No.017 特集:量子コンピュータの実像を探る

No.017

特集:量子コンピュータの実像を探る

連載02

ヒトの能力はどこまで強化・拡張できるのか

Series Report

第1回
五感を高め、拡張する

2018.04.28

文/伊藤元昭

五感を高め、拡張する

人工知能(AI)によってヒトの職業が脅かされる。そんな話題が頻繁に語られるようになった。知的能力だけでなく、周辺環境を検知する能力、そして身体能力の面でも、ヒトをはるかに上回る能力を持った機械が数多く存在している。ヒトが機械や道具を生み出す最大の目的は、自分たちの能力を強化・拡張することにある。原始時代に登場した石器も、SFの世界で夢想するサイボーグも、その点では同じだ。スマートフォンや自動車を自在に操る現代人は、100年前には考えもしなかった能力を既に身に着けている。人体改造こそしてはいないが、もはやサイボーグの一歩手前まで来ていると言えるだろう。本連載では、ヒトの能力を強化・拡張する技術について、第1回で知覚、第2回で身体能力、第3回で知的能力に注目し、ヒトの能力がどのように強化・拡張されていくのかを見ていく。

宇宙を飛び回る超人や悪の組織と戦う人造人間など、機械を使ってヒトの能力を強化・拡張するという舞台装置は、SFの定番である。ただし、こうした機械による能力の強化・拡張は、既に身近なところで数多く見られる。

ヒトは既にサイボーグになりかけている

例えば、かつては専門家だけが使う道具だったコンピュータは、ノートパソコン、スマートフォン、さらにはウエアラブル機器などが登場し、どんどんヒトに近い位置で使われるようになった。これによって、コンピュータの力をヒトの能力の一部として同化させ、文字通り手足のように利用している。そして、過去には知り得なかったより多くの情報を手に入れ、昔ならば出会うこともなかったような人と、密度の高いコミュニケーションを交わせるようになったのだ。

今、こうした強化・拡張した能力の活用を前提に生きる「デジタルネイティブ」が、次の暮らしや社会の担い手になりつつある。社会の進化もまた、機械によるヒトの能力の強化・拡張と共にあると言えるだろう。

機械によるヒトの能力の強化・拡張は、様々な切り口で進んでいる。例えば、知覚の強化・拡張では、「見る」「聞く」「触れる」「嗅ぐ」「味わう」といった五感を強化するだけでなく、本来ヒトが持たない検知能力まで付加するセンサー技術やICT*1技術が急速に発達している。さらに、身体能力の強化・拡張では、筋力や運動能力、持久力、耐環境能力、治癒力の強化・拡張をもたらす、ロボット技術などが高度化してきた。知的能力の強化・拡張では、記憶や情報処理能力、判断力、集中力、専門性の高いスキルの学習力を高めるための、AIのようなIT技術やブレイン・マシン・インタフェース(BMI*2)などが登場してきている。連載第1回の今回は、五感などヒトの知覚の強化・拡張につながる技術開発動向に話題を絞り、その最前線を紹介したい。

知覚の強化・拡張に欠かせない技術とは

機械による知覚の強化・拡張とは、すなわちセンサー技術の進化だと考える人は多いかもしれない。もちろんセンサー技術は重要だ。しかし、それだけでは足りないのだ(図1)。

[図1] 機械によるヒトの知覚の強化・拡張を実現する要素技術
作成:伊藤元昭
機械によるヒトの知覚の強化・拡張を実現する要素技術

知覚とは、感覚器官から得た情報から、周辺環境の出来事や状態、そこでの変化などを把握することを指す。そのため、周辺環境をありのままに映した情報を取り込むためのセンサー技術に加え、取り込んだ情報の中から価値の高い情報を抜き出す情報処理技術が必要になる。さらにこうした知覚を機械で強化・拡張するには、機械で取り込んだ情報をヒトの感覚器(目、耳、鼻、皮膚、舌など)を介して伝えるインタフェース技術も欠かせない。

現在、知覚の強化・拡張につながるセンサー技術と情報処理技術、インタフェース技術のそれぞれにおいて、同時進行で革新的進化が起きている。ヒトの能力を強化・拡張する技術は、かつてないほどの飛躍を遂げつつあるのだ。特に、ヒトが本来持っている能力を高める“強化”ではなく、ヒトが本来持っていない能力を獲得する“拡張”につながる技術の進歩が著しい。

センサーのIoT化で、ヒトの視覚の呪縛を解く

ヒトの能力を強化・拡張する技術の研究開発は、あらゆる種類の知覚を対象にして行われている。中でも、顕著に進んでいるのが視覚分野である。ここからは、視覚の強化・拡張につながる、センサー技術、情報処理技術、インタフェース技術それぞれの研究開発の動きを紹介していく。

視覚を機械で再現するには、画像を取り込むイメージセンサーが欠かせない。これまでのイメージセンサーは、ヒトの目の機能を強化する方向への進化が中心だったと言える。より詳細な画像を取り込むための画素数の向上は、視覚に照らして解釈すれば、視力を高めることに相当する。小さな対象物でも、画素数の多いイメージセンサーならば細かいところまで克明に識別できるようになる。感度の向上や赤外領域画像の取り込みは、夜目が利くようにするための工夫だ。画像の取り込み速度の向上は動体視力を高め、取り込み画像データの多ビット化は色覚の向上につながる。

最近では、IoT関連技術が発展したことで、ヒトの視覚の範疇を超えた新たな視覚を実現できるようになってきた。イメージセンサーをありとあらゆるところに配置して、遠く離れた場所や、隠れていて見えなかった場所の様子まで知ることができるようになったのだ。

これまでも監視カメラを使えば、特定の場所の様子を知ることができた。しかし、それを利用できたのは一部の人だけで、誰でも利用できるわけではなかった。それが今では、インターネットにつながるライブカメラが多数配置されたことで、渋谷のスクランブル交差点を渡る人、国際宇宙ステーション(ISS)から見える地球など、様々な場所の様子を誰でもリアルタイムで見られるようになった(図2)。このような拡張した新しい視覚は、一昔前ならば千里眼や透視能力に類したものだっただろう。

[図2] ライブカメラが様々な場所に置かれたことにより、ヒトは千里眼や透視能力を得た渋谷のスクランブル交差点の様子(左)、国際宇宙ステーションから見える地球の様子(右)
出典: https://www.youtube.com/watch?v=nKMuBisZsZI(左)、http://www.ustream.tv/channel/live-iss-stream(右)
ライブカメラが様々な場所に置かれたことにより、ヒトは千里眼や透視能力を得た渋谷のスクランブル交差点国際宇宙ステーションから見える地球の様子

人間の視覚では、近くの物は大きく詳細に見ることができるが、遠くの物は小さく粗くしか検知できない。しかし、IoT化したカメラを駆使すれば、遠くのモノでも詳細に見ることが可能になる。これは、機械の目だけが持つ利点だ。だからカメラを世界中に設置すれば、ヒトの目に代わって機械の目が、世界中の様子を詳細に捉えてくれる。

[ 脚注 ]

*1
ICT: Information and Communication Technologyのこと。
*2
BMI: ロボットやコンピュータなどを脳と直接つなぐための技術。手足や口を介さずに、考えたことを直接機械に伝え、操作や命令、情報の入力に用いる。義手の操作や精神疾患の治療のような医療以外にも、操縦者の意思を迅速に伝え動かす工作機械や乗り物への応用を想定し、技術開発が進められている。
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