No.014 特集:テクノロジーとアートの融合
連載02 電脳設計者の天才的な設計
Series Report

設計条件は人間が指定する必要がある

まず、「設計条件の指定」について。電脳設計者が効果的な設計案を生み出すためには、設計対象となる製品の利用シーンを想定しながら、製品の仕様を反映した明確な設計条件を指定しておく必要がある。例えば、製品に加わる可能性がある荷重の大きさや振動の様子、ユーザーが持ちやすい取っ手を付けておくといった使い勝手を向上するための形状の拘束条件などを数値で表現しておく。

製品の企画案や漠然とした仕様書があるだけでは、電脳設計者は仕事ができない。設計条件を明示するためには、想定される利用シーンの中で、製品にどのような現象が起きるのかを深く理解しながら、設計で解決すべき問題を論理的に表現することが重要になる。ここが、人間の設計者の腕の見せ所になる。

理想的な形状は、生産できるとは限らない

次に「生産技術との擦り合わせ」について。工業製品を円滑に生産できるようにするためには、設計段階で、製品の生産に用いる加工技術や製造手法の特徴を考慮して設計を進める必要がある。例えば、金型を使って型抜きで成形する場合には、出来上がった製品をどのような方向に押し出して型から抜くのかを考慮し、抜き出しやすい形状に設計しておく必要がある。人間の設計者は、この辺りの機知は経験によって熟知している。しかし、電脳設計者は、出来上がった後のモノの性能が設計条件を満たすことだけを追求し、生産のし易さなどは考慮してくれない。このため、電脳設計者が生み出した設計案に、人間の設計者が後から手を加えて生産しやすい形に調整したり、設計条件の中に生産しやすい形になるような条件を付け加えたりする必要が出てくる。

本連載の第1回で、3Dプリンターが普及したことで電脳設計者の活躍の場が広がった、という話を紹介した。これは、切削加工やプレス加工、射出成形加工など従来の加工法に比べて、3Dプリンターは複雑な形状のモノを作りやすいからだ。ただし、3Dプリンターといえど、設計上の制約条件がまったくなくなるわけではない。例えば、金属材料を使ってモノを作り出す3Dプリンターでは、レーザーで金属粉体を溶融しながら形を作り上げていく。そのため造形時のモノは高温に熱せられ、部分的に加熱膨張した状態になる。このまま作られたモノを常温に下げると、モノの形状に応じて応力が残留して、加工精度の低下やシワの発生が起こり、場合によっては形状を維持することができなくなるのだ(図3)。こうした不具合が起きないようにするためには、電脳設計者の設計案に、応力を分散し不良の発生を防ぐ工夫を付け加える必要がある。

3Dプリンターを使っても、設計の制約条件がなくなるわけではない
[図3] 3Dプリンターを使っても、設計の制約条件がなくなるわけではない
出典:Triple Bottom Line

電脳設計者は説明もしないし、責任も負わない

最後に、「設計妥当性の説明責任と品質責任」について。電脳設計者が生み出した設計案が本当に妥当なものなのか。電脳設計者は、自ら語ってはくれない。ユーザーや生産技術や営業など製品の関係者にその妥当性を納得してもらうためには、人間の設計者が電脳設計者の設計案を評価・解釈し、論理的に説明する必要があるのだ。さらに、電脳設計者が複数の設計案を導き出した場合には、何らかの価値観に基づいて、人間の設計者が最適な案を選び出さなければならない。

コンピュータは、指定された設計条件に応じて、極めて合理的な解を導き出す。恣意的に誤った判断を下すこともなければ、うっかりミスもしない。しかし、満たすべき設計条件が複雑である場合、導き出された形状が最適解であることが、人間には理解しにくい場合がある。解を導き出すプログラムに明確な計算式が盛り込まれているソフトならば、何とか説明はできる可能性がある。しかし、莫大な数のデータに潜む傾向から解を導き出す機械学習のような原理に基づくソフトでは、解の妥当性を論理的に説明することは事実上不可能である。

電脳設計者が設計した製品に何らかの不具合がある場合、その原因を作っているのは設計条件を指定した人間の設計者である。電脳設計者に代わって設計の妥当性を語り、さらには仮に不具合があった場合には責任を取る役割を担うためにも、人間の設計者が必要になる。そう考えると、人間の設計者というのは、なかなか切ない役回りだ。

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