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Science Report
サイエンス リポート

最先端半導体のパッケージング技術にはシミュレーションツールが不可欠に

~ 半導体エレクトロニクスと機械系ソフトウェアが接近

文/津田 建二
2024.05.08
最先端半導体のパッケージング技術にはシミュレーションツールが不可欠に

半導体と機械系ソフトウェアとの接近は、MEMS(微小機械・電気システム)ビジネスが立ちあがってきた1990年ころから始まった。MEMSビジネスはiPhoneの登場で大量生産ビジネスに発展したが、単価が低かったために半導体産業全体には、それほど大きな影響を与えなかった。しかし、チップ同士をつなぐ3次元IC(3D-IC)が登場してから事情が変わった。3D-ICやチップレットと呼ばれるIC内の一回路などを積み重ねることが、今後増えていくという見通しが立って来たため、重ねる前にシミュレーションで確認しておこう、という動きが出てきたからである。その実態を見ていこう。

半導体と自動車は密接な関係

1980年代に自動車のサプライチェーン産業の方に取材をした際、あるエンジニアが「金属部品を機械的に折り曲げ続けると、最後は必ずポキッと折れてしまうが、シリコンは決して壊れず丈夫だね。」と話した。完全結晶のシリコンは何十万回繰り返し折り曲げ続けても折れない。「シリコンが丈夫であること」に自動車メーカーが注目して、MEMSを使用した加速度センサーは衝撃吸収のエアバッグに使用された。

思えば、自動車のエレクトロニクス化は1970年代から始まっていた。当初、燃費の向上と排ガス規制を両立させる手段として、電子制御に半導体のマイコン(MCU:マイクロコントローラー)と周辺用半導体が使われ始め、今では電子制御は当たり前になった。

半導体はEDA、機械はCADの支援ツール

現在、自動車の車体や車両システムは機械的な設計で決まることが多い。その機械設計を支えてきたツールがCAD(コンピュータ支援設計)やCAE(シミュレーション)などのソフトウェアだ。今やCADやCAE、CAM(コンピュータ支援製造)、PLM(製品ライフサイクル管理)など、自動車やモノづくりを支援するソフトウェアツールは、幅広く揃ってきた上、パソコンやワークステーションベースで動かせるようになるなど、誰もが使えるレベルになってきた。

一方、半導体では、プロセスやデバイス構造を支えるシミュレーションツールのTCADが、トランジスタ単体の設計評価などに使われると共に、複雑な集積回路(IC)設計工程でEDA(電子設計の自動化)と呼ばれるソフトウェア設計ツールを使うのが主流になっていた。論理回路をHDLやVerilogと呼ばれるプログラミング言語で記述し、論理設計から回路図に落とす論理合成、そして回路のレイアウトや配線などの自動化にソフトウェアツールが使われるようになったのだ。ICの集積度が上がり、回路構成が複雑になると、その複雑性に対処するために設計の自動化技術が必要になったのである。そのため、これまで半導体と機械のCADとは、あまり接点がなかった。

2007年にスマートフォン(iPhone)に加速度センサーやマイクロフォンでMEMS技術が使われるようになってから、MEMSデバイスは大量生産されるようになった。シリコンウェーハを加工して作られる薄いメンブレン膜(シリコンやその酸化膜など)やカンチレバー(片持ち梁)など、機械的な動作をするMEMSデバイスが量産されるようになり、その設計ツールが登場した。機械的な動作を電気信号に変換するために必要だったからだ。しかしMEMSデバイスは単価が安く、半導体産業全体に大きな影響を与えることはなかった。

チップレットなどの登場により必要なツールとは

ところが最近になり、事情は大きく変わってきた。ICチップや一部の回路(チップレット)を重ねたり、共通基板上に配置したりするようになると、チップ間との相互作用が目立つようになってきたのだ(図1)。つまり熱や電流分布の影響を互いのチップやチップレットに受けやすくなってくる。しかし、一度くっつけてしまったチップ同士で不良品が見つかれば廃棄しかない。このため、くっつける前にシミュレーションでチップの動作を模擬的に表し、結果を評価する必要に迫られた。つまりシミュレーションでICを評価するような必要性が出てきたのである。

3D-ICの典型的な例のHBMメモリ
[図1]3D-ICの典型的な例のHBMメモリ
出典:https://techovedas.com/how-in-memory-computing-could-be-game-changer-in-ai/#google_vignette

ファウンドリと続々業務提携

産業界では、シリコン半導体のEDAツールに留まらず、MEMSデバイスの設計ツールや自動車のワイヤーハーネスの設計ツールなどを手掛けていたMentor Graphic(アメリカ)を、2017年にSiemens(ドイツ)が買収した。同社のソフトウェア部門は機械系設計ツールを提供する企業である。

そして、この1年の間に、様々な物理現象を模擬するシミュレーションソフトウェア企業のAnsys(アメリカ)が、TSMC(台湾)、UMC(台湾)、Global Foundries(アメリカ)、Intel Foundry Services(アメリカ)、Samsung Foundry(韓国)など、大手ファウンドリメーカーと次々に業務提携した。

先端パッケージの実例、AMDのMI300
[図2]先端パッケージの実例、AMDのMI300
出典:AMD

先端半導体のパッケージングにはシミュレーションが不可欠

これらファウンドリ企業たちが、3D-ICやチップレット実装などを一つの基板(サブストレート)に集積する「先端パッケージ」(図2)を手掛けるために、シミュレーションが必要になってきたからだ。

先端パッケージでは、機械設計で使われたCADを使ってチップの物理的な形状を描いたのちに熱の分布や電流分布をシミュレーションで表現する必要がある。さらにMaxwellの電磁界方程式を解くことによってノイズや高周波解析、シグナルインテグリティなどをシミュレーションして3D集積回路が正常に動作するかどうかを確認する必要がある。またチップを製造する場合のリソグラフィでは光学解析によって最適な光源形状やパターン形状を求める必要も出ている。さらにシステム解析では、共有メモリやGPU、アーキテクチャなどHPC(高性能コンピューティング)間の信号伝達や消費電力の解析などシミュレーションや、AI(機械学習)を使った高速のソルバーも欠かせなくなってくる。こういった複雑なシミュレーションツールを得意とするAnsysとのコラボレーションするために先端パッケージを手掛けるメーカーが近づいてきたのだ。

3D-ICの温度分布をシミュレーションで可視化する。ICパッケージ内部の温度分布(左)とGPUを使った数値計算の可視化の例(右)
[図3]3D-ICの温度分布をシミュレーションで可視化する。ICパッケージ内部の温度分布(左)とGPUを使った数値計算の可視化の例(右)
出典:Ansys

2nm以下の微細プロセスにもシミュレーションは欠かせない

先端半導体にとってシミュレーションが必要なのはパッケージング技術だけではない。プロセス技術でも重要な位置を占めつつある。2024年2月にIntelは、Ansysと包括契約を行い、Ansysのマルチフィジックス(熱や信号波形、電流分布など複数の物理現象)を扱うシミュレーションツールをIntel 18Aのプロセスに導入すると発表した参考資料1。Intel 18Aでは、FinFETに代わるGAA(ゲートオールアラウンド)トランジスタであるRibbonFET技術と、裏面電源供給技術(電源供給ラインを別ウェーハで形成し、信号処理ウェーハに張り付ける技術)を活用するため、張り付ける前にAnsysのシミュレーションで、シグナルインテグリティや静電破壊対策と電磁波解析をチェックしておく必要がある。

2023年の売り上げでIntelやSamsungを追い抜いてトップに躍り出た半導体メーカーのNVIDIA(アメリカ)がSiemensと提携した理由も、自社のOmniverseと、それを動かすハードウェアであるGPUを販売するという背景があった。NVIDIAはリアルタイムでCGか写真か、見分けのつかないほど鮮明な画像を作製するレイトレーシング技術の高速化、すなわちリアルタイム動作を実現していた。このためSiemensにとって、より鮮明なデジタルツインを実現でき、しかも工業用メタバースへの近道になると判断した。

機械系ソフトウェアではCADで製品の外形を描き、その上で例えば発熱を計算しシミュレーションすることで、CAD製品の上で温度の高いところと低いところを色分けなどで表現してきた(図4)。3D-ICでも2種類のチップを積層する回路構成の例では、上のチップと下のチップをどの向きに置くことが望ましいのか、配線の短さで性能を競う場合と、発熱箇所が一致しないように配置する場合とではトレードオフを検討する必要がある。同じ場所に発熱体があれば、3D-ICはより多くの熱を出すことになってしまい、信頼性上問題が起きる。

電気自動車のバッテリモジュールを並べたバッテリパックにおける温度分布。赤い方が高温を示している
[図4]電気自動車のバッテリモジュールを並べたバッテリパックにおける温度分布。赤い方が高温を示している
出典:Ansys

シミュレーションなら、どの向きにチップを置くと最も速く熱を逃がしやすいか、事前に評価できるが、実際にくっつけてしまえば手遅れになる。

今後も業界の垣根を超えたコラボレーションが起こる

機械系ソフトウェアはCADやCAEだけではない。一つの製品の開発に必要な部品や材料、プロセスレシピなど、さまざまな技術を一つの共通ソフトウェアに載せておけば、量産に移しても、開発時と同じ部品や材料を使うことができる。さらに量産を停止して製品の出荷を停止する場合に、それまでに流したプロセス条件やウェーハ処理枚数などのデータを管理するPLM(Product Lifecycle Management)と呼ばれるソフトウェアもある。製品の開発から生産終了まで全ての工程に関係するデータを保存管理する。一種のコンテンツ管理システム(CMS)と似たようなソフトである。

これまでは機械系のモノづくり企業向けに使われてきたが、もちろん半導体工場でも使える。こういったPLMソフトウェアウエアをPTC(アメリカ)やDassault Systemes(フランス)などが供給しており、機械系と半導体との距離は、さらに縮まるに違いない。

また、必ずしも機械系ではないが、プリント回路基板メーカーのAltium(アメリカ・オーストラリア)をルネサスエレクトロニクスが買収するというニュースも出てきた。半導体は、その応用範囲が広がるにつれ、さまざまな業種が絡むようになる。この広がりは今後もますます進むであろう。

[ 参考資料 ]

1. “Intel Foundry Expands Support for Ansys Multiphysics Signoff Solutions with Intel 18A Process Technology”, Ansys Press Release, (2024/02/22)
https://www.ansys.com/news-center/press-releases/2-22-24-ansys-certified-by-intel-foundry-for-advanced-3dic-signoff
Writer

津田 建二(つだ けんじ)

国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト。

現在、英文・和文のフリー技術ジャーナリスト。

30数年間、半導体産業を取材してきた経験を生かし、ブログ(newsandchips.com)や分析記事で半導体産業にさまざまな提案をしている。セミコンポータル(www.semiconportal.com)編集長を務めながら、マイナビニュースの連載「カーエレクトロニクス」のコラムニストとしても活躍。

半導体デバイスの開発等に従事後、日経マグロウヒル社(現在日経BP社)にて「日経エレクトロニクス」の記者に。その後、「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」、「Electronic Business Japan」、「Design News Japan」、「Semiconductor International日本版」を相次いで創刊。2007年6月にフリーランスの国際技術ジャーナリストとして独立。著書に「メガトレンド 半導体2014-2025」(日経BP社刊)、「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、「欧州ファブレス半導体産業の真実」(共に日刊工業新聞社刊)、「グリーン半導体技術の最新動向と新ビジネス2011」(インプレス刊)などがある。

URL: http://newsandchips.com/

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