No.017 特集:量子コンピュータの実像を探る

No.017

特集:量子コンピュータの実像を探る

連載02

ヒトの能力はどこまで強化・拡張できるのか

Series Report

第2回
ヒトの根源的な能力を補う

2018.05.31

文/伊藤元昭

五感を高め、拡張する

工事現場では大きな建設機械が動きまわり、とても人力では運べないような大きく重い建材で巨大建造物を作り上げている。人の手で木材や石を運び、加工して建てていた時代と比べれば、建造物は比較にならないほど巨大になり、工期は短く、作業員の数も少なくて済むようになった。しかし、こうした特殊用途の機械は、人間の生活や仕事のすべてを高度化・効率化してくれるわけではない。少子高齢化が進み、社会や職場の人的ダイバーシティ(多様化)が高まるとともに、あらゆる人が同じフィールドで生活や仕事ができる手段が求められるようになってきた。連載第2回の今回は、こうした時代の要請に応える身体能力を強化・拡張するパワードスーツなどの技術について見ていく。

とても動かせないような重く大きなモノを動かす、誰も追いつけないほど速く走る、疲れ知らずに動き続ける。こうした常人離れした身体能力には、誰もがあこがれる。運動能力の優れたスポーツ選手に子供も大人も心引かれるのは、もはや生物としての本能ではないだろうか。

これまでの機械は、限られた人しか扱えなかった

ヒトの身体能力を示す指標には様々なものがあるが、極めて根源的な能力は「パワー」「スピード」「スタミナ」に収れんできるかもしれない。これらは、ゲームにおけるキャラクターの能力値としてもお馴染みの指標だ。これまで私たちは、ヒトのパワーでは足りない仕事をこなすためにはクレーンなど重機を、スピードを速めるためには自動車など乗り物を、スタミナが尽きることなく作業し続けるためには自動化した工作機械などを、といった具合に、機械を活用することによる能力強化を推し進めてきた。その効果は凄まじく、18世紀にイギリスから始まった産業革命以来、ヒトの生活や社会活動は飛躍的に発展している。

確かに機械を使えば、人間をはるかに超える力を得ることができる。しかし、万人が気軽に身体能力を強化・拡張できるかと言えば、そうとはいえない(図1)。

[図1] 機械によるヒトの身体能力の強化・拡張に対するニーズ
作成:伊藤元昭
機械によるヒトの身体能力の強化・拡張に対するニーズ

例えば、バスは多くの人を素早く移動させることができるが、それを操る運転手には高度な技能が必要だ。自動工作機などは、自動という言葉はついているものの、それを使いこなして作業を行わせるためには、相応の知識とスキルが求められる。また、これまでの機械で強化・拡張される身体能力には、人間の能力ほどの汎用性がない。クレーンは重いモノを持ち上げることができるが、重いモノを遠くに運べるわけではない。別途、トラックが必要になる。しかし、人間の力持ちは、大抵どちらでも対応できる。

身体能力の強化・拡張は特に日本で求められている

スキルを持つ人でなくても、様々な仕事や行為を高いレベルでこなせるような身体能力の強化・拡張がしたい。こうしたニーズが、特に超少子高齢化社会に突入する日本で顕在化している。

ヒトは長く生きれば能力が衰える。そして、かつてできていた仕事や行為ができなくなり、生活に支障をきたすようになる。できれば、衰えた分を何らかの方法で補い、今までどおりの生活ができるようにしたい。また、超少子高齢化社会は、生産年齢(15歳〜65歳)人口が少ない状況下で、多くの高齢者を支える社会でもある。働く人の効率を高め、負担を減らす工夫がないと、社会は回らない。使うのにスキルが必要で利用シーンが限られる従来の機械ではなく、ごく普通のヒトの身体能力を手軽に向上させられる手段が必要なのだ。

単純に自動化を追求した機械で既存の仕事を代替させようとすると、必ず、人が仕事を失ってしまうという問題がつきまとう。それに、多くの仕事は、特定の作業だけを自動化する機械を導入しても効率が高まらない。人が行うことを前提に、仕事の工程が作られているからだ。最も効果的な効率向上策は、人間の能力自体を高めることだ。

身体能力の違いを超えて同じフィールドで活躍

人間の汎用性の高い身体能力を、手軽に向上させる技術は、年齢の違いや障がいのあるなしにかかわらず、同等の生活や仕事ができる環境を作り出す可能性を秘めている。

これまで、機械を使って身体能力を強化・拡張する技術は、障がい者の生活を助ける補装具の分野で進化してきた。そのため、この分野の技術の最先端は、障がい者用補装具にある。元々、機械は特定用途では人間をはるかに超えたパフォーマンスを発揮するため、使い手と一体化した時の能力拡張の効果は絶大だ。場合によっては、健常者をはるかに超える身体能力を実現できる場合もある。2016年には、ロボット技術などを応用したハイテク補装具を装着した障がい者アスリートの競技会「CYBATHLON2016」が開催された(図2)。そこでは、最先端の補装具を使って様々な競技に挑むことで、機械と人の融合による身体能力の強化・拡張の可能性を追求している。

[図2] ハイテク補装具を装着して競う障がい者アスリートの競技会「CYBATHLON 2016」の様子
義手を使って様々な形状のモノをつかんで動かす競技(左上)、脳波でゲーム画面上のモノを動かす競技(左下)、義足を使ってモノを持ちながら様々な場所を通過する競技(右)出典:CYBATHLON 2016のホームページ
ハイテク補装具を装着して競う障がい者アスリートの競技会「CYBATHLON 2016」の様子

機械の力を活用して身体能力を強化・拡張できれば、子どもから高齢者まで、健常者も障がい者も同じフィールドで活動できるようになる可能性がある。2015年には、日本国内で超人スポーツ協会と呼ばれる団体が発足した。ここでは、身体能力が異なる人が、ロボットアームなどを使って得る超人的な能力を駆使することで、一緒にスポーツを楽しむための環境づくりが進められている。

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