Visiting Laboratories研究室紹介
水泳から球技の世界へ
TM ── イアン・ソープ選手の競技種目である自由形では、効果があるようですが、他の泳法でも効果を確かめられたのでしょうか。
伊藤 ── クロールの泳ぎ方は、昔はS字を描くように腕で水をかいていました。揚力泳法と呼ばれる泳ぎ方です。これをS字ではなく直線を描くように腕で水をかくのです。これは抗力泳法と呼ばれています。平泳ぎも昔は腕を少し横に広げるようにした後に水をかいていましたが、北島康介選手は横に広げず直線的に水をかいていました。最近、成長著しい渡辺一平選手も抗力泳法を使っています。
背泳ぎも同様です。体の横で直線的に水をかくようにします。バタフライでは、チキンホールと呼ぶカギの形のように水をかくようにしていましたが、直線的に水をかくように変えました。今のほとんどの選手が抗力泳法で泳いでいます。
TM ── 先生は水泳以外にどのようなスポーツに流体力学を応用されていますか。
伊藤 ── 現在研究の対象としているのは、バレーボールやサッカー、テニスなどの球技です。本当は水泳をもっと研究したかったのですが、工学院大学にはプールがないため、今はボールの研究をやっています。きっかけは、スポーツの流体力学を研究し始めたバレーボールやサッカーの先生方と知り合いになったことです。研究者を集めて活動していたら、2015年に日本機械学会スポーツ工学・ヒューマンダイナミックス部門の初代部門長になりました。
今はバレーボールの球を製造しているモルテン社から新しいボールの開発を依頼されています。現在、モルテン社が供給している「フリスタティック」というブランドのボールは私がデザインしました。今回の開発では、ラリーの応酬が続くようなボールを目指しているのですが、その背景に一発のサーブで決まるようなバレーボールの試合はつまらないという理由があります。では、どういうサーブが一発で決まるのかというと、ボールを打った選手が思いもよらない変化を起こすサーブです。それを防ぐために、選手が狙ったところにきちんと届くボールが求められているのです。
バレーボールには無回転のフローターサーブというサーブがあります。フローターサーブは相手の手元にくるとフラフラとブレる特性を持っています。現在のモルテン社のボールは、このフローターサーブが効くボールになっているため、それを避けるようなボールを開発する訳です。
オリンピックで使われるミカサ社の公式ボールは、高速時にはブレるものの、相手選手の手元にくるときはブレません。しかし、モルテン社のボールは低速時でもブレるため、相手選手の手元で変化するのです。
プロリーグではミカサのボールが使われ、ママさんリーグや中高生の競技ではモルテンとミカサのボールが使われるなど、現在は大会別に使用するボールがすみ分けられている状況です。そこでオリンピックでも使えるようなボールを開発したいと、モルテン社ではボールの表面のパターンを変えたり、表面形状を変えたりすることでミカサと同様のブレないボールの開発に取り組んでいるのです。私はここに流体力学のノウハウを役立てて所望のボールを実現しようと考えています。
TM ── 空気や水の流れをどうやって可視化するのでしょうか。
伊藤 ── ボールの表面に色つきの油膜を塗ってその流れを観測したり、煙を流したりして観測します。図1に油膜を塗って空気の流れを観測する実験の様子を示します。この流れの観測結果を、運動方程式を立てて解析します。