No.014 特集:テクノロジーとアートの融合
Scientist Interview

テクノロジーの本質を問うことで、
アートは社会を前進させていく。

2017.06.30

久保田 晃弘
(多摩美術大学情報デザイン学科 
メディア芸術コース教授/アーティスト)

約20年前、情報化社会に対応するように多摩美術大学に生まれたのが情報デザイン学科。その後のメディア・テクノロジーの進化を見越した先駆的な取り組みは、どのような発想から生まれたのか。同学科設立メンバーの一人である久保田晃弘教授は、工学系の研究者から転身した経歴を持っている。工学博士と美術作家という2つの視点を兼ね備え、現代社会におけるテクノロジーとアートの関係性を探ってきた。人類が全く新たなテクノロジーと直面したときに、どのように向き合えば良いのか。そのヒントをアーティストがもたらせると、久保田教授は説く。テクノロジーが自然や人間自身に与える影響力がかつてないほど大きくなった今、アートの世界の新たな潮流を聞いた。

(インタビュー・文/神吉弘邦 写真/アマナ)

── 工学分野で博士号を取った久保田教授が、美術教育に携わるまでの経緯を教えていただけますか。

私の専攻は船舶工学で、博士号を取るまでは東京大学の工学部にいました。船の設計には総合的にいろいろなテクノロジーを使います。それらをいかに組み合わせるかが、学科全体のテーマでした。そこで僕が一貫して取り組んでいたのが流体力学であり、特に流体の複雑な挙動に興味を持っていました。当時は高速流体研究室というところで、スクリューなどの推進器、キャビテーション現象といった、高速で動く水の挙動を研究していたのです。

1980年代というのは、コンピュータによるシミュレーションが大学の研究室にドッと入って来た時代です。スーパーコンピュータが東京大学に初めて導入されたので、それを使って流体の挙動を数値的に計算しようとしていました。同時に、それまでの古典力学とは違うカオス*1やフラクタル*2といった概念が入ってきたのは刺激的でした。

それまでシミュレーションの目的は「壊れにくい建物を建てたい」「速く走る自動車をつくりたい」というように、ある程度は目標が決まっていて、それも抵抗を少なくするとか、強度を増すといったわかりやすいものでした。こうしたシンプルなパラダイムはもちろん重要ですが、当時を振り返ると、「そもそも世界で起こっている現象をどう認識すれば良いのか」「それをどういう風に理解して、どう活用すればいいのか」が問われ出した時代だったように思います。

── 新しい動きがその時代に出てきた、最大の理由は何だったのですか。

やはり1つは先ほど述べたように、コンピュータ・シミュレーション能力の向上です。それまでは、ある現象を解析して理解するところで止まっていたのが、コンピュータのパワーが増したことにより、「数値シミュレーションを設計に使えるかもしれない」と思い始めたのが大きかったですね。

もう1つは当時のAIブームが影響しています。「知的CAD*3」といった人工知能の活用が今のようにもてはやされていて「コンピュータが知能化すると、本当に人工知能で設計支援ができるのではないか」と考えていました。今日で言うところのデジタル・ファブリケーション*4にAIを援用する動きの萌芽があったのもこの頃です。

── 当時ブームとなったAIは、ビッグデータを活用する現代のAIとは違うものですよね?

そうです。当時のAIは「量」ではなく、どちらかといえば「質」で何とかしようとしていました。だから知識にしても、量の蓄積よりもむしろ、質の高いデータベースをつくれば、きっと使えるという考え方だったのです。それはそれで行き詰まってしまったわけですが。

解析に使うだけだったコンピュータは、やがてパワーや操作性が向上し、コンピュータ同士がネットワーク化されることで、徐々にできることが増えていきました。その頃は「アナリシス(解析)からシンセシス(統合)へ」という言い方をしていましたが、こうしたコンピュータの進歩により、さまざまな世の中の知識を扱えるようになってきました。しかし、そうした過程で学際的な研究を始めると、逆に工学そのものが非常に狭い分野に見えてきたのですね。

美大生が獲得する工学的スキル

── 多摩美術大学の情報デザイン学科とは、どんな研究に取り組む場なのでしょうか。

80年代から多摩美はアップル社との共同研究を行うなど、コンピュータを用いた美術教育に早くから取り組んでいました。そして90年代後半になると、美術教育にプログラミングや電子工作、インタラクティブなデバイスを正式に取り入れようというミッションが生まれたのです。こうして1998年に誕生したのが「情報デザイン学科」でした。

多摩美術大学・八王子キャンパス。ARTSATのアンテナが写っている

その翌年にデザイナーのジョン・マエダさんが『Design By Numbers』という著書を出したことに象徴されますが、コーディングをデザインやアートに生かしていこうという動きが起き始めていました。私もそういうことが大事だと思っていたので、プログラミングや電子デバイスを美大生に教えるため、まずは半田ごてを渡して回路の半田付けをさせるといった、技術的なアプローチから始めたのです。

しかし、それだけでは、このキャンパスでやる意味がありません。ここにはファインアートの学科もあれば、さまざまなデザインの学科もある。それらをどう横断し、繋いでいける人材を育てるか。そのためには、「コンピュータを使うことだけに終始してはいけない、デジタルメディアを使って複数の分野を結びつける美術教育が大事だ」ということに気づいたのです。

── 美大というと、理論の座学と作品制作が主だと思いますが、情報デザイン学科ではカリキュラムに特色はありますか。

大きな柱は3つあります。まずは、オーディオ・ビジュアル。すべてのメディアにおいて「映像」や「音」は基本です。それに加えて写真やアニメーションも学びます。2つ目の柱は、クラフト。木を切ったり、金属を曲げたりする技術を身につけ、自らものづくりができる力を培います。そして最後に、プログラミングと電子工作です。この3つを複合的に結び付けようとする学科ですから、「ハイブリッド・アート学科」と表現した方が実際の姿に近いかもしれません。

[ 脚注 ]

*1
カオス理論: カオスとは「混沌」「無秩序」の意。不確定要素の多い現実の世界において、(コンピューターでは無限桁を扱えないため必然的に発生する)数的誤差により予測できないとされる複雑な様子を示す現象を扱うのがカオス理論。1960年〜70年代に研究が進んだ。
*2
フラクタル: フランスの数学者ブノワ・マンデルブロ(1924-2010)が導入した幾何学の概念。図形の部分と全体が自己相似になっている様などをいう。マンデルブロ集合やジュリア集合、ブロッコリーやロマネスコ、貝殻の形状など、自然界で多く見られるのが特徴。
*3
知的CAD: CAD(Computer-Aided Design)とはコンピュータ支援設計のこと。知的CADとは、さらに人工知能のソフトウェアを利用したものを指す。
*4
デジタル・ファブリケーション: デジタルデータを元に、さまざまの素材を加工・成形する技術。2000年代に入ってレーザーカッターや3Dプリンターなどといった工作機械が発達したことで発展している。
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