JavaScriptが無効になっています。
このWebサイトの全ての機能を利用するためにはJavaScriptを有効にする必要があります。
クルマではCASEと呼ばれる、コネクティビティ(Connectivity)、自律化(Autonomy)、シェアリング(Sharing)、電動化(Electricity)の4つの技術がこれからのトレンドとなっている。これらクルマ側の技術トレンドに対し、クルマが走行する道路側の技術はどうなっているだろうか。コネクティビティでは、V2X(Vehicle to Everything)のXがクルマと道路インフラ側との接続となる。すでにコネクテッドカーは2017年6月の連載記事参考資料1で紹介したが、道路インフラ側の最近の動きが2つあり、1つはアダプティブ信号機対応による渋滞解消である。もう1つは電気自動車(EV)を無線で給電しながら走行させるという技術である。今回は道路から見たクルマの問題を解決しようという試みを紹介する。
CASEは、これからのクルマのトレンドを表す言葉としてドイツの自動車会社の経営トップが言い出した言葉だが、米国ではアルファベットの順序を並び変えて、ACES(エイシスと発音)と呼ぶことが多い。ACESは「複数のエース」という、ポジティブな意味になるためである。これからのクルマのトレンドを示す言葉として多くのエンジニアに支持されているようだ。
その頭文字の中で、道路と深く関係する技術はコネクティビティと電動化(EV)だろう参考資料1。道路側のインフラとクルマとのつながりが問題になるのは、交差点での衝突回避で、相手のクルマとのやり取りに、交差点でのデータ信号のやり取りが重要になるとされてきた。クルマ同士の直接的な通信もV2V(Vehicle to Vehicle)として5G通信のリリース16で仕様が決まってきた。
さらに交通渋滞解消の決め手となると期待されているのがアダプティブ交通信号機である。これは、例えば交差点で交通渋滞が発生している方向の信号機の青ランプの点灯時間を自動的に長くし、比較的すいている道路の信号機の青ランプの点灯時間を短くすることで、渋滞を解消しようというものだ(図1)。筆者が、最初にこの話を聞いたのは10年ほど前、インドの組み込みシステム開発企業のエンジニアからだった。
インドは数十年に渡ってひどい交通渋滞が続いている。そこで、クルマの数をセンサーでカウントして、それに応じて青信号の時間を変えようというアダプティブ信号機をインドのエンジニアが提案した。クルマの数と種類を数え、渋滞の長さをたちどころに判別し、信号の時間間隔をほぼリアルタイムで自動的に変えるシステムである。
従来の信号機は、例えば朝の7時から9時までは、ある方向の交差点での青信号の点灯時間を長くするようにプログラム設定し、交差する道路の青信号点灯時間を短くしている。しかし、これまでの経験に基づいて、点灯時間の長さを予めプログラムしているだけでは渋滞を解消できない。例えば高速道路で事故があり一般道にクルマが流れてきた場合や、一般道で事故があった場合には、従来の経験則では対応できなくなる。
この点、アダプティブ信号機は、どのような状況になっても即座に自動的に信号の点灯時間を変えることができる。このため渋滞にはなりにくいと期待されている。アメリカでは、2017年に運輸省がアダプティブ信号制御技術のコンセプトを打ち出している参考資料2。
インドのエンジニアとアダプティブ信号機に関して話をしていた当時は、まだ、AIが普及しておらず、カメラでクルマを検出・認識できなかった。このためセンサーを地中に埋め込む、あるいは道路わきの支柱にレーダーや半導体レーザーのようなセンサーを置く、という考えだった。地中にセンサーを埋め込むにはコストがかかるため、中小のスタートアップでは行政側の理解がなくては実現できなかった。
ここにきてアダプティブ信号機が現実解として登場してきた理由は、AIが使えるようになったからだ。信号機に設置した安価なCMOSイメージセンサーを搭載したカメラからの画像を元に、AIが乗用車やトラック、バス、バイクなどの車種を見分けられるようになった。車種によっては交差点でのカーブで時間がかかるため、信号待ちしている車種の見分けは重要なポイントになる。
しかも、これまでクラウド上に蓄積された学習データを基に推論するだけなので、AIチップが扱うデータ量は少なくて済み、コストを安くできる。もちろん、実際にはクルマの台数と渋滞時間や信号時間との相関を取り、予め学習させておく必要はある。また、アダプティブ信号機が渋滞解消の決め手になることを、これから検証しなければならない。
そこで、アメリカ・バージニア州のアレキサンドリア市(図2)では行政がアダプティブ信号の実証実験を行うための予算を2021年に獲得、2022年も申請している参考資料3。
アレキサンドリア市のウェブサイトによると(図2)、同市はインテリジェント交通信号機の運用を始める。リアルタイムでクルマの位置と走行データに対応し、交通の流れを最適化、遅れを解消し、停車時間を減らす試みとしてアダプティブ信号機に期待している。
アダプティブ信号機の運用開始に向けて、フェーズ1では交通信号の同期を、実際の交通状態に基づいて取り、アダプティブ交通信号機を2本の通りの信号機に設置する。そしてフェーズ2では、アダプティブ信号機の数を増やし、さらにアダプティブ信号機の制御とナビゲーションアプリ(カーナビのアプリケーションソフトウエア)との調和を図り、AIを使ってある短い時間での交通量の予測につなげていく。
さらに信号のアダプティブな制御を行うソフトウエア(ミドルウエア)や、ナビゲーションアプリなどのアップデートも通信回線で自動的に行えるようにする。これによって、常に最新データと情報によって信号機は変わることができるようになる。
アレキサンドリア市に問い合わせたところ、同市ではフェーズ1の実証実験をすでに始めており、フェーズ1の実験が終わり次第、フェーズ2の実験に入るという。フェーズ2の実験開始は2024年末を予定している。
今後は電気自動車(EV)の充電状態を気にしなくても済む時代が来るかもしれない。EVは1回の充電で走れる距離が短い。例えば初期の日産リーフの走行距離は実質200kmに満たなかった。もちろんバッテリーを大量に積めば走行距離は伸びる。例えば、テスラ(アメリカ)のモデル3ではバッテリー容量はスタンダード版が50kWhでEPA(米国環境保護庁)による基準では354kmの走行距離だが、ロングレンジ版では75kWhと電池セルの本数を増やし、走行距離を498kmと長くした。初期のリーフはバッテリー容量が33kWhと小さかったため、200km未満の距離しか走れなかった参考資料4。
リーフが登場した2010年代はじめに、電池の交換ビジネスのスタートアップが生まれたが、生き残れなかった。自動車メーカーが電池セルの本数を増やして電池容量を高めることで走行距離を伸ばしたからだ。しかし、電池容量を増やせば増やすほど充電速度は遅くなる。一般的な充電では数時間もかかる。ガソリン車並みの5~10分程度でないと消費者は受け入れない。
そこで急速充電器が登場してきているが、世界的な普及はまだ一般充電器の1/3〜1/4しかない。急速充電では電圧を例えば800V程度に上げて一気に電荷を注入する。ただし、過充電は危険なため、満充電の8割あるいは5割程度にとどめることが多い。
一方で、ワイヤレス充電をEVにも適用しようと提案する半導体メーカーも出てきた。クアルコム(アメリカ)は、2013年1月に東京ビッグサイトで開かれたオートモーティブワールドで、ワイヤレス充電技術を発表し、充電効率を上げる技術を追求していた。これまでワイヤレス充電技術は家庭内の据え置き型電話機の充電に使われてきた。最近ではスマートフォンやウェアラブルデバイスの充電にも使われるようになった。これをEVの充電に応用しようと同社は考えたのだ。同社はワイヤレス充電に成功すると、道路に沿って充電送信機を設置することで走行しながらの充電を提案した。
充電用送信機を多数道路に設置し、EVがその上を走るときには常に充電している状態になる。路面電車のように、パンタグラフで架線から給電するトロリーバスのワイヤレス版のような走行になるわけだ。架線からではなく、ワイヤレス送信機が埋め込まれた地中から無線で電力を受け取るという仕組みだ。
ここで、自動車用のワイヤレス充電とは何か、について図3を使って触れておこう。
ワイヤレス充電システムは、基本的には電力を無線で送信するアンテナコイル(図3の②)と、それを受信するアンテナコイル(同④)から成り立っている。無線で電力を飛ばすには電力を供給する電源と無線回路と電力増幅器(同①)が必要。送信アンテナコイル(同②)から電波(パワーの大きな大電力の電波)を飛ばし、磁界(同③)を発生させる。その磁界を拾った受信アンテナコイル(同④)は電波(交流)から直流を取り出し制御回路(同⑤)に電源を供給する。さらにDC-DCコンバータなどで電圧を調整しバッテリー(同⑥)に充電する。
このシステムは、もともと停止しているクルマを充電するために考え出された。送信アンテナコイルの上に駐車すると、クルマ側の受信アンテナコイルが電波を検知し、自動的に充電が始まる。その時に実は、送信する電波には単なる電力だけではなくデータも載せている。電波を送る、受け取る、充電を始めよ、といった一連のプロトコルが必要なためである。
クアルコムの充電パッドは、簡単・便利を基本とし、ここに独自の磁界結合技術を使い、送信パッド上に磁界結合コイルを数個使う構成としている(図4)。水平方向(XY)の位置ずれや、垂直方向のバラつきが多少あっても電力伝送できるように磁界結合効率を高めたという。
従来のワイヤレス電力伝送は、いわばトランスの1次コイルから2次コイルへ電力を伝送することと全く同じ原理であるが、2つのコイルの距離は数mm〜1cm程度しか離すことができなかった。しかし、自動車の充電では水平方向・垂直方向とも多少ずれても伝送できなくてはならない。そこでクアルコムは、ニュージーランドのオークランド大学が開発したDDQ(Double D Quadrature)技術を利用した。このためにオークランド大学内のハロ社を買収、クアルコム・ハロとした。
クアルコムの技術では、通常の50Hz/60Hzの交流を40kHz以上に変換し、この高周波電力を使って地上の送信パッド内に存在する共鳴磁界を作り出し、受信アンテナと共振共鳴させることによって、コイル同士の位置ずれが上下方向・水平方向に30cm程度あっても電力伝送できるとし、送受信の電力効率は90%程度としている。
なお、本装置では送信パッド上に金属製の異物を置かないことが前提となる。そのために異物検出システムも内蔵している。例えば駐車場で落としたコインが送信パッドに載っていると異物として検出し、ドライバーのスマホに知らせることができるという。
この送信パッドは地面に置いても地下に埋め込んでもよい。これを地下に多数埋め込むのが今回紹介する、走行しながら充電するシステムだ。クアルコム・ハロは走行しながらEVを充電する実験を2014年からフランスパリ郊外のベルサイユ地区で始めており、走行できることを実証している(図5)。クアルコムのニュージーランドの設計チーム、ドイツのミュンヘンの試作チームなどが協力して、このベルサイユでの実験を行った参考資料5。この時の周波数は85kHzであり、すでに世界標準で行われている。
海外では自動車メーカーも走行中のワイヤレス充電道路の実証実験を行っている。クライスラー、シトロエン、フィアット、オペル、プジョー、ジープ、アルファロメオの合弁会社であるステランティス(オランダ)は、フィアットの新型500を使ってワイヤレス充電実験を行った(図6)と2022年6月に発表した参考資料6。その結果、クルマに搭載しているバッテリーをほとんど消費せずに1050mのテストコースを走行した。
海外では、自動車メーカーだけではなく、ワイヤレス充電道路を作るメーカーも登場している。エレクトリオン(イスラエル)は、アメリカのデトロイト市にワイヤレス充電道路を建設する提案をミシガン州の運輸局から勝ち取った、と2022年2月に発表した参考資料7。エレクトリオンは、設計、評価、イタレーション、テスト、パイロット計画の実行を主導し、バスやトラックも含めた実証実験を行い、2023年までには運用にこぎつけたいとしている。
2022年7月、エレクトリオンはニューヨーク市とラスベガス市ともワイヤレス充電道路の開発でCTG(アメリカ)と契約を結んだ参考資料8。CTGはリムジンとタクシーを2800台所有する企業で、ガソリン車からEVへの転換を急いでおり、今回の契約となった。ただし、第1フェーズでは、ラスベガスでワイヤレス充電サービスをCTGに提供し、第2フェーズでラスベガス空港とホテルをつなぐ道路でのサービスにつなげる。
エレクトリオンはドイツでもワイヤレス充電道路設置契約を結び、ドイツのアウトバーン(高速道路)で1kmに渡って技術の実証に成功した参考資料9。このE|MPOWERプロジェクトは750万ユーロ(約10億円)をかけて2022年7月に始まった。北ババリア地方のアウトバーンの1km部分に渡ってワイヤレス充電システムを設置した。この成功を受けて、エレクトリオンは、さらにドイツのEV充電機メーカーのEnBW社と契約を結び、ドイツの公道で商用化サービスを始める参考資料10。1kmに渡りワイヤレス充電を行い、バスを走らせる(図7)。第1フェーズでは400mにわたりワイヤレス充電装置を埋め込み、2カ所にワイヤレス充電設備を設置する。第2フェーズで残り600mに渡ってワイヤレス充電装置を埋め込む。
ヨーロッパやアメリカで走行中のワイヤレス充電の実証実験や商用化が進む最大の理由は、コストである。EVのコストはバッテリーコストが最も高く、バッテリー容量が少なければ少ないほどEVは安くなる。外部から走行しながら充電できれば容量の少ないバッテリーで済む。
日本でも遅ればせながら、走りながら充電する実証実験が始まった。2017年に東京大学の藤本博志教授のグループと日本精工、東洋電機製造、そしてロームが参加して、千葉県柏市にある東京大学キャンパスの敷地で実証実験を行った(図8)。このときはわずか数mの実験道路に充電器を埋め込み、走行できることを実証しただけにとどまっている。
ただし、従来のEVとは異なり、モーターとインバータなどを車輪のホイール内に納めるインホイールモーター方式のクルマを試作した。インホイールモーターは4輪の車輪が独立して動くことができるため、縦列駐車が容易で自動車のボディ設計の自由度が増すというメリットもある。磁気共鳴方式で充電するが、この方式だと決まった共鳴周波数の受信アンテナ回路で受けるため、トランスのような磁束が及ばなくなるくらい送受信コイル同士が離れても共鳴電波が届く限り充電できる。ロームは、送電電力を上げるためSiCパワーMOSFETを提供するためこのプロジェクトに参加した。
東大の藤本グループの実験成功を機に、日本でもさまざまな企業がワイヤレス充電システムの実用化を検討し始めた。建設会社の大林組とデンソーのグループは2025年をめどに実用化を目指すとしている。実証実験を始めた大林組の技術研究所では、コイルを道路に埋めた場合、小型EVが時速15kmで走行できる水準は達成できたという。NEXCO東日本でも2021~2025年度の中期経営計画において、道路側から自動運転を支援するための通信設備を揃えることや、走行中のワイヤレス給電設備の整備計画も含まれている。
大成建設と豊橋技術科学大学、大成ロテックの3社は2022年9月に、走行中のEVに連続して無線で電力を供給する道路「T-iPower Road」の実証実験を開始すると発表した。この実証実験は2023年12月までに商用車の通行が多い高速道路への実装を前提とした10kW無線充電が可能な道路の実用化システムの確立を目指しているとしている。大成グループは2012年より、この道路の開発を進め、長距離・連続走行が可能な無線充電道路の基本システムに向けてノウハウを蓄積してきたという。
以上、ワイヤレス充電システムは欧米の方が動きは速い。特にイスラエルのワイヤレス充電メーカーは、各国でコラボレーションしながら、ビジネスを広げている。日本の民間企業はビジネスというより、NEDOや国土交通省のプロジェクトとして実験してみている段階にとどまっている。
EVを補助金なしでもっと安く提供するために、走行中のワイヤレス充電技術が注目されており、世界と競争するためには日本はもっと経営スピードを上げ、本気で商用化を目指す必要があるだろう。
津田 建二(つだ けんじ)
国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト。
現在、英文・和文のフリー技術ジャーナリスト。
30数年間、半導体産業を取材してきた経験を生かし、ブログ(newsandchips.com)や分析記事で半導体産業にさまざまな提案をしている。セミコンポータル(www.semiconportal.com)編集長を務めながら、マイナビニュースの連載「カーエレクトロニクス」のコラムニストとしても活躍。
半導体デバイスの開発等に従事後、日経マグロウヒル社(現在日経BP社)にて「日経エレクトロニクス」の記者に。その後、「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」、「Electronic Business Japan」、「Design News Japan」、「Semiconductor International日本版」を相次いで創刊。2007年6月にフリーランスの国際技術ジャーナリストとして独立。著書に「メガトレンド 半導体2014-2025」(日経BP社刊)、「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、「欧州ファブレス半導体産業の真実」(共に日刊工業新聞社刊)、「グリーン半導体技術の最新動向と新ビジネス2011」(インプレス刊)などがある。