JavaScriptが無効になっています。
このWebサイトの全ての機能を利用するためにはJavaScriptを有効にする必要があります。
日本の「ロケット開発の父」と呼ばれる糸川英夫教授が、「ペンシルロケット」というまさに鉛筆サイズの小さなロケットの発射実験をしてからすでに半世紀。日本のロケット技術は、火星や金星に向けて探査機を飛ばしたり、国際宇宙ステーションへ物資を運ぶ輸送船を打ち上げたりするまでに発展した。日本のロケット開発の歴史を振り返りつつ、今後はどうなるのか、展望を見ていきたい。
「ロケット」というと「巨大なもの」という印象があるだろうが、日本の宇宙開発は、長さがわずか23cmしかない「ペンシルロケット」から始まった。
日本語で言うところの「ロケット」とは、人工衛星を搭載する「乗り物」のことを指すと同時に、推力を生み出す「エンジン」そのもののことでもある。ちょっとややこしいが、ロケットエンジンを使って衛星を打ち上げる乗り物がロケットというわけだ。
ではロケットエンジンとは何なのか。これは単純に言えば、推進剤を高速に噴射する反動により、推力を得るエンジンのことだ。打ち上げに使われるようなエンジンでは、化学反応の1つである「燃焼」反応により、噴射に必要な高温・高圧のガスを作り出しており、このため特に「化学ロケット」とも呼ばれる。
燃焼には酸素が必要だ。地上を走る自動車の場合、空気中の酸素が利用できるので「燃料」(ガソリン)だけを搭載すれば良いが、空気のないところに飛んでいくロケットは、燃料と一緒に「酸化剤」も運んでやる必要がある。ペンシルロケットもこの原理は一緒であり、たとえ鉛筆サイズといえども、立派なロケットであると言える。
東京大学の糸川英夫教授がペンシルロケットの水平発射実験を行ったのは1955年のこと。ロケットを上にではなく、横に飛ばしたのは、当時の日本にはレーダーでロケットを追跡する技術がなかったためだという。何枚も薄い紙を並べて立てて、突き破った位置や時間を計測すれば、ロケットがどのように飛んだのか、分かるというわけだ。
このあたりの話については、宇宙航空研究開発機構(JAXA)のWEBサイトにある「ペンシルロケット物語」が詳しいので、興味があればそちらを参照していただきたい。
ペンシルに続き、ロケットは「ベビー」「K(カッパ)」と徐々に大型化。そして「L(ラムダ)」シリーズに至り、1970年、ついに「L-4S」ロケットが日本初の人工衛星「おおすみ」の打ち上げに成功。日本は旧ソ連、米国、フランスに次ぎ、世界で4番目の衛星打ち上げ国となった。これは4回の打ち上げ失敗を乗り越えての偉業であった。
本格的な衛星打ち上げに乗り出したのは、その直後の「M(ミュー)」シリーズになってからだ。第1世代の「M-4S」により、日本初の科学衛星「しんせい」の軌道投入に成功(1971年)。能力をさらに向上させた第4世代の「M-3SII」は、ハレー彗星に向けて「さきがけ」「すいせい」といった2機の探査機を打ち上げた(1985年)。
ペンシルからMシリーズまでのロケットは、全て固体の推進剤を使う「固体ロケット」である。ロケットにはこのほか、液体の推進剤を使う「液体ロケット」もあり、一般的に固体推進は小型ロケットに、液体推進は大型ロケットに適しているとされるが、全段固体のロケットで地球重力圏の脱出に成功したのは、M-3SIIが世界で初めてだった。
日本の固体ロケットの集大成として完成したのが第5世代の「M-V」ロケット。4号機での打ち上げ失敗はあったものの、火星探査機「のぞみ」(1998年)や小惑星探査機「はやぶさ」(2003年)を打ち上げるなど活躍、日本の宇宙科学の発展に貢献した。
M-Vは2006年に惜しまれながら廃止。現在は後継機として「イプシロン」ロケットの開発が進んでいるところであるが、これについてはサイエンティスト・インタビュー(JAXA森田教授)にまとめているので、そちらを参照して欲しい。
これまで見てきたのは、東大生産技術研究所とその後の宇宙科学研究所(ISAS)において進められた固体ロケットの開発である。これとは別の流れで、日本には液体ロケットの開発もあった。この開発を担うことになったのは宇宙開発事業団(NASDA)。設立されたのは1969年、ISASが衛星の打ち上げに成功する前年のことだ。*1
NASDAが目指した液体ロケット開発であるが、液体エンジンは固体エンジンに比べ、構造が複雑で開発に時間も費用もかかる。難易度が高いので失敗する可能性すらある。開発の歴史が浅く、技術の蓄積が少ない日本ではなおさらだ。
そのため、NASDAが選択したのは、米国からの技術導入という道。機密性の高い重要な部分はブラックボックス扱いになるため、何かトラブルが起きたときに、日本側だけで解決できなくなるという問題はあるものの、より早くロケットを完成させることが可能。実際の打ち上げ経験を積むことで、貴重な運用技術を身につけることもできる。
米国の『Delta』ロケットの技術が導入された「N-I」ロケットの開発がスタートしたのは1970年。5年後の1975年には、早くも1号機が打ち上げられた。その後も、後継機「N-II」の初フライトは1981年、現行のHシリーズとなった「H-I」ロケットは1986年と、ハイペースで大型化が進んでいく。
液体ロケットとして、初めて国産化を果たしたのはその次の「H-II」ロケットである。第2段エンジンはH-Iですでに国産のものを搭載していたが、H-IIではより大きな第1段エンジンも独自開発。1986年に開発が始まり、エンジンの爆発事故が起きるなど開発は難航したものの、1994年に試験機の打ち上げに成功した。
だが、真の「産みの苦しみ」は、実はこれからであった。計3回の試験機の打ち上げの後、順調に飛行を続けているように見えたH-IIだが、1998年、6回目の打ち上げとなる5号機において、第2段エンジンの不具合が発生。燃焼時間が短かったため、予定した軌道への衛星の投入に失敗してしまった。*2
そして満を持したはずの8号機が1999年に打ち上げられたが、今度は第1段エンジンが飛行中に異常停止。衛星を投入できる見込みがなくなったため、ロケットは地上からの指令で爆破された。純国産ロケットは、「2機連続失敗」という窮地に立たされた。
ロケットは性能とともに、信頼性も重視される。打ち上げの成功率は一般に、95%程度が良いロケットの目安とされる。しかしH-IIは2回の失敗により、成功率は71.4%にまで低下してしまった。
それに対し、N-II、H-Iの成功率は100%だった。これだけ見ると、純国産路線は間違いだったと思われるかもしれないが、すでに信頼性が確立された技術が米国から導入されているわけで、失敗が少ないのはある意味当然である。独自の技術開発を選んだ以上、一時的な成功率の低下は避けられなかった道と言えるかもしれない。
ロケット | N-I | N-II | H-I | H-II | H-IIA | H-IIB | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
初フライト | 1975年 | 1981年 | 1986年 | 1994年 | 2001年 | 2009年 | |
全長 | 32.6m | 35.4m | 40.3m | 50m | 53m | 56.6m | |
外径 | 2.44m | 2.49m | 4m | 5.2m | |||
重量 | 90.4t | 135.2t | 139.3t | 260.0t | 289t | 531t | |
ステージ構成 | 3段式 | 2段式 | |||||
エンジン | 1段 | MB3-3 | LE-7 | LE-7A | |||
2段 | LE-3 | AJ-10 | LE-5 | LE-5A | LE-5B | ||
3段 | スター37N | スター37E | UM-129A | - | |||
ブースタ | キャスターII | SRB | SRB-A | ||||
打ち上げ能力 | LEO | 0.8t | 1.6t | 2.2t | 10t | 10t | 16.5t |
GTO | 0.25t | 0.7t | 1.1t | 4t | 4t | 8t | |
打ち上げ機数 | 7機 | 8機 | 9機 | 7機 | 22機 | 3機 | |
成功率 | 85.7% | 100.0% | 100.0% | 71.4% | 95.5% | 100.0% |
H-IIは次に7号機の打ち上げが予定されていたが、検討の結果、これをキャンセル。すでに1996年より開発が始まっていたH-II改良型の「H-IIA」ロケットに注力することに決まった。
H-IIAは、2001年に試験機の打ち上げを実施。2003年の6号機が初めての失敗となったが、それ以降成功を続け、現時点(2013年4月現在)で打ち上げ総数は22機、成功率は95.5%と、世界的にも最高レベルの信頼性を誇るロケットとなった。2009年には、第1段エンジンを2基に増強した「H-IIB」ロケットも完成、こちらも3機連続で成功している。
高い信頼性を確立したH-IIA/Bロケットであるが、これまでの運用で課題も見えてきた。
最も深刻なのはコストの高さである。号機ごとに違いはあるものの、H-IIAの打ち上げ費用は、1機あたりざっくり100億円。これまで22機を打ち上げたH-IIAだが、主衛星として搭載したのは全て国の衛星、つまり官需であった(21号機では韓国の衛星も主衛星として搭載したが、日本の主衛星との同時打ち上げ)。
民間から衛星の打ち上げを受注するには価格が重要。宇宙ベンチャーの米スペースXが開発した「Falcon 9」ロケットは、地球低軌道への打ち上げ能力が約13tとH-IIAと同クラスながら、費用は5,400万ドル(1ドル=94円で約51億円)とほぼ半額。Falcon 9の打ち上げ実績がまだ少ないとしても、これほど安い価格は顧客にとって非常に魅力的だ。
H-IIAは国が開発したロケットであるが、2007年の13号機より、打ち上げ事業は三菱重工業に移管されている。これは民間によるコストダウンも期待してのことだったが、H-IIAの設計のままではそれも限界がある。大幅な低コスト化のためには、抜本的に設計を変えた新型ロケットの開発が必要となる。
そこで検討されているのが、次世代の基幹ロケット(H-X)である。*3
民需の取り込みが必要なのは、官需だけでは、打ち上げ事業を継続するのが難しいからだ。日本の場合、国の衛星は1年に1〜3機程度しかなく、年度ごとにムラもある。ロケットの製造ラインに空きが出ると採算が悪化するので、なるべく民間から衛星打ち上げを受注して、コンスタントに4機程度になるようにしたい。
そのために、H-Xには、もっと低コストで、かつ信頼性も高いことが求められる。
H-Xの開発計画はまだスタートしていないものの、先を見据え、JAXAはこれまで様々な机上検討を重ねてきた。新しい大型ロケットの開発には長い年月が必要となる。H-Xがどのような姿になるのかは、今後、国で議論されて決まっていくだろうが、今のうちから技術的な検討を進めておくことは、開発失敗のリスクを減らすためにも重要なのだ。
上の図は、文部科学省の「宇宙航空研究開発機構部会(第37回)」で提出されたJAXAの資料に出ていたH-Xの検討例だ。これはあくまで一例であり、これが実際にH-Xになるというわけではないのだが、この検討例では、共通の1段と2段をベースに、ブースタを柔軟に追加することで、幅広い打ち上げニーズに対応させるコンセプトであることが分かる。
ロケットの開発において、キーになるのはエンジンである。前述のように、大型の液体エンジンは構造が非常に複雑。新しいロケットの開発に時間がかかるのは、新しいエンジンの開発に時間がかかるためだ。
エンジンの開発が遅れれば、ロケットの完成も遅れる。仕様変更などがあれば、ロケット全体の設計にも影響が出る。ロケットとエンジンの開発を同時に始めるのは、技術的なリスクが大きいため、JAXAは先行して次世代の第1段エンジンの技術実証をすでに開始している。それが「LE-X」と呼ばれるプロジェクトである。
液体エンジンは、燃料も酸化剤も液体のエンジンである。この組合せには様々な種類があり、それぞれ特徴があるのだが、最も燃費(比推力)に優れるのは、燃料に液体水素(LH2)、酸化剤に液体酸素(LOX)を使った場合。H-IIシリーズは、第1段、2段ともLH2/LOXのエンジンである。
液体エンジンは、ターボポンプで燃料と酸化剤を高圧にし、燃焼室で混合して燃焼させることで、推力を得ている。このターボポンプを駆動する方式(サイクル)により、液体エンジンは以下の表のように、4種類に区分される。
タービン駆動後の処理方式 | |||
---|---|---|---|
クローズドサイクル | オープンサイクル | ||
タービンガス の発生方式 |
副燃焼室あり | 2段燃焼 | ガスジェネレータ |
副燃焼室なし | フルエキスパンダー | エキスパンダーブリード |
ターボポンプのタービンは、いずれの方式でも、推進剤のガスにより駆動されている。表の上側と下側は、副燃焼室で燃焼させたガスを使うか、それとも燃焼させずにそのまま使うかの違い、左側と右側は、駆動に使ったガスを燃焼室に戻すか、それとも外部に排気するかの違いだ。
一般的に、上側のサイクルは、燃焼ガスにより大きなタービンパワーを得るので、大推力を出しやすい。つまり第1段のエンジンに向いていると言える。また右側のサイクルは、推進剤のガスを一部捨てることになるので、比推力が低下する。一概には言えないが、傾向としては、上段のエンジンとして使うには、左側のサイクルの方が有利だ。
日本で初めて開発されたLH2/LOXエンジンは、H-Iの第2段エンジンの「LE-5」である。このLE-5を起点として、第2段エンジンは「LE-5A」(H-II)、「LE-5B」(H-IIA/B)と進化。一方で、大推力化した第1段エンジンも開発し、こちらは「LE-7」(H-II)、「LE-7A」(H-IIA/B)と発展することになる。
LE-5は、比較的開発がしやすかった「ガスジェネレータ」サイクルを採用していたが、H-II用のLE-7では「2段燃焼」サイクルに挑戦。2段燃焼は高い性能が期待できる反面、構造が複雑なため開発が難しい。LH2/LOXエンジンで2段燃焼サイクルを実用化できたのは、LE-7シリーズのほかは、米国の「スペースシャトル」と、旧ソ連の「エネルギア」しかないくらいだ。
だが、JAXAの次世代エンジンとして検証が進められているLE-Xは苦労して開発した2段燃焼ではなく、「エキスパンダーブリード」サイクルを採用する。エキスパンダーブリードは日本独自のサイクルで、LE-5A/Bで実用化したものだ。
LE-7Aは今までの打ち上げで一度も失敗したことがなく、非常に信頼性が高いエンジンであるが、2段燃焼サイクルは配管内に高温・高圧の燃焼ガスが通っているため、非常にデリケートな制御が求められる。副燃焼室へ供給する推進剤の混合比を間違えると材料の融点を簡単に超えてしまうため、爆発する危険性を常に内包しているのだ。
ところがエキスパンダーブリードは、燃焼室を冷却して暖められた燃料でタービンを回すため、そうした高温・高圧部がない。不具合が起きたときにも爆発に至りにくい、本質的に安全なエンジンであると言える。また4つのサイクルの中で最もシンプルであるため、コストダウンも容易。LE-7Aは10億円近くだが、LE-Xのコストはその半分を目指すという。
ただし副燃焼室を持たないエンジンは、本来、大推力化が難しい。そのため、これまで第1段の大型エンジンで採用された例はなかったが、LE-Xは燃焼室における吸熱効率を高め、少量の排気ガスでタービンを回せるようにしたことで、大推力エンジンへの道を開いた。これは、大きな燃焼室の内壁に微細な溝を作る、最新の製造技術によって可能になったという。
LE-Xは2013年度までのプロジェクトで、今年の秋に、実機サイズの燃焼室とターボポンプを使った試験が実施される予定。燃焼室とターボポンプはそれぞれ単独で試験され、組み合わせてエンジンとして完成した形となる計画はないが、技術実証として、これで目的は果たせるとのことだ。
安全性が高いエンジンは、衛星ロケットにはもちろん、有人ロケットにも適している。日本には今のところ、有人ロケットを開発する計画はないものの、将来のオプションの1つとして、準備しておくことは重要だ。もちろん、有人ロケットを開発するには他にも必要となる技術はあるが、LE-Xは大きな1ステップとなり得る。
種子島から日本人宇宙飛行士が飛び立つ ── そんな日も、遠い未来ではないかもしれない。