JavaScriptが無効になっています。
このWebサイトの全ての機能を利用するためにはJavaScriptを有効にする必要があります。
日本の半導体産業は1980年代後半に世界シェア50%を超えていた。しかし、今や10%以下という有様になってしまっている状態だ。学生たちやその親たちは、マスコミが伝える「半導体は斜陽産業」という言葉をまともに信じ、「本当は世界的に成長産業であるのに日本だけが成長していない」という事実を長い間、受け入れてこなかった。20年以上経って半導体がブームを迎え、日本だけが成長していないという事実に、ようやく最近気がついたようである。「もはや手遅れ」、というあきらめムードが漂う中、東京大学大学院工学研究科の黒田忠広教授は、半導体は成長産業であることを皆に認識させるために孤軍奮闘してきた。半導体で再び日本が勝つために必要なテクノロジーを明確に定め、実行中だ。学生・院生たちにも半導体の魅力を、情熱を持って語る。黒田教授の試みを紹介する。
(インタビュー・文/津田 建二 撮影/大久保 歩〈アマナ〉)
黒田 ── 東芝にいた18年間の半導体はずっと右肩上がりでした。当時は世界の名だたる半導体メーカーなどが東芝を訪問し、彼らといろいろなディスカッションをやっていました。その後、慶應義塾大学に移り、半導体技術のすごさを教えてきました。大学では企業よりも一歩先を見た研究をやってきたので、学生たちも面白さを感じていたと思います。
しかし、優秀な学生たちが就職した企業で活躍していないことを知り、心を痛めていました。その頃は日本の半導体が凋落を続けていた時代で、そろそろ定年を感じ始めた頃に、定年までの5年で何をやろうかと考えあぐねていました。ちょうどその頃、東京大学から誘いを受けました。定年前の最後のケジメとして引き受けさせていただき、台湾の世界トップのファウンドリ(製造専門の半導体請負メーカー)であるTSMCとの提携や、d.labを作ることに奔走していました。
黒田 ── 半導体が今どうなっているのか、その現状について毎日のように議論していました。かつてのオイルショックと同様、今はシリコンショックが起きていると思いました。オイルはエネルギーそのもので、日本は輸入に頼っていました。まさに油断があって、オイルが断たれる「油断状態」になったのです。シリコンは人間の身体に例えれば神経ですから、神経が断たれると気絶します。日本が成長していない状態を、私はこのように表現しています。だからこそ、かつては世界一だった半導体を再生しなければなりません。
もう一つ、かつて半導体は産業のコメと言われました。しかし、コメなら輸入すれば済みます。電機会社の方々にお聞きしますと、半導体は外から買ってくればよい、という態度でした。これは前世紀のビジネスモデルです。
産業のコメではなく、インテリジェンスを生むための神経なのです。米国のバイデン大統領や中国の習近平主席が半導体を重視する政策をとっています。最近ではGAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)までが半導体を設計しています。しかし、お金持ちのGAFAMだけが半導体を設計できるのでは、日本は立ち上がれません。半導体は皆が使えるように民主化する必要があるのですが、日本だけが依然として神経が切れたようにボーッとしています。シリコンショックにより社会が失神してしまうのです。
社会は今や、デジタルとインフラ、そして半導体でできています。これを何とかしようというプロジェクトがd.labです。
黒田 ── 確かに、若い学生・院生の間では、父親が電機会社からリストラされ、電子関係の企業には行くな、半導体は斜陽だからダメだ、と言われているようです。この状況は非常にまずいことです。
そこで立ち上げたのがd.labです。d.labのDは、デジタルやデータのDだけではありません。デバイスやドメイン・スペシフィック(専用的なIC)をデザインするDでもあり、東大の寮に拠点を置くドミトリのDでもあります。この寮には700名くらいの学生がいて、内400名が海外からの留学生です。
黒田 ── まずは、半導体分野への人材不足がいなめません。そこで、半導体のベテランエンジニアと大学の学生や院生、あるいは若手エンジニアの両方の人材が活躍できる仕組みを作ります。半導体を知り尽くしたベテランエンジニアは、まだ企業に残っています。
d.labには産業界からも参加を募り、協賛企業として、デバイス、回路、システム、サービスなどから、おおよそ40社くらいに参加してもらっています。分野で言えば、まずは、材料系企業、化学会社、製造装置企業などが日本の強い分野です。半導体関係者なら誰でも知っている企業ばかりです。東京エレクトロン、ニコン、ディスコ、ウシオ電機、アドバンテスト、ダイキン、JSR、東京応化、信越化学、三菱ケミカル、富士フィルム、オルガノ、昭和電工マテリアルなどが入っています。さらに半導体デバイスではソニーセミコンダクタソリューションズ、キオクシア、ルネサスエレクトロニクス、マイクロン、村田製作所、ローム、アナログデバイセズ、サムスン、SKハイニクスなどがいます。設計ではソシオネクストや、凸版印刷、大日本印刷、シノプシス、ケイデンスなど。システムでは日立製作所や三菱電機、パナソニック、富士通、IBM、ミライズテクノロジーズ、トヨタ、デンソーなどが加わり、その上にサービスとして住友商事が入っています。
半導体産業が材料からサービスまで構成された構造ですので、こういった中でオープンにして皆で意見交換のディスカッションをします*1。ここに学生や院生も一緒に議論します。つまりd.labはオープンな学術連携、社会連携だと言えます。
黒田 ── RaaSは、最先端の半導体技術を活用できるようにサービスとして提供する、Research as a Serviceとして産官学の技術研究組合で、もっと深い連携をする組織です。研究成果をサービスの実現にまで持ってこようと意図しています。ここはd.labとは違って、しっかり情報管理されたクローズドな組織です。ただし、門戸は広く開いているので、どのような企業でも参加できます*2。
具体的には、最先端の7nmプロセスのチップ開発に企業が参加しています。すでに発表していますが、パナソニックや、日立、ミライズ、凸版などが、それぞれのAIチップ(アクセラレータ)に7nmという微細なプロセスを使っています。パナソニックは、家庭をスマートにするAIチップ、日立は工場や社会をスマートにするAIチップ、ミライズはクルマをスマートにするAIチップ、凸版は流通をスマートにするIoTチップを開発しています。
まだこれ以上のことは話せませんが、7nmという先端半導体は、設計し製造するのに数十億円もの費用が掛かります。それをRaaSで設計し、提携先のTSMCで製造することによって得られるわけです。このために数億円以上の参加費用がRaaSには掛かります。
一方で、d.labは参加費用を100万円程度と2桁以上安くしてオープンな議論ができるサロンのような場として位置づけています。ここでは情報にアンテナを張るのに好都合な組織として使っていただけたらと考えています。ディープでクローズなRaaSとオープンなd.labを併せてクルマの両輪のような働きをします。
例えば、d.labで情報を集め、自分の企業で開発すべき半導体チップが決まったら、RaaSを使って最先端チップを作ることができます。また、d.labとRaaSとの中間には従来の東京大学の研究室と共同研究を行うという道も開いています。
黒田 ── その通り。目標はエネルギー効率が10倍高い半導体チップの開発です。かつては半導体チップの開発の優先度は、まず低コスト、次に高性能、3番目にエネルギー効率、の順番でしたが、今は、エネルギー効率がトップにきます。2050年までのカーボンニュートラルを皆が目指しています。Googleもクリーンでないと素材やデバイスを買わない、売らない、という態度に変わりました。
エネルギー効率を10倍に上げるためにすることは3つあります。1つは専用チップにすること、2つ目は最先端CMOS技術を使うこと、3つ目は3次元実装です。専用チップにすると無駄を省くことができます。しかし、専用チップはコストが高くなります。このため今はGAFAMのような一部の金持ちしか持てませんので、民主化が必要なのです。そして民主化するためには、開発効率を10倍に上げることで、開発コストを下げるのです。そのためには開発ツールとしてコンピュータを使い倒します。
黒田 ── 私たちの目指すものは前者に近いものです。今や100WのGPUを使いたい人はいません。これまではフォンノイマン型*3のコンピュータを追求してきましたが、これからは非ノイマン型アーキテクチャで音声認識や、物体認識、言語認識(翻訳)などのAIアクセラレータを専用チップとする開発が進んでいます。それぞれいろいろなモノを認識するチップです。これらは、ニューラルネットワークのモデルを使ったデータフロー型コンピュータのチップになります。そして7nmといった最先端のプロセスで作る方が性能は高まるのです。これらのヘテロ*4なチップをまとめ上げる技術が3次元実装技術となります。
これまでのノイマン型コンピュータは、CPUとメモリとの間を何度もしょっちゅうアクセスしており、エネルギーを使いすぎていました。もちろん従来型のコンピュータがなくなることはありませんが、今後はデータをサラサラ流して出力するようなデータフロー型アーキテクチャが求められます。そして(データフロー型アーキテクチャの典型である)ニューラルネットワークをいかにハードウエア化するかが私たちの目標となります。
黒田 ── 結論はロボティクスです。これまでの日本の産業界は1勝2敗でやってきました。1970年代〜80年代は日本がテレビなどの民生家電で世界をリードしてきました。丁寧に作り込んできたために、品質の最も厳しい日本で売れたものは世界でも売れた時代でした。これを第1波とすると第2波がパソコン、3波がスマホで、いずれも負けました。つまり1勝2敗でした。
今後、これを2勝2敗の5分にするためには、クルマやドローンなどを含む、広い意味でのロボティクスが日本に向いているでしょう。日本は少子高齢化の先進国です。高齢化と共に労働力は減少し、日本経済は右肩下がりになってきています。この問題を解決するのがロボットです。
ただし、ロボットといっても2足歩行ができるロボットや昔からの産業用ロボットではありません。AIや半導体をふんだんに組み込んだ自律化したロボットです。当然ながらセンサや半導体を大量に使って、検出、認識、処理、解析、自律的に動いたり話したりするロボットです。自動運転車も一種のロボットですし、ドローンも自律的に動くロボットと見ることができます。
かつての産業用ロボットでは安川電機やファナックなどが世界をリードしてきましたが、これらは発展途上国から追いかけられています。クルマでさえ、モーターで走るスマホになろうとしている訳ですから。もはやエンジンで勝てる時代ではありません。AIや半導体で勝つのであって、こちらに力を入れなくてはなりません。産業用ロボットをイメージするのではなく、サイバー(5Gやコンピュータ、AIなど)とフィジカル(自律的なロボット)との融合されたロボティクスです。いわゆるSociety 5.0の世界になります。サイバーとフィジカルの両方に必要なのが半導体なのです。
黒田 ── 毎年入学してくる新入生に、日本の電機会社に入りたい人はいますか、と聞くと誰も手を上げませんが、GoogleやAppleに行きたい人と聞くと、たくさんの人が手を上げます。しかし、GoogleやAppleが半導体を作っていることを知っている人、と聞くと誰も知らないのです。ですから、自分の講義を聞いて半導体の勉強をしっかりしてください、と言っています。
研究室にいる学生や院生は英語が上手です。また世界に出ていける人たちばかりで頼もしいです。以前の慶應義塾大学にいた時に、KKTワークショップを15年間開催してきました。KKTとはKeioと韓国の大学院大学のKAIST、そして中国に清華(Tsinghua)大学のTを合わせた3大学の合同ワークショップです。これからはアジアの人脈を作ることが重要ですから、3日間の合宿で発表し議論します。
アジアの人脈と同様、シリコンバレーの人脈も重要です。実は、このKKTワークショップの活動がBroadcom社の創業者であり、現会長でもあるHenry Samueli博士の目に留まり、Broadcom財団から支援をいただきました。Samueli博士はBroadcom財団のトップも兼ねています。
目指すところは、材料や製造装置、半導体から回路、システム、サービスを強くすることです。すでに川上側の所は強いので、サービス側のDXをもっと強くすれば日本は強くなります。これを目指します。
黒田 忠広(くろだ ただひろ)
東京大学大学院工学系研究科教授、システムデザイン研究センター(d.lab)長、先端システム技術研究組合(RaaS)理事長
1982年東京大学工学部電気工学科卒業。工学博士。同年(株)東芝入社。1988年~90年カリフォルニア大学バークレイ校客員研究員。2000年慶應義塾大学助教授、2002年教授、2019年名誉教授。 2007年カリフォルニア大学バークレイ校MacKay Professor。2019年東京大学大学院教授、d.labセンター長。2020年RaaS理事長。60件の招待講演と30件の著書を含む300件以上の技術論文を発表。200件以上の特許を取得。IEEE SSCS監理委員会メンバー、IEEE上級講師、IEEE/SSCS Region10代表、A-SSCC委員長を歴任。IEEEフェロー。電子情報通信学会フェロー。VLSIシンポジウム委員長。
津田 建二(つだ けんじ)
国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト。
現在、英文・和文のフリー技術ジャーナリスト。
30数年間、半導体産業を取材してきた経験を生かし、ブログ(newsandchips.com)や分析記事で半導体産業にさまざまな提案をしている。セミコンポータル(www.semiconportal.com)編集長を務めながら、マイナビニュースの連載「カーエレクトロニクス」のコラムニストとしても活躍。
半導体デバイスの開発等に従事後、日経マグロウヒル社(現在日経BP社)にて「日経エレクトロニクス」の記者に。その後、「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」、「Electronic Business Japan」、「Design News Japan」、「Semiconductor International日本版」を相次いで創刊。2007年6月にフリーランスの国際技術ジャーナリストとして独立。著書に「メガトレンド 半導体2014-2025」(日経BP社刊)、「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、「欧州ファブレス半導体産業の真実」(共に日刊工業新聞社刊)、「グリーン半導体技術の最新動向と新ビジネス2011」(インプレス刊)などがある。