Visiting Laboratories研究室紹介
さらなるスポーツや用具の解析への取り組み
TM ── スピードスケートやスキーでは流体力学を応用してみましたか。
伊藤 ── ジャンプ競技の姿勢を研究してみたことはあります。V字飛行でジャンプするときに、どのような姿勢がよいのか計算してみたところ、現在の水平姿勢よりもっと前につんのめる姿勢にすれば飛距離が出ると判明しました。しかし、選手にとって前傾姿勢は怖いので、水平姿勢が精一杯だと思います。
フィギュアスケートは条件が多いため、解析することが難しいです。トゥループやアクセル、サルコウなど、ジャンプの仕方が複数種類あります。スケート靴のエッジの利かせ方によって回転が違い、エッジの内側で蹴るのか、エッジの外側で蹴るのか、またエッジの前で蹴るのか後ろで蹴るのかによっても回転のかかり方が違います。少なくとも4通りの飛び方があり、ジャンプの種類によってどういう角度で飛ぶのかという指示があるなど、あまりにも条件が多様なので、手をつけるのが難しいのです。
TM ── フィギュアスケートでのジャンプを想定すると、流体力学というよりも、手を広げたり閉じたりして回転速度を変えるので慣性モーメントのように機械的な力学を使われるような気がしますが。
伊藤 ── そうですね。フィギュアスケートの動きの解析は機械的な力学で表現します。一方、スピードスケートにとって重要な空気の流れは、流体力学で解析できます。スピードスケートで重要なのは、なんといってもウェアです。そこでウェアについても調べてみました。結果的にスピード社のレーザーレーサーを着るのが一番よい記録が出るという結論になりました。今はほとんどの選手がこのウェアを着ていますが、レースが終わるとみんなファスナーを下ろして前を開けますよね。それだけ体をきつく締めているからです。
ウェア用のよい生地が見つかったから、一緒に開発しましょうと、日本の企業に申し入れたのですが、まだ色よい返事はいただけていません。
TM ── 他のスポーツの事例として何かありますか。
伊藤 ── スポーツ用品各社から出ている硬式テニスボールについても研究してみました。調べてみると摩耗しやすさなど、メーカーによりいろいろ違いがあることがわかりました。摩耗するとボールの回転が変化しやすくなります。プロのテニス選手のボールは使い捨てですが、アマチュアはボールをできるだけ長く使いたいので、使い古してもなるべく回転が変わらないボールが求められます。
他には、モルテン社のサッカーボールについても研究しています。昔のサッカーボールは白黒の五角形のパターンを描いたボールでしたが、今は、4年ごとのワールドカップで新しいパターンのボールが出てくるようになりました。もはや昔の白黒パターンはありません。表面の粗さも違いますし、昔は牛革でしたが今は合成皮革です。
バレーボールと同じように、一時期、サッカーでもブレ玉シュートがはやりましたが、プロリーグでは嫌われました。ブレ玉シュートは、あえてキーパーを目がけて打ちました。取れるものなら取ってみろ、という感じでしたが、偶然に左右される要素が強すぎました。また若年層からブレ玉シュートを練習するようになりましたが、サッカーのあるべき姿はこれでよいのか、という考えが出てきたのです。偶然に頼るより本当のサッカー技術を磨くべきではないか、という考えに到達し、シュートはキーパーのいない所を狙うようになりました。この結果、ブレないボールが求められるように変わりました。
TM ── スポーツ以外では、生物への応用についての研究はいかがですか。
伊藤 ── 生き物では渡り鳥やプラナリア*1の動きについて研究しています。ナメクジよりも動きが速いので、ナメクジとの違いや高速遊泳について研究しています。
[ 脚注 ]
- *1
- プラナリア:扁平なナメクジのような小さな動物。表面に繊毛があり、この運動によって渦ができることからウズムシとも呼ばれる。切っても切っても再生するという特長がある。