No.021 特集:デジタルテクノロジーが拓くエンターテインメント新時代

No.021

特集:デジタルテクノロジーが拓くエンターテインメント新時代

連載01

5Gの性能を左右する半導体とは何か?

Series Report

周波数の増加と共に難しさは増大

さて、ミリ波のように周波数が高くなればなるほど、データ速度を高速にできる。通信方式にもよるが、かなり乱暴な言い方をすれば、使用する電波の数分の一が、その周波数での最高データレートになる。例えば、5GHzでは最高1Gbps*2程度がやっとだが、60GHzでは10Gbpsはいけそうだ。

ところが、周波数は高くなればなるほど、到達距離は短くなり、さらに指向性も増していく。これまでの4Gではサブ1GHz*3の周波数が使われており、360度に渡って放射状に電波が飛んでいた。一方、5Gは連載1回目で紹介したように、2.5GHz、3.5 GHz、3.7GHz、4.5GHz、24GHz、28GHzの周波数が使われてきており、今後はさらに高い39GHz、60GHzの周波数を使うようになる。そこまで周波数が高くなると、電波が特定方向だけに強く飛ぶようになるため、使用には一段と技術的な難しさが出てくる。

切り札はビームフォーミング

そこで、周波数の高いミリ波の5G電波を遠くまで飛ばすために要となるのが、ビームフォーミングと呼ばれる技術だ。これは、多数のアンテナを形成し、各アンテナから飛び出す電波の位相*4を少しずつずらしていくというもので、例えば図3のように、4つのアンテナを利用する(左側からアンテナ1、2、3、4とする)場合、アンテナ1から飛び出す電波の位相を0として、アンテナ2では位相を仮に10度遅らせる*5。アンテナ3でさらに10度、アンテナ4でさらに10度遅らせると、電波は斜め10度方向に強くなるため、斜め方向に飛んでいく。しかも4つのアンテナから出た電波は全て同じ方向に飛ばすことができるため強度を増すことになる。

[図3]ビームフォーミング技術
出典:東京工業大学 岡田健一教授
ビームフォーミング技術

こうして多数のアンテナを使えば電波を飛ばす向きを変え、しかも遠くまで飛ばせるようになる。これがビームフォーミングである。

ビームフォーミングでは、アンテナ素子(導波器や反射器などの役割を担う金属片)を多数平面状に並べるアレイ状のアンテナ*6が必要となる。直線状に並べたりマトリックス*7上に並べたりするが、それぞれ2次元的にビームを変える場合と立体的に変える場合に使う。

実は最近の船舶や地上からのレーダーが三日月状のアンテナを回転させなくても360度飛ばせるのは、このアレイアンテナとビームフォーミングを使っているからだ。もともと風雨にさらされるアンテナをぐるぐる回転させると、さび付いたり機械的に変形したりして劣化することが多い。このため、回転式のレーダーから、平面アンテナで電子的にアンテナの位置を変えられる、ビームフォーミングを利用するアレイレーダーに変わってきたのである。

指向性が高く到達距離が短い周波数の電波を使う5Gでは、このようなビームフォーミング技術は必須である。またアレイアンテナとビームフォーミングを使うと、複数の利用者が同時に通信できる。AさんとBさんの2人の利用者がいるとすると、Aさんに向けて電波を送受信した後、即座にBさんにも電波を向け、極めて短時間の内に時分割*8で2人と電波を送受信するのである。

実際にこれまでの2Gから4Gまでのデジタル電話でも、1回線上で何人もの人たちが通信している。それを時分割で順番に通話を切り替えているため、データ速度は、1人で使う時よりもどうしても落ちてしまう。例えば10人で使えば原理的に1/10に下がってしまうのだ。これは5Gでも同じである。そこで5Gでは全体のデータ速度を上げることで、1人当たりのデータ速度を上げるのである。例えばデータ速度が200Mbpsの回線を10人が使えば、原理的に1人当たり20Mbpsとなってしまうが、5Gで10倍の2000Mbps(2Gbps)に上げておけば10人で使っても200Mbpsに留まる。

携帯通信では、電車やクルマから通話やデータ通信することも日常的になっている。このため、移動しながらでもビームフォーミング技術が使えなければならない。4Gまでは直径2km圏内をカバーしていたので、利用者が多少動いても問題なかったが、5Gでは指向性が強まるので、少しでも動くと電波が届かなくなる。そこで基地局は利用者を追跡(Trucking)する。これもビームフォーミングで使った位相をずらす技術が利用できる。移動する距離や速さに応じて、位相の量を変えていけばいい。この技術をビームトラッキング*9と呼び、NTTドコモなどの実験で、移動しながら通信できるようになっている(図4)。

[図4]ビームトラッキング技術のイメージ
4Gまでは電波が届く範囲が広かったため利用者の移動は問題にならなかった(左)。5Gではピンポイントで利用者に電波を届けるため、利用者の移動に伴い電波をずらして送るビームトラッキング技術が必要になる(右)。
図版作成:マカベアキオ
4Gまでは電波が届く範囲が広かったため利用者の移動は問題にならなかった4Gまでは電波が届く範囲が広かったため利用者の移動は問題にならなかった

[ 脚注 ]

*2
1Gbps: 1G(ギガ)ビット/秒のことで、Gは10の9乗、すなわち10億を意味する。
*3
サブ1GHz: 1GHz以下の850〜950MHz程度の周波数帯を便宜上、サブ1GHz、あるいはサブギガと呼ぶことが多い。
*4
電波の位相: 電波は波のように山と谷を規則的に繰り返す(正弦波)が、その正弦波の時刻をずらすことを位相をずらす、という。
*5
10度遅らせる: 電波を10度曲げるとすると、10度に相当する時刻(位相)をずらして遅らせること。
*6
アレイアンテナ: アンテナ素子の金属の四角い薄膜をアレイ状に並べたアンテナ。
*7
マトリックス: エクセルシートのようにマス目が並んだX-Y面。
*8
時分割: ある時刻1にAさんに、その後の時刻2にBさんに向けてデータを送るようにする、時間的に一つのデータを分けて通信すること。
*9
ビームトラッキング(Beam trucking): 移動する5Gユーザーを追いかけるように(Truck)電波を飛ばす技術。
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