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「日本の5G商用サービスは周回遅れ」、「5Gになると極めて高速になり2時間の映画をわずか3秒でダウンロードできる」。いずれもよく言われる言葉だが、いずれも正しくない。5Gの商用サービスは始まったばかりであり、むしろ日本は、先行した韓国・アメリカと違い他の国と歩調を合わせて商用化を始めている。加えて、ダウンリンク20Gbpsのデータ速度よりもまだケタ違いに遅い。この連載では、5Gの正確な姿をあぶりだし、そこに含まれる問題は何であるかを整理する。連載第1回では、5Gの現状を伝え、第2回ではなぜ誤解を受けているのか、その背景と進化のロードマップ、第3回では第2世代の5Gと言われるミリ波技術と6Gについて紹介する。
2018年のソウル冬季オリンピックに合わせ5Gサービスをスタートさせる、と韓国は意気込んでいたが、結局2019年4月の開始となった。韓国に負けまいとして、アメリカやヨーロッパ(スイス)でも、ほぼ同時期に5Gのサービスを始めた。日本では、これらの国と比べて少し遅れ、2020年3月にNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクがサービスを始めた。楽天は6月に始める予定だ。
5Gになると、「2時間の映画をわずか3秒でダウンロードできる」と新聞やメディアが報じているが、5Gサービスが始まって1年以上経つのに、未だに実現できていない。なぜ、こんなギャップができたのか。無理に5Gとは何かという言葉を表現するからだ。そもそも2時間映画を3秒でダウンロードできるからといって、それが何なの?と言いたくなる。それが5Gならインパクトはほとんどない。
5Gのダウンリンクの目標値を20Gbpsとした狙いは、大勢での同時使用によるデータ速度の遅延解消であるというのが、NTTドコモをはじめとする通信業者の考えだ。個人使用の高速化ではない。このため、5Gサービスは2019年から始まったものの、2020年でもモバイル加入者は、まだわずかしかいない(図1)。
2020年は東京オリンピック・パラリンピックが開催されるはずだった。新型コロナウイルスの感染拡大(パンデミック)によって、1年延期されることになったが、オリンピック・パラリンピックのように人が大勢集まるイベントでは、最近はほぼすべての観客が面白いシーンをスマホやタブレットなどで撮影し、インターネットにアップする(図2)。このためアップリンクの最大のデータ速度の目標を10Gbpsと定めた。さもないと、みんなが一斉にアップしたりダウンロードしたりすると、たちどころに遅くなり、ひどい場合には接続されなくなってしまうからだ。例えば1Gbpsでも100人が回線を占有したら、一人当たり10Mbpsしかない。だから、東京五輪に合わせて5Gをスタートさせようとしたのである。
ただし、8月に開催される予定では、現在の5Gはデータレートがまだ200〜400Gbps程度しかないため、Wi-Fiも組み合わせる方式を予定していた。現在のサブ6GHzの周波数帯(日本は3.7GHzと4.5GHz)が中心の通信では1Gbpsさえ実現は難しい。
5Gになると、このデータ速度が改善されるだけではない。さらに2つのことも大きく変わると言われている。一つは、基地局と携帯電話の間でやり取りする遅延時間が数ms以内というリアルタイムな応答性。もう一つはこれまでの携帯電話だけではなく、IoTに象徴されるような様々な電子機器がつながり、それにも対応することである。
最初の仕様データ速度に関して言えば、現状の5Gサービスはせいぜい200 Mbps〜400 Mbpsに留まっている。これでも4Gの平均速度と比べると十分速い。しかし目標値の20Gbpsの1/100の速度しかないのである。これで5Gと言えるのか。この質問を世界的な通信機器メーカーにぶつけてみた。仕様を決める3GPP(The Third Generation Partnership Project)という欧州の団体が、世界中の通信機器メーカーや通信業者と取り決めして決めた目標値に達しなくても、5Gに使う周波数とその帯域を決めた仕様であれば、5Gと呼んでもよいそうだ。
世界で最初に韓国で始まった5G携帯は3.5GHzの周波数で100MHz帯域を使う。これでは目標の1/10の1Gbpsでさえ実現できない。こういった状況なのに、なぜ日本が遅れていると言えるのだろうか。日本でも周波数3.7GHzと4.5GHz、28GHzが割り当てられている(図3)。28GHzは少し先だが、3.7GHzでも4.5GHzでも6GHzより低い周波数は、サブ6GHzと呼ばれ、4Gセルラーの延長線上にあるだけにとどまっているのだ。これでも5Gと言われているが、人によっては「なんちゃって5G」と呼ぶ人もいる。
これから紹介していくが、5Gは2020年から10年間にわたり、進化を続け、最終的に20Gbps/10Gbpsに到達するシナリオになっている。このように何段階にも渡って5Gが進化することを考えると、現段階で一飛びに5Gの次は6Gと考えるのは全くナンセンスである。第2世代の5G開始を睨み、通信業者は第2世代の5Gともいうべきミリ波技術の研究開発に力を入れている。
どの国の5Gサービスでも、10Gbpsというような超高速のデータ速度は得られていない。つまり、今の段階では、どこが進んでいるとか、遅れているとかはまだ言えないレベルなのだ。韓国は3.5GHzに加え、28GHzの周波数も割り当てられている。しかし、28GHz帯はまだ商用化されていない。にもかかわらず、アメリカでは28GHz周波数の5GサービスをVerizon(ベライゾン)が始めて1年経つ。こう聞くとアメリカの方が進んでいるのか、と誤解されてしまうかもしれない。しかし、これも実は28GHzといっても、携帯電話ではなく固定電話向けのサービスなのである。
5Gは携帯電話の通信規格のはずなのに、5Gで固定電話とは何であろうか。実は、アメリカでは光ファイバを敷くのに土を掘りおこす工事が必要になり、コストがかかってしまう。日本ではそこら中に電柱があり、美観よりも便利さを優先してきた。このため光ファイバは電柱に配線されている。地中よりははるかにコストが安い。ヨーロッパの方がもっと美観にうるさい。このためヨーロッパではほとんど光ファイバが家庭まで来ていない。アメリカのインターネットは普及していたケーブルテレビの配線を使うことが多かった。
日本はカラオケ業者が光ファイバを電柱に張り巡らせてコストを安くする試みから始まったため、比較的安いコストで家庭まで光ファイバが配線された。やや脱線してしまったが、この光ファイバがアメリカでも家庭に来ていなかったために、ラストワンマイル問題(幹線から家庭やオフィスまでの末端に光ファイバを配線するとコストがかかるという問題)に5Gを利用したのである。
後の連載で紹介するが、28GHzというミリ波に近い周波数だと電磁波は360度放射状に出るのではなく指向性を持つようになる。電磁波の性質から、周波数を高くすればするほど、データ速度も速くなるが、指向性を持つようになると共に、距離も遠くまで飛ばなくなる。だから、幹線の基地局からまっすぐに家に向けて電磁波を通し固定回線として利用するのである。
韓国とアメリカが5Gで先陣を切ったが、他の国はどうか。中国では、2019年11月から5Gサービスを始めた。中国移動、中国聨通、中国電信の3大通信オペレータが中国全土をカバーしている参考資料1。中国では5G基地局で使用する通信機器の内57%が華為技術、29%がZTEというから、Ericsson(エリクソン)、Nokia(ノキア)、Samsung(サムスン)などの外国勢はわずか14%しかない。国産品を愛用するという中国国民性の文化的な背景もある。
周波数帯は2.6GHz、3.5GHz、4.8GHzの三つが割り当てられている(表1)。これらの周波数を見る限り、10Gbpsという高速のデータ速度からはほど遠い。やはり、「なんちゃって5G」なのである。中国は、都市集中型の人口構成の国だ。一つの都市に人口が数百万人という街が極めて多数ある。このため基地局を構成するには都市部から始めていく。
2020年4月1日付けの人民日報によると、中国工業情報省(工情省)は3月31日、5Gの基地局数が年内に全国で60万カ所を超えるとの見通しを明らかにした。「2月末時点の基地局数は16万4,000カ所。3月26日までに中国で発売された5G対応の携帯電話は76種類で、累計出荷量は2,600万台を超えた」と報じている。5Gのインフラ投資は、コロナウイルスパンデミックが収まった先には、経済を回復させる大きな原動力になるとの見方が中国では強い。
ヨーロッパでは2019年4月にスイスの通信業者Swisscom(スイスコム)が5Gサービスを開始した。周波数は3.5GHz。バーゼルやジュネーブなど54の都市と102カ所で5Gサービスを始めている(図4)。3億8400万スイスフラン(約420億円)でスイス当局からオークションでそのサービス権利を購入した。日本では必要な周波数は基本的に許認可制であり、届けて許認可を通過さえすれば、費用はほとんどかからないが、欧州では周波数の割り当てはオークションで手に入れるため、1000億円単位の費用を当局に支払うのが通例だ。かつてNTTドコモが世界的にリードした2Gの時に日本はずるい、という欧州通信業者の声があった。
今は、イギリスを含め、5Gのオークションを始める段階に来たところに、新型コロナウイルスの感染が広まり、オークションが延び延びになっている参考資料2。また、新型コロナは5Gを媒介して感染が広まる、というデマ(完全なウソの作り話)が広まり、実際に基地局が燃やされるという事件が起きた。このため、ヨーロッパ全体での5Gのスタートは遅れつつある。
マスコミやIT関係のメディアに日本は周回遅れ、とたたかれても、それらの記事が正しい5Gの姿を伝えていないため、NTTドコモやKDDI、ソフトバンクなどの通信業者はマイペースで開発を進めていた。技術的に遅れている訳ではない。むしろ、意図的に少し遅らせた可能性さえある。なぜか。
かつて2Gと言われた携帯電話がアナログ方式からデジタル方式に変わった時のことだ。日本はTDC方式、ヨーロッパはGSM方式、アメリカはD-AMPS方式、とそれぞれが呼ぶ各地区の方式で進めていった。ただし、ヨーロッパのGSM方式はヨーロッパ以外のアジアや212カ国で採用され、事実上のスタンダードとなった。
技術的には日本のTDC方式は進んでいたと言われていたが、世界の通信業者は日本独自の方式を採用せず、欧州の通信業者と通信機器メーカーが何度も話し合いをしながら決めたGSM方式を採用した。このため日本は、自嘲気味に自分を「ガラパゴス化」したと表現した。1990年代の終わりころの話しである。
つまり世界の企業は、標準化をみんなで決める規格だと認識するようになっていた。それまでは、強い企業が先行し、他の企業が付いていかざるを得ない状況を作り出し、「標準化すること=勝ち組」と思い込んでいた。かつてのVTRのVHS方式や、パソコンではWintelと呼ばれた方式がデファクトスタンダード(事実上の標準化)となり、勝者となったからだ。
ところが携帯電話の世界ではデファクトスタンダードは存在しない。2Gまでは日本、アメリカ、ヨーロッパで規格が乱立したが、3G以降は世界で規格を揃えようという動きに変わった。携帯電話を使う消費者にとっても、外国旅行に自分の電話が使えなければ不便だ。だから、3G以降ではヨーロッパの通信業者の集まりであるGSMAが主催して標準化案を作りまとめ仕上げるようになった。
ちなみに毎年2月スペインのバルセロナで開催されるMWC(モバイル・ワールド・コングレス)は、つい10数年前までGSM World Congressと呼ばれていた。NTTドコモは、もう二度とガラパゴス化しない、と心に誓い、世界の通信業者と歩調を合わせながら規格を決めていくように変わった。だから5Gでも欧州と歩調を合わせて通信方式を合わせていく。
技術だけなら、NTTドコモは2016年のバルセロナで開催されたMWCで5Gの実験デモとしてエリクソンと共同で、14.7Gbpsの高速データ速度のデモを見せていた(図5)。その後も、NTTドコモは、通信機器メーカーのノキア、ソフトウエアベースの計測器メーカーのNational Instruments(ナショナルインスツルメンツ)と共同で、5Gの実証実験も行っており、ガラパゴスにならない状態で、いつでもスタンバイしている状態だった。つまり決して遅れていたわけではなかった。
ただし、5Gの特許では、アメリカと中国が特許の件数が多いものの、その質に関してはやはりヨーロッパやアメリカのものが高い。Qualcomm(クアルコム)やIntel(インテル)は重要な基本特許を押さえることに長けており、中国の5G特許は、クロスライセンスを狙った大量の特許で、アメリカの特許と相殺しようというもののようだ。5Gのスマホ向けの特許ではクアルコムが強く、同社は3Gで基本特許を支配できたが、LTEでは抑えられなかった。しかし、LTEの特許の数はクアルコムが最も多い。クアルコムの特許は変調方式の特許が多いため、5GもLTEと同様、OFDM変調を基本とするため、基本特許にはならないだろう。
5Gのシステムとしては、前述したように2030年までに目標値に向けて進化していくため、基本的なハードウエアプラットフォームを構成した後は、ソフトウェアを使って進化に対応していくことになるだろう。ソフトウェアは仕様が流動的で素早く変化に対応する時代に適した技術であり、仕様が進化していく時代ではハードウエアで固めてしまわない方がよい。ハードウエアを製品化するためには3〜4年かかるからだ。変化の速い時代には、ハードウエアをほとんど変えずにソフトウェアを変更するだけで済むようにしていればビジネス機会を失うことがなくなる。
5Gのシステムは基地局でもスマホでも共にハードウエアとソフトウェアからできており、ハードは頻繁に変えなくてもソフトを更新することで機能をアップできる。5Gのシステムはコンピュータシステムだからである。後述するIoT専用のセルラーネットワークであるNB-IoTやCat-M1などの仕様は、基地局のソフトウェアを書き換えるだけで対応できるようになっている。
世界の状況を見ている限り、5Gはこれから始まる段階であり、これから進化していくサービスと言える。現在はサブ6GHzを使った「なんちゃって5G」のレベルにすぎない。今後は、サブ6GHzをコアにしてミリ波のスモールセルと混ぜながら5Gの目標値を目指していく。2030年には初期の目標をクリアできると期待されており、今は「日本が遅れている」、という指摘は当たらない。日本はNTTドコモが気にすることだが、先行して誰も付いていかないガラパゴス化を避けるように世界の通信業界を見ながら一緒に進めていくことになる。
連載第2回では、5Gの遅延と多接続について解説し、これからの「本当の5G」に向けたロードマップを紹介していく。第3回では、5Gに使われるテクノロジーに関して説明し、5Gを開発できなければ6G開発は無理であることを紹介していく。
[第2回へ続く]