No.017 特集:量子コンピュータの実像を探る

No.017

特集:量子コンピュータの実像を探る

連載02

ヒトの能力はどこまで強化・拡張できるのか

Series Report

第3回
脳の潜在機能を引き出す

2018.06.29

文/伊藤元昭

五感を高め、拡張する

知的能力の高さは、地球上にいる無数の生物を相手にした生存競争を勝ち抜き、人間が繁栄できた根本的な理由のひとつである。知的能力を基に、文明が生まれ、自ら食糧を増産し、機械を生み出し、宇宙にまで進出している。人間のより一層の繁栄は、知的能力のさらなる進化に掛かっていると言えるのかもしれない。コンピュータや人工知能(AI)の進歩によって、特定作業では人間をはるかに超える生産性を持つ、異質な知的能力が生まれた。こうした機械の知的能力は、人間が行う作業のすべてを代替することはできないが、協調連携することで人間の知的能力を強化・拡張するための武器になる。しかし、これらを上手に使うためには、人間と機械それぞれの知的能力を融合させる技術が必要だ。人間の能力を強化・拡張する技術の最前線を追っている本連載。最終回の今回は、知的能力の強化・拡張に向けた動きを紹介する。

コンピュータや人工知能(AI)の発達によって、特定の仕事や処理では人間をはるかに超える知的能力を実現する機械が登場するようになった。今さら数値計算でコンピュータを圧倒できると思う人はいないだろうし、将棋や囲碁でもAIには勝てなくなってきている。そのため、こうした機械は、人間の知的能力を強化する道具として生活や仕事の中で欠かせない存在になっていることは確かだ。

コンピュータやAIの発達に伴って、いずれは人間の仕事の全てが奪われ、ひいては人間が支配される側に回るという、ディストピアの現出を心配する声は根強い。しかし、これは杞憂かもしれない。確かにコンピュータやAIは、処理の対象範囲やルールが定まった状況下では驚異的な能力を発揮する。しかし、何が起きるか分からない状況下では、理性や道徳性、倫理性など人間固有の価値観に基づいて、一定レベル以上の答えを出す人間にはかなわない。人間とコンピュータやAIの間には、知的能力の質に明らかな違いがあり、人間にしかできない仕事は必ず残るように思える。

機械が人間に代わるのではなく、人間が機械で能力を拡張する

人間と機械を主従関係や対立構図でとらえるのではなく、両者の知的能力の特長を融合させて、より高度な仕事を、より効率的にこなす方法を模索する取り組みが活発に進められるようになった。

大半の知的作業において、最高レベルのパフォーマンスを発揮したいと思うのなら、人間、もしくはコンピュータのどちらかに全面委託するのではなく、両者が協調して作業を進めた方がよほど効果的だ。人間と機械の距離を縮め、無意識の中で人間と機械が連携作業する“人機一体”の状態が知的作業でも実現すれば、人間の知的能力は飛躍的に高まる可能性がある。こうした人間と機械の協調によって引き上げられた知的能力のことを「拡張知能」と呼ぶ(図1)。

拡張知能を実現するためには、大きく3つの技術が必要になる。1番目は、コンピュータやAIなど、人間とは異質な知的能力を実現するための情報処理技術。2番目は、人間が知的作業を行うときの脳の働きを正確に理解するための脳科学の知見。3番目は、人間と機械それぞれの知的能力を密に結びつけるためのインタフェース技術である。

[図1] 機械によるヒトの知的能力の強化・拡張を実現する要素技術
機械によるヒトの知的能力の強化・拡張を実現する要素技術

拡張知能は時代と社会の要請

人々の生活や社会が進歩するにつれて、法制度、経済活動、情報システムなど、あらゆる物事の仕組みが複雑化し、その管理が困難になってきた。さらに、人口問題やエネルギー問題など、現代社会が解決すべき課題は増える一方である。

こうした状況に適切に対処するためには、広く深い知識と豊富な経験、さらには高度なスキルを持つ専門家が多数必要になってくる。しかし、こうした高度な人材は、一朝一夕に育成できるものではない。人材育成のペースに比べて、求める人材の高度化と必要数の増大するペースが早過ぎるのだ。このため、あらゆる分野で、人材不足が顕在化している。

コンピュータやAIを活用すれば、こうした専門家不足を簡単に補えるのではないかと考える人も多いことだろう。しかし、実際にはそれほど簡単ではない。

一般に、コンピュータやAIは、様々な仕事をこなすことができる極めて汎用性の高い機械である。しかし、人間の汎用性の高さに比べれば、融通が効かないことこの上ない。自動運転車に搭載するAIは、走行中に遭遇する様々な状況を的確に判断できるが、同じAIで囲碁を打つことはできない。人間の知的能力は、機械ほど高い精度で仕事をこなすことはできないが、同じ人が囲碁も打てるし、車の運転もできる。しかも、生まれて初めて運転中に地震に遭遇しても、できる限りの状況判断を行って何らかの対処をする。機械ならば、こうした想定外の状況では暴走するか、処理を拒否するかのいずれかだ。

ナノテクミュージアムから最新情報をお届けします。MAIL MAGAZINE