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読者の中には、家電量販店で「GaN」と書かれた超小型のACアダプタや充電器が売られているのを見たことがある人もいるかもしれない。GaNとは、窒化ガリウムという新たな半導体材料のこと。シリコン(Si)で作られた従来のパワー半導体を搭載した電力制御機器よりも、高電圧な電力を、低消費電力、小型・軽量のシステム構成で制御できる能力を備えている。そのGaNが、日本の大学や企業の技術開発の取り組み成果から、さらに高性能化。電気自動車(EV)や再生可能エネルギー・システム、さらには5Gや6G対応の基地局など、多様な応用機器に展開し、革命的なインパクトをもたらす可能性が出てきた。技術革新のポイントは、高品質で、量産に向く大きなGaN基板の実現である。その開発に取り組み、実用化の筋道を拓いた大阪大学の森 勇介氏に、GaN基板が持つ潜在能力と、実用化を可能にした技術の詳細などについて聞いた。
(インタビュー・文/伊藤 元昭 撮影/宇津木 健司〈アマナ〉)
森 ── そうですね。ただし、GaNは、まだまだPCマニアなど一部の人たちだけに知られる存在であり、一般的な消費者が広く知るものにはなっていません。以前、私が家電量販店に照明を買いに行った時のことです。気さくなおばちゃん店員が、「これからはLEDの時代よ」と言ってLED電球を盛んに勧めてきました。LEDなんていう技術用語が一般に浸透する状況になったのだと、本当に感動しました。
GaNは家電製品の省電力化や小型化などに、大きく貢献できる技術です。GaNという言葉が、LEDと同様に、消費者に魅力を伝える言葉として認知されるようになれば、私たちの技術開発の取り組みは大成功したと言えるのだと思っています。GaNは、それだけのインパクトを世の中にもたらす可能性を秘めた材料だと確信していますし、そのような状態まで育てることに責任も感じています。
森 ── まずは、電気・電子機器の制御に欠かせない半導体材料の役割をお話してから、数ある材料の中でのGaNの優位性を説明したいと思います。
半導体とは、電気を通す導体と通さない絶縁体の両方の性質を兼ね備えた材料です。この性質を活用して、電気信号や電力を通したり、通さなかったりして、回路の動作を制御するスイッチ(トランジスタ)を作っています。ちょうど、川に水門を作って、流れを堰き止めたり、流したりするイメージです。その際、水門の高さが高いほど、高電圧の電気信号や電力を制御対象にできます。そして、この水門の高さは、トランジスタを作る半導体材料ごとの物性値として決まっています。特に重要なのは、説明は省きますが、水門が高いと電気抵抗が小さくなり、ジュール熱損失を小さくできるので省エネに繋がります。
現在、デジタル信号を扱う半導体デバイス(トランジスタ)や電源回路で電力を制御するパワーデバイスなどの多くは、シリコン(Si)で作られています。Siは、デバイスを作る際の起点となる基板を、高品質、安価で作れ、しかも加工しやすい性質を持っているため、デバイスの製造が容易なのです。しかし、Siで作ることができる水門の高さは高くはないので電気抵抗が高くなるうえに、高電圧の電力を扱うのには必ずしも向いているとは言えない材料です。トランジスタの構造を工夫することで、高電圧が求められる用途に対応しているのが現状であり、無理をしている分、スイッチングの速度(水門の開閉の速さ)や水門そのものでのジュール熱によるエネルギー損失を犠牲にしています。
森 ── これに対し、GaNは、Siよりも約3倍*1高い水門を作ることができる物性を備えています。つまり、電気抵抗を一桁低くでき、高電圧の応用に向けたパワーデバイスを、より高性能化し、応用機器の高性能化や小型化*2を劇的に推し進めることができるポテンシャルを持っているのです。GaNのこうした優れた特性は、GaN結晶中のGa原子とN原子の間をつなぐ化学結合が強く、高い電圧が印加されても壊れにくいことに起因しています。
森 ── GaNには、極めて多くの応用があります(図1)。まず有名なところでは、日本で発明されてノーベル物理学賞の受賞対象となった青色LEDが挙がります。青色LEDは、赤崎勇先生と天野浩先生がGaNの単結晶を作成したことで、実現に至りました。青色LEDは、LED照明として、広く普及しています。また、同じく光デバイスでプロジェクターやレーザー加工機などの光源として使われるレーザーデバイスも作成可能です。さらに、高周波の電波を増幅する高周波デバイスを作る材料としても、GaNが既に使われています。気象用や船舶用、防衛用のレーダー、さらには5Gや6Gなど移動通信システムの基地局で、高い周波数でかつ高出力の電波を発信するために欠かせないデバイスです。
パワー半導体の領域では、ACアダプタなど中耐圧の応用は既に開拓できていますが、電気自動車(EV)のモーター駆動や電力システムなど、より高い耐圧が求められる応用に向けたGaNデバイスの開発は、まだ本格化していません。これら高耐圧の用途では、シリコンカーバイド(SiC)と呼ぶ別の新しい半導体材料の応用が進められ、一部で既に量産応用機器に適用されています。しかし、パワーデバイス用の材料としての適性はSiCよりもGaNの方が高く*3、高い応用価値を秘めています。また、SiCは高耐圧用パワー半導体だけが応用のターゲットとなりますが、GaNは極めて多くの応用があるため、需要を高めやすく、量産効果による低コスト化が期待できます。このため、量産に適した技術が確立されれば、一気にSiCからGaNに置き換わるのではと考えています。
森 ── 実は、元々GaNに興味があったわけではありませんでした。博士課程の学生だった頃の研究テーマは、半導体としての大きな潜在能力を秘めていると言われていたダイヤモンドを研究していました。ダイヤモンドは、Si比で約5倍の高さの水門を作れる可能性がありました。
その後、レーザーの研究室に教職を得ました。そして、研究室の先生から「森君、君の好きな研究も1つやってみたらいいよ」とアドバイスをいただきました。私は、かねがね、従来ガスを原料として作っていたダイヤモンドを、液体から作りたいと考えていました。液体から作れば、高品質で、大きな結晶ができることが明白だったからです。半導体材料や小さな工業用ダイヤなどではなく、宝石をごっそりと作りたかったのです。
森 ── 自然環境に存在するダイヤモンドは、地中の奥深くの5万気圧、数千℃の環境で炭素を押し縮めて出来上がります。極限環境でのみ出来上がるものと同品質で大きなものを地上で作るのですから、かなり無茶な目標です。それを1996年のアメリカの学会で、後にノーベル賞を受賞することになる名古屋大学の天野浩先生にこっそり話したのです。すると、先生から「液相での結晶成長に興味があるのならば、面白い研究がありますよ」と、ある研究を紹介していただきました。その当時コーネル大学に留学されていた山根久典先生(現在、東北大学教授)による、Naを媒介してGaNを比較的簡単な装置で液体から作るという研究成果でした。「Naフラックス法」と呼ばれる技術です。
それまでGaN結晶を液相から作ろうとすると、1万気圧、1500℃といった環境下での結晶成長が必要でした。これが、Naフラックス法を使えば、40気圧、800℃で成長可能になるというのです。実は、ダイヤモンドでも、Naと同じ周期表上の1族に属する水素を原料ガスに添加すると、普通ではあり得ないような条件でダイヤモンドが出来上がるという研究報告があり、Naを使えば、もしかすると液体から、ダイヤモンドを作れるのではと思いました。そこで、Naフラックス法によるGaN結晶の成長と、ダイヤモンドの結晶成長を両にらみしながら研究することにしました。これがGaNの研究を始めたキッカケです。ところが、研究の着手から25年経過した現在、ダイヤモンド作りに関しては頭から消し飛んで、いつの間にかGaN一本になってしまいました。