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研究室紹介

人に寄り添って泣き笑いするドラえもん、その実現は時代の要請

── 学生や異分野の専門家とともに未来を目指す

日本大学 文理学部 情報科学科 大澤研究室
次世代社会研究センター RINGS センター長
1部:
大澤 正彦 助教
2022.11.02
人に寄り添って泣き笑いするドラえもん、その実現は時代の要請

近年、ロボットの研究開発には1つの大きな潮流がある。生活や社会活動の場に溶け込み、人と一緒に暮らすロボットを目指す動きである。人間では実現できないパワー、スピード、耐久力で、さまざまな作業を自動化する従来の産業ロボットの開発とは一線を画するものだ。少子高齢化による人手不足が社会問題となり、人とロボットの共存・連携は時代の要請となっている。日本は、特撮やアニメの分野で多くの有名ロボットを世に輩出してきた「ロボット大国」だ。数あるロボットの中で、暮らしや社会に溶け込み、人と良好な関係を築いて活躍する時代を先取りしたロボットの代表例がドラえもんではないか。日本大学 文理学部 情報科学科 助教の大澤正彦先生は、「ドラえもんをつくる」という大胆だが、時代の要請に応える研究に取り組んでいる。

(インタビュー・文/伊藤 元昭 撮影/氏家 岳寛〈アマナ〉)

大澤 正彦助教

物心ついた時から「ドラえもんをつくる」ことだけを追求

── 「ドラえもんをつくる」という研究テーマは、キャッチーで夢のあるテーマです。日本はアニメや特撮の世界ではロボット大国で、有名なロボットがたくさんいます。なぜ、ドラえもんをつくろうと考えたのでしょうか?

大澤 ── 正直、なぜドラえもんをつくろうとしたのか、ハッキリとした理由を覚えていません。というのは、物心ついた時には、ドラえもんをつくりたいと思っていたからです。母からは、2歳の頃から「ドラえもんをつくりたい」と言っていたと聞いています。そして、学生時代から今に至るまで、ドラえもんをつくることだけを目指して、どのような知識が必要になるのか、何を知ることができればドラえもんに近づくのかを考え、勉強し、研究し続けてきたような気がします。

── ドラえもんが欲しいと考える子供は多いと思います。ですが、自分でつくりたいと考えるところに非凡さを感じます。これまで、どのような勉強をされてきたのでしょうか。

大澤 ── 小学生の時には、ロボット相撲のような、遠隔操作で戦うロボットをつくっていました。そして、高校は工業高校に通い、モノづくりの勉強と経験を積みました。大学時代には、情報工学科で人工知能(AI)の研究をしました。もちろん、最初からドラえもんづくりで論文を書けるわけではありませんから、ドラえもんづくりにつながるテーマを選び、世の中の価値観に合わせてアウトプットしてきました。

こうして勉強していく中で、ドラえもんを完成させるためには、情報工学だけでなく、あらゆる分野の知識が必要なことがわかってきました。そこで、専門分野である情報工学の研究をしつつも、特定の知識だけに固執することなく、さまざまな専門分野の方々とつながりを持って、あらゆる知見をドラえもんづくりに注いできたという感じです。

日本大学 文理学部 情報科学科 日本大学 文理学部 情報科学科

── 大澤先生がセンター長を務めている、次世代社会研究センター(RINGS)はどういう組織なのでしょうか。

大澤 ── 文理融合で新しい価値を生み出していくための産官学連携の拠点です。2020年12月に立ち上げました。RINGSは、何らかのプロジェクトを中心に据えて研究活動するのではなく、コミュニティを中心にして活動する研究センターです。分野の異なる研究者や、プロボノ、パートナー企業の参加者同士がつながり、お互いの考えていることをリスペクトし合いながら、一緒に面白がって研究に取り組み、自然発生的にプロジェクトが生まれていくといった活動をしています。

今の世の中は、「やりたいことをやって生きる」ということのハードルが高いように思います。それはもしかしたら、ときには組織の都合にあわせることも求められるからなのではないかと考えています。RINGSは、従来の組織の枠組みの中にあったさまざまなしがらみから解放されて、誰もが自分のやりたいことの探究ができる場を目指しています。私の、ドラえもんをつくるという夢も、普通に考えれば、それだけを探究し続けることができるものではないかもしれません。RINGSでは、「100人で100人の夢を叶える」というビジョンを掲げています。参加者一人ひとりの夢をお互いに応援しながら、活動を進めています。

大澤 正彦助教

自然に人と関わり合い、社会に溶け込んで共に暮らすロボット

── 誰もが知る存在であるドラえもんをつくるという目標設定は、学生さんにとってもこの上なくわかりやすいものであるように感じます。具体的には、どのようなテーマの研究に取り組んでいるのでしょうか。

大澤 ── テーマを大きく3つのチーム、「インテリジェンスチーム」「インタラクションチーム」「インプリメンテーションチーム」に分けて同時並行して取り組んでいます。

インテリジェンスチームでは、ドラえもんの知性の部分となる認知アーキテクチャを開発しています。ドラえもんは、単に人間に似た動きをするロボットではありません。人と一緒に過ごして、人と関わりながら、共に成長していくロボットである必要があると思うのです。そんなロボットを実現するには、どのようなAIを開発すればよいのか。アルゴリズムを考え、実際にプログラムして、シミュレーションしながら具体化しています。

── なるほど。確かに、ドラえもんは自分の心を持つかのように人に接し、社会に溶け込んで生活している点で、他のアニメのロボットとは一線を画しますね。

大澤 ── のび太や、さまざまな登場人物と関わっていけるロボットをつくることは、なかなか難しいことです。人とロボットが関わり合いを持つ知的システムを開発するためには、かなり幅広い知識が必要になります。人の心の動きを感じながら対話できる必要がありますし、ロボットが動くことで周囲の人がどのように感じるかも考慮する必要があります。神経科学や認知科学など、生物的な営みに関する知見も参考にして、人間についての理解を深めながら、認知アーキテクチャを作っています。

コミュニケーションロボット
「ドラドラ」としか話すことができないコミュニケーションロボット。顔もない。しかし、人が心を想像することで、豊かなコミュニケーションを実現することができる。

── インタラクションチームでは、どのような研究をしているのでしょうか。

大澤 ── インタラクションチームでは、人と関わるロボットやAIが、人といかなる関係性を築いていけばよいのか。また、人とロボットが実際にコミュニケーションをとった時に、どのようなことが起きるのかといったことを調べています。人とロボットの関係性を観察して、よりよい新たな関係を築くために必要な技術を見極めています。

インテリジェンスチームでは、過去に蓄積されてきた人間の心の状態や動きに関する研究成果を基に、ロボットに組み込むAIのプログラムを開発しています。これに対し、インタラクションチームでは、開発したAIと人を関わらせて心理実験を実施し、人間がどのように感じるのか調べています。ロボットと関わる人が、どのような心理状態になるのか。これは未来的な心理学の研究テーマであり、現時点では研究の蓄積がまだわずかしかありません。そうした人間が初めて直面する状況に関する新境地の知見を新たに積み上げています。

── 近年、工場の生産ラインでは、柵で囲った閉鎖的空間で動く従来の産業ロボットではなく、人と共存しながら共に働く、「協働ロボット」と呼ばれるタイプの新しいロボットが利用されるようになりました。最近では、一緒に働く人のやる気を引き出す協働ロボットの開発も進められています。人とロボットの効果的な連携や円滑な関わりは、産業界でも大きな技術開発のテーマになってきています。

大澤 ── それはよい傾向ですね。まさにドラえもんは、のび太など周囲の人たちとのよい関係性を築きながら、生活の場を共有する存在なのではないかと思っています。

大澤 正彦助教

研究成果を多くの人に知ってもらい、社会実装しながらゴールを目指す

── インプリメンテーションチームは、どのような研究をしているのでしょうか。

大澤 ── インプリメンテーションチームでは、研究成果の社会実装と科学コミュニケーションの役割を担っています。私たちは、ドラえもんづくりという大きなゴールに向かって研究をしていますが、ゴールにたどり着くまでには、段階的に研究レベルを高めていく必要がありますし、得られた研究成果を逐次社会に打ち出していくことも重要です。研究成果を活用して社会にどのような貢献ができるのか。また、どのように社会実装していけばよいのか。そうした実践的技術に焼き直して、提案しています。

活動の一環として、2022年3月~8月に日本科学未来館で開催された特別展「きみとロボット ニンゲンッテ、ナンダ?」で、研究成果を展示しました。現時点の技術がどこまでできているのか、多くの人に知ってもらい意見を聞くことで、自分たちのポジションをつくりながら、最終的にはドラえもんのプロジェクトを完了させるまで走り抜けたいと考えています。持っている技術を活用して社会のニーズを実現し、抱えている課題を解決するための多くの発明を学生がしています。

── ドラえもんをつくるために生み出した技術を、社会実装に向けて展開しようとしている例として、どのようなものがありますか。

大澤 ── 私たちは、人が人と関わる時に重要な「他者モデル」という能力を参考にしたAIを開発しています。人間の頭の中には、他者の心理状態や行動を予測・解釈しながら、状況の判断や意思決定をするシステムが入っています。このシステムは、他人を見て自分がよりよく学ぶためにも使われています。こうした他人の成功例から、自分の行動を変えていく仕組みをテクノロジーで再現することで、専門家の行動をAIが自律的に学び、専門家と同様のスキルを発揮できる機械を目指す研究をしています。また、例えば、商品を上手に売る販売員のスキルである、顧客との関わり合い方をデザインしエージェント*1で実現する方法論なども研究しています。このテーマでは、エージェントに商品を勧められた人が気持ちよく買ってくれるように接客する方法の体系化を目指しています。これらの研究は、ビジネス展開の可能性が広がるテーマです。

── いずれも、少子高齢化が進んで、さまざまな職場で人手不足が顕在化すると、必要になってくる技術ですね。

大澤 正彦助教

お母さんと赤ちゃんの、言葉を使わない深いコミュニケーションを再現

── 大澤研究室では、研究成果を生かして、ミニドラのようなロボットを作成しています。このロボットは何ができるのでしょうか。

大澤 ── 派手な機能は何もありません。このロボットは、人間が話しかけても、「ドラドラ」とか「ドララ」とかしか話しません。顔もありませんから、表情を作ることもできません。一般に、ロボットというと、何らかの仕事ができる明確な機能を持っているものを想像することが多いでしょう。ところがこのロボットは、分かりやすい機能をあえて消し去っています。意味のある言葉を話せなくても、人間と円滑なコミュニケーションを取れるようにすることを目指しました。

初対面の人と会話する際、開口一番「君は、何ができるのか」などと聞く人は、ほとんどいません。人間同士の関係は、機能で量るものではないからです。まず、心を持った者同士が関係性を築き、その過程で結果的に「この人はできる」「この人は役立つ」「この人は好き」といった判断がなされていきます。ロボットとの間にも、そうした関係性を築くことが重要なのではと考えています。

大澤 正彦助教

── 手っ取り早い意思疎通の方法に走るのではなく、あえて限られた手段に限定することで、深い関係性を築こうとしているのですか。

大澤 ── その通りです。意味のある言葉は話せない代わりに、声の表情は豊かで、一生懸命がんばってしゃべります。うれしそうな声でしゃべると笑っているような気がしますし、悲しそうな声でしゃべると泣いているような気がします。人の想像力に頼りながら関わりを深めていくロボットなのです。ロボット自体が何かをするというよりは、接する人に「かわいいな」と思ってもらい、関わる人の側が何をできるのかを考える。そんなロボットです。

おもしろいもので、このロボットをかわいいと思った人とは、意味のある言葉を話さなくてもしりとりができるようになります。人が「リンゴ」と言ったら、ロボットは「ドララ」と返します。すると、人は「きっと『ゴリラ』って言おうとしているんだ」と想像して話しかけると、ロボットが「ドララ、ドララ~」と大喜びします。そんな反応を聞いて、「やっぱり、正解だったんだ」と一緒に喜ぶ。そんな、人とロボットがそれぞれ歩み寄った関係を築くことができるのです。

これは、まだ言葉が分からない赤ちゃんとお母さんがコミュニケーションしているような関係です。人間がコミュニケーションスキルを身に着けるために経験したプロセスを、ロボットとの間にも実装したいと考えているのです。「ドラえもんの心って、どこにあるのですか」と聞かれることがよくあります。私は、ドラえもんの心は、少なからずのび太君の中にあると思うのです。

日本大学 文理学部 情報科学科 大澤研究室

研究室は、学生一人ひとりの素敵な部分を引き出すプロデュースの場

── ロボットも会話の場の空気を読むし、人にも空気を読ませるようにロボットが振る舞うのですね。とんでもなく高度なコミュニケーションです。ドラえもんに至る道のりには、尋常ではない新たなテクノロジーが必要になってくることがよくわかりました。ドラえもんを実現するまでのロードマップのようなものはあるのでしょうか。

大澤 ── ロードマップは、かなり丁寧につくっている方だと思っています。2014年から2044年までの30年間を、ドラえもんをつくるためのプロジェクトの期間としています。そして、全期間を7年半ずつ、4つのクオーターに分けて考えています。現在は、第2クオーターに入ったところです。

第1クオーターでは、大学教員という研究職を得て、ドラえもんをつくるための全体像を描き、RINGSのような活動の場も立ち上げることができました。まず、自分が思うドラえもんを定義して、その実現に必要な技術を体系化して、つくり方や、必要な知識などを明記していったら、300ページくらいのファイルになりました。ただ、同時に、こうした夢のある活動を続けることの大変さも分かってきて、続けていくためにしておかなければならないことも明確になりました。そして、研究を世の中と共有して味方を増やすことと、研究成果の社会実装を積極的に進める取り組みに注力しました。

第2クオーターでは、本格的な研究に専念するための仕組みづくりに取り組みます。第1クオーターで着手した研究を仕上げながら、大学の中での新しい価値創出のあり方を追求していきます。その際、RINGSで行っている活動も、大学全体、さらには学外も巻き込んだ活動へと発展させたいと考えています。そして、後半の第3クオーターと第4クオーターでは、全力でドラえもんをつくることに集中したいと思います。

── 大澤研究室には、どのようなことがしたい学生が集まってくるのでしょうか。

大澤 ── みんな、それぞれですね。例えば、今年は、手術ロボットをつくりたいと言ってやってきた学生がいました。「うちでは手術ロボットは作れないかも」とも思ったのですが、何度も面談を繰り返した末に研究室に入りました。後に医学部と連携して、本当に手術ロボットを作るプロジェクトも始まりました。RINGSでは、夢も、得意なことも異なる学生や研究者・あらゆる分野の専門家たちが集まって、お互いにリスペクトし合いながら、協力してそれぞれの研究に取り組んでいます。

── 学生の指導方針のようなものはあるのですか。

大澤 ── 指導するという風には思わないようにしているというのが方針でしょうか。私が考える正解を学生に学んでほしいとは思わないのです。目指すべきは、教育というよりプロデュースであり、大学という場で一人ひとりの素敵なところを一緒に伸ばしていければと考えています。

日本大学 文理学部 情報科学科 日本大学 文理学部 情報科学科

[ 脚注 ]

*1 エージェント:
ロボットや会話システムなど、人のように扱われることを目指した人工物の総称
Profile
大澤 正彦助教

大澤 正彦(おおさわ まさひこ)

日本大学文理学部 情報科学科 助教

次世代社会研究センター(RINGS) センター長

専修大学ネットワーク情報学部 ネットワーク情報学科 兼任講師

2015年慶應義塾大学理工学部卒、2017年慶応義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了、工学博士。

学部時代に設立した「全脳アーキテクチャ若手の会」は2,500人規模に成長し、日本最大級の人工知能コミュニティに発展。IEEE Young Researcher Award (2015年)をはじめ受賞歴多数。

孫正義氏により選ばれた異能をもつ若手として孫正義育英財団 一期生に選抜。日本認知科学会にて認知科学若手の会を設立・2020年3月まで代表。

グローバルな活躍が期待され、業界の常識を覆す挑戦をする各界の若きイノベーターとして「Forbes JAPAN 30 UNDER 30」2022に選出。

著書に『ドラえもんを本気でつくる(PHP新書)』。夢はドラえもんをつくること。

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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