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Interview
インタビュー

革命前夜を迎えたパワー半導体、主役は日本の特産品GaN後編

森 勇介
大阪大学 大学院工学研究科 電気電子情報通信工学専攻 教授
2023.02.08
革命前夜を迎えたパワー半導体、主役は日本の特産品GaN

読者の中には、家電量販店で「GaN」と書かれた超小型のACアダプタや充電器が売られているのを見たことがある人もいるかもしれない。GaNとは、窒化ガリウムという新たな半導体材料のこと。シリコン(Si)で作られた従来のパワー半導体を搭載した電力制御機器よりも、高電圧な電力を、低消費電力、小型・軽量のシステム構成で制御できる能力を備えている。そのGaNが、日本の大学や企業の技術開発の取り組み成果から、さらに高性能化。電気自動車(EV)や再生可能エネルギー・システム、さらには5Gや6G対応の基地局など、多様な応用機器に展開し、革命的なインパクトをもたらす可能性が出てきた。技術革新のポイントは、高品質で、量産に向く大きなGaN基板の実現である。その開発に取り組み、実用化の筋道を拓いた大阪大学の森 勇介氏に、GaN基板が持つ潜在能力と、実用化を可能にした技術の詳細などについて聞いた。

(インタビュー・文/伊藤 元昭 撮影/宇津木 健司〈アマナ〉)

森 勇介氏

後のノーベル賞受賞者に導かれ、GaNの沼にはまっていく

── GaNの結晶成長には、宝石のダイヤモンド作りに勝る魅力があったのでしょうか。

森 ── 当初は、GaNは研究者も多いし、青色LEDも発明された後なので、「研究の余地など残されていないのでは」と考えていました。ところが天野先生から、「GaNでは、いまだに高品質で大きな結晶ができていないのです」という話を聞きました。LEDは低品質の結晶でも光らせることができるのですが、パワー半導体などを作ろうとしても、穴だらけの水門しか作ることができず、実用できない状態だとのことでした。

また、高品質のGaNが出来上がれば、GaNの広範な応用での性能が一気に底上げされ、社会に大きなインパクトを与えることができることも聞きました。例えば、発電所で生み出した電力を手元の電気・電子機器で利用するまでの間では、電力網や電力線を通じて電力が送られる過程で、何度も電力変換が繰り返されています。その度に、5%程度といった無視できない電力を損失しており、トータルでの損失量は20%を超える莫大なものになります。GaNデバイスがより多くの応用機器で使われ、さらに高性能化できれば、この20%の損失をかなり小さくでき、極めて大きな省電力効果が得られることが確実です。こうした背景から、高品質で大きなGaN結晶作りは、成果が残せる研究テーマであり、意義も大きいと思い直したのです。

── ダイヤモンドでも、パワー半導体の高性能化に貢献することは可能だったのではないのでは。

森 ── 実は、博士課程での研究の感触から、半導体材料としてのダイヤモンドの実用化の難しさが身にしみてわかっていたのです。なぜならば、ダイヤモンドは確かに原子の結合が強くて高電圧に強いのですが、準安定相であるため温度変化によって簡単に安定相のグラファイトへと相転移してしまうため、半導体材料としての好ましい特性が失われてしまうのです。つまり、一度は半導体デバイスを作れたとしても、使っているうちに性質が変わり故障してしまう本質的な信頼性の低さがあるのです。

余談ですが、SiCも同様に相転移による変質の問題を抱えています。半導体として好ましい特性を持つのは比較的不安定な準安定状態の4H相であり、いずれ信頼性を重視する用途での利用が難しくなるのではと危惧しています。

確かに、GaNも、成長させた結晶に多くの欠陥が含まれ、品質が悪く、そのままではパワーデバイスの信頼性が上がらない問題を抱えていました。しかし、ダイヤモンドやSiCとは違って、物性上の本質的な欠点ではなく、工学的に未熟であることに起因する課題でした。つまり、努力で改善する余地を感じました。

森 勇介氏
Naフラックス装置
40気圧の高圧中でGaN結晶を育成できる

GaNの数々の優れた利点、結晶品質が足かせで実用化が遅れていた

── そもそも、GaNでは、なぜ高品質で、大きな結晶ができなかったのでしょうか。

森 ── 大きな結晶を成長させるためには、大きな種結晶を用意して、その上にGaN結晶を成長させていく必要があります。ですが、これまではデバイスの量産に必要な数インチの大きさのGaNの種結晶がなかったため、サファイアやSi、SiCなど、比較的GaNと結晶との相性が良さそうな材料の大口径基板の上にGaN結晶を成長させていました。

ところが、サファイアなどとGaNでは格子定数(結晶内での原子間の距離)や熱膨張係数が異なります。格子定数が異なると、同じ周期で原子を並べて結晶成長させることはできません(図2)。このため、原子間距離のミスマッチを帳尻合わせするための欠陥が生じてしまいます。このような原理で、GaN結晶には多くの格子欠陥が発生してしまうのです。また、結晶成長は高温下で行うため、常温に下げると、サファイアとGaNの熱膨張係数の違いで成長後の結晶が歪んでしまいます。そのままデバイスを形成する基板を切り出すと、結晶の方向のバラつきが少ない領域が狭くなってしまいます。

サファイア基板上に従来手法で成長させたGaNは低品質なものしかできない
[図2]サファイア基板上に従来手法で成長させたGaNは低品質なものしかできない
出典:大阪大学

高周波デバイス向けの基板の作成では、サファイアの代わりにSiCが使われ、ACアダプタなどに応用されているパワーデバイス向けではSi上にGaN結晶を成長させていますが、事情は変わりません。

苦節25年の研究で、ついに高品質で大きなGaN結晶が完成

── GaNは、高品質で、大きな結晶の作成が難しかったとのことですが、どのようなアプローチで解決を試みたのでしょうか。

森 ── 1997年からGaNの結晶成長の研究を始め、Naフラックス法を使えば、当初は小さな結晶しかできなかったのですが、高品質な結晶が出来上がることは確認できました。この結果を受けて、2004年にNEDOのプロジェクトに天野先生と一緒に応募してデバイスの量産に向く大口径のGaN結晶成長法の確立に取り組むことにしました。

そして、2010年頃に、大きな基板を作ることができる「ポイントシード法」と呼ぶ画期的な方法を考案しました(図3)。ポイントシード法では、あらかじめ大きな基材の上に小さな種結晶を分散配置し、Naフラックス法を用いGaN結晶を成長させます。すると、各種結晶から成長した高品質GaN結晶同士が合体し、1つの大きな結晶になるのです。

ポイントシード法とNaフラックス法を組み合わせ、高品質で大きなGaN結晶を作成
ポイントシード法とNaフラックス法を組み合わせ、高品質で大きなGaN結晶を作成
[図3]ポイントシード法とNaフラックス法を組み合わせ、高品質で大きなGaN結晶を作成
結晶成長の過程の様子(上)、GaN結晶育成装置(左下)、作成した6インチGaN基板(右下)
出典:大阪大学

ポイントシード法とNaフラックス法を組み合わせた、高品質で大きなGaN結晶の成長技術は、豊田合成と共同で10年掛けてブラッシュアップし、完成させました。その間にも、高品質な結晶を得るためには、さまざまな工夫を盛り込む必要がありました。例えば、種結晶から一気に成長させてしまうと、なぜか不均一でまだらな基板しかできなかったのです。いろいろと試行錯誤し、成長途中の状態で溶液から取り出し、再び、溶液に浸して成長させるといった結晶成長分野では非常識と感じる作業を、成長した結晶がつながって平坦になるまで約100回繰り返すことで、きれいで大きな基板が出来上がることを発見しました。

── 唐揚げやフライドポテトも、二度揚げするとおいしくなると言いますが同様ですね。面白いです。

森 ── この方法を使うことで、これまで夢のまた夢だと思われていた、結晶欠陥の密度が2ケタ低く、口径6インチ(150mm)と大口径の高品質GaN単結晶基板があっという間に出来上がりました。LEDの量産などには、2インチ(50mm)の低品質基板を使っていたりするわけですから、飛躍的な進歩です。8インチ(200mm)や10インチ(250mm)の実現も射程圏内に入ってきています。

GaN結晶研磨装置
GaN結晶研磨装置
GaN結晶表面を綺麗に平坦にする

実用化・量産適用に向けてもう一山、ただし課題解決の目星はついている

── 実用化に向けて、着々と前進してきたわけですね。

森 ── はい。高品質で大きなGaN結晶をついに作ることに成功したことで、一気に、実用化に向けた道が拓きました。ただし、量産や低コスト化に向けては、もう一山あります。ポイントシード法とNaフラックス法を組み合わせた方法は、大口径で、高品質な結晶を作ることができますが、複雑なプロセスを経て作る必要があるため、安く作ることができないのです。量産し、実用化に耐える製造コストにするためには、別のアイデアが必要になります。ですが、その解決策には既に目鼻がついています。

── どのような方法なのですか。

森 ── 実は、高品質なGaN結晶を成長させる技術には、もう一つ別の方法があります。「アモノサーマル法」と呼ばれる技術です。私たちが開発した技術と、アモノサーマル法の研究開発の成果を組み合わせることで、量産、低コスト化が実現できるとみています。幸いなことに、アモノサーマル法の技術も、日本にあります。通常の温度・圧力では溶解しない溶質を高温・高圧の超臨界流体中に溶解させ、炉内の温度勾配に応じた溶解度差を利用して種結晶上に溶質を再結晶させるソルボサーマル法の一種です。超臨界アンモニア中へのGaNの溶解を促進させる鉱化剤として、ハロゲン化アンモニウム(NH4X、X=F、Cl、Br、I)などの酸性鉱化剤を用いています。大口径GaN基板の量産に適した大型製造設備の実現を可能とする、比較的低い圧力条件(従来技術の約半分の100MPa程度)で結晶成長を行う技術です。

基本的に液相での結晶成長であるため、非常に高品質な結晶が得られます。アモノサーマル法は、人工水晶を工業的に作る手法である水熱合成工程と同様の技術であり、量産実績のある技術です。大口径の種結晶さえ利用すれば、高品質で、大きなGaN結晶を成長させることができるため、量産化に向いた技術だと言えます。これまでは、大口径の種結晶が入手できなかったため、アモノサーマル法では4インチの結晶まではできているのですが、それ以上の大きなGaN結晶の成長ができない状況でした。

パワーデバイスの量産に適用するためには、6インチといった大きなGaN基板を用意する必要があります。そこで、アモノサーマル法によるGaN結晶の成長技術に長年取り組んできた三菱ケミカルと共同で、私たちが開発したポイントシード法とNaフラックス法を組み合わせて作った高品質で大きなGaN結晶を種結晶とし、アモノサーマル法で量産結晶を成長させる技術の開発に取り組み始めました(図4)。私たちが作った種結晶とアモノサーマル法は相性がよく、量産に向けて視界は良好です。これによって、量産と実用化に向けた筋道が明確に見えたと言えます。

高品質で大きな種結晶を基に、アモノサーマル法でGaN基板を量産
[図4]高品質で大きな種結晶を基に、アモノサーマル法でGaN基板を量産
出典:大阪大学

技術開発は独走状態、GaNは日本の特産品に

── 日本の大学や企業の力を結集することで、世界の脱炭素化に貢献する革新的技術が生まれる前夜にあるというのはすごいことです。世界に、同様の研究に取り組むグループはないのでしょうか。

森 ── ありません。私たちが、オンリー1、ナンバー1の状態です。世界は、高品質なGaN結晶の量産など無理だと考え、取り組んでいなかったからです。青色LEDの開発も、世界が完全に諦めていた状態で、日本の大学や企業が地道に研究を継続し最終的には実現しました。同じ状態にあると思います。しかも、私たちは、このコロナ禍で3年間学会発表をしていません。その間、技術開発は着々と進み、図らずも独走状態が固まった状況になっていました。しかも、GaN基板を量産できるメーカーも、日本企業の寡占状態にあります。

現在、高品質なGaN上にデバイスを作ることができている企業は、パナソニックと豊田合成の2社しかありません。今後は、より多くのパワー半導体メーカーが、高品質な基板を使った、高性能なGaNデバイスを生産できるようになることでしょう。新材料のパワー半導体としては、現時点ではSiCデバイスが先行していますが、GaNのより優れた潜在能力が解き放たれれば、一気に置き換わっていく可能性があります。

高品質で大きなGaN基板は日本でしか作れないこと、さらにはGaNパワーデバイスでの競争力も高いことから、GaN関連技術は日本固有の特産品になる可能性すらあります。しかし、偉いもので、世界中の防衛関係者はいち早く私たちの技術の有用性に気付き、コンタクトし始めてきています。防衛設備の運用時間やドローンなどの航続距離、無線機器の交信距離が延びれば確実に大きなインパクトがありますから、日本は経済安全保障の観点からもGaN関連技術に取り組む意義が出てきています。

森 勇介氏

GaNという技術を一般消費者が広く知る高効率・小型・高信頼のアイコンに

── 技術的な課題以外に、実用化に向けて解決しておくべき課題はありますか。

森 ── 応用機器の最終ユーザーが、省エネルギー化にもっと積極的に取り組もうとする意識を喚起する必要があると思っています。LED照明は、東日本大震災で原子力発電所が止まったことを契機に普及し始めました。LED照明は、たとえ価格は2倍でも、寿命が5倍になれば、トータルでは得をするのは明らかで消費者はみんなLED照明に買い替えると考えがちです。しかし、実際には違います。目の前の価格が2倍になることの消費者に与える影響は大きく、それでは買ってくれないのです。しかし、省エネが必須になるような状況に追い込まれれば話は別です。やはり、買うのです。

現在、GaNは、超小型のACアダプタを高い値段を払ってでも購入したいと考える人たちが買うようになりました。これをキッカケに、大量生産、価格の低下が進めば、どんどん普及していくと思います。そして、最終的には、家電量販店の店員さんが「これからはGaNの時代ですよ」と進める時代がやってくると思っています。そうなれば本物です。私たちは、技術によって、こうした価格低下の流れを加速したいと考えています。まずは先進的な消費者に訴求できるように、GaNという言葉が高付加価値製品のアイコンになるような魅力的な性能を実現する必要があります。

森 勇介氏
Profile
森 勇介氏

森 勇介(もり ゆうすけ)

大阪大学 大学院工学研究科 電気電子情報通信工学専攻 教授

平成元年に大阪大学工学部を卒業し、平成3年に大阪大学大学院工学研究科を修了、その後、大阪大学の助手、講師、助教授を経て、平成19年に教授に就任。結晶に関連する研究成果の事業化のために、平成17年に創晶、平成28年に創晶超光、令和2年にteamGaNを起業。平成25年に起業した創晶應心はカウンセリングを手掛ける大学発の異色ベンチャーで心理学的アプローチによる創造力の活性化を提唱。弘法大師の教えに基づいた自己啓発法・人材育成法を開発している。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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