる瞑想法が最近はやっていますが、それを実践することで実際に幸福度が上がるといった研究報告が出てきています。古くから宗教で行っていたことが、科学的に見ても人が幸せだと感じるように導く効果があることが分かってきています。

── 自分がどのくらい幸せなのか、自分のことでありながら今ひとつピンとこないところがあります。幸福度が高いと診断されれば、自分は幸せだということなのでしょうか。

そうとは限りません。現在の幸福度の診断では、科学的に幸福度との相関が高いとされる項目に該当するかどうか、質問に答えてもらい診断しています。あくまでも統計的に相関が高いということですから、幸福度が高いと診断されれば、本人は必ず幸せだと感じているわけではありません。統計上の中心値から外れた人は必ずいます。

それでも、科学的にエビデンスが示された情報が得られるわけですから、幸せになるための方法を追求する際の近道を指し示す客観的な指針にはなると思います。主観から離れすぎてしまうと実際とは異なってしまうのではといった難しさはあります。しかし、本来主観的な概念である幸せを客観的に測れるからこそ、様々なことに利用できる情報になります。国民の幸福度を高める政策の立案などに応用できるかもしれません。

ステレオタイプのホワイト企業の押し売りでは社員は幸せにならない

太田 雄介氏

── はぴテックでは、どのようなサービスを提供しているのでしょうか。

メインの事業は、幸福度を測るサービスの提供です。一般社団法人Well-Being Design、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科ヒューマンラボ(前野隆司研究室)と共同開発した、幸せの見える化サービス、幸福度診断Well-Being Circleというサービスです。個人ならば無料で利用可能で、企業が社員などを測るサービスは有償で提供しています。企業向けでは、測定結果を基に、どのように幸福度を上げていったらよいのか、コンサルティングや研修もしています。

── 社員の幸福度を高める取り組みをしている企業は、増えているのでしょうか。

日本でも、世界でも増えています。例えばGoogleが導入した事で話題になった社員の幸せを考える役員Chief Happiness Officerですが、欧米では同様の役職を取り入れる企業がどんどん増えていっています。

幸せな社員ほど仕事のパフォーマンスが上がるといった研究も盛んに行われており、欧米では、社員の幸せのマネージメントの重要性が徐々に浸透してきています。日本でも、ここ数年で徐々に知られるようになってきました。

── 通常、社員の働きやすさを高めようとする際には、長時間労働をなくすといった方法論を中心に論じられることが多いように思えます。もっとストレートに社員の幸せを追求したいという企業もあるのですね。

確かに、長時間労働を強いることは良いとは思いませんが、逆に好んで長時間労働をしたい人もいるわけです。客観的な視点から働き方改革を進めようとすると、どうしても労働時間を減らすといった十把一絡げの方策に注力しがちです。

ですが、社員個々の主観にパーソナライズした働き方改革のあり方もあるように思えるのです。一人ひとりが生きがいをもって、日々ワクワクしながら楽しく働ける状況を作ることこそが重要だと考えています。百人社員がいたら、百通りの働き方ができるような取り組みが必要になる時代が到来しつつあると感じています。サイボウズなど、実際にそうした働き方の制度化に取り組む企業が出てきています。

── ステレオタイプのホワイト企業の押し売りのような取り組みでは、社員は決して幸せにはならないということですね。

[ 脚注 ]

*1
今号のCROSS Talkにて前野隆司教授に登場していただいております。
*2
マインドフルネス瞑想:自分の呼吸だけに意識を集中し、雑念を消し、リラックスした状態を作り出す瞑想法のこと。近年、脳科学の研究で、ストレスの軽減、集中力アップ、自律神経の回復などの効果が実証されている。米国では従業員の生産性や創造性を高めるため、グーグルやインテルといった企業や政府機関の研修でも採用されている。
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