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半導体ビジネスには、設計データからマスクを作るデザインハウスが必要だ。フォトマスクはICの設計図であり、これを設計側から提供してもらわなければICを製造できない。ICの顧客は論理設計までなら何とかするところもあるが、シリコン上の回路設計やマスク設計は、やらないのが普通である。ましてや、マスクまで作ることは決してない。そこで出番となるのが、シリコン上の回路設計やパターン設計、さらにマスク出力までを担うデザインハウスである。米国のGoogleやMetaのAIチップを設計しているのは、実はBroadcomだ。ファウンドリ企業の中には、デザインハウスを組織化してエコシステムを構築しているところもある。日本のDNP(大日本印刷)やTOPPAN、NSWは、TSMCの設計エコシステムのメンバーである。設計をないがしろにしては、ファウンドリのビジネスは回らない。
日本にファウンドリ企業が誕生し、日本の半導体産業が復活の兆しを見せている。半導体業界に就職する電子工学科卒業の学生も増えている。半導体が重要な産業であると、民間だけではなく行政機関でも認識するようになった。
ただ、ファウンドリ企業が出来たからといって、すぐに日本半導体が復活する訳ではない。ファウンドリビジネスが成功するためには、製造だけではなく設計も重要になる。「ファウンドリサービスは、わが社でも行っていた」と、かつての国内半導体企業のエンジニアは言う。しかし、1990年代の日本の半導体企業は、「製造ラインが余っていたら、他の企業にも貸してあげる」というスタイルであり、積極的に営業スタッフが顧客を開拓していたわけではなかった。TSMCなどが成功したのは、技術を向上させた上に、積極的に顧客を開拓していたからだ。
ファウンドリビジネスは、ユーザーが所望する性能や機能を満たす半導体ICを製造する産業である。製造しても設計通りの性能が出ていなければ、何度も作り直さなければならない。ユーザーの希望を満たすために、設計とのインターフェイス(PDK:プロセス開発キット)も提供する。本来、ユーザーのために、そこまでする必要はないのだが、設計とのインターフェイスをきちんと合わせておかなければ、所望の性能は得られない。だから設計工程も理解しておく必要があるのだ。
米国のNVIDIAやAMD、Qualcomm、Broadcom、Appleなどのファブレス半導体企業は、ファウンドリ企業が提供するPDKに従って設計し、マスクデータまで作ってから、マスクメーカーにフォトマスクを作製してもらう。
繰り返しになるが、ファウンドリ企業が出来さえすれば、日本の半導体産業が復活するわけではない。ファウンドリの主要な顧客であるファブレス半導体企業が、国内に多数いなければ、顧客がいないことになる。
米国には製品を企画して設計まで完了できるファブレス半導体の顧客が多数いるが、日本には、まだそうした顧客はいない。台湾が半導体王国と言われているのも、ファウンドリ企業があるからではない。ファウンドリの顧客となるトップテンランクのファブレス企業も多数いるからだ(表1)。
これに対して韓国はメモリビジネスこそ強いものの、日本同様ファウンドリやロジックは弱い。メモリは設計がそれほど複雑ではないため、設計と製造を分離する必要がなく、IDM(設計と製造を行う半導体企業)と呼ばれる形態を推進している。
日本は本来、メモリが極めて強く、1990年半ばまで世界の上位にいた。1980年前半に米国のHewlett-Packard が、日米のDRAM製品の信頼性試験を行ったところ、日本のDRAMの信頼性が最も高かった。これにより日本のDRAMを採用するコンピュータメーカーが増え、日本はDRAMをどんどん増産し、一時代を築いた。
だが、そこに落とし穴があった。コンピュータメーカーが大容量化を望んだため、日本のDRAMは、ひたすら4倍のメモリを1世代ごとに開発していた。つまり次の製品のマーケティングをしなくても済んだ。
過去、日本の半導体産業はシステムLSIというSoCの道を進んだが、SoCでは欠かせないファブレスとファウンドリという道を選択せず、IDMのまま静かに衰退していった。SoC設計では企画やマーケティングが重要であることを理解できず、製造部門では多品種少量の生産体制を構築できなかった。
日本で始まったファブレス半導体は、設計の下請け的な面が強く、独自の製品を企画して多くの企業に提供できるようになっていない。
日本でも設計人口やファブレス企業が増えると、売れる製品を企画設計できる企業が生まれてくる可能性は高まる。自分で製品を企画できる企業が生まれたら、設計も手掛けることになる。半導体を含むすべてのモノづくりは、設計図を描くことから始まるからだ。設計図があれば製造工場を動かし、製品を作ることができる。
IC設計者が製品企画を手掛けられるようになれば、ファブレス企業が続出し、その設計図を元にファウンドリ企業は製造できるようになる。外国の顧客を頼るだけではなく、日本国内でも顧客を得られるような体制を創れば、日本のファウンドリ企業本領を発揮できるようになる。
ただ、残念なことに、この半導体IC設計という電子回路設計に関しては、新聞やテレビ、インターネットなどのメディアでは取り上げられず、製造技術のことしか語られないことが多い。しかし、IC設計の重要性を訴求していけば、日本でも設計人口が増えていくかもしれない。そのためには大学との協力が不可欠だ。
カリフォルニア工科大学(通称カルテック)のカーバー・ミード教授と、ゼロックス・パロアルト研究所のリン・コンウェイ氏によって書かれた「Introduction to VLSI Systems」というIC設計の教科書は、米国の半導体産業界に大きな影響を与えた。1979年に発行された本書は、大きな評価を受けたと同時に、カルテックだけではなく、さまざまな大学の教科書として使われた。今話題のNVIDEAのジェンスン・ファンCEOも、この本でIC設計の勉強をしたと述べている(図1)。
残念ながら、今の日本にはIC設計を教えることのできる教授が極めて少ない。IC設計を教えられる教授陣を増やし、学生たちを増強できるようになれば、日本のファブレス企業の発展にも期待できるようになる。
今、日本では、製造専門のファウンドリ企業が、生産に向けて準備を進めている。では顧客であるファブレス企業やシステム企業は、マスクデータまで作製してくれるのだろうか。ファブレス企業は設計を行うことが業務だから、当然設計作業を全て行ってマスク出力データまで可能だろう。ただし、マスクそのものの製作は、マスクメーカーに任せることになる。
基本的な半導体IC設計の手順参考資料1のマスク作製以外の設計工程は、ファブレス半導体企業ならお手のものだが、電子回路設計の知識のない企業では、デザインハウスに依頼することになる。例えばMetaやAmazonなどのように、本業がインターネットサービス企業の場合は、最初の論理設計作業はなじみがない。デジタル電子回路を熟知した上で、さらにHDLやVerilogなどのコンピュータ高級言語でプログラミングしていく必要があるからだ。当然のことながらプログラミングすることで生じるデバッグや、形式のチェック、回路の正しさなどの検証作業も加わる。一般にIC設計には2~3年程度かかる。これを短縮するための技術も開発されているが、短くても1~2年はかかり、製造の3~4カ月とは大きく異なる。
これらの設計作業の中で、最初の論理設計までは、扱えるユーザー企業もある。AppleやGoogleなどは自社内に半導体IC設計者を抱えており、スマートフォンやタブレットやPCレベルまでのチップ設計を扱うことができる。しかし、AIデータセンターのような成長分野向けのチップ開発までは手が回らず、デザインハウスとしてBroadcom(図2)に設計を依頼する契約を交わしているようだ参考資料2。
逆に、論理設計をユーザーに任せるファウンドリもあるが、ファブレス企業以外のユーザーで論理設計できる企業は、それほど多くない。
ファウンドリ社内で論理合成/ネットリスト作成以降の設計作業を請け負うところもある。この場合、VerlogやHDLの習得時間がかかるので、自社設計が少ないのならデザインハウスに依頼すべきだろう。自社内で設計を手掛けると、コストがかかりすぎて賄いきれなくなる可能性がある。
日本の半導体が衰退した要因の一つは、設計の複雑なSoCのような少量多品種製品で欠かせない、ファウンドリとファブレスとの分離に対応できなかったことである。メモリのような量産品で、かつ設計が単純な場合は、IDMで対応できるが、月産20~30万個の少量多品種製品は、多数の顧客からの注文を受けられるファウンドリでなければ対応できない。ファウンドリが自社内で設計作業も行えば、かつてのIDMと同じように失敗してしまう可能性がある。ファウンドリもファブレスもできるだけ身軽にして、事業を続けられるようにすることがビジネス上欠かせない。
日本にもようやくファウンドリ企業が生まれ、頭脳というべき複雑なSoCをビジネスとして展開できるムードが出てきた。しかし設計作業の充実には、まだエンジニア人口が足りず、このためファブレス半導体企業がまだ少ない。世界のファブレス半導体企業トップ10にさえ入れないことに不安がのこる。
解決には行政とアカデミアがタイアップして半導体設計分野の教師と学生を増やすことが早道だ。かつて京都大学の小野寺秀俊名誉教授は、「半導体ビジネスは儲かる」と退官時の最終講演で述べていた。複雑なSoCは需要が次々と生まれるからだ。今ならAIチップ、AI学習・推論チップ、さらにエッジAIチップ、次にエージェントAIチップ、さらにフィジカルAIチップなど、この先5~10年は需要が途切れることはない。
今後、半導体設計人口を増やす方向に向かうかどうかに、日本の半導体産業の成否がかかっている。行政やアカデミアにも期待したい。
津田 建二(つだ けんじ)
国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト。
現在、英文・和文のフリー技術ジャーナリスト。
30数年間、半導体産業を取材してきた経験を生かし、ブログ(newsandchips.com)や分析記事で半導体産業にさまざまな提案をしている。セミコンポータル(www.semiconportal.com)編集長を務めながら、マイナビニュースの連載「カーエレクトロニクス」のコラムニストとしても活躍。
半導体デバイスの開発等に従事後、日経マグロウヒル社(現在日経BP社)にて「日経エレクトロニクス」の記者に。その後、「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」、「Electronic Business Japan」、「Design News Japan」、「Semiconductor International日本版」を相次いで創刊。2007年6月にフリーランスの国際技術ジャーナリストとして独立。著書に「メガトレンド 半導体2014-2025」(日経BP社刊)、「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、「欧州ファブレス半導体産業の真実」(共に日刊工業新聞社刊)、「グリーン半導体技術の最新動向と新ビジネス2011」(インプレス刊)などがある。