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スマートフォンから電気自動車まで、私たちはリチウムイオン電池(LIB)をエネルギー源として動く多様な機器を活用して生活・社会活動を営んでいる。しかし、その普及が加速するにつれて、いくつかの深刻な課題が浮き彫りになってきた。その一つが、電池を作る際に用いる材料の安定調達に関する課題だ。リチウムやコバルトといったLIBの主要材料はいわゆるレアメタルであり、その埋蔵地は南米などに偏在している。このため、地政学的リスクや資源の安定、そして需要増に伴う価格高騰が、LIBとその応用機器のサプライチェーンの持続可能性を脅かす懸念材料となっている。
カーボンニュートラル達成に向けて世界中で動力源や熱源の電化が進む中、蓄電手段としてのLIBの重要性は高まる一方だ。エネルギーを安定的かつ円滑に利用するための戦略物資の一つとなっており、その安定調達は個人や企業のレベルだけでなく、国家レベルの関心事となっている。
こうした状況を背景として、LIBの代替もしくは補完技術として急速に注目を集めているのが「ナトリウムイオン電池(Sodium Ion Battery:SIB)」である(図1)。ナトリウムイオン電池はLIBと同様に充放電を繰り返して使用可能な二次電池の一種である。その基本的な動作原理もよく似ている。最大の相違点は、電荷を運ぶイオンとして、希少なリチウムではなく、地球上に無尽蔵に存在する資源であるナトリウムを使用する点にある。
SIBは、LIB技術の基礎研究が活発化した1980年代初頭から存在するアイディアである。ただし、電池の構成部材の材料開発に高い壁があり、研究が停滞し、実用化に進まなかった。ところが、2000年代初頭、最大の壁とされていた負極材料にブレークスルーが生まれたことで、技術開発が再加速。現在では、多くの研究機関や企業がSIBの技術開発に取り組んでおり、既に実用化する動きも出てきた。
そもそもSIBとは、いかなる原理・構造・特徴を持つ二次電池なのか。SIBとLIBは、共に「ロッキングチェア型」と呼ばれる原理で充放電を繰り返すことを可能にしている電池である。充電時には正極(カソード)から負極(アノード)へ、放電時には負極から正極へと、電解液中で電荷を帯びたイオンが移動。電極材料に電荷を出入りさせることでエネルギーを蓄えたり放出したりする仕組みである。この電荷の運び手(チャージキャリア)として、LIBではリチウムイオン(Li+)を利用しているのに対し、SIBではナトリウムイオン(Na+)を使っている(図2)。
チャージキャリアの種類を変えるためには、電池を構成する各部分の材料も親和性の高いものへと、ほぼすべて取り替える必要がある。LIBにおいて、電荷を出入りさせるために使用する電極材料として、正極にはコバルト酸リチウム(LiCoO2)などを、負極には黒鉛(グラファイト)などを利用していた。一方、SIBでは、正極にはナトリウムイオンを吸蔵・放出できる材料の開発が必要になる。ここにはナトリウム系の層状酸化物(一例としてNa(NiMnFe)O2)など多様な候補が提案されている。負極材料の開発は、SIBの実現に向けて最大の課題とされていた部分だ。ナトリウムイオンは、リチウムイオンよりもサイズが大きいため、LIBの負極材料として有効だった黒鉛では層間に効率的に挿入されにくいからだ。近年、ここにより層間が広く乱れた構造を持つ「ハードカーボン(難黒鉛化性炭素)」が利用できることが発見され、SIBの実用化が一気に近づいた。
電極で受け取った電荷を効率よく集めて外部回路に送り出すための集電体(コレクタ)や、電極間でチャージキャリアを運ぶ電解液にも、SIBではLIBと異なる材料を利用する。集電体用の材料は、SIBの方がLIBよりもむしろ選択条件が緩い。LIBでは、リチウムが合金化しない金属を選ぶ必要があったため、負極の集電体には比較的高価な銅箔を使う必要があった。これがLIBでは、安価なアルミ箔を正極と負極の両方で利用可能である。電解液は、LIBではリチウム塩(LiPF6など)を用いるのに対し、SIBではナトリウム塩(NaPF6など)を利用する。
SIBを構成する材料は、LIBとは大きく異なる。ただし、材料を変えさえすれば、既存のLIB工場に大きな改修を加えることなく、ほぼそのままSIBを生産できる可能性が高い。この点は、SIBの技術開発が成熟すれば、量産化へのハードルは思いのほか低い可能性があることを示唆している。
電池の構成材料が変われば、特性も大きく変わってくる。LIBよりも優れている点が多いが、劣る面もある(図3)。
まず、二次電池に蓄えられる電力の量、すなわちバッテリーの持ちに直結するエネルギー密度が変わる。残念なことに、エネルギー密度の観点から見ると、SIBはLIBよりも本質的に不利だ。ナトリウムはリチウムに比べて原子量が約3倍であり、イオン体積が約2倍大きい。このため、単位重量あたり(重量エネルギー密度、Wh/kg)および単位体積あたり(体積エネルギー密度、Wh/L)に蓄えられるエネルギー量が原理的に少なくなる。高性能な車載用LIBでは200~270Wh/kgに達するのに対し、現時点で実用化された第一世代SIBのエネルギー密度は160Wh/kg程度である 。このため、軽量・小型化が最優先されるハイエンドスマートフォンや長距離走行性能が求められる高級EVには現時点では不向きとされる。ただし、研究レベルでは、エネルギー密度の向上に成功したという研究成果も出てきている。例えば、東京理科大学の研究チームは、2023年に、新たな合成法によって作製したハードカーボンを負極に用いることで、フルセルで312Wh/kgという極めて高いエネルギー密度を達成したと報告している。これは、SIBが高エネルギー密度化して、さらなる高性能化を目指せる可能性を示した成果である。
その一方で、急速充電性能に関しては、SIBはLIBよりも優れた急速充電能力を示すことがはっきりしている。ナトリウムイオンのサイズが大きいことや、ハードカーボン負極の構造がイオンの高速移動を促すためと考えられている。既に、室温で15分間に80%まで充電可能であると報告しており、理論的にはさらに高速化できる可能性も示唆されている。EVへの適用を考えた場合、航続距離では劣るが、充電時間が短くストレスの少ない運用が可能になる。
次にコスト。この点では、SIBはLIBに対する本質的優位性を持っている。主材料であるナトリウムは地殻中に6番目に多く存在する元素である。海水や岩塩から世界中で調達可能である。このため、安価だ。さらに、負極集電体に安価なアルミニウム箔を使えることも加わり、材料コスト全体でLIB比30~40%削減できるという試算がある。ただし、現状ではサプライチェーンが未成熟なため、この潜在的コストメリットが市場価格に完全に反映されているわけではない。
そして安全性。この観点からみると、SIBはLIBよりも高い優位性を持っていると言える。まず、SIBの化学系は、LIBの系に比べて熱暴走を起こしにくいとされている。また、SIBのセルは損傷することなく完全に0Vまで放電できるため、輸送中の発火リスクをほぼゼロにできる。これは物流における極めて重要な安全・コスト上のメリットになる。ただし、金属ナトリウム自体は水と激しく反応する危険物である。完成したSIB中に金属ナトリウムが存在するわけではないため利用時の安全性には問題ないが、製造工程では厳格な水分管理や安全対策が不可欠である。この点では、LIBも大差ない。
一方、充放電の繰り返しによる劣化であるサイクル寿命に関しては、初期のSIBでは課題があった。ただし、近年の技術開発で飛躍的に向上している。既に製品レベルで数千回、中には1万回や5万回を超えるサイクル寿命をうたうものも登場。むしろ、LIBを凌駕するレベルに達しつつあると言える。ただし、市場での実績が豊富なLIB技術に比べると、長期的信頼性の実証はこれからの課題となる。
さらに、EV用バッテリや定置型蓄電システムなどへの応用で重要な作動温度範囲は、SIBの際立った強みであると言える。特に低温環境での性能維持能力に優れる。-20℃の環境でも90%以上の容量を維持し、研究レベルでは-40℃での動作も報告されている。一般的なLIBが低温で著しく性能低下するのとは対照的であり、寒冷地での利用に大きな可能性を秘めている。高温側でも80℃程度まで安定して動作する製品も登場している。
次世代電池として注目を集めている技術には、ナトリウムイオン電池と並んで「全固体電池」と呼ばれるものがある。電解液の役割を安定した固体物質に変えることで特性向上を目指す、チャージキャリアを変えるSIBとは異なるコンセプトに基づく技術革新である。チャージキャリアに注目して技術を分類した場合、現在開発が進められている全固体電池のほとんどはLIBの一種であると言える。言い換えれば、SIBと全固体電池両者を融合させて、SIBを全固体化することも可能であるということだ(図4)。
全固体電池では、可燃性の液体電解質を、硫化物系や酸化物系などの固体電解質に置き換える。全固体化の主な目的は、液漏れや発火のリスクをなくして安全性を劇的に高めること、さらにはリチウム金属負極といった高エネルギー密度材料の使用を可能にすることにある。ただし、現時点では、製造コストの高さや固体同士の界面を良好に保つことの難しさが実用化に向けた課題となっている。
なお、液体電解質を用いる既存のSIBを全固体化することで、高い安全性などSIBの長所を底上げし、エネルギー密度などLIBの短所を補うことができる可能性がある。また、電解質の全固体化に伴って増大するコストを、コストメリットが大きいSIBの特徴である程度補完できる可能性もある。ただし、全固体SIBを実現するためには、固体電解質はもとより、電極など他の構成要素もLIBベースの全固体電池とは異なる固有の材料を探し出す必要がある。既に、日本電気硝子などが、全固体SIBの開発に着手している。酸化物系の全固体電池であり、宇宙、深海、医療など過酷な環境で使用する機器の電源向けの使用温度範囲が極めて広い電池の実現を目指したものだ(図5)。
現在、SIBの開発と実用化において、世界を圧倒的なスピードでリードしているのが中国である。その背景には、自国のエネルギー安全保障を確保し、次世代技術における世界の主導権を握るという、国家レベルの明確な産業戦略がある(図6)。
中国は世界最大の電池生産国である。ただし、レアアースなど希少鉱物を多く算出する国土を持つ中国ではあるが、なぜかLIBの原料となるリチウムに関しては、その多くを輸入に依存している。豊富な国内資源を利用できるSIBの技術開発と実用化、その応用拡大を推し進める背景には、リチウムの輸入に依存する生産体制から脱却し、巨大なEV産業や蓄電池産業を海外の資源価格の変動や供給途絶のリスクから守る意図がある。
中国政府は、SIBを、次世代エネルギー貯蔵技術の重点分野として明確に位置づけている。国家発展改革委員会(NDRC)などの政府機関は、研究開発の促進、実証プロジェクトの支援、そして大規模な産業化を後押しする政策を次々と打ち出している。さらに、「セルエネルギー密度150Wh/kg以上、サイクル寿命1万回以上、セルコスト0.3元/Wh(約6円)以下」といった具体的な性能・コスト目標を設定して、産業界全体の開発を強力に牽引している。
こうした国家戦略の下で、中国の主要企業はSIBの商用化に向けて猛烈なスピードで動いている。世界最大の電池メーカーであるCATL(寧徳時代新能源科技)は、2021年にエネルギー密度160Wh/kgの第一世代SIBを発表 。2023年4月には、同社のSIBが中国の自動車メーカーであるChery Automobile(奇瑞汽車)のEVに搭載されると発表し、世界で初めて量産乗用車への採用を実現した。また、コストと性能のバランスを取るため、SIBセルとLIBセルを一つのパックに混載するハイブリッド技術も開発している。 また、世界第2位の電池メーカーでありトップEVメーカーでもあるBYDも、SIBに巨額の投資を行っている。傘下の電池会社FinDreamsを通じて、江蘇省徐州市に年間生産能力30GWhという巨大なSIB工場の建設計画を進めている。
現時点では中国が量産化で先行している状況だが、SIBの開発競争は世界中で激化している。そもそもバッテリーは、全ての国や地域にとっての重要物資であり、そこでの技術の優位性を経済のデカップリングリスクのある中国に握られている状況は看過できない。特に日本、欧州、米国において、独自の技術的強みに基づいて高付加価値市場を狙う動きが活発化している。
日本は、独自の技術で特定のニーズに応える高付加価値路線を歩んでいる。先述したように日本電気硝子は、世界でも類を見ない全固体SIBの開発に成功している。構成材料に液体を一切使わないため、発火や有毒ガス発生のリスクがなく、極めて高い安全性を誇る。さらに、-40℃から200℃という驚異的に広い作動温度範囲を実現している。小松製作所は、自社の電動フォークリフトにSIBを搭載する実証実験を進めている。エネルギー密度よりも、急速充電性能と低いランニングコストが重視される産業車両は、SIBの特性が活きる格好の応用分野である。戸田工業は、鳥取大学と連携し、酸化鉄を正極・負極に用いた独自のSIBを共同開発している。クラレは、SIB用としても優れた特性を示すハードカーボン負極材「クラノード」を製造する材料サプライヤーである。セントラル硝子は、LIBで培った技術を生かして、SIB向け電解液の量産に乗り出している。
一方、欧米では、研究機関からスピンアウトしたスタートアップが、大手企業や政府の支援を受けて開発を加速させている例が多い。フランス国立科学研究センター(CNRS)発のスタートアップであるTiamatは、高出力性能に特化したSIBを開発。自動車大手ステランティスから戦略的投資を受けており、マイルドハイブリッド車など自動車分野への応用を想定して、国内に年間5GWh規模のギガファクトリー建設計画を進めている。2011年に英国で設立されたSIB技術のパイオニア企業であるFaradionは、2021年末、インド最大のコングロマリットであるリライアンス・インダストリーズに買収された。インド国内に建設を計画するギガファクトリーの中核技術としてSIBを確保し、急成長するインド国内のエネルギー貯蔵市場やモビリティ市場を制覇することを目的とした戦略的買収とされている。米国カリフォルニア州のスタートアップであるNatron Energyは、データセンターや産業用電源市場に特化したSIBの実用化を目指している。同社固有の正極材料技術を核として、5万回を超える超長サイクル寿命と、熱暴走しない高い安全性を実現。2024年にミシガン州の工場で米国初の商業生産を開始した。さらに、ノースカロライナ州に新たな巨大ギガファクトリーの建設計画も発表している 。
ナトリウムイオン電池は、LIBとは異なる強みを持つ電池技術である。特定の希少資源への過度な依存からの解放に不可欠な技術であり、より持続可能で、より強靭で、そして経済的に誰もがアクセスしやすいエネルギー貯蔵の未来を切り拓くために不可欠なものだ。その量産・実用化が進めば、世界のエネルギー地政学と産業構造に大きな変革をもたらす可能性を秘めている。そして、SIBはLIBを完全に置き換えるのではなく、それぞれ最も得意とする分野で使い分けられる相互補完関係にあると言える。
伊藤 元昭(いとう もとあき)
株式会社エンライト 代表
富士通の技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動、日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験。
2014年に独立して株式会社エンライトを設立した。同社では、技術の価値を、狙った相手に、的確に伝えるための方法を考え、実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを、技術系企業を中心に提供している。